ジオターゲティング
2013年06月24日(月) 18時02分38秒

正論?…ほんとに正論?

テーマ:ブログ
作家の曾野綾子さんが下記の様な文章を寄せているのを知った。もっとも、もう既に掲載ページは、既に無くなっているようで、これはそれを引用紹介しているホームページより拾ったもの。

ここから~~~

【正論】曽野綾子 どこまで恵まれれば気が済む

■「引き算」人生で落ち込む日本人≪欠落部分に耐えられず≫
戦争もなく、食料危機もなく、学校へ行けない物理的な理由もないというのに、
そして私流の判断をつけ加えれば、今日食べるものがないというのでもなく、
動物のように雨に濡れて寝るという家に住んでいるのでもなく、
お風呂に入れず病気にかかってもお金がなければ完全に放置される
途上国暮らしでもないのに、・・・・・

読売新聞社が昨年12月行った全国世論調査では、30、40代では、
自分の心の健康に不安がある、と答えた人が40%にも達したという。
 しかも多くの人たちが、不安の原因を仕事上のストレスと感じているという。
ストレスは、自我が未完成で、すぐに単純に他人の生活と自分の生活を比べたり、
深く影響されるところに起きるものと言われる。

 ストレスは文明の先端を行く国に多いのだろうと私は長い間思いこんでいたが、
まだ残っている封建的社会にも実はあるのだと或る時教えられた。社会の常識が
許しているというので夫が複数の妻を持とうとしたり、同族の絆(きずな)の
強い共同生活に耐えようとすると、それがやはりストレスになるという。
 私は昔から、自分の弱さをカバーするために、いつも「足し算・引き算」の方式で
自分の心を操って来た。
 健康で、すべてが十分に与えられて当然と思っている人は、
少しでもそこに欠落した部分ができるともう許せず耐えられなくなる。
私が勝手に名付けたのだが、これを引き算型人生という。
それに反して私は欠落と不遇を人生の出発点であり原型だと思っているから、
何でもそれよりよければありがたい。

 ≪完全な平等だけを評価≫
 食べるもの、寝る所、水道、清潔なトイレ、安全正確な輸送機関、職業があること、
困った時相談する場所、ただで本が読める図書館、健康保険、
重症であれば意識がなくても手持ちの金が一円もなくても
とにかく医療機関に運んでくれる救急車、電車やバスの高齢者パス。
 何よりも日常生活の中に爆発音がしない。それだけでも天国と感じている。
これが足し算型の人生の実感だ。これだけよくできた社会に生まれた幸運を
感謝しないのは不思議だと思う。

 しかし人間は、教育し鍛えられなければ、このように思えない。
子供は幼い時から悲しみと辛さに耐えるしつけが必要だ。平等は願わしいものだが、
現実として社会はまず平等であり得ない。しかし不平等な才能があちこちで開花している。
それなのに完全な平等しか評価しない人間の欲求は、深く心を蝕(むしば)む。
 叱(しか)る先生は父兄に文句を言われるから「生徒さま方をお預かりする営業的塾の
教師」のようなことなかれ主義になった。何か事件があると、マスコミは校長や教師を
非難するが、子供の成長に誰よりも大きな責任を有するのは、
他ならぬ親と本人なのである。生活を別にしている教師など、
子供の生活のほんの一部を見ているに過ぎない。

≪人のためを考えること≫ 
 躾(しつ)ける親も少ない。子供たちは叱られたことも、
家事を分担させられたこともない家庭が多いという。親たちも享楽的になっていて、
来る日も来る日も家庭で食事の用意をするという人間生活の基本を見せてやる親も
減ったというから、人格を作る努力や忍耐の継続が生活の中で身につかない。
だからいつまで経っても、自分は一人前の生活をできる存在だという自信もつかない。
この自信のなさが、荒れた人間性を生むのである。
 何より怖いのは、子供たちが本を読まないことだ。つまり自分以外の人生を
考えたこともない身勝手な意識のままの大人になる。
本の知恵はテレビやインターネットの知識とは違う。

 戦後教育は「皆いい子」と教えた。ところが人間性の中には、見事さと同時に
底なしの身勝手さと残忍さも共存している。このおぞましい部分を正視してそれに
備えていないから、思いつきで人を殺す。多分罪を犯したこじつけの言い訳だけは
ちゃんと自分の中に用意しているのだ。今はDNA鑑定にも何故か黙っているが、
昔は指紋登録だけでも人権侵害だと言って大騒ぎした人たちがいた。
言うことの筋が通らない。

 人間は自分のためだけでなく、人のためにも生きるものだという考えは、
すべて軍国主義や資本主義の悪に利用されるだけだ、という人は今でもいる。
人は自分独自の美学を選んで生きる勇気を持ち、自分の意志で人に与える生活が
できてこそ、初めてほんとうの自由人になる。受けるだけを要求することが
人権だなどと思わせたら、今後も不安と不幸に苛(さいな)まれる人は増え続けるだろう。
今年は政治や社会がそのことに気づくかどうか。(その あやこ=作家)

ここまで~~~

「よく言った」と思う人も多いかも知れませんね。この文章の特徴は、私たちが日常生活で反射的に正論だと思っていることを集めて、曲論を形成しているところにあります。

要約すればどう考えたって「国民に対して人権を抑圧し、食うや食わずやの生活をさせ、それを乗り越えさせなければ日本はダメになる」ってことを言いたい訳です。

ここで、大切な事はここに列挙されている曾野綾子さんの指摘に対して「よく言った」と思っている人たちは、この彼女の想定するカテゴリに自分は入っていないという姿勢を鮮明にせざるを得なくなります。

「確かにそうだよな。そう言う経験だって自分は乗り越えられた」と思って同意をしながら読むと結局とんでもない「国民に対して人権を抑圧し、食うや食わずやの生活をさせ、それを乗り越えさせなければ日本はダメになる」という結論が押し寄せてくるのです。結果、この曾野綾子さんの文章を読んだ人たちは、「そうだ、甘やかしてはいけない。その人のためを思うからこそ厳しくしなければいけないのだ」という結論に陥ります。

同様な指摘をしている文章で、よく知られたものがあります。比較してみます。

ここから~~~~
「100人の地球村」(日本語MLバージョン)
もし、現在の人類統計比率をきちんと盛り込んで、全世界を100人の村に縮小するとどうなるでしょう。その村には・・・

 57人のアジア人
 21人のヨーロッパ人
 14人の南北アメリカ人
 8人のアフリカ人がいます

 52人が女性です
 48人が男性です 

 70人が有色人種で
 30人が白人

 70人がキリスト教以外の人で
 30人がキリスト教

 89人が異性愛者で
 11人が同性愛者

 6人が全世界の富の59%を所有し、その6人ともがアメリカ国籍

 80人は標準以下の居住環境に住み
 70人は文字が読めません

 50人は栄養失調に苦しみ
 1人が瀕死の状態にあり
 1人はいま、生まれようとしています

 1人は(そうたった1人)は大学の教育を受け
 そしてたった1人だけがコンピューターを所有しています

 もしこのように、縮小された全体図から私達の世界を見るなら、相手をあるがままに受け入れること、自分と違う人を理解すること、そして、そういう事実を知るための教育がいかに必要かは火をみるよりあきらかです。

 また、次のような視点からもじっくり考えてみましょう。

 もし、あなたが今朝、目が覚めた時、病気でなく健康だなと感じることができたなら・・あなたは今いきのこることのできないであろう100万人の人たちより恵まれています。

 もしあなたが戦いの危険や、投獄される孤独や苦悩、あるいは飢えの悲痛を一度も体験したことがないのなら・・・あなたは世界の5億人の人たちより恵まれています。

 もしあなたがしつこく苦しめられることや、逮捕、拷問または死の恐怖を感じることなしに教会のミサに行くことができるなら・・・あなたは世界の30億人のひとたちより恵まれています。

もし冷蔵庫に食料があり、着る服があり、頭の上に屋根があり、寝る場所があるのなら・・・あなたは世界の75%の人たちより裕福で恵まれています。

 もし銀行に預金があり、お財布にお金があり、家のどこかに小銭が入った入れ物があるなら・・・あなたはこの世界の中でもっとも裕福な上位8%のうちのひとりです。

 もしあなたの両親がともに健在で、そして二人がまだ一緒なら・・・それはとても稀なことです。

 もしこのメッセージを読むことができるなら、あなたはこの瞬間二倍の祝福をうけるでしょう。なぜならあなたの事を思ってこれを伝えている誰かがいて,その上あなたはまったく文字の読めない世界中の20億の人々よりずっと恵まれているからです。


 昔の人がこう言いました。 わが身から出るものはいずれ我が身に戻り来る、と。

 お金に執着することなく、喜んで働きましょう。

 かつて一度も傷ついたことがないかのごとく、人を愛しましょう。

 誰もみていないかのごとく自由に踊りましょう。

 誰も聞いていないかのごとくのびやかに歌いましょう。

 あたかもここが地上の天国であるかのように生きていきましょう。

ここまで~~~~

読者に対して、「恵まれているのに文句言うばっかりのヤツって居ない?腹立たない?」と問うか、「あなたは恵まれているよ。だから喜んで働こう、人を愛そう、自由に踊り、のびやかに歌い、地上の天国であるかのように生きていきましょう。」と語るのとでは、読後感は雲泥の差になります。

曾野綾子さんの文章はすべての人に対して、「良い所もあるんだから文句を言うなと言うべきだ」といい、「100人の地球村」の作者は、「あなたは恵まれているんだからその恵まれているものを他者のために使おう」と呼び掛けています。

さて、どっちが人間らしいのでしょうか?どっちが善い世界なのでしょうか。

私は世界を動かしているのは制度ではないと思っています。互いに互いを思いやることこそが、世界を動かしてきたはずです。そして、これからもそうあって欲しいと思います。


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2013年06月24日(月) 16時29分51秒

とんぼ返り

テーマ:ブログ
今日は朝4時半に起きての東京出張。キリスト教保育連盟という団体の総会に出席し、今は、帰りの新幹線の中。でもって、これから仙台での牧師会に合流します。で、一泊して明日青森に帰ります。

毎年5月6月はとても忙しいのです。関係団体の総会の目白押し。

教会だけでも結構多いのに、保育所の園長なんてやっていますから、尚更多くなるわけで…。毎年この時期には、会議とその後の懇親会で、栄養バランスがグチャグチャでした。去年なんか、健診前日にも関わらず21時過ぎに夕食を食わざるを得なくなり、当然検査結果は酷い事になったっけ。管理栄養士さんが来て、みっちり仕込まれました。

でも、今回は車で動かないだけ、周りの人も本人も気が楽です。更に、健診を秋にずらしてもらいましたから、それも気が楽。

さてはて、今日はゆっくり温泉に入ろう。


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2013年06月23日(日) 08時02分16秒

出産ラッシュの喜びに沸く千葉家 千葉家新報 内輪ネタ

テーマ:千葉家新報
千葉家新報 6月23日付け
今、千葉家ダンゴムシハウスでは出産ラッシュを迎え、喜びに沸いている。

お世話をしているお母さんと息子によると、ダンゴムシの出産が始まったのは、21日未明のこと。芥子粒大のダンゴムシベビーが次々と母親の腹にある卵から生まれてきたそうだ。生まれたダンゴムシは早速せんべいのかけら、落ち葉などを旺盛に食べ、元気に成長している。

専門家によるとダンゴムシは一回の産卵で100個ほどの卵を産むと言うことで、あと、4、5匹は雌が飼育されているため、最終的には500匹前後のダンゴムシベビーが誕生すると予想されている。

お母さんは「色白でかわいいベビー達が続々と生まれてきたときは感動した。」とカメラを片手に語り、「携帯のカメラでは小さすぎて撮れない」と語り、ズーム付き一眼レフでダンゴムシの赤ちゃん達を写真に納めていた。「一番かわいい時期に里親を捜したい。別れるのは辛いがいい飼い主に出会って可愛がってもらえれば」と語った。

ダンゴムシの出産ラッシュは今月末まで続くと思われる。

ある教会の牧師室-ダンゴムシベビー
ダンゴムシの赤ちゃん(お母さん提供)
(目にとらわれることはく、心の目で見て下さい。五匹写っています。居ると思ってみれば見えるかも知れませんが、まあ、見えないからと言って自信を失わなくても結構です。)



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2013年06月18日(火) 21時06分19秒

教会に来る人々…その26「死にたくなった」

テーマ:教会に来る人々
先日、教会員がなくなりました。

昨日、お葬式を司式をしたのですが、その参列者の一人から、今日、感想を頂きました。

「教会のお葬式出てみて、先生の説教を聞いたら“死にたく”なりました。」

へ?と聞き返すと、

「いや、自分もこんな葬式をしてもらえるんだったらって思って…。あ、“死にたくなった”って変ですね。そう、“死んでもいい”っていうか…。それも変か…。」と大笑い。

日本語は難しいものです。

でも、多くの参列者の方々のご協力を頂いたからこそ、平安に満ちたお葬式になったと思います。


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2013年06月08日(土) 21時38分19秒

十で神童十五で才子二十過ぎればただの人

テーマ:ブログ
「中国という『国』、北朝鮮という『国』、韓国という『国』が嫌い」と言う感情がいつの間にか、憲法改正論を導いている。「従軍慰安婦はなかった」という感情が基本的人権の抑圧に使われていく。

どっちも、すり替えである。

憲法が悪い訳ではなく、基本的人権が悪い訳でもない。しかし、「国益を守るために憲法改正が必要だ」と言うのであれば、憲法の裏付けになっている基本的人権が国益を阻害しているという理屈になるはず。

つまり、私たち一人一人に権利を与えると、国益は守れないと考える輩が政治家には多いって事。


「われわれの選良を信頼して、われわれの権利の安全に対する懸念を忘れるようなことがあれば、それは危険な考え違いである。信頼はいつも専制の親である。自由な政府は、信頼ではなく、猜疑にもとづいて建設せられる。われわれが権力を信託するを要する人々を、制限政体によって拘束するのは、信頼ではなく猜疑に由来するのである。われわれ連邦憲法は、したがって、われわれの信頼の限界を確定したものにすぎない。権力に関する場合は、それゆえ、人に対する信頼に耳をかさず、憲法の鎖によって、非行を行わぬように拘束する必要がある。」

— トーマス・ジェファーソン、1776年(法律学全集3『憲法』pp.90)

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2013年06月08日(土) 15時16分40秒

連続不審死事件に新たな展開 千葉家新報 内輪ネタ

テーマ:千葉家新報
千葉家新報 6月8日付け
ダンゴムシ一族が千葉家にやってきたのは5月4日。大きな歓迎を受け千葉家の一員になったダンゴムシ一族ではあったが、その後ダンゴムシの不審死が続発していた。

最初に犠牲になったAさん(年齢不詳)はダンゴムシハウスの中で圧死しているのが見付かった。千葉家警察本部では寝具の石に押しつぶされての圧死と断定、事故として処理していた。しかし、その後もBさん(年齢不詳)、Cさん(推定5ヶ月)が相次いで亡くなるなどしたため、千葉家警察本部お父さん課では内偵を開始し監視を強めていた。

その結果、今朝、ダンゴムシDさん(推定8ヶ月)の圧死死体を発見した息子(6歳)の関与が強まったとして、現在息子から事情を聞いている。

お父さん課の調べによると息子は頻繁にダンゴムシハウスの掃除などを行っており、今朝、Dさんの圧死死体発見した時には息子はDさんの遺体を手に持っていた。また、いずれの不審死の場面でも関与があった他、被害にあったダンゴムシが脱皮していたという証言を得たとしている。お父さん課の調べに対し、息子は「つまんだら死んでいた」と説明しているという。

息子の代理人で、ダンゴムシ飼育に詳しい弁護士のお母さんは、「ダンゴムシは定期的に脱皮を繰り返す性質を持っており、脱皮によって柔らかくなった体が、息子の世話に絶えられなかった可能性が強い」とし、「今後のお世話は私が立ち会う」と語り、寛大な措置を求めた。

お父さんは「ダンゴムシといえども、普通の虫。飼育の基本をマスターして欲しい。こういう経験を通し命の大切さを学んで欲しい」と語っている。

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2013年06月07日(金) 14時06分47秒

愛情不足?…コップかバケツかタライか…

テーマ:保育
冷蔵庫マザーという言葉をご存じですか?

ウィキペディアの自閉症の項にこんな記述があります。

「自閉症は虐待や過保護が原因である『母原病』であるとの認識」から、「冷蔵庫マザー」説というのが、一時期流行ったそうです。

冷蔵庫マザーの項目も設けられています。

冷蔵庫マザー(れいぞうこマザー、refrigerator mother)とは、1940年代に自閉症の子を持つ母親たちに対するレッテルとして作られた用語である。こうした母親たちは、しばしば子供の厳格な決まり事や会話の困難、自動的な孤立などの特殊な行動で非難の的になっていた。
「冷蔵庫マザー」というレッテルは、「自閉的な行動は母親の冷淡な態度に根ざす」という憶測のもとに成り立っている。結果として、1950年代から1970年代にかけて、自閉症児を持つ母親たちの多くは自責の念、罪悪感、自信喪失に悩まされた。当時は、自閉症は不適切な子育てが原因とされ、医療関係者は広くそれを信じていた。
しかし現在では大多数の医療関係者はもはやこの考えを採用していない。


「採用していない」という風には書かれていますが、実際、まだ、「自閉的な行動は母親の冷淡な態度に根ざす」という憶測この様な誤謬が形を変えて出現します。最近の大きな動きでは、「大阪市家庭教育支援条例(案)」にこんな記載がありました。

(伝統的子育ての推進)
第18条
わが国の伝統的子育てによって発達障害は予防、防止できるものであり、こうした子育ての知恵を学習する機会を親およびこれから親になる人に提供する

(学際的プロジェクトの推進)
第19条
保育・教育・福祉・医療等にわたる、発達障害を予防、防止する学際的研究を支援するとともに、各現場での実践的な取り組みを支援し、また、その結果を公表することによって、いっそう有効な予防、防止策の確立を期す


こういう誤謬を産む背景には、自閉症の特質から出てくる特徴的な母子間のやり取りから、帰納的に「母親が子供を冷たく突き放し、拒絶するために『適切な愛情の絆』を作れず、そのことが原因で子供が自閉症になる」と結論づけてしまう事によります。また、「伝統的子育てによって発達障害は予防、防止できる」というのも、その辺のことを論拠にしています。

つまり、愛情不足であると言いたい訳ですが、しかし、愛情不足かどうかはどのように判定されるべきなのかという問いを考えていないから出てくる事であると思うに至りました。

つまり、「愛情を注ぐ」と言う言葉がある以上、受け手のことも考えなければなりません。つまり、子供の中にある「愛情の受け皿」を考えないで愛情を注ぐのはナンセンスです。子供の中にある愛情の受け皿の容量は果たして一緒なのでしょうか?

ある子はコップ、ある子はバケツ、ある子はタライと大きさがそれぞれと考えれば、その子が満足する愛情の量もそれぞれと言うことになります。

愛情を注ぐ行為は、注ぐ側の自己満足ではいけません。注がれる側が乾いていれば更に注げばよいですし、満足しているのであればそれ以上注ぐ必要は無いというものでしょう。

要はその子にしっかりと目を留めて、必要な愛情を注ぐことが大事なのです。一対一がいいのか、一対多がいいのか、多対一がいいのかそれを見極めることが大切だと思います。

更に言えば、タライやバケツに注いだ愛情は、無駄ではなく、その子に蓄えられ、多くの人々に分け与えられるようになるのです。

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2013年06月05日(水) 12時42分34秒

憲法改正運動に対する私の姿勢

テーマ:憲法の事
私は下記の理由から日本国憲法96条の「改正」の動きを憂慮し、憲法99条に基づく憲法擁護と遵守を求めます。

1)私は、憲法前文が「戦争の惨禍」を経た日本国民が初めて政治家に対して国民の権利と国家権力の義務に目を向けた経緯について記された覚書であり、「世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認」した上で、「いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならない」こと「政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信」じ、私たち日本国民が「国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓」いつつ国際貢献をしていくことを言い表し、私たちの国の進むべき指針とも言うべき文章であることを確認し、この前文を削除する動きを退けます。

2)私は「世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利」を無視した「国際貢献の必要」から来るいかなる憲法改正案も退けます。

3)立憲主義において憲法とは、権力者を縛り権力を制御するためのものであって、決して国民を縛るものではないという前提を私は確認します。私は憲法改正の発議は国民の基本的人権に由来するものである事を確信し、政治家や国が発議するいかなる憲法改正案も退けます。

4)私は、人種、性別、国籍、出自、家系、障害の有無などを越えてすべての人々に対し基本的人権が憲法において保障されていることを確信し、これらを制限しようとするいかなる働きかけも退けます。

5)私は軍隊そのものが、国による奴隷的拘束によって成立することを確認し、それ故に9条2項の改憲を退けます。

6)日本国憲法はその97条において「日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。」と謳っており、また、99条では「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。」と明示していることを確認します。一方で現在の国会に於いては、「憲法の尊守・擁護義務」を放棄していると理解せざるを得ない改正案や意見が国会議員達や各党から相次いで発表されていることに憂慮を覚えると共に、その様な動きを退けます。

7)私は、いかなる場合にも戦争が国民にとっては「政府の行為によつて起こる惨禍」であることを確認します。私は憲法が「政府の行為によつて起こる惨禍」を回避する為に最大限の努力を払うことを天皇、国務大臣、政治家、公務員に求めるものであることを確信します。

8)私は戦争や巨大災害なども含めたいかなる場合においても、国民は自主的かつそれぞれの良心に基づいて行動する権利を持つ者であって、その自主性や良心は国家に委ねるべきものではないことを確信しています。

9)国会議員にあって改正を求める昨今の動きは、政治的な都合によって基本的人権の尊守を限定的なものとするものであり、更には国民主権を蔑ろにするものであると理解します。よって、基本的人権を侵すおそれのあるいかなる憲法改正案も退けます。

10)東日本大震災が起こり、またそれに伴う東京電力福島第一原子力発電所爆発事故が発生してから現在に至るまでの二年あまり経ちますが、その間、現行憲法下の日本においてのさえ国家による救済策は不十分であり、その一方で政治家や官僚などの都合により救済策が振り回されている現実を見た私は、彼らが発議する憲法「改正」の提案を「改悪」と捉え、その働きを退けます。

11)私は1947年「施行後1年を経て2年以内に新憲法を再検討する」という決定を極東委員会がしていたにもかかわらず、1949年4月には当時の総理大臣である吉田茂が「憲法改正の意思は目下のところもっておりません」と国会答弁をしたことと、これを受けて極東委員会が憲法改正を断念した経緯を踏まえ、日本国憲法が「GHQ」の押し付けであるという説を退けます。


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2013年06月02日(日) 12時45分14秒

信無くんば立たず。

テーマ:政治
儒教の創始者である孔子が弟子から、政について質問を受けたやり取りが、論語の「顔淵(がんえん)第十二第七章」に残されています。

ここから==================
子貢問政、
(子貢、政を問う。)
子曰、足食足兵、民信之矣、
(子の曰わく、食を足し兵を足し、民をしてこれを信ぜしむ。)
子貢曰、必不得已而去、於斯三者、何先、
(子貢が曰わく、必ず已(や)むを得ずして去らば、斯の三者に於て何(いず)れをか先きにせん。)
曰去兵、
(曰わく、兵を去らん。)
曰必不得已而去、於斯二者、何先、
(曰わく、必ず已むを得ずして去らば、斯の二者に於て何ずれをか先きにせん。)
曰去食、自古皆有死、民無信不立、
(曰わく、食を去らん。古(いにしえ)より皆な死あり、民は信無くんば立たず。)

現代語訳
子貢が政治のことをお訊ねした。先生は言われた、「食料を十分にし軍備を十分にして、人民には信頼を持たせることだ。」子貢が「どうしてもやむを得ずに捨てるなら、この三つの中でどれを先にしますか。」と言うと、先生は「軍備を捨てる」と言われた。「どうしてもやむを得ずに捨てるなら、あと二つの中でどれを先にしますか。」と言うと、「食料を捨てる[食料がなければ人は死ぬが、]昔から誰にも死は在る。人民は信頼がなければ安定しない。」と言われた。

ここまで==================

国を保つには、「食」と「兵」と「信」の食は経済、兵は軍備ですが、さて、信とは一体何でしょう?孔子は最後に残るものが「信」であると言っています。

「民は信無くんば立たず」は難なく想像できてしまいます。

でもって、「民は信無くんば立たず」というような状況がこの日本に現実化しているようにおもうのですが…。

「信」とは平たく考えれば、民が為政者を信じることですが、じゃあ、民が為政者を信じるだけでよいかというとそうではありません。為政者が民を信じることで軍は固い結束をまもるでしょうし、民が互いを信じることで経済は回り、結果的に国は潤うのですから…。

今の日本はどうでしょう。互いに互いを扱き下ろし、国民の間でも政治家の間でも、国民と国家の間でも信頼が成り立たなくなっています。ところで「還元セール禁止法案」なんて妙ちくりんなものまで国会から飛び出して来ましたが、それは「政府や国を信じられないとは言わせない」というような政府の思いなのかも知れません。

デフレとは、為政者が描く国の将来像に対する不信感であると言うことができます。その結果国民は貯蓄に走り、購買意欲は薄れ、価格は下落していきます。

今一番大切な事は、政治家達が汗を掻くことです。身を切るのではなくて、全員で汗を流して頂きたいのです。

毎年三万人を上回る自殺者の数、最近目にする餓死事件、虐待事件もあります。更に、被災地では多くの人が生活そのものをどう立て直すか苦しんでいます。

政治家が信を得るためにではなく、民同士が信じ合えるようになるために汗を掻いて欲しいのです。

そして、周辺の国々が日本に対して持っている誤解や敵対心を解くために汗を掻いて欲しいと私は思っています。誤解を招く発言で冷や汗を掻く人なんかは言語道断です。

政治家それぞれが、人任せにせず、自分の目で見て、自分の頭で考えて、目の前の人たちがどうしたら信じ合える様になるのかということの勉強に汗を掻いて欲しいと思います。

他人が設えた御神輿に乗るのが好きな方々は、いずれ民主主義からは退場を迫られるだけなのですから…。



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