2013年08月28日(水) 18時43分49秒

子ども子育て支援関連三法

テーマ:保育
先日、ある保育関係団体が主催する保育新制度の学習・検討会に参加してきました。

去年の夏、三党合意で成立した「子ども子育て支援関連三法」についての学習とグループワークだったわけですが、とにかくこの制度、今までの保育制度を根本から覆すほどの内容を持っているのと同時に、それが大枠しか決まっていないということで、保育業界では相当パニックになっていたりします。

グループワークでも結論などは出るわけもなく、「出るのは知恵熱だけ」みたいな案配になっていました。

「待機児童ゼロ」を目指して作られた制度ですから、待機児童がある地域にあっては現在ある保育所それぞれは、漫然と座しているわけにも行かないことは当然です。しかし、じゃあ、過疎地域にあってはどうかと言えば、それぞれの自治体と綿密な調整を行って、必要性の創出、サービスの構築をしていかなければ、再来年4月の施行後は、それもとんでもない事になるのは目に見えているわけです。

ある意味、国としては民間保育所の活力を再活性化したいという思いがあったと善意に受け止めたとしても、それを出来る保育所が地域に一体どれだけ存在するのかと問えば、疑問符がつくのが現実だったりします。

以前参加した、ある園長研修会で、講師が開口一番「皆さんは自分の園の保育に自信がありますか?」と問いました。誰もが「あります」とも言えずに首を傾げていると、「ありますよねえ。そうでなければ保育園を経営できるわけ無いですよねえ。」と更に言葉を継ぎました。皆仕方なしに頷くと、「じゃあ、なぜ、全国展開しないんですか?保育所の不足している地域になぜ、出てきてくれないんですか?」と語りかけました。

護送船団方式という言葉がありましたが、保育業界はまさにそれによって縛られてきたと言えるでしょう。厳しい指導監査と基準によって、言われるままやっていけば問題ないと思わされてきた認可保育所は途方に暮れるところが多いのです。かといって、やる気があるからといっても、その保育所がある地域の子供がそもそも減っていれば、手も足も出なかったりします。

合併前の旧木造町で考えれば、年間出生者数は既に20名を割り込み、そこに保育所が4つと幼稚園が二つ存在しています。他を蹴落とすばかりが経営改革なのだとすれば、旧木造町エリアは、もう保育園が存在する予知はないと言うことかも知れません。

さあ、木造保育所はどこに進んでいくのでしょう。

考えるべきは、やっぱり「児童福祉をどう厚くするか」と言うことにしかならないと思うのです。児童福祉を厚くする事は、子育て世帯を呼び込み、子育てしようとする意思を誘引し、その結果は過疎化に歯止めをかけることにも繋がるのではないかと思うのです。

「子供が生まれない」とか「子育て世帯がいない」とため息をつくのではなく、過疎化をどのように克服していくかを提言することが保育所の本来的な務めなのかも知れないと、最近思っています。

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2013年08月23日(金) 17時51分32秒

おとうしゃんといっしょ

テーマ:ブログ
夏の立て込んだ行事もほぼ終了で、ぐだぐだ暮らしたい今日この頃。

先日、娘が、こんな事を言いました。

「おとうしゃんと一緒に三本木に行きたい」

「お父さんと一緒に行きたい」と息子も…。

以前、出張に行った場所。家族旅行気分でウキウキついてきた娘や息子にとってはとても楽しい思い出の場所なのだろうと思わされました。でも、子供達は「おとうしゃんといっしょに~」を繰り返します。

日曜日は教会、月~土曜日は保育所。子供達も私もその毎日が続いていたこともあるのでしょうか。それに、何よりも残業などが入ると、「おとうさんとお仕事一緒にする~一緒に行く~」と…。

かわいそうな思いをさせているのかなあ。妻にも迷惑かけてるなあと思いながらの毎日。

でも、彼らの願いが叶ったか…。

10月にまた、出張が入りました。

今から楽しみにしている子供達です。


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2013年08月16日(金) 16時34分06秒

産まれて来たくって。

テーマ:子供たち
3歳ぐらいになると会話もある程度出来るようになる子が多く、そしてその一方で、母親の胎内にいた時の記憶が残っている限界点がこの時期だと聞いたことがあります。うまく、タイミングを掴むことが出来ると聞くことが出来るということは、よくあるようです。

昨夜、子供達のことを寝かしつけているときに、娘に産まれてきたときのことを聞いてみました。

すると、「モモモモモッて出てきたんだよ。血ぃ出たの」だそうです。どうも、帝王切開で取り上げられたときのことを言っているようです。

それから、「お母さんのお腹の中はあったかくって、ピンクだった。」と言っていました。

更には、「お腹の中は気持ちよかったけど、つまんなかった」だそうです。

信じるしかないのですが、言っている事を総合すると、「母親の胎内にいた時にはつまんなかった
」と言われて、「産まれたかったんだ」と思ったのと、産まれてから今までが、お腹の中にいるよりもずっと充実しているっていうことを意味しているんだと思ったら、親として、「ありがとう!」という思いになりました。

ある教会の牧師室-飛行機!!


毎晩、足に載せての「飛行機!!」がお約束の寝る時間。

ワーキャー言いながら、ニコニコ笑って眠る子供達。

毎晩、幸せな時間が流れていきます。


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2013年08月15日(木) 08時13分16秒

「終戦の日」に想いをよせて

テーマ:ブログ
終戦とは一体何だのか。

終戦の日ではなく敗戦の日ではないのかと言う指摘もあります。ちなみにポツダム宣言の受諾を決定し通知したのは8月14日にです。8月15日は玉音放送を通じて敗戦が国民に通知された日です。

しかし、多くの男性が軍隊に取られ、国力も疲弊し物資も欠乏し、空襲で追われた人々にとっては、勝ったかどうかではなくて、「とにかく戦争が終わった」という思いが強かったのではないかと思わされます。

今、あの戦争が正義の闘いだったと言う人が増えてきています。しかし、どちらに義があるかどうかではなく、当時大切だったことは戦争を終わらせること、そして大事なのは戦争をしないと言うことであったことを確認する事であったはずです。


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2013年08月13日(火) 15時35分07秒

流れ星に想いを寄せて

テーマ:ブログ
昨夜はペルセウス座流星群のピークでした。私が見たのは午前2時過ぎ。立て続けに4個ほど見ることが出来ました。

流れ星は箒星(彗星)の落としていった塵が大気圏に突入して燃え尽きたものだそうです。

「流れ星が光っている間に願い事を三回言うとその願い事が叶う」という言い伝えがありますが、この言い伝えのルーツを調べてみました。すると、yahoo!知恵袋で面白い逸話が紹介されていました。

ここから~~~~~~~~~~~~
アルタイ系のいくつかの民族は、流れ星は神様が地上の様子を見る為に「天の扉」をちょっと開いた時に漏れた光だと考えました。つまり、流れ星が流れた時は神様が私達の方を見ている時であり、その間に願い事を言えば叶うと考えられていたのです。
ここまで~~~~~~~~~~~~

「流れ星は神様が地上の様子を見る為に『天の扉』をちょっと開いた時に漏れた光」とは面白い解釈ですね。

そう言えば、高校生の頃、夕方に「火球」(明るい流れ星)見た事があります。その時、「シューーーー」という音を聞いたことがあります。

しかし実際には数十km上空で起こっている現象であるため、地上の観測者に物理的な音が届いたとしても音速を考えれば数分後のはずです。

この不思議については、wikipedhiaに紹介されていました。

オーストラリアのニューカッスル大学のコリン・ケイ (Colin Keay) は1980年に流星の音に関する論文を発表した。

彼の考えではある程度の高度以下まで突入した大火球によって、プラズマの乱流ができる。この乱流プラズマは、地球磁気圏の磁力線にからみつき、ひきずる。直ちにプラズマが冷えるとともに、乱された状態の磁力線ももとにもどる。このときに極めて低い周波数の電磁波が発生し、光の速さで地上に達し、観測者の近くの物体がその電磁波に揺さぶられれば、同じ周波数の音が出る。


なるほど。そう言う珍妙な体験をしていたのですね。

そう言えば、「折り紙ヒコーキによる宇宙からの帰還プロジェクト」なんていう妙に壮大な実験計画があったのを思い出しました。

どうなったか報告がなかったので調べてみたら、

「宇宙紙飛行機の発射見送り 衝突事故やごみ化を懸念 」という記事が出てきました。

高速で地球の周りを回るISSから放たれる紙飛行機も高速で飛ぶため、飛ばす方向を誤った場合、紙飛行機がISSや他の人工衛星にぶつかり、太陽電池パネルなどの部品を破損させる恐れがあるという。それを防ぐための地上からの監視態勢の整備などが間に合わなかったという。

ありゃりゃ、残念。

ペルセウス座流星群は、15日あたりまで見ることが出来るということです。未明の北東の空、ペルセウス座付近から、放射状に広く広がる形で現れますので、ちょっと早起きしてご覧下さい。

そう言えば、ペルセウス座流星群を楽しもう!と銘を打って天体望遠鏡を売っている店があったっけ。天体望遠鏡では流星群は観察できません。夜空を広く、ボーっと見ているほうがよっぽど見つけやすいですから。


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2013年08月12日(月) 13時21分06秒

お父さんを襲う怪奇現象 千葉家新報 内輪ネタ

テーマ:千葉家新報
千葉家新報 8月11日付

夏、盆も近づくこの時期、千葉家では、夜な夜な起こる怪奇現象にお父さんが悩まされている。

お父さんによれば、異変は数週間前から続いていたという。そして、その異変は大体寝ている間に起こっていたという。身動きが取れない金縛り、また、顔面に圧迫を感じ、窒息寸前で目が覚めたときもあった。更には、何者かに殴られたような痛みを感じたこともあるという。慌てて起きてみれば、「家族は何事もなく寝ている」(お父さん)ということで、謎は深まったままだ。

昨日、ショッピングセンターで息子を肩車をしていたお父さんが突如、異変に襲われた。

いきなり呼吸困難に陥り、首が絞められたような圧迫感を感じ、直後には耳鳴りも感じ危なく息子を落としそうになったと言う。肩車に乗っていた息子によれば、「行きたくない方向だったので頭に抱きついた途端、突然お父さんが苦しみ出し心配だった」と当時の模様を語った。

千葉家警察お母さん支部が傷害容疑で捜査をしたが、そもそもお父さんがそのような状態になったことさえ立証できなかった。

お父さんの状況を聞きつけた千葉家の飼い猫、猫又のモカさん(オス猫:13歳)によれば、現場にも何の証拠も残されておらず、霊障の可能性が高いとした上で「暑い夏には子供と寝ている父親を狙った悪霊が悪さをするものです。別々に寝ることで悪霊も静まるでしょう」と語り、「お払いには猫缶300円以上が必要です」と付け加えた。

昨夜はモカさんの勧めに従ったお父さん。「言われた通り、子供と別の部屋で寝たら何も起こらずに、よく眠れた」と語り、モカさんに対して最高級猫缶をプレゼントする意向を示した。

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2013年08月09日(金) 11時48分44秒

生きているからこそ

テーマ:ブログ
「やぎさんゆうびん」や「ぞうさん」の詩を書いた「まどみちお」さんの「まどさんの詩の本・あのうた このうた」という詩集の中に「うさぎ」という詩があります。

「うさぎ」
 うさぎに うまれて
 うれしい うさぎ
 はねても
 はねても
 はねても
 はねても
 うさぎで なくなりゃしない
 
 うさぎに うまれて
 うれしい うさぎ
 とんでも
 とんでも
 とんでも
 とんでも
 くさはら なくなりゃしない

私には小学校一年生になる長男と、三歳児の娘がいます。2年前、車での移動中、当時1歳の娘がぐずって泣き出しました。隣に座ってた息子。お兄ちゃんらしく、「泣かないの、よしよし、泣かないで…」と一生懸命慰めていました。微笑ましいなあと思ってみていました。それでも止まらない娘の泣き声。だんだんイライラしてきたのでしょう、突然、「泣かないの!!」と大声で一喝。当然ながら、更に泣き出す娘。息子は困ったのでしょう、「あ゛~~~!!!もう!泣かないって言ってるじゃない!!」どうも、息子も育児ストレスを感じていたようです。

子育てって、イラッとすることの連続かも知れません。四歳の息子だって、育児ストレスを毎日実感していたのかも知れません。

育児ストレスとはもどかしさ。私達大人の場合、そのもどかしさとは子供に完璧を求める事から来るのかも知れません。そして、その背後に見え隠れする自分本意の欲に気が付いた時に激しく動揺するのでしょう。自分って酷いよねって…。そんな私達大人は一体子供達に何を求めているのでしょう。

最近、教育界などで話題になってきたものに「死人テスト」というものがあります。これは、標的行動(指導目標)を設定するときに、「死人にもできることは行動とは言わない」という簡易なルールによって判断しようとすることです。

例えば「静かにしなさい」とか「廊下を走らない」という指示で考えて見ましょう。おしゃべりが止まらない死人や、廊下を走る死人などいるわけもありません。つまり、ですから目標とする行動を提示したことにはならないのです。それぞれの正解はもはやお分かりですね。「話を聞きなさい」「廊下は歩きましょう」が正解なのです。 つまり、“生きているからこそ”「うるさい」ですし「走り回る」存在だと言うことになります。「盗むな」とか「人を殺すな」はどうでしょう?ホラー映画だったらいざ知らず、死人が人を殺すわけがないからです。「喧嘩するな」はどうでしょう。全員死人なら、戦争どころか何のいさかいもなくなります。

「あなたがたは愛によって歩みなさい。」とあります。エフェソ5章2節の聖句ですが、前節は、7月の聖句でもある「あなたがたは神に愛されている子供ですから」とあります。人間が人間らしく活き活きと生きることが神様の求めであることは、イエス様の教えからはっきりしています。でも、もしかして私達は保育の実践の中で、子供達に対し、死人と等しい存在であることを結果的に求めていたのではないかと思い当たりました。子供は生きているからこそ走り、騒ぎ、悪戯する…そんな存在であったはずです。

今月の聖句を見てみれば、キリスト教精神とは総ての人々が神の子供らしく活き活きとしている世界を目指すものであって、その人々の幼少期を預かる私達のキリスト教主義保育とは「子供が死人であること求めない、子供が活き活きと子供らしく生きることを求める」と言うことでしょう。そしてそれによってこそ、私達は「愛によって歩」むことができるのだと思います。


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2013年08月04日(日) 07時55分39秒

多様な世界だから

テーマ:説教

 選挙前の国会で「いじめ防止対策推進法と言う法律が可決されたそうです。早速取り寄せて読んでみましたが、まず思ったのは、「なんじゃこりゃ?」でした。その最たるものが第四条です。

(いじめの禁止)第四条 児童等は、いじめを行ってはならない。

 禁止したぐらいでなくならないのがいじめであって、それは、いじめが集団や個、「シカト」のような精神的な圧力から身体に対する直接的な危害ま で様々であるからです。また、いじめを黙認する者もいれば、あくまで悪ふざけが結果的にいじめになってしまった例まであるいじめを具体的にどう「禁止する」というのでしょう?

 いじめはどうして起きるのでしょう。さかなクンが朝日新聞の特集記事「いじめられている君へ」(2006年12月2日掲載)で、「広い海へ出てみよう」と題した文章を寄せています。一部を抜粋しますが、

「たとえばメジナは海の中で仲良く群れて泳いでいます。せまい水槽(すいそう)に一緒に入れたら、1匹を仲間はずれにして攻撃(こうげき)し始めたのです。けがしてかわいそうで、そのさかなを別の水槽に入れました。すると残ったメジナは別の1匹をいじめ始めました。 助け出しても、また次のいじめられっ子が出てきます。いじめっ子を水槽から出しても新たないじめっ子があらわれます。
 広い海の中ならこんなことはないのに、小さな世界に閉じこめると、なぜかいじめが始まるのです。同じ場所にすみ、同じエサを食べる、同じ種類同士です。」

「広い海の中ならこんな事はないのに」とさかなクンは言います。逆に言えば、子供達の中で起こっているいじめは、「狭い世界」の中に子供達が放り込まれている現状を示していると考えることは出来ないでしょうか。見えない壁に囲まれた子供達の窒息感が、いじめを導き出していると言うことはできないでしょうか。

 先日、ある会合で、「子供にいじめをしてはいけないと教えても、小学一年生では、まだ未熟で理解に時間がかかる。」との発言を耳にしました。お言葉ですが…」と口を挟み、「私たちの保育所では、0歳児から5歳児を対象にしています。小学1年生にもなっていない5歳児は保育園に於いては、一番しっかりした存在であり、自分より小さい弱い存在を大切にし、助け、教え、導く頼りになる存在です。そしてそんな彼らに対し、私たちの保育所では、『いじめたらだめだよ』とは教えません。『いじめられている子、困っている子に寄り添いなさい』と教えています。私たちの保育所の卒園児を見て下さい、彼らはみんなその様にしているはずです。そのことはよく判るはずです。」と反論しました。

 違和感を抱いたとしても、それでいじめが起こるのはそれは私たちの勇気が足りないだけなのです。「今日はあの人と一緒に居たくない」、「彼は苦手だ」と思うことは人間として当然のことです。それはこの世界が画一性を無価値なものとして示す一方で、多様性に満ちた豊かさを物語っていると捉えることはできないでしょうか。子供達が、豊かな人間関係に飢えていることを理解し、愛され、褒められ、感情を共感される体験をどれだけ提供できるかによって、その文化は豊かにも狭量にもなると思うのです。子供達の本性が善に見えるか、悪に見えるか…。それは、子供達が飢えている人間関係を大人がどう考えるか、その一点のみで、変わってくる問題なのだと思うのです。

 多様な世界を子供達にどう伝えるのか、そこに教育の本質があります。


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2013年08月03日(土) 07時32分44秒

いじめを防ぐにはお金?…「いじめ防止対策推進法」その2

テーマ:ブログ
「いじめ防止対策推進法」(http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/1337219.htm)の考察の続きです。

第三条の理念(理念と呼ぶのは何か違和感がありますが…)をもとに、第五条(国の責務)、第六条(地方公共団体の責務)、第七条(学校の設置者の責務)、第八条(学校及び学校の教職員の責務)、第九条(保護者の責務等)と責任区分が明示されているわけですが、国と地方公共団体の場合には「いじめ防止のための対策や施策を策定し、及び実施する責務を有する。」と書かれるに対し、学校及び学校の教職員に対しては、

ここから===================
第八条 学校及び学校の教職員は、基本理念にのっとり、当該学校に在籍する児童等の保護者、地域住民、児童相談所その他の関係者との連携を図りつつ、学校全体でいじめの防止及び早期発見に取り組むとともに、当該学校に在籍する児童等がいじめを受けていると思われるときは、適切かつ迅速にこれに対処する責務を有する。
ここまで===================

保護者に対しては、

ここから===================
第九条 保護者は、子の教育について第一義的責任を有するものであって、その保護する児童等がいじめを行うことのないよう、当該児童等に対し、規範意識を養うための指導その他の必要な指導を行うよう努めるものとする。
2 保護者は、その保護する児童等がいじめを受けた場合には、適切に当該児童等をいじめから保護するものとする。
3 保護者は、国、地方公共団体、学校の設置者及びその設置する学校が講ずるいじめの防止等のための措置に協力するよう努めるものとする。
4 第一項の規定は、家庭教育の自主性が尊重されるべきことに変更を加えるものと解してはならず、また、前三項の規定は、いじめの防止等に関する学校の設置者及びその設置する学校の責任を軽減するものと解してはならない。
ここまで===================

どんどんと、文章が長くなってきます。四項によって保護者に対して「口出しはしません」、「責任は持たせます」と書かれていたとしても、学校までは組織体だと考えると「保護者は、国、地方公共団体、学校の設置者及びその設置する学校が講ずるいじめの防止等のための措置に協力するよう努める」という三項の規定はとても重苦しいものです。

第二項の「保護者は、その保護する児童等がいじめを受けた場合には、適切に当該児童等をいじめから保護するものとする。」も変な話です。国、地方公共団体、学校のいずれも、いじめを受けた児童を保護する義務には言及されていない訳ですし、これでは、保護者は学校にいつも張り付いているか、学校の呼び出しを受けたらすぐに保護に乗り出さなければいけないと言うことになってしまいます。

いじめる児童の親の立場に立っても、いじめられる児童の親の立場に立ってもそこの中には、「国、地方公共団体、学校の設置者及びその設置する学校が講じるいじめの防止などのための措置」を前提に動かなければいけないと言うことを意味します。

そもそも、「有する」と言う言葉を責務の所在を示す言葉として用いるのはどうなのかとも思ってしまいます。本来であれば、「責務を負う」であるべきで、「有する」は権利の所在を意味するからです。

さてはて、その「国や地方自治体が有する責務」は一体何を意味するのかというと、(財政上の措置等)として第十条があります。

ここから===================
第十条 国及び地方公共団体は、いじめの防止等のための対策を推進するために必要な財政上の措置その他の必要な措置を講ずるよう努めるものとする。
ここまで===================

「いじめの防止等」となぜ「等」を付けるのか気になるところですが、「いじめの防止」に関して講じる財政上の措置とは一体何なんでしょう?

ここから===================
(いじめの防止等のための対策に従事する人材の確保及び資質の向上)
第十八条 国及び地方公共団体は、いじめを受けた児童等又はその保護者に対する支援、いじめを行った児童等に対する指導又はその保護者に対する助言その他のいじめの防止等のための対策が専門的知識に基づき適切に行われるよう、教員の養成及び研修の充実を通じた教員の資質の向上、生徒指導に係る体制等の充実のための教諭、養護教諭その他の教員の配置、心理、福祉等に関する専門的知識を有する者であっていじめの防止を含む教育相談に応じるものの確保、いじめへの対処に関し助言を行うために学校の求めに応じて派遣される者の確保等必要な措置を講ずるものとする。
2 学校の設置者及びその設置する学校は、当該学校の教職員に対し、いじめの防止等のための対策に関する研修の実施その他のいじめの防止等のための対策に関する資質の向上に必要な措置を計画的に行わなければならない。
ここまで===================

出てきました。「心理、福祉等に関する専門的知識を有する者であっていじめの防止を含む教育相談に応じるもの」…これってどういう人なんでしょうか?

ここまで来て何か、「大阪市家庭教育支援条例(案)」を思い出しました。

ここから===================
大阪市家庭教育支援条例(案)第19条
保育・教育・福祉・医療等にわたる、発達障害を予防、防止する学際的研究を支援するとともに、各現場での実践的な取り組みを支援し、また、その結果を公表することによって、いっそう有効な予防、防止策の確立を期す
ここまで===================

で、こっちの条例案はご丁寧に、その支援に関する「親学アドバイザー」なる民間資格を指定しています。

ここから===================
(民間有資格者の育成に対する支援)
第21条
親としての学び、親になるための学びを支援、指導する「親学アドバイザー」など、民間有資格者等の育成を支援する
ここまで===================

親学アドバイザーを例にとって言えば、親学アドバイザー資格を得るには、親学基礎講座をすべて修了(全4講座で13,000円(税込み、別途テキスト代1,680円))した上で、全6講座(25,000円(税込、認定審査料5,000円を含む。別途テキスト代1,680円))が必要となるそうで、合計で4万円を超えてしまいます。

今回のいじめ防止対策推進法では、法律の中ではそう言う資格を指定していませんが、多分、文科省の方で指定した(認可した)資格を取得させる費用と言うことになります。そして、「育成を支援する」と言うことですから、公費支出で、教員や保育士、保健師などに受講させるのでしょう。そうすると、一体いくらになるのでしょう。特別区、市町村数を調べてみました。

市     789
町     746
村     184
市町村計   1719
特別区      23
総計 1742

で、小中高の総数が37000校あまり。自治体から一人ずつ職員と、そして分校などを外して見積もったとしても1000人近くの教師が、そのような特定の団体が発行する資格を取得するように義務づけが始まれば一気に独占的な利権が生まれる構図です。

38000人×40000円=1,520,000,000円

1500000000円…15億2千万円??

一大市場の誕生ですねえ。

こう考えると、この法律を作る必要性って何だったんだろう?と勘ぐらざるを得なくなります。

私が捻くれているのか何なのか…。

次回はいじめについて、少し考えて見たいと思います。



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