2014年02月21日(金) 18時19分17秒

子供±X=大人?

テーマ:保育
最近、TEDカンファレンスというものにはまっています。

切っ掛けはNHKの「スーパープレゼンテーション」という番組でした。非常に面白いですから是非ご覧になってみて下さい。

TEDとは、テクノロジー(Technology)エンターテイメント(Entertainment)デザイン(Design)の頭文字を取ったもので、アメリカのカリフォルニア州ロングビーチ(過去にはモントレー)で年一回、大規模な世界的講演会を主催しているグループのこと。

このTEDが主催している学術・エンターテイメント・デザインなど様々な分野の人物がプレゼンテーションを行なう講演会の名称をTED Conference(テド・カンファレンス)と言い、聴講するためには、年会費7,500ドルを支払って会員になる必要があるそうです。

日本円にするとざっと7、80万円!!

こんな会費を支払える人ですから、TEDの会員は皆一流の経歴や業績を持っている人であることが判ります。しかし、その一方で、この講演の内容は翻訳を付してビデオ化され、インターネットを通じて世界に配信されています。

色々と視聴していますが、アドーラ・スヴィタクの「大人は子供から何を学べるか」を聞いて、最近保育について、つくづく考えさせられています。
公開されている講演のビデオから引用してみますが、

ここから============
最初に質問があります。「子供っぽい」と最後に言われたのはいつのことですか? 私なんかは 「子供っぽい」ことはよしなさいと、しょっちゅう言われます。何か道理に合わない要求をしているときとか、無責任な行動を取ったときとか、そのほか何であれ普通にアメリカ人らしいことをすると「子供っぽい」と言われます。本当にうんざりです。世界の問題を考えてみてください 帝国主義に植民地支配、世界大戦にジョージ W ブッシュ、一体誰のせいでしょうか? 大人たちです。

一方で子供たちは何をしてきたでしょうか?アンネ フランクはホロコーストのことを力強い文章で伝え、何百万という人の心を動かしました。ルビィ ブリッジスはアメリカから人種差別をなくす力になりました。もっと最近ではチャーリー シンプソンが、ハイチのため小さな自転車に乗って12万ポンドも募金を集めました。このような証拠を見れば年齢なんか関係ないことがわかります。「子供っぽい」と非難される振る舞いは大人にこそよく見受けられます。この年齢差別的な言葉を、無責任さや不合理な考えを持つ振る舞いを批判するときに使うのはやめるべきです。
(後略)
ここまで============

子供が大人になるとは一体どういう事でしょうか。子供から子供っぽさを取り去れば大人なのでしょうか?それとも、子供に大人らしさを付加すれば大人なのでしょうか?はたまた、子供から子供っぽさを取り去り、更に大人っぽさを付加することなのでしょうか?

しかし、どう考えても、それでは子供が大人になることのプロセスは説明できないと思わされるのです。

子供から取り去るべき子供っぽさがあるとしても、大人にそれを見受けることはできます。その反対もあります。大人よりも実力、経歴、能力、収入が大きい子供などは世の中にたくさんいます。反対に、子供に付加すべき大人らしさを考えても、それは誰にも答えられない問題でしょう。

しかし、大人が教育を語るとき、子供を大人にするということを論じるとき、

子供±X=大人

という図式を頭に思い描いて話を進めていると覚しき人たちがたくさんいることを思います。

子供を大人にするためには、何を付け足すべきなのでしょうか。

子供を大人にするためには、何を取り去るべきなのでしょうか。

即答できないのであれば、皆が当たり前だと思っている教育の公式である

子供±X=大人

は成り立たないのは自明の理と言うことになります。

では、大人は何をして大人と呼ばれるべきなのでしょうか?体格、能力などでは大人と判定することは難しいでしょう。そこでは、年齢を根拠にして、天才児などと子供扱いされてしまいます。逆に子供っぽさがないから大人と言えるでしょうか?大人っぽいから大人なのでしょうか?

子供っぽさとは一体何でしょうか。大人に不都合なことをして、子供っぽいと呼ぶのであれば、そう言う大人のあり方はまさに子供っぽいとしか言いようがないと思います。古来「子供は授かり物」と理解されるのであって、子供は大人の所有物ではありませんし、大人は子供の支配者ではあり得ません。

しかし、現実はどうでしょう。子供は「子供±X=大人」という公式に当てはめられ、「大人になること」を求められ、子供っぽい好奇心や正義感、想像力などを捨てさせられているのではないでしょうか。

子供の子供たる由縁は、実は大人にあります。

いまよりほんの数十年前まで、大人の領域は、現代の子供の領域とされる年齢層まで大きく広がっていました。高校生などは、大人として扱われる部分が多かったと聞きますし、そもそも、本人達もそう言う自覚で生きていました。10代で結婚する人も多くいました。彼らが、大人として振る舞えた理由は何でしょう。

それは、自分より小さい者を慈しみ、愛で、守ることが自然と身についていたからに他なりません。子供を慈しみ、愛で、守る事によってのみ、大人は大人足り得、また、子供は子供足り得るのです。しかし、その大人は、子供に対し大人としての振る舞いをする意思がなくなっています。結果はどうでしょう、子供が、大人に対して声を上げ始めてます。

私たちは大人は大人なのでしょうか?子供から子供らしさを失った子供でしかないと言われないことを願わざるを得ません。


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2014年02月19日(水) 20時53分54秒

豪雪雪害の地域の皆様に…豪雪後の対応について

テーマ:ブログ
豪雪被害に遭われた皆様に心からお見舞い申しあげます。

 豪雪地域を自認するつがる市でも、一晩に50センチ以上積もることは希ですから、除雪対策がほとんどない皆様の地域での今回の豪雪による苦労は想像に絶するものであることを推察いたします。ご苦労を想像しながら、雪国の経験をもとに、これから気をつけなければならないことを列挙します。現地の情報が殆ど伝わらない中での事なので、現実に即していないかも知れませんが、お役に立つことが一つでもあれば幸いです。

 積雪量が数センチを超えると雪は融けるのではなくて、表面で融けた雪は下の雪に吸収され、再凍結して締まっていきます。屋根の雪などは固い氷になってから落雪してきます。落雪には十分気をつけて下さい。また、奇麗に除雪された道は、雪解け水が薄く均等に流れていくので、スケートリンクのようになります。

車の運転
 前項の様な状況だとたとえスタッドレスタイヤ装着者でも時速30キロ以上の速度では、止まりきれなくなります。雪道の運転に自信のない方は運転を控えるべきです。オートマチック車の場合であれば、セレクトレバーをセカンド(二速)に固定すれば、30キロ以上は出ませんし、エンジンブレーキを期待できます。
 車には、スコップ、古い毛布、牽引ロープなどを積んでおくと便利です。これは、渋滞などに巻き込まれたり雪に埋もれて動けなくなった場合や救助を待つ間、暖を取るために役に立ちます。タイヤを雪に取られたときには、前述の毛布やフロアカーペットをタイヤに挟み込み滑り止めとして使用することにより脱出できる場合もあります。

除雪の時に気をつけること
 融雪を促進させるためには、表面積を大きくして風の抜け道を確保しましょう。また、雪の表面に土などをかけて黒く汚すことが効果的です。また、雪解けが進むと舗装されていない部分はぬかるみになる恐れがあります。こうなるとトラクターでも脱出が困難になる場合があります。そこに車などが入らないように目印などを設置する事が必要です。

除雪機を使う場合の注意
 除雪機はロータリー型が一般的ですが、このタイプは一歩間違えれば、腕や足の切断事故や死亡事故を起こしてしまいます。安全装置を確実に付け、雪詰まりなどが起こった場合や除雪機を離れる時には、確実にエンジンを切って作業をして下さい。ロータリー除雪機から放出される雪は、氷になった雪を砕いたものですので、非常に危険です。また、雪に交じって、小石などを拾い吹き飛ばします。周囲に注意をしながら除雪を行って下さい。
 また、ローダーなどの押すタイプの場合には、山を作る場合が多いですが、その過程で転倒などの事故が起こることがあります。十分ご注意下さい。

落雪危険エリアを設定する
 落雪と言えば柔らかい感じがしますが、落ちてくる雪は氷の塊です。軒下などに通路を確保せず、建物の屋根の下から1メートル以上の間隔を取ったところに通路を確保しましょう。

雪下ろし
 屋根からの雪下ろしは、比較的頻繁に行う豪雪地域であっても死者が出る危険な作業であることを心がけて下さい。屋内のドアや、引き戸がいつもと違い開閉に力がいるようになったときは、は、家自体が雪の重さによって構造にゆがみが生じている場合があります。この場合は、避難するか雪を降ろすか選択しなければなりません。
 屋根の雪下ろしをする場合、下に雪があるから大丈夫などと思ってはいけません。転落事故の大半は、屋根での小規模な雪崩に巻き込まれることによって起こるからです。命綱は必須です。命綱は太くて丈夫なものを使用し、窓枠などを利用して固定するか、または、体重より重い重りをなどで固定すると良いでしょう。また、雪下ろしは複数の人数で連携して行う必要があります。一人で梯子などに乗りながらの雪下ろしは危険です。
 先述したように、雪は表面から融雪、再凍結を繰り返し締まっていきます。気候条件にもよりますが、三分の一程度まで高さが減っても、重量は殆ど変わっていない恐れがあります。昼間プラスの気温になり、夜間に氷点下に下がるのであれば、雪は下に行くほど硬い氷になっている可能性があります。また、勾配に並行に除雪するのではなく、階段状に除雪していく方が安全です。屋根の雪は、10センチぐらいの厚さで残しましょう。すべてを掻き取ろうとすると足下の雪が一気に崩落する危険が高くなります。屋根が崩落する場合、中央から崩落します。ですから、雪下ろしは中央部を中心的に行い、外壁より外側の軒の部分まで降ろす必要はありません。

雪道での歩行
知らない道は通らない方が無難です。側溝など、どこに穴が空いていても不思議ではないと思って下さい。特に川沿いを歩く場合などは、転落の危険があります。未除雪の部分を歩くことは危険ですのでお勧めできません。

降水量と降雪量の関係
降水量と積雪の関係は、概ね降水量1ミリに対して1センチと考えることができるそうです。雪は積もるに従って、自重によって締まっていきますので、つまり、1メートルを超えた場合、雨にすれば軽く100ミリ以上の降水量と言うことになります。一挙に雪解けしたと仮定すると、100ミリ以上の雨が降ったのと同じ現象が起きるという事を意味します。

低地の冠水、洪水などにはくれぐれもご注意下さい。


除雪の仕方は、下記のホームページにもっと詳しく書いてありますので、参照して下さい。

http://yukikaki.jp/

一刻も早い復旧を心からお祈りいたします。


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2014年02月15日(土) 16時10分17秒

千葉家外出禁止令を発令。インフルエンザで。

テーマ:千葉家新報
千葉家新報2月15日付

千葉家では9日に娘がインフルエンザを発症、その後、お母さん、息子が発症する非常事態に見舞われている。千葉家で流行しているインフルエンザはB型で、この結果、千葉家では人口の75%がインフルエンザを発症する自体に、お父さんは千葉家非常事態を宣言し、千葉家維持法に基づく外出禁止の措置を発令した。

各々の外出禁止期間はそれぞれの病状によって娘が土曜日、お母さんが日曜日から、息子が月曜日から解除される予定だが、保育所勤務のお父さんも職場の規定により一週間の特別休暇が与えられるため、実質的にすべての住人が外出禁止となっている。

この事態を受けて、「苦い薬(タミフル)、頑張って飲みます」と息子は宣言、娘は「雪のお家で早く遊びたい」と解除に向けて希望を語った。

お父さんには感染の兆候が見られないところから、「『バカは風邪を引かない』は伝説に過ぎないことが実証された」とお父さんが公式発表を行うなど様々な社会現象を引き起こしている。

しかし、業界の専門家であるA氏は「全員が終わってバカが『俺はならなかった』と豪語した後発症するのがよくあるパターン。周囲より1周期遅れるだけなので『俺はならなかった』と豪語するのはバカの所行でしかありません。そういうことで『バカは風邪を引かない』と言われていただけで、お父さんの発言は完全に『バカフラグ』が立っちゃってますね。」と語る。

結果はどうなるか気になるところであるが、一昨年はお母さんが、A型、B型の完全制覇をした事もあるため、「更に気を引き締めていきたい」と千葉家では公式声明を発表した。

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2014年02月15日(土) 12時15分39秒

大雪の地域の皆様へ

テーマ:ブログ
大雪の地域の皆様へ。

雪道に慣れていようと、スタッドレスタイヤを履いていようが、タイヤチェーンを持ってようが、周囲の車がそうでなければ事故に巻き込まれます。

不要不急の外出は控えましょう。公共交通機関が止まるくらいなんですから…。そう言う大災害の中にいることを自覚して下さい。この大災害の中では、必要急な仕事など有り得ないのですから。自分だけが大丈夫だという過信は他人に迷惑をかけるどころか、人命に関わります。

除雪は必要最低限。近所と協力し合って行いましょう。

雨が降れば、屋根からの落雪も注意が必要です。

融けない雪はありません。
とにかく、この数日を乗り切ることを心がけましょう。

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2014年02月10日(月) 17時16分32秒

愛は結果論

テーマ:ブログ
「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない」と憲法で定められています。考えて見れば、結婚とは面白い出来事です。結婚の行政の手続きを見てみれば判ります。婚姻届と言う紙を一枚出すだけです。後は何もいりません。にもかかわらず、特別なものとして祝われるのです。
 牧師であると言うことは、結婚式の司式を少なからずしたことがあると言うことですが、この結婚式の司式では、必ず、説教を行わなければなりません。結婚式の説教というのは、似たり寄ったりになります。というのは、「結婚を愛の業であること、夫婦の生活には愛が欠かせない」ことを語るのが一般的だからです。

 私も自分が結婚する前までは、そう思ってそう言うお勧めを述べてきました。しかし、結婚後、果たしてそう言うものなのか?とふと考えました。自分が結婚してみれば、聖人君子でもない自分が常に愛をもって相手に仕えるなんてことは、不可能でることは当然でありました。ある時には絶望し、ある時には思い上がり、ある時には対立し、ある時には傷付け合い、ある時には求め合うものだったからです。考えて見ればそうです。親兄弟姉妹でさえそうであるわけですから。大事なことは結婚というものを通して残り、形作られるかということであったことに遅まきながら気が付いたわけです。

 本人達にとっては、生まれも育ちも違う背景を持つ人同士が出会うと言うことは暗黙の了解など何もなく、ただ、信じることのみによって家族が形成されていくという事に他なりません。結婚というのは実に信じることそのものであり、それは祈りに直結していく事柄なのです。だからこそ、結婚は、他の人々に祝福されなければなりません。「維持されなければならない」と憲法の定めは、その結婚を支持する人を必要とし、「国も可能な限りその結婚を維持することを制度によって後押しする」と宣言しているわけですから、一組の夫婦を維持していくための働きを、その結婚式に立ち会った一人一人と共に支えていかなければいけないと言うことを示します。だからこそ、キリスト教式の結婚式はあのような形式を取るわけです。二人が誓約をし、その誓約は多くの証人によって聞き届けられるのです。なにも酔狂でやっていたわけではありません。結婚を誓う若い二人に背負ってきた最も信頼できる人々を集め、互いに証人として立て合い協力を求めていくという意味合いを忘れてはいけないのです。

 私たちは造ると言うとき、全くの無から何かを造り出さなければいけないような思い込みをしていなかったでしょうか。結婚を決意した二人に、愛を絞り出せと求めていなかったでしょうか?結婚した私たちは愛するという事を、完全無欠な自分が絞り出すものという勘違いをしていなかったでしょうか。愛は、様々な人々の思いを結び合い、形作っていくものであるはずです。一人が思い上がって行うものは、愛ではなくて独裁であり、愛ではなくて押しつけです。それを結婚にかこつけて若い二人に押し付けることが結婚式ではないと思うのです。

 結婚生活において提示される愛とは何かと言えば、受け入れ合うこと以外の何物でもありません。家族が増え、そして子供が生まれるその中で、結婚は相応の苦労を夫婦に強いるでしょう。でも、その時その時に喜んでくれる人々の支えがあるからこそ、その家庭は愛を盛りつける最高の器として用いられていくのです。

 結婚は出会いです。出会いは多くの人を巻き込むのです。その場限りであってはいけません。それは、あなたたちの出会いをを受け入れる事を高らかに謳った人が居るからです。その結果見えてくるものが愛だからです。

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