ジオターゲティング
2014年09月27日(土) 18時56分26秒

箍…たが

テーマ:ブログ
箍…「たが」と読む感じです。

「箍(たが)は金属や竹で出来た輪のことである。樽や桶等を作る際、円形に組んだ木版の外側にこれをはめて固定する。」

樽や桶は、長方形の板を底板と組み合わせて円筒の形にしています。この円筒の形を維持するには、箍が必要なわけです。

翻って、「理性の箍が外れる」という言い方が生まれました。

箍が外れれば、円筒の形を保てなくなり、それぞれのいたがバラバラになってしまう事に由来します。

最近、様々な場所で、箍が外れて言っている様な気がします。

政治の世界、国際関係、そして私たちの生活…。

これらを維持していた箍とは一体何だったのだろう…そう、つくづく考えさせられます。

人間はそれぞれに歴史を持ちます。これを、人生と言います。

人生は、「小さな選択の積み重ね」でできているわけではなく、「過去を受け入れ、未来を展望する事」によって出来ていくものであると思っています。

小さな選択の積み重ねは、その瞬間の幸せを選び取ろうとする動きでしかありません。それではいつまで経っても箍ははめられず、その結果、私たちの器は完成しないでしょうし、もしあったとしてもその器の形は保てなくなるでしょう。

自分が自分であることをどのように受け入れるか…それが人間本来の課題だと思うのです。
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2014年09月25日(木) 20時22分44秒

「新制度に向けて」

テーマ:保育
伊藤園の「缶入り煎茶」には、伊藤園が主催する新俳句大賞の句が掲載されていますが、その一句が目に止まりました。

 「かざくるま ため息だけでは 回らない」
 
第23回の佳作特別賞受賞句で沖縄市在住の18歳仲宗根大喜さんの句と紹介されていました。

私は牧師であるのと同時に、教会が経営する保育所の所長であるわけですが、保育所の現状を見れば見るほどため息をつきたくなりますし、その一方で、ため息ばかりついてたってダメなんだなあと思っていたところにこの句と出会ったわけです。

旧木造町での年間出生者数を見ると、この数年20名を切っている状況のようです。旧木造町内には、4つの保育所と2つの幼稚園の6施設がありますので、均等割すれば、1園平均3人ちょっとということになるでしょうか。一学年3人を6学年預かるわけですから、18名にしかなりません。こんな中で、90名定員の保育所を維持していくことは不可能に近いです。

そんな中、来年度から、新制度が始まります。保育関係者から見れば、現行の保育制度とは、まるで裏が表になるほどの激変です。

新制度では、保育所の機能と幼稚園の機能を合体させた幼保連携型認定子ども園というものが保育の主体を担っていくことになります。待機児童対策の切り札として登場した認定子ども園構想は、その後のやり取りの中で、学力低下対策や子育て支援機能を付加された上に、自由経済主義の手法を取り入れた形に変換され、来年度の実施を待っています。

そして、社会福祉法人立や学校法人立の認定子ども園がこれからの幼児保育・幼児教育の中心を担っていくことになっています。それ以外の設置者(個人立や宗教法人立の保育所など幼保連携型認定子ども園は設置を認められていない法人)はそう言う保育事業の表舞台から静かに立ち去っていく事になるやも知れません。時代の流れと言う事かも知れません。無論、旧木造町やそれ以前に過疎化に苦しむ自治体にとっては、そもそも、競合などは馴染むわけもなく、その対応に、苦慮しているというのが実態だと思われます。幼児の奪い合いなどは起こるかもしれません。しかしその一方で、地域から児童福祉の拠点が消えていくのです。そう言う現実を見ればため息ばかりが出ます。

しかし、木造保育所は児童福祉法が成立する以前から保育を行い、児童福祉法が成立した後は、この地域の最初の認可保育所として、町立保育所の設置などに積極的に協力してきた歴史があります。そんな歴史を持つ保育所の園長として考えた時、果たしてこれから先の児童福祉はどのようにあるべきかを、今、真剣に考えるべき役割を与えられているのではないかと痛切に感じています。

児童福祉法では「一八歳に満たない者」を児童と規定し、(第39条の2)で「保育所は、前項の規定にかかわらず、特に必要があるときは、日日保護者の委託を受けて、保育に欠けるその他の児童を保育することができる。」と定められています。

保育制度改革のこの時だからこそ、もう一度、子供の福祉を厚くするためにはどうしたら良いのか、考察を深め、今までの保育制度では補えなかったこと、そして新制度でも補い得ない部分を私たちは実践し、世に働きかけていかなければならないのではないかと思うに到りました。

新島襄は「教育とは国家100年が大計なり」と言いました。それに習って考えれば、保育も「国家100年が大計」であることは確かです。祈りつつ歩んで参りましょう。
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2014年09月25日(木) 00時22分25秒

夏から冬へ

テーマ:ブログ
季節の変り目を迎えて、鼻水、クシャミ、咳などの症状が出ている子も増えてきました。

秋は、夏の暑さに耐える体から冬の寒さに耐える体へと劇的な変化が起こります。

犬や猫、鳥などの動物たちは、全身の毛が夏毛から冬毛へと一挙に生え変わるのが、この季節ですので、私たち人間の体もそれに匹敵するような変化を迎えていると考えてもいいわけです。

妙に眠かったり怠かったり、当然、気持ちの浮き沈みが激しくなったりする時もあります。

病気ということではなくて、体の中が、来るべき季節への準備に大忙しという状態になるのです。

ゆっくり深呼吸して、自分のペースで歩みましょう。私たちも自然の一部なのでから…。

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2014年09月01日(月) 23時32分07秒

さよなら

テーマ:ブログ
この半年以上、ブログの更新をサボり続けてしまいました。それというのも、リアルの生活が忙しく、なかなかブログにまで手が回らなかったからです。理由は二つあります。一つは来年度に保育制度改革が迫っていること。そしてもう一つは、父が末期ガンになってしまったことでした。

父が「末期の膵癌。余命4ヶ月」と告知されたのは、1月10日。

帰省を終え、津軽に帰ったばかりの私に電話で「末期の癌だって、仕事辞めることにしたよ」とアッケラカンとした声で、父から知らされました。本人も余り自覚できなかったんでしょうし、母や弟はそんな父を思い遣っていたのでしょう、楽しげに食事をしている様子が電話でも伝わってきました。

そこから7ヶ月の間闘病して、父は8月9日に亡くなりました。71年の生涯でした。弟や母は献身的に父の闘病を支えていました。その一方では、私は津軽で保育所の所長と牧師の二足の草鞋…。来年度から始まる新制度に関する勉強や研修会の企画、また、年度末に向け、人事発令、卒園式の準備などで多忙を極めていましたので、帰るに帰れない、そういう状態が続きました。

牧師になることを「献身する」という風に言います。「身を神様に献げる」という意味ですが、「家を捨てた」様な案配になってしまい、家族には本当に迷惑をかけました。「暇があれば会いに行く」…この事が本当に難しく、遣る瀬無い思いを抱える時期を過ごしました。

膵癌は癌の王様と呼ばれるほどたちの悪い癌です。進行が速く、また、見付かりづらい癌であるからです。そんな父は、抗癌剤治療を止め、在宅での緩和ケアで最期を迎えることを選択しました。訪問診療医と訪問看護師、訪問薬剤師、ケアマネージャー、介護ヘルパーの皆さんのチームに支えられて、父の在宅緩和ケアは進められていきました。

結果、父は、介護している弟の手の中で、弟も気が付かない内に息を引き取りました。危篤を告げられ飛んで帰った私は間に合わず、駆けつけたとき寝ているものだと思った程です。弟が、手を交差させ父の死を知らせてくれました。

訪問医療は、ある意味では昔から続いてきた看取りの現代的なスタイルだと思いました。家族の不安に寄り添いながら、最期まで付き合って下さったからこそできる看取りであったと思います。無論、その介護は、家族である私たちができるだけ担うことで成り立ったものでしたから、その中では私たちそれぞれが、主体的に父の病や父の死に対して向き合うことができたと思います。

その一方で、私たちがそういう想いに捕らわれて、多くの人々に心配と迷惑、不快な思いを被らせてしまったことも今思い返します。

母方の叔母夫婦、父の教え子の皆さん、そして私たち兄弟の職場の皆さんは、そんな中でも懸命に私たちを支え、励まし、荷を追って下さいました。厚く御礼申しあげます。

皆様のお陰で、父は満足して逝ったと私たちは確信しております。ありがとうございました。


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