ジオターゲティング
2015年10月07日(水) 18時56分31秒

なすべきこと

テーマ:保育所
園長に就任した最初の職員研修の時に「児童虐待」のことを話したが、職員たちは「それって、都会の話でしょ?こっちではあり得ない」という顔をしながら聞いていた。

数年前青森でネグレクトの問題が報道された時、その内の一人が「あの時は、田舎であるこっちの方でそんなことが起こるなんて信じられなかったけど、園長先生が言ってた通りでした」と話しかけてきた。

保育所だけでは見えない事実。保育所は給食があり、職員たちの愛情があり、兄弟とも呼べる友達にも恵まれている。

以前、私と同い年の方から聞いたのは、とても切ない話だった。

「うちはシングルマザーだったから、保育所を卒園してからは、小学校の帰りに保育所に妹を迎えに行って、家に帰って、冷蔵庫から夕食を出して、チンして食べてた。保育所にいた時が一番幸せだったよ。」

今から、40年前、高度経済成長の真っ只中にあった時代にも、そういう現実があったことに驚いた。そして、現代も「(学校が休みになり給食が出ない)夏休みに痩せる子どもたち」のことが問題になっている。

「子は国の宝だ」と言う。

しかしある人々は、「それも親の自己責任だ」とか「そういう体験も大事ではないか」などと取り合おうとしていない。

さらに言えば、「子は人類の宝」であるはずだ。

「子は親を選べない」し「子は一人では生きていけない」し「子は政治(国や制度)を選べない」のは厳然たる事実だ。

子は親を必要とし、親子は助けを必要とし、助けは政治(国や制度)を必要とする。

だとすれば、制度を研究し、親を助け、そして一人の子を支えることは、社会を構成する私たちの責務だろうし、曲がりながらも児童福祉施設を営む私のなすべきことであると思っている。

それにしてもやるべきことが多すぎる。

でも、自分の全知全能を注ぎ込む価値のあることだろうと思うと奮い立つ反面、思い上がってしまうかもしれない恐ろしさも生まれる。

謙虚に、しかし大胆にやっていこう。
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2015年10月04日(日) 08時39分31秒

テーマ:説教
 孫子は「兵とは詭道なり」と言い、「戦争とは、騙し合いの生き方」だと説いています。その孫子は「およそ戦争の原則としては、敵国を傷つけずにそのままで降服させるのが上策で、(~中略~)百たび戦闘して百たび勝利を得るというのは、最高にすぐれたものではない。戦闘しないで敵兵を屈服させるのが、最高にすぐれた道である。」と説いています。
 概して、「生き方」のことを「道」とよんだわけですが、武士道では「武士道と云ふは、死ぬ事と見付けたり」と言い、騎士道は「武勲を立てることや、忠節を尽くすことは当然であるが、弱者を保護すること、信仰を守ること、貴婦人への献身」を求めます。

 「王道」という言葉があります。「王の生き方」という意味ですね。これは、孟子の言葉に由来するもので、Wikipediaフリー百科事典にはこうあります。

「孟子は古今の君主を「王者」と「覇者」とに、そして政道を「王道」と「覇道」とに弁別し、前者が後者よりも優れていると説いた。孟子によれば、覇者とは武力によって借り物の仁政を行う者であり、そのため大国の武力がなければ覇者となって人民や他国を服従させることはできない。対して王者とは、徳によって本当の仁政を行う者であり、そのため小国であっても人民や他国はその徳を慕って心服するようになる。故に孟子は、覇者を全否定はしないものの~中略~(王道)を行うべきだと主張したのである。」

 この「王道」ですが「学問に王道なし」なんて、「王道」=「楽な道。近道。」という意味も持っているわけですから不思議なものです。

 人は死ぬまで生きようとする本能を持っています。そして、力や財産を持てばその本能は、欲望というものに変質し、その人を変質させていくわけです。それをどのようにコントロールするかというのが「道」であったわけです。もっとも言えば、力や財産を持てば持つほど極めることを求められたのが「道」であったわけです。特に、命がけで物事を行わなければいけない人たちは、その理由を求めたわけです。「人が正しいことしようと命をかけることが『道』」という前提に立たなければ、これまでご紹介した「道」を極めようなんてことは酔狂でしかありません。

 「命をかける生き方」といえば、なんか途轍もない凄まじい生き方のように思えますが、「(その生き方を求められている)自分がいついなくなっても大丈夫なように備える生き方」であるということもできるでしょう。結局は、自分が課せられた責務や意味に基づいて「今日が最後の日であると思って生きる」というのが「道」であろうと思います。道というのは「備える生き方」ということができます。聖書にはこんな言葉があります。「狭い門から入りなさい。滅びに通じる門は広く、その道も広々として、そこから入る者が多い。しかし、命に通じる門はなんと狭く、その道も細いことか。それを見いだす者は少ない。」

 多くの人々の流れに任せての生き方にあっての勇気や力は、流れに逆らう者を傷つけることしか導き出しません。

 道を極める時に求められることはただ一つ、「私らしくあること!!」なんです。

 皆さん、それぞれが自分らしく輝きを放って下さいますようにと祈っています。
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