ジオターゲティング
2016年01月24日(日) 08時15分04秒

大雪の騒ぎ

テーマ:ブログ
東京で雪が降ったと大騒ぎしているのを津軽から見ると、「何をそんなに…」と思ってしまう。

しかし、よく考えてみれば、大騒ぎする地域は、スタッドレスタイヤだって装着率は低いだろうし、スコップだって置いていないうちも多いだろう。除雪機なんか皆無に近いだろうし…。

そこに10センチ以上積もれば、事故は続発、移動も困難ということになるだろうし、降雪を想定していない設計の施設は壊れてしまう。

津軽では、深夜から早朝に除雪車が出動し、その後、それぞれが自宅や職場の前をいろいろな機材を駆使してやっているわけで、除雪車が出ない、機材がない状態なら、やっぱり手も足も出ないに違いない。

私だって雪が降ったら大騒ぎするところ出身の人間だ。津軽に来たのは8年前。除雪体験は、8シーズン目。毎朝4時30分に起き、防寒具を着て、5時から除雪に出るのも、何の苦もない日課になった。「降って当たり前」という気持ちと「道具」があれば、そんな風になる。

逆に言えば、気持ちも道具がなければ、大騒ぎもしたくなる。

「備え」というのは、そういうものだと思った。
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2016年01月18日(月) 18時59分17秒

悲しいお知らせ

テーマ:ブログ
今夜から明日にかけ大雪だということで、今日は午前中に急遽、自宅の駐車場の雪をどかすことにしました。

保育所の除雪機を借り出し、駐車場脇の雪を畑に飛ばし、どけていきます。

途中までさしかかり、除雪機の排雪口から出てくる雪が黄色っぽいことに気がついた。

見ると




猫の


ウンコがあったらしく…


猫のウンコを粉砕してぶち撒いたようです。



orz

もう、何もしたくない気分。
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2016年01月03日(日) 16時37分04秒

あけましておめでとうございました?

テーマ:説教
保育園の園児が困る言葉遣いの一つに、過去形か現在進行形なのかというのがあります。「ありがとうございます」なのか、「ありがとうございました」なのか、これを使い分けられないのです。

新年を迎えて、「あけましておめでとうございました」という子がいました。無論、正解は、「明けましておめでとうございます」なわけですが、その挨拶に遭遇した時、確かに、あけてしまったんだから、「おめでとうございました」でも良いのではないかとハタと考えさせられます。

新年がめでたいのは、旧年を何事もなく無事に送ることができたということを意味します。故に、親しい者を失った時には「喪に服す」という意味で、喪中欠礼の葉書を出すわけです。「本来でしたらご挨拶に伺うべきところですが、忌み事がありましたので、新年という希望にあふれた時のご挨拶には伺えません」という意味です。

そういう意味では、クリスマスも正月も、今までを振り返ることなくしては迎えられないということになります。つまり、「おめでとう」と言うからには、旧年の感謝と同時に新年の希望が込められなければならないのです。

クリスマスは、12月25日で終わりではありません。1月5日の公現日までをクリスマスとして祝うから、キリスト教ではクリスマスが年越しの行事として扱われてきました。キリスト教でもクリスマスはこの一年の振り返りから始まるのです。

さて、「あけましておめでとうございます」なのか「あけましておめでとうございました」なのかという問いに答えるためには、結局は、「この一年の希望を現実のものとして捉えているか、過去のものになってしまっていないか」という問いを突きつけられていると捉えて考えるべきでしょう。旧年を振り返る時に感謝を覚えるのか不満を覚えるのかによって、おめでとうございますの方向性は変わってしまうでしょう。

新約聖書の第1テサロニケ5章16~18節には「いつも喜んでいなさい、絶えず祈りなさい、どんなことにも感謝しなさい。これこそ、キリスト・イエスにおいて、神があなたがたに望んでおられることです」と書いてあります。しかし私たちは、「そんなことって、できるわけないよなあ」と反感に似た感情を抱いてしまいます。

でも、もう一度読んでみます。「しなさい」であり、「キリスト・イエスにあって神が望んでおられる」のだそうです。そう考えれば、旧年の振り返り方も変わってくるのではないでしょうか。苦しみの中にもあなたは微笑んだはずです。悲しみの中にも感謝があったはずです。旧年もあなたは守られて今を迎えているのです。

「あけましておめでとう」の意味は「旧年も守られました。悲しみも苦しみもあったけど、でも今私はここにいて、新年の歩みを希望を持って始めています」という意味だと思います。「今を感謝する」からこそ現在進行形の「おめでとうございます」なのです。クリスマスや正月が終わって「おめでとうございます」が「おめでとうございました」になってしまっては、「神の望み」は空しいものです。

希望を持って歩むということは、「いつも喜び、絶えず祈り、どんなことにも感謝して歩む」ということを意味するのです。

新年あけましておめでとうございます。皆様の希望が主にあって豊かに祝福されたものであり続けますように祈ります。
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