ジオターゲティング
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2013年04月28日(日) 18時26分59秒

首相の品格…ご乱心?

テーマ:ブログ
トンでもないことをやってくれたものです。

ある教会の牧師室-首相の愚行


インターネット愛好家などを集めたイベント「ニコニコ超会議2」の自衛隊ブースで、迷彩服を着て10式戦車に乗った安倍晋三首相http://mainichi.jp/select/news/20130428k0000m010065000c.html

記事中たまげたのが、

>陸上幕僚監部の広報室長から「戦車があります
>が、乗られますか」と水を向けられると「乗ろ
>うか」と応じ、展示中の陸自の最新型戦車
>「10式戦車」に乗った。迷彩服の上着とヘル
>メットを着けて戦車の砲手席に立ち、カメラや
>携帯電話を構えるコスプレ姿の客らに笑顔で手
>を挙げて応えた。

軽々しく衆目の前で乗りませんかと水を向ける自衛官も自衛官です。自衛隊の中の発想もそんなものなんだと愕然としました。広報室長が最高司令官をその様に使うのはいかがなものでしょう。

首相も首相です。

首相の立場であれば、乗りたければいくらでも乗る事が出来たでしょう。しかし、それは衆人環視の中、では行うべきではありません。

国民の命を守るべき文民の筆頭である首相が、いくら進められたからといってこんなコスプレまがいの軽々しい姿で戦車に乗るってのは前代未聞でしょう。

格式にうるさい江戸時代でしたら、こういうのを「ご乱心」と呼び、悪くすれば切腹モノでした。

「美しい日本」だの「日本の品格」だのと捲し立てる人が首相の品格を汚しているんだから、うんざりしてしまいます。


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2013年04月27日(土) 13時48分31秒

「堪ヘ難キヲ堪ヘ忍ヒ難キヲ忍」べない政治家たち…終戦の詔勅から

テーマ:政治
「国のために尊い命を落とした英霊に対し、尊崇の念を表するのは当たり前だ。わが閣僚はどんな脅かしにも屈しない。その自由は確保している」と安倍晋三首相は24日午後の参院予算委員会で、中国や韓国が麻生太郎副総理ら閣僚の靖国参拝に反発していることに関し、述べたそうです。

麻生副首相も「海外で反応が出ているが、それによって外交に影響が出ることはあまりないと思う」と言っていますが、事前に「外交問題に発展させますよ」と言うようなスタンスを中国、韓国がとっている中で、更に連立を組む公明党の山口代表は「「どういう説明をしたとしても、外交的な影響が出てくるのは避けられない」「関係改善を損なうことがないような配慮は政治として重要な判断要素だ」と言っている訳ですから、「外交に影響が出ることはあまりないと思う」と来るのですから、おかしなものです。

今上天皇も距離を置いている靖国神社に、集団で行く国会議員達…。どうも、話を聞いていると靖国神社参拝の必要性というのは、中国や韓国に対するアピールとして、わざわざ抗議させるためにやっているようにしか聞こえません。

今回の参拝を支持する人々の言葉を聞いても「反日教育を続けている特亜三国はゴロツキ国家だ。黙っていれば、何をしても反発、要求をエスカレートさせるだろう!完全な内政干渉だ!無視することが妥当!日本人として当たり前の事をして何が悪い!」というような意見です。

つまり、「中国や韓国が反発するのを見ているとスッとする」みたいなところでまとまっている様な気がします。

「相手が嫌がっているから、その嫌がることをわざと見えるようにやる」

中国嫌いも韓国嫌いもいいでしょう。しかし、その中国嫌いや韓国嫌いが靖国神社参拝のモチベーションになっているとしか思えません。つまり、韓国と中国がいやがればそれで良いという感じかなと…。

これって、中国や韓国で日本製品の不買運動や激しい抗議デモなどが起こっているのと対比すると、それを起こせない国民性から、政治家にそれを委ねようという動きにも見えなくはない。つまり、鬱憤を晴らしてくれることのみを政治家に求めているのではないか…。

日本人として尊いとして認定してるのは、「国のために戦争に赴くことだけ」ということになってしまわないでしょうか?

キリスト教会では、「汝、殺すなかれ」という十戒や「汝の敵を愛せ」、「汝の隣人を汝の体の如く愛せ」という主イエスの教えと、「赤紙→上官の命令」との狭間で苦悩した人もたくさんいました。

命からがら逃げ帰ってきた敗残兵を、反逆者と見做し処刑した部隊もあるといいます。それもひっくるめて「国のために尊い命を落とした英霊」と言い得る政治家たちは厚顔無恥としか言いようがないとさえ思ってしまいます。

終戦の詔勅にこんな一節があります。

「惟フニ今後帝國ノ受クヘキ苦難ハ固ヨリ尋常ニアラス爾臣民ノ衷情モ朕善ク之ヲ知ル然レトモ朕ハ時運ノ趨ク所堪ヘ難キヲ堪ヘ忍ヒ難キヲ忍ヒ以テ萬世ノ爲ニ太平ヲ開カムト欲ス」(現代語訳:想像するに今後、帝国が受けるだろう苦難はそもそも想像できるものではない。あなたたち国民のそういうことに対する心配もよく理解しているつもりだ。だが、堪えられないと思うことを堪え、忍ぶことができないと思うことを忍び、それによって万世(全世界)の為に平和な世界を開いていきたいと願っている。)

若シ夫レ情ノ激スル所濫ニ事端ヲ滋クシ或ハ同胞排擠互ニ時局ヲ亂リ爲ニ大道ヲ誤リ信義ヲ世界ニ失フカ如キハ朕最モ之ヲ戒ム」(現代語訳:もしだれかが感情の高ぶりからむやみやたらに事件を起したり、あるいは仲間を陥れたりして互いに時勢の成り行きを混乱させ、そのために進むべき正しい道を誤って世界の国々から信頼を失うようなことは、私が最も強く警戒するところである。)

この二つの文章に、そもそも今なすべき指針が書いてあるではないですか。

戦後60年あまりを経過してもなお「侵略国家と呼ばれること」は「堪え難き苦痛」かもしれませんし、「靖国神社の参拝に今なお非難が集中すること」は「忍びがたきこと」なのかもしれません。

しかし、「(参拝は)当たり前だ。わが閣僚はどんな脅かしにも屈しない。」などと強気に叫び、その結果隣国と対立し、あたかも自国一国主義の論法を振りかざすのは、この終戦の詔勅に照らして考えてどうなんだろうと思うのです。

大和魂は「打ちのめされても何度でも立ち上がる強い力」、本来の武士道とは「君に忠、親に孝、自らを節すること厳しく、下位の者に仁慈を以てし、敵には憐みをかけ、私欲を忌み、公正を尊び、富貴よりも名誉を以て貴しとなす」ことです。

これが参拝派の人たちにかかると、その両方とも、「靖国神社を参拝することや隣国の嫌がることを率先して行うこと、武威を持って脅かすこと」みたいな意味合いになってしまうんですから不思議です。

もう一度振り返ってみましょう。

現代に至るまで日本は何度打ちのめされても立ち上がりましたし、鬼畜と呼んだ敵に対してまで頭を下げ、学び、礼を尽くし、世のため、社会の為に一人ひとりが活躍して今まで歩んできたはずです。その結果、日本は世界が羨む平和な豊かな国になりました。それこそ、大和魂、武士道の結晶というべきものではないでしょうか?

武士道も大和魂も実は大変な生き方です。それができない人が増えています。そして、そういう人に限って武士道や大和魂を叫ぶのには、正直うんざりします。



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2013年04月24日(水) 16時43分25秒

少女(3歳)、肩車を無謀運転 内輪ネタ

テーマ:千葉家新報
「千葉家新報4月23日付け
本日、千葉家警察お散歩課は少女(3歳)を無謀運転で千葉家検察お母さん支部に書類送検したと発表した。

少女は病院の待ち時間に、父親の肩車を運転し、その後、ハンドルである頭部を不必要に回転させたり耳を引っ張っての急ブレーキなどを繰り返し、運転していた肩車を暴走させた疑いが持たれている。お母さんの取り調べに対し少女は「楽しかった」と概ね容疑を認めているという。

暴走した肩車のお父さんは「いきなり頭を回されたり、耳を引っ張られたり、まっすぐに歩ける状況ではなかった。」と話し、暴走の激しさを訴えていた。幸い暴走による怪我人はなかったが一歩踏み間違えれば大惨事であっただけに、千葉家警察本部は事態を重く見ている。

幼児が無資格で乗れる車として普及している肩車だが、全国のお父さんを中心に免許制度の導入を求める声は以前から上がっており、そうした議論に一石を投じることになりそうだ。

肩車の問題に詳しい全国肩車安全協議会所属のお父さん(42歳)は「肩車も立派な車。乗る幼児については、人の命を握っていることを十分に理解して欲しい。万が一にもオナラやお漏らしはするべきではない。自分の技術を過信せず、運転して欲しい。」と話している。


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2013年04月23日(火) 20時30分00秒

お父さんが赤ちゃん言葉…内輪ネタ

テーマ:千葉家新報
千葉家新報4月22日付け

先日、保育所のお誕生会で、あろう事かお父さんが、赤ちゃん言葉を使ってしまったことが発覚した。

この問題は、職員に送るお誕生日カードにおいて、「いつも喜んでいなたい」と書いたこと。書いた直後ミスに気が付いた園長はこのカードを破棄し、新しいカード作成したとしている。しかし、この件に関しA氏は「まるで3歳児の言葉遣い」と指摘した上で、「3歳児のような行動も見られ、精神構造が三歳児程度なのが露呈してしまったのでは?園長として適正を疑う」と問題視した。

この件に関し、お父さんは記者の取材に「娘の言葉がうつってしまった。保育所の園長として、いつも子供の心を理解したいと思っており、それが行きすぎてしまった」と釈明している。

この件について、正真正銘3歳の娘は、「お父しゃん、大好き」と理解を求めた。



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2013年04月22日(月) 22時15分05秒

ドキュメント「プリキュア大流行」

テーマ:千葉家新報
千葉家新報4月22日付け(ドキュメント)

幼児から小学生までに絶大な人気を博しているプリキュアが遂に千葉家にも上陸した。二週間前に衝撃的な出会いを果たした娘(三歳)は21日、買い物に行ったショッピングモールでオモチャ売り場に突入。プリキュアグッズを漁りはじめた。

最近の児童アニメは、グッズとの連携を意識して作られており、「親としてはヒヤヒヤもの…」とお父さん。そして、お父さんの目は素早く値札を追っていく…。なりきりキャラリートキッズ 6825円…、ラブリーコミューン3990円…、更にラブリーコミューンにはDXセットもあり、それが5985円…。『おせわしてきゅぴ!ちゅぱちゅぱアイちゃん』 ぬいぐるみ5985円…。

コマーシャル用のビデオプレーヤーには関連グッズが魅力的に映し出されている。

そんな中、娘が希望のものを持ってきた。何と、6個入りのプリキュアの絵柄が描いてあるポケットティッシュ…それを両手で大事そうに抱え、姿勢を正し妻に対して「これ買って下しゃい」と…。

なんと150円!

「偉いぞ娘!」

その晩、娘は大事そうに枕元に6個のポケットティッシュを並べて眠りについた。

この千葉家の家庭現象とも言える流行について専門家は「変身シーン、曲の構成などについては子供にとって魅力的だし、ストーリーは主に親に対して楽しめるように配慮されている」と指摘。その一方で娘の行動について「最近のオモチャは『共通の話題を提供する』という名目でのコミュニケーションツール化が顕著。しかし、保育所での生活ではコミュニケーションツールは使いようもないため、そう言う機能に対し魅力を感じなかったのではないか」と話している。

(文中の名前は仮名でありまた、敬称は略しております。)


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2013年04月22日(月) 18時30分27秒

ラジオ体操…調べてみれば

テーマ:埋もれた歴史
日本に生活したことがある人だったら、誰でもやったことのあるラジオ体操。このラジオ体操、

1951年(昭和26年)5月 現在のラジオ体操第1を制定、放送開始
1952年(昭和27年)6月 職場向けとして現在のラジオ体操第2を制定、放送開始

という事でした。

私もうろ覚えながら、「昭和天皇の昭和天皇即位を祝う事業」としてラジオ体操が普及されたという風に思っていましたから意外でした。

で、調べてみれば、もうちょっと複雑な経緯でした。ウィキペディアフリー百科事典:ラジオ体操によれば、

日本のラジオ体操の原型は、アメリカのメトロポリタン生命保険会社により健康増進・衛生思想の啓蒙を図る目的で考案され、1925年3月31日から広告放送として放送されていたラジオ体操番組 "Setting up exercise" なのだそうです。1923年に保険事業に関する調査のため訪米した逓信省の猪熊貞治簡易保険局監督課長がメトロポリタン生命保険会社のラジオ体操の企画を知り、1925年7月に『逓信協会雑誌』で紹介した。「猪熊は1927年8月、簡易保険局の会議において昭和天皇即位を祝う事業としてラジオ体操を提案」したとあります。(ウィキペディアフリー百科事典:ラジオ体操)

つまり、保険の観点から、「健康増進・衛生思想の啓蒙をはかる」と言うのが、当初の目的であったと言うことを示しています。更に、その頃「1926年大正天皇崩御、翌 1927年(昭和2年)2月7日に大正天皇の大喪。1928年(昭和3年)11月10日京都御所で即位の大礼を挙行。」という流れで天皇の代替わりがあったときでしたので、全国普及の手段として「天皇の御大典記念事業の一環」として呼び掛けたと言うことだったのではないかと思えます。

敗戦を経て、1951年、新たに「老若男女を問わず誰でもできることにポイントを置いた体操」として作られたのが現在のラジオ体操第1、さらに翌年の1952年「働き盛りの人が職場で行うことを目的とした体操」ラジオ体操第2が制定されたそうです。

因みにそれまでのラジオ体操は、現在のものとは違い、指導などはほとんど号令だけ、更には動きも現行のラジオ体操に比べて原始的(?)という感じのものでした。NHKアナウンスルームというサイトに当時のアナウンサーを紹介したページ(http://www9.nhk.or.jp/a-room/jidai/01.html)があります。

「全国の皆さん、お早うございます。今朝もお元気で体操はじめて頂きましょう。肉体のこわばったのや疲れをほぐして頂きましょう。~」

陸軍の退役軍人である江木理一という人が、このラジオ体操の専属アナウンサーとして採用されたのだそうですが、彼は「初回からブリーフパンツ1枚でマイク前で体操していたのであるが「照宮成子内親王もラジオ体操に御執心なり」と聞き及ぶや濃燕尾服に蝶ネクタイを締め、正装に身を包んだ上で放送に臨むようになった。実際の振り付けは郵便局員が全国に周知した。」(ウィキペディアフリー百科事典)と言うから、コミカルです。

戦前のラジオ体操には、歌が付いていたそうで、それをボーカロイドの「初音ミク」に歌わせたバージョンがyoutubeにアップされていました。



聞いていれば、まあ、ほのぼのとしたものですねえ。

調べてみれば、何事にも歴史があるって事で…。

それからもう一つ。

ラジオ第1放送では地震、台風などの大災害が発生した場合は大幅に番組の構成を変更して報道主体の体制になるが、この番組が中止されたり時間を変更されたりすることはほとんどない。1995年の兵庫県南部地震のときも、地震報道を行った関西地方を除けば放送されていた。ただ番組の途中で地震情報、気象警報、交通情報(主に高速道路の通行止や鉄道路線の不通区間)が放送されることはある。NHKワールド・ラジオ日本では全国一斉に放送される臨時ニュースがある場合を除いて中断することはない。また、オリンピック中継の最中であっても休止することなく予定通りの時刻で放送される。ただし、以下の例外もある。(ウィキペディアフリー百科事典:ラジオ体操)

ほぼ毎日、どんな事件があっても続けられている長寿番組と言うことが出来そうです。


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2013年04月21日(日) 08時08分30秒

お片付け…内輪ネタ

テーマ:千葉家新報
千葉家新報4月20日付け

20日、オモチャでごった返す千葉家で、お父さん、お母さんによるオモチャ撤去の強制代執行が行われた。

オモチャの散乱は今年1月ぐらいから徐々に見られるようになり、お母さんからの苦情が相次いでいた。当日はお父さんが、「片付けないのなら捨てる」と代執行の宣言をし、片付けを強行。これに対してオモチャの所有者は「並べたいの!」と主張。一時オモチャを挟んでの睨み合いが始まり、頑強に抵抗した一幕も見られたが、最終的にはオモチャを片付ける方向で両者の意見が一致。ボランティアのお母さんも加わり、所有者は素直に片付けに精を出していた。

連日のお片付けに頭を痛めていたお母さんも「オモチャが悪い訳ではない。お片付けのルールさえ守られればそれでいい」とコメントを発表した。

この件についてお父さんは「あまりにも酷い事になっていたのでこういう措置を執った。今後もルールの徹底を周知していきたい」とコメント。また「個人的な話」と前置きした上で「結婚前は産廃場みたいな部屋になっていたことを思い返すと複雑」と心境を吐露した。

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2013年04月19日(金) 22時29分04秒

追悼

テーマ:ブログ
私の前任地は群馬県でした。1999年から9年間いた訳ですが、その時には毎年、群馬地区の中高生を率いての尾瀬キャンプというキャンプを主催していました。委員長として合計8回行ったこのキャンプ。多いときには小学一年生から70歳まで、スタッフも引っくるめると30名近くのキャンプとなりました。

そのキャンプが8回続いた最大の理由はスタッフが優秀だったこと。そして、スタッフが深いチームワークで結ばれていたことでした。

今日、そんな元スタッフの一人が亡くなったという連絡を受けました。仕事を休み、バスを運転し、登山では先導をしてくれた方でした。

茶目っ気のある方でした。バイクが好きで、しかもトライクという三輪バイクを手に入れたときにはわざわざ私の所までそれでやってきて、「先生、乗りたいだろう!!」

「乗りたい!!」と答えると、

「そう言ってくれる牧師はなかなかいねえんだよなあ。乗りたいときはいつでも貸すよ」と嬉しそうに言っていました。

その一方で、自分のやれることは自分の仕事を放り出してでもやろうとした人でした。

謙遜な人でした。そして、「教会が力を失っていくこと」に危機感を持っていました。「先生、俺はバカだからよ、でも、役に立てる事があるんだったら言ってくれよ」と常々仰って居られました。中越地震の時にも一緒に被災地に赴きました。人の役に立つことに喜びを感じて居られました。

最後にお会いしたのは、東日本大震災直後の釜石でした。群馬からきた支援調査チームの一員として来て居られたのに偶然行き会ったのでした。

「久しぶり。頑張ってるな、先生。こんな所で出会えて嬉しいよ。その内ゆっくり…。また!」と言って別れたことを鮮明に覚えています。

そんな大切な方が亡くなりました。宣教の業に共に仕えた「戦友」ならぬ「宣友」とも言うべき存在でした。

彼の魂の上に、主の慰めと祝福が豊かにあるように、ご家族の上に主の慰めと平安があるように…。

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2013年04月19日(金) 09時16分48秒

「今年度初めての積雪…つがる市でもうっすら雪化粧」…なんちゃってニュース

テーマ:ブログ
ある教会の牧師室


つがる市でも今年度初の積雪を観測し、市街地では車などがうっすら雪化粧をしている。この雪で黒石IC―青森東IC間が通行止め、黒石IC―安代ICまでがチェーン規制となっている。

この雪は「冬型の気圧配置が一時的に強まったことによるもの。この雪も一時的なものでありすぐに消える。」と専門家は話している。

気になる本格的な降雪が始まる時期については、「秋以降になる」とのことで、秋まではひと安心と言うところだ。

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2013年04月18日(木) 19時09分39秒

記者の傲慢

テーマ:ブログ
ある新聞の中で「八面六ぴの活躍」という記載を見つけた。

どうしてこんな事になるのだろう。多分、「臂」という字が難しいと言うことなんだろうと思う。でも、「八面六臂」を知らない人が読んだときに「はちめんろっぴ」と果たして読めるのだろうか?「はちづらろくぴ」なんて読みかねないのではないか?もし書きたいなら最低限ルビを振るなり括弧書きで読みを記すべきだろうと思う。

でも、それならむしろ、「一人で何人分もの活躍」と素直に書けばよいのではないか、と思う。字数にして3文字増えるだけだ。

最近、やたらと平仮名交じりの文章が目に付く。熟語…特に四字熟語は漢字そのものが意味を物語り、また、その背景にある物語を知らなければ正確な意味が判らないということが多い。「難しい漢字を使わない」とか「当用漢字にないから」という意味でそれを平仮名に置き換えても、その単語の意味をキチンと示す事が出来なければ無意味であろうと思う。

書き言葉と話し言葉は違うのは当然だと思う。話し言葉をそのまま文字化しても文章として成り立たないことも多い。逆に言えば、書き言葉は読む相手を想定して書かなければならない。逆に言えば、対象が見えないまま文章を書くことは出来ないはずだ。

熟語はそれぞれの漢字の意味によって成り立つ。被ばくと書いたとき、「被爆」なのか「被曝」なのかわからない。俳句用語に至っては高い所から落ちる滝を意味する「飛瀑」なんて言葉もある。そして、しかしその区別が判る必要があるのはほんの一握りの専門家だと言うことだ。それよりは一般的には「爆弾の被害を受けた」、「放射線を浴びた」と言った方が読者にはしっかりと来るだろう。

問題は新聞やテレビのニュースだ。本来であれば、誰にでも伝わるように伝えなければいけない人たちが、簡単にこの様な言葉を使いたがり、結果、「被ばく」だの「八面六ぴ」だの「範ちゅう」だのと使いたがることに苛立ちを覚えるのだ。

漢字を知らない人が増えている事を嘆いているのではない。小学生が書く文章には交ぜ書きが多いのは当然だし、一般人が交ぜ書きをするのを見ても私は不快だと思わない。

しかし、テレビやニュースの原稿を書く人は違う。出来るだけ多くの人に判りやすく伝える事が仕事であるはずだ。だが、実態は政治家や専門家が言う言葉をテープ起こししそのまま使おうとする結果、多くの人が知らない熟語が紙面や画面に踊ることになり、仮名交じり熟語というのが登場することになる。それは自分の知識のひけらかしでしかなく、読者を無視したり見下したりしているとしか言えないと私は思う。

読者や視聴者は高学歴の人もいれば低学歴の人もいるだろう。「音読できればよい」と言うものではない。「この表現は通じるだろうか」、「どう書いたら伝わるだろうか」ということを考えないで文章を書くのであれば、これはもはや記事とは言えないのだ。

そこに私はカチンと来るのだ。

この新聞は震災直後、被災地を「そこは戦場であった」と表現し、物議を醸した。記者自身が自分の体験、自分の語彙に酔っているとしか思えないそう言う記事がこの新聞には多いのかも知れない。これに抗議した友人の言葉を引用する。

「…そこは生きようとしている人が生きているんです。争いがあった場所でもないし、殺そうとしてる場所でもなくて、生きようとしている場所です。そういう表現というのは、僕自身は凄くいやだなあと思いましたし、(中略)そんなものじゃないです。家を失い、生活を失い、それでも生きる希望へと繋ぐためにその人達がボランティアしているんです。(中略)どれだけ緊急性とか切迫感とか心の痛みや悲しみ、痛みを伝えてきたかっていうことの自覚が本当におありだったのか…」

多くの人に判りやすく、丁寧に、言葉を吟味し、記事を書いて欲しいと心から願う。

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