ジオターゲティング
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2013年07月31日(水) 09時50分34秒

何を見て育つ

テーマ:ブログ
知り合いの名言です。

「子どもは親の背中を見て育つといいますが、でも、親も子どもの背中を見て親になってゆく気がします。」

本当にその通りだと思いました。

更に、付け加えれば、「大人は子供と向き合うことによって大人になる」んだなあと思わされました。


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2013年07月28日(日) 06時54分19秒

バイリンガル

テーマ:ブログ
先日の、おばちゃんとの会話。

「『わいは』って、テレビ業界用語では、ハワイの意味なんですよ。」というと、

「わいは!」と驚いていました。

「わいは!」津軽の人達の感嘆詞です。

任地が京都、群馬、津軽と変わると、方言って本当に面白い問だと思います。

今日、三歳半の娘が保育園で私に、「園長先生、今、私、積み木でお家作ってるはんで」と呼びかけてきました。自発的に園長と呼び分ける娘にも驚きます(息子もそうでした)が、「~だはんで」という津軽弁を使ったことにもっとビックリしました。

保育園だけで、家では聞けない娘の津軽弁。

着々とバイリンガルに成長しているようですし、息子も小学校では津軽弁なのかも知れません。


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2013年07月21日(日) 06時49分44秒

通信簿

テーマ:ブログ
一昨日人生初の通信簿を息子が持って帰ってきました。「通信簿は成績表じゃないよ」と子供の頃に以前に言われていたことを思い出しました。

息子の通信簿を見た私の感想は、「先生は息子の事をよく見てくれている」という一語に尽きました。感謝な事です。

「よくできた」、「できた」、「がんばろう」の三点で示されているものを、彼が通った保育所の所長である立場の私が見た時、通知表は、「担任の先生が息子をどう見ているのかと言うことを示している」のだということを思い、「通信簿は成績表じゃない」という意味が理解できました。

実は保育所にも「保育経過票」なるものがあります。

年齢毎に設定された項目が出来ているかいないかを期毎にチェックする訳ですが、これは、私たちがその子をどう支援するか、どういう風に伸ばしていくかを考えるためのものです。

通信簿は読んで字の如く担任の先生と親が通信をするための題材です。「あなたのお子さんはこういう事が得意で、こういう事が苦手なので、こういう支援をしながらやっていきたいと思いますがいかがでしょう?」これが通信簿の意味するところのはずです。

さて、時に新聞などでは「政権の通信簿」と評価される国政選挙ですが、よく考えれば選挙って勝ち負けではないはずで、選挙結果はあくまで「国会の通信簿」というべきものだと思います。

しかし、勝ち負けが重要と、選挙の前に世論調査がばんばん出てくると、何か悩ましい気持ちになります。自分が入れようと思っている政党が優勢であれ、劣勢であれです。

特に、与党と対立する候補が多いとそれは尚更悩ましい。

もし、優勢の政党を支持できないとしても、今度はそれをどの党に託すのかは票の分裂などを考えると尚更ややこしい。この一票が死票にならない為にはどうしたらいいのかと悩み続ける人たちが多いだろうと思います。

もし、優勢の政党が自分が支持する政党だったとしても、自分が支持しない政策の一つや二つはあるでしょう。それをどう飲み込むかがややこしい。

それにしても、通信簿には「国語、算数、体育、図工」という学習の他に、「生活」という部分があります。勉強以外の部分の基本的な生活習慣などには「あいさつをする」とか「さいごまでがんばってやる」、とか、そう言う項目があります。私には「学習」よりも「生活」の部分がより大切だと思えます。

政治家の皆さんが問うている「政策」は通信簿に入れるとすれば「学科」みたいな項目になるでしょう。実は、学科の部分は官僚がやってたりします。

でも、本当に大切で、しかも、皆さんが見落としているのはその「生活の部分」。

「国民を大切にする」、「約束を曲げない」、「間違いは素直に認める」、「人を貶めない」、「決められたものを守る」、「優しさを持つ」…

通信簿が出るまでは、真面目に謙虚にやっておきながら、通信簿が出た途端に尊大になる人は、「生活」の部分で「がんばろう」という項目だけが付いた子供のようです。そんな方だけは選ばないように…。

さあ、選挙に行きましょう。

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2013年07月18日(木) 09時43分23秒

武士道のない政治

テーマ:政治
ある漫画の中で護衛艦隊指令のセリフにしびれた事を思い出しました。
「攻撃すること無しに守りきることができますか」との問いに「それをするのが自衛隊ではないか」と司令官。

こういう誇りはどんな現場にあっても持っているべきだと思います。

「できると思いますか?」「それをするのが自分達の役目じゃないか」これこそ、正に武士道だと思います。

これに倣って言えば、

「首相!日本国憲法で国が守れるとお考えですか?」

「それをするのがわれわれ政治家と良識溢れる日本国民ではないか」

そういえる人が首相になっていただきたいと私は思っていますが、今の日本を見たときに、そう言う首相が日本に立つことは、難しい未来になってしまうのかもしれません。


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2013年07月17日(水) 00時47分14秒

いじめ禁止!!…「いじめ防止対策推進法」を考える その1

テーマ:政治
「いじめ防止対策推進法」(http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/1337219.htm)なるものがいつの間にやら出来ていました。


「性善なのか性悪なのか」http://ameblo.jp/ootahachiman-ch/entry-11571306946.html
で、期せずしていじめのことを少し書きましたので、読んでみる必要があると思い、早速ダウンロードしてみました。

まず、本文をざっと読んでみて思ったのは、「なんじゃこりゃ?」でした。その最たるものが第四条です。

=======================
(いじめの禁止)
第四条 児童等は、いじめを行ってはならない。
=======================

そもそも「児童等は」とは一体何を意味しているのでしょう?

更に言えば、禁止したぐらいでなくならないのがいじめであって、それは、いじめが集団や個、「シカト」のような精神的な圧力から身体に対する直接的な危害まで様々であるからです。また、いじめを黙認する者もいれば、あくまで悪ふざけが結果的にいじめになってしまった例まであるいじめを具体的にどう「禁止する」というのでしょう?


第二条に定義がありました。

=======================
(定義)
第二条 この法律において「いじめ」とは、児童等に対して、当該児童等が在籍する学校に在籍している等当該児童等と一定の人的関係にある他の児童等が行う心理的又は物理的な影響を与える行為(インターネットを通じて行われるものを含む。)であって、当該行為の対象となった児童等が心身の苦痛を感じているものをいう。
2 この法律において「学校」とは、学校教育法(昭和二十二年法律第二十六号)第一条に規定する小学校、中学校、高等学校、中等教育学校及び特別支援学校(幼稚部を除く。)をいう。
3 この法律において「児童等」とは、学校に在籍する児童又は生徒をいう。
4 この法律において「保護者」とは、親権を行う者(親権を行う者のないときは、未成年後見人)をいう。
=======================

つまり、いじめというのは、「学校(小学校、中学校、高等学校、中等教育学校及び特別支援学校(幼稚部を除く。)において、学校に在籍する児童又は生徒同士が行う心理的又は物理的な影響を与える行為(インターネットを通じて行われるものを含む。)」と言うことになります。捻くれて考えれば、「大人は児童等ではない」という意味にもなってしまいます。

私が実際に相談を受けた事例では、高校の教員が生徒をいじめて、退学に追い込むという事がありました。これは、今回の法律には抵触しないのでしょうね。おかしな話です。

「影響を与える」とは一体何かは定義されていません。本当であれば、「心理的又は物理的な被害を与える行為」だと思うのですが、なぜか、ここではそうは定義されていない事は何を意味するのか疑問が生まれます。第一条では、「いじめを受けた児童等の教育を受ける権利を著しく侵害し、その心身の健全な成長及び人格の形成に重大な影響を与えるのみならず、その生命又は身体に重大な危険を生じさせるおそれがあるものである」と書かれているのにです。

=======================
(目的)
第一条 この法律は、いじめが、いじめを受けた児童等の教育を受ける権利を著しく侵害し、その心身の健全な成長及び人格の形成に重大な影響を与えるのみならず、その生命又は身体に重大な危険を生じさせるおそれがあるものであることに鑑み、児童等の尊厳を保持するため、いじめの防止等(いじめの防止、いじめの早期発見及びいじめへの対処をいう。以下同じ。)のための対策に関し、基本理念を定め、国及び地方公共団体等の責務を明らかにし、並びにいじめの防止等のための対策に関する基本的な方針の策定について定めるとともに、いじめの防止等のための対策の基本となる事項を定めることにより、いじめの防止等のための対策を総合的かつ効果的に推進することを目的とする。
=======================

さてはて、では、この「いじめ防止対策推進法」の中で考えられているいじめとは、どのような現象として捉えられているかを全体を追って考えて見ます。第三条では基本理念が謳われています。理念というのもどうかと思うのですが、

=======================
(基本理念)
第三条 いじめの防止等のための対策は、いじめが全ての児童等に関係する問題であることに鑑み、児童等が安心して学習その他の活動に取り組むことができるよう、学校の内外を問わずいじめが行われなくなるようにすることを旨として行われなければならない。
2 いじめの防止等のための対策は、全ての児童等がいじめを行わず、及び他の児童等に対して行われるいじめを認識しながらこれを放置することがないようにするため、いじめが児童等の心身に及ぼす影響その他のいじめの問題に関する児童等の理解を深めることを旨として行われなければならない。
3 いじめの防止等のための対策は、いじめを受けた児童等の生命及び心身を保護することが特に重要であることを認識しつつ、国、地方公共団体、学校、地域住民、家庭その他の関係者の連携の下、いじめの問題を克服することを目指して行われなければならない。
=======================

で、件の第四条に繋がっている訳ですが、話が繋がりません。どういう事かというと、「児童等は、いじめを行ってはならない。」と言うことは、いじめが社会問題になってより数十年の間言われ続けてきたことだからです。第三条の2項も3項この理屈も数十年言われ続けてきたことです。つまり、何も目新しさを感じられません。

逆に言えば、こう言われ続けてもなお、いじめが続き、それによって被害者児童が自殺などに至ってしまってきたことを考えると「今までは法律がなかったから対処できなかったんだ」と言いたいのだろうかと勘ぐってしまいます。

じゃあ、法律が出来たんだから国や地方自治体はきちんと対処してくれるようになるのでしょうか?

ところがそういうことにはなりそうにないってのが、この法律のやっかいなところです。

(その2に続く)


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2013年07月12日(金) 19時13分44秒

性善なのか性悪なのか

テーマ:保育
教育を語るときに必ず問題になるのが、性善説なのか、性悪説なのかという人間の本質に関わる問題です。

ちょっと前に、NHKで、「『人は本来は善人の可能性』の実験結果」というニュースが伝えられました。

ここから~~~~
「人は本来は善人の可能性」の実験結果

赤ちゃんに図形を使っていじめの様子を見せたところ、赤ちゃんはいじめられた側に関心を示すとする実験結果を京都大学の研究グループが明らかにしました。

グループでは「赤ちゃんが弱い立場の側に同情的な態度を示した結果で、人は本来、善人である可能性を示唆している」としています。

これは、京都大学大学院の鹿子木康弘特定助教らの研究グループが発表したものです。研究グループは、ある図形が別の図形を攻撃していじめている様子をアニメ-ションで描き、生後10か月の赤ちゃん20人に見せました。このあと、赤ちゃんにアニメーションと同じ図形を選ばせたところ、80%に当たる16人がいじめられた側の図形を選んだということです。

研究グループでは、弱く苦しい立場の側に同情的な態度を示した結果と解釈できるとしています。グループでは、大人を対象に同じような実験を進めていて、大人では、いじめられた側に同情する割合が少なくなる傾向があるということで、鹿子木特定助教は「人は本来は善人である可能性を示唆している」と話しています。
(ソース:NHK http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130613/t10015264491000.html リンク切れ)
ここまで~~~~

この実験結果には、多分に「性善説」に対する意図的な期待が入っているかも知れないという批判は立ちますが、それでも、幼児と関わる現場にいる人間としては、ホッとするような何とも言えない感覚を覚えます。

少し前に参加した研修会では、評論家の犬養道子が書かれた「人権思想の基礎にあるもの」という文章の抜粋が紹介されました。

資料からの引き写しですが転載します。

ここから~~~~
「人権思想の基礎にあるもの」犬養道子(評論家)
ー抜粋ー
「いかに人間が自己・利己にとじこもりたい傾向を持つ弱く愚かな存在であろうとも、“自分にとって痛くつらく悲しいことは、他人にとっても痛くつらく悲しい”“いま、自分がされたくないことは他人もまた、されたくない”という素朴かつ古今東西どこにもあてはまる普通の真理は、イデオロギーに毒されぬ限り、各自の中にものごころつくころすでに秘められ育つ日を待っているのである。一般庶民が思いやりと名づけるこの心的態度こそは、人権思想の基礎であって、それをいかに育てて開花させ、少しでも広くつよく全世界の各国各民の間に根づかせていくかは、最初にまた最終的に、家庭教育、幼児教育にかかる。目に一丁の文字のないところでも、思いやりの心の習慣を育てることは十分に出来る。と同時に、国際会議の人権委員会がどれほど声を大にして語ろうと、人の心の習慣を正し育てることは極めて難しい。…人を人とするもの(すなわち互いに共通して持つ人権を互いが尊ぶ)は、幼少時を包みこむ温かい思いやりの父や母や、不幸にして彼ら不在のさいには代わって幼い者たちのそばに立つ人々の、つくり出す善き雰囲気と心の習慣なのである」
ここまで~~~~

人間の本性が善なのか、悪なのかは解りませんが、その一方で現場の体験から確実なことは、赤ちゃんが、豊かな人間関係に飢えていること、…それも、愛され、褒められ、感情を共感される体験に飢えているということです。そして、その飢えを満たされる(…つまり愛され、褒められ、感情を共感される)ほどに、子供達は、相手を愛おしむ行動が増えていきます。私の保育所でも、一歳児クラスで既に、泣いている子に近寄り頭をなでてあげる子が何人も見られます。

先日、「子供にいじめをしてはいけないと教えても、小学一年生では、まだ未熟で理解に時間がかかる。」との発言を耳にしました。

「お言葉ですが…」と口を挟み、

「私たちの保育所では、0歳児から5歳児を対象にしています。小学1年生にもなっていない5歳児は保育園に於いては、一番しっかりした存在であり、自分より小さい弱い存在を大切にし、助け、教え、導く頼りになる存在です。そしてそんな彼らに対し、私たちの保育所では、小学校さんが教えようとしているそれを上回り、いじめられている子、困っている子に寄り添うことを教えています。私たちの保育所の卒園児を見て下されば、そのことはよく判るはずです。」

と反論しました。

子供達が、豊かな人間関係に飢えていることを理解し、愛され、褒められ、感情を共感される体験をどれだけ提供できるかによって、その文化は豊かにも狭量にもなると思うのです。

人間の本性が善に見えるか、悪に見えるか…。

それは、子供達が飢えている人間関係を大人がどう考えるか、その一点のみで、変わってくる問題なのでしょう。


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2013年07月11日(木) 09時48分03秒

た、、、、立場が…

テーマ:子供たち
今朝の登校風景。

月曜日、病院からの直送だった息子。

火曜日も遅刻しそうになりうっかり車で送ったのが悪かった。昨日、今日と「自動車に乗って行く」と大騒ぎ。

一緒に歩いて送っていったのですが、昨日はしぶしぶ、今日は大騒ぎとなりました。

「あ~無理だ~」、「ふらふらする~」、「ハックション、ハーックション、寒い、風邪引いた、歩けない」など大きな声でのアピール多数。

「じゃあ、学校は無理だな、よし、帰ろう!」と言って手を引っ張った途端、

「やめてーーーーーー!!!」と絶叫!!

そこは警察署の前…。

一挙に妄想が飛び出します。

「つがる市にある保育所の所長が、誘拐未遂で取り押さえられるという事件が発生しました」みたいなことになりかねません。まあ、署長さんとはお隣同士ですから、何とでもなるとは思いますが…。

更に、「お父さん、僕は一人で行けるんだから、もう、ついてこないで!」と怒鳴られた。

なんか、立場を逆にされてしまいました。

とぼとぼと家に帰った私でありました。


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2013年07月10日(水) 17時14分35秒

十和田訪問記…その3

テーマ:家族旅行記
さあ、2日目。

前夜、遠のく意識の中、「あ、明日は仕事なんだっけ」と思っていたからか、4時には目が覚めました。良い布団でしたので、ぐっすりと眠れました。

早速、仕事で使う資料の整理にかかります。内容は、「宗教法人と付帯施設」といった内容で、keynoteというプレゼンテーションソフトを使い、プロジェクターで表示しながら、お話しをする予定です。

そうこうしている間に、娘が持ってきた使い古しの携帯電話のアラームが鳴り始めました。息子が跳ね起きて、それを弄りはじめます。もうちょっと寝ていて欲しかったのに…。

朝食の買い出しは近所のコンビニに行きました。ピンク好きの娘は紅芋蒸しパンに目が止まりました。息子の方は部屋にあるおもちゃに気が取られて、「食べない、早く帰る」と頑張ります。しょうがない。納豆巻きとおにぎりを数個買って帰りました。

蒸しパンを丸々一個食べた娘は更に納豆巻きを食べ、息子のおにぎりが欲しいと要求。「仕方がない、もう一個買ってくる」と、妻が対応。

バイクシミュレーターに未練を残す子供達を叱咤激励し着替えさせ、出発です。

さて、本題の仕事の方は、午前中は礼拝説教、午後は研修会と二段構えです。

妻には三人で遊びに行っても良いと言ってありましたが、「二人抱えては自信がない」ということで、同行することになりました。

仕事の方は問題なく終了し、さあどこ行こうかと言うと「十和田市現代美術館の前だけでも行ってみたい」と妻。それに対し息子は駒っこランドに再び行きたいと大騒ぎ。結局、ちょっとだけ、美術館の前で遊んで駒っこランドへ行くことにしました。

車に乗って気が付いてみれば娘は夢の世界へ。無理もないですね。こってり遊んでますから…。それでも、15分ぐらいで駒っこランドについた途端、眠い目をこすりこすり遊びはじめました。恐るべし3歳児です。結局、1時間半ほど遊び、5時半の閉園と同時に帰る事になりました。

妻は萱野茶屋の水をもらって帰りたいと空のペットボトルを捨てないで持ってきたのですが、萱野茶屋は閉店、水も出ていませんでした。

途中青森により、ファミリーレストランで夕食を食べ、帰宅したのは9時過ぎ。家族揃ってバタンキューで今回の小旅行は終わり。

子供達は、とにかく楽しかったようです。良かった良かった。

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2013年07月09日(火) 16時00分17秒

「ねじれ」ってなんだろう?…投票前に知って頂きたいこと。

テーマ:政治
「ねじれ」って言葉を耳にしますが、さて、この「ねじれ」ってなんだろうと改めて思った次第です。

国会の状態を示す言葉としては「衆議院と参議院で与党が違う状態」を「ねじれ状態」と呼んでいます。で、そうなった時には、法案が通りづらいこともあって、直近の選挙で勝利したほうが「ねじれ解消」を訴えます。

さて、

「安倍晋三首相は7日のNHK番組で、憲法について『6割の国民が変えたいと思っても国会議員の3分の1超が反対すればできないのはおかしい』と述べ、改憲の手続きを定めた96条を見直し、発議要件を衆参両院の過半数(現行3分の2以上)の賛成に緩和することに改めて積極的な姿勢を示した」

と報じられました。

安倍首相の言葉によれば、「6割の国民が変えたいと思っても国会議員の3分の1超が反対すればできない」という状態を問題視しています。ここで問題なのは、彼の中で、「国民」と「国会議員」のねじれを意図的に使っていることです。

入れ替えて考えて見ましょう。

「国民の三分の一超が変えたくないと思っていても国会議員の六割が変えたいと思えばできるのは正しい」ということになってしまいます。

翻って考えて見ます。

ねじれ国会とは、国会議員の、それも与党の側から見た言い方であるということが判ります。なぜなら、自由投票によって表された民意は少なくてもそれが起こった時点では「ねじれ」ではなく、「民意」そのものであるわけです。

問題は民意を気安くねじれと呼び、政策をねじってしまうシステムにあるのだと思うに至りました。すべての国会議員は、「100%」は、無理でも、限りなく「100%」を目指して、「合意形成」の努力を続ける義務を負わされているのです。

更に、もう一つ強調しておかなければなりません。それは、参議院の性格です。参議院は途中解散なしの参議院の任期は6年で3年毎に半数改選であることは周知の事実ですが、その一方、首相は参議院ではなく衆議院の中から選出されるのが通例です。これは、参議院が衆議院のチェック機能を持たされていることを意味します。

つまりです。「すべての国会議員は、『100%』は、無理でも、限りなく『100%』を目指して、『合意形成』の努力を続ける義務を果たしているかどうか」は国民が選挙によって確認すると同時に、参議院は首相をはじめ内閣を選出する衆議院が『100%』は、無理でも、限りなく『100%』を目指して、『合意形成』の努力を続ける義務を果たしているかどうかをチェックする機能を求めていると言うことになります。

参議院は国会の二軍ではないのです。

本来的に二院制は「相互に牽制する体制にある(ねじれていなければならない)」ことを意味しているのです。


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2013年07月08日(月) 18時34分57秒

十和田訪問記…その2

テーマ:家族旅行記
さてはて、三本木教会に着いたのは、5時過ぎのこと。この教会には、みどり集会所なる多目的の施設があって、そこに泊めてもらうことになりました。もう既に4人分の布団が敷かれてありました。

室内はこざっぱりしており、何でも三本木教会の信徒さんが亡くなるとき、木造教会と三本木教会にと寄贈してくれたそうで、今は、三本木教会が管理している建物です。

さて、見回してみれば、何やら面白そうな物体が目に付きました。

何やら、おもちゃらしい。

電源を繋いで、スイッチを入れてみました。



娘も息子も大喜びです。

手っ取り早くいってしまえば、バイクのシミュレーター。

ディスプレー部に影絵で道が表示され、アクセルを踏むと道が動く仕掛けです。更に、ハンドルが本体と連動し、ハンドルを回すと本体も回るから大興奮です。

映像は、娘ですが、小学校一年生の息子だと、もはや窮屈な感じでした。

遠い記憶に、こんなおもちゃを欲しがった事があるようなないような…。

今だって、十分に楽しいおもちゃです。乗るバッテリーカーは結構ありますがあれって、一般の家庭じゃ無理ですよね。それに比べて、これはどこまでだって走ることが出来る…。日本にはぴったりのおもちゃだと思いました。ぜひ、最新の技術と共に復活させて欲しいおもちゃです。

さて、三本木教会の牧師さんが、夕食に誘って下さいました。メニューは馬肉料理。

そう、馬肉料理です。直前に馬とあんなに遊んだのに…。そう言う都合の悪いことは、一挙に記憶から消し去る事にします!!

…で、「馬肉料理吉兆」というお店に連れて行ってもらいました。

妻は無類の馬刺し好き。食べてると脳からアルファー波が出ていることを感じるってんですからすごいもんです。妻は当然馬刺し定食。子供達は馬肉ハンバーグ定食を一人前ずつペロリと完食。よく食うもんだと感心しちゃいました。

私はと言いますと、どれがお勧めか三本木教会の牧師に伺いましたら、「義経鍋」という説明が出来ないものがあるというので、私はそれをチョイス。

義経鍋

待っていたら本当に説明の出来ない鍋が出てきました。真ん中は湯豆腐用だそうで、周囲の四枚の花びら場の所では焼肉を焼くのだそうです。洗うのが大変だろうなあとか思いながら、食べちゃいました。おいしかったです。

さて、食べ終わって銭湯へ。

息子は受付のお姉さんが気に入ったようで、「お馬さんに人参あげたの」とか一生懸命アピールアピール。お姉さんの方もニコニコ笑って、「可愛い♪」なんていってくれるもんだから、ついには生え替わりで抜けた歯を指さし「歯が抜けて、痛いの」など仮病(?)なども使ってアピールしていました。そこに娘も参入。二人のアピール合戦は帰るまで続きましたとさ。

さあ、夜も9時になれば、息子も娘も昼間の疲れから、あっという間にバタンキュー。妻も私もバタンキュー。

「あ、明日は仕事なんだっけ」と遠のく意識の中で眠りについたのでありました。



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