ジオターゲティング
2012年07月30日(月) 12時42分54秒

八甲田登山 その2

テーマ:ブログ
7月中旬から、猛烈な忙しさを迎えるのがこの仕事の常。

19日の八甲田登山下見、20日、21日がお泊まり保育。来週の23,24,25日とキリスト教保育連盟奥羽部会の研修会、さらに26,27,28日は各保育団体の研修会、そして明日31日から2日までは奥羽教区全体修養会、更に来週の7日から9日が教区ユースサマーキャンプで八甲田登山と、猛烈な日程で行事が待ち受けています。やっと、中休みが来たわけで、八甲田登山の後編を書く事が出来ます。まあ、ちょっとした現実逃避でもありますが…。(^^;

さてはて、酸ヶ湯登山口から地獄沢、仙人岱を経て大岳山頂まで辿りつき、下山する事になったのですが、今回は毛無岱を抜けて、酸ヶ湯登山口に変える道のりを選択しました。

大岳からの下山ルートは、ひたすらの下り坂。結構な段差の登山道を降りていきます。

ある教会の牧師室-残雪から大岳


膝が笑います。ひとしきり下ると避難小屋があります。ここでトイレ休憩…。前のベンチには、木道などの復旧工事をしている人たちが昼寝をしています。こんなところで仕事ってのも大変だなあ、と思いながら、その先へ。

また、ちょっと山道に入っていきなり目の前に開けたのが、上毛無岱。

ある教会の牧師室-上毛無岱


なんで毛無岱と呼ばれるようになったのかは定かではありませんが、鳥の声しか聞こえない静かなところをトコトコと歩いて行きます。ここの湿原の面白いところは、上と下に分かれる事。

いきなり、長い階段に突き当たりました。トコトコ降りていくわけですが、何せ一直線の下り階段。更に、その先が無いように見える…段差が、10数センチの階段ですから、登山でくたびれた膝にも堪えます。ちょこっと躓いたら、どこまで転がるんだろうと思いながら降りていきます。

上毛無岱、下毛無岱と呼ばれ、その間を登山道である階段が結んでいます。

下毛無岱を抜けると、酸ヶ湯までは、また結構な段差の山道。

酸ヶ湯にたどり着いたのは、午後3時ぐらい。

ああ、体が塩気を求めてる…。

ある教会の牧師室-ご褒美


こういう時って、なんでカップラーメンを食べたくなるんでしょうね。

何とも不思議な話。おいしい空気。豊かな自然、そしてカップラーメン…ごちそうさまでした。

後日談

その一
翌日、出るかなと思った筋肉痛。翌朝になっても出なかったら、夕方に出てきました。年を取れば、数日をおいて出るとか聞いた事がありますが、一日半はどんなモンでしょうね?

その二
翌朝、鏡で顔を見てびっくりしました。皮が剥けてる。日焼けです。そう言えば、日差しがきつかったモンなあ。山に行く時にも日焼け止めは必須ですね。

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2012年07月20日(金) 13時39分03秒

八甲田登山 その1

テーマ:ブログ
昨日、仕事で八甲田の登山に行ってきました。登山まで牧師の仕事なんです。(^^;

夏休みに中高生のキャンプをするのですが、今回の目玉企画が八甲田登山で、それの下見に行ってきたのです。コースは酸ヶ湯、地獄沢、仙人岱、大岳から毛無岱を抜けて、酸ヶ湯に帰る5時間あまりの道のりです。

$ある教会の牧師室-登山道1


9時過ぎ登山開始。600メートル毎に経っている道標によれば、だいたい600メートルを15分で歩く計算でした。雪が厳しいのでしょう、登山道の両脇すぐ、そして頭上にまで笹や木の幹が迫ってきています。肌の弱い人は長袖は必須です。

$ある教会の牧師室-地獄沢2


登って、1時間ほどで地獄沢に到着。硫黄の臭いが漂います。いきなり開けた見晴らしに、ちょっと休憩をしたのですが、少し息苦しくなってきました。少し有毒ガスが混じっているようでした。ここでの休息はお勧めできません。突き抜けましょう。

そこを上がると仙人岱という湿原があったところ。登山者が踏み荒らしてしまい、現在は湿原は澄の法に残るだけとか…。ここに、水場があります。清水をそのまま囲っただけの水場。おいしい水が流れていました。

$ある教会の牧師室-雪渓1


仙人岱の奥には相当少なくはなっていましたが雪が残っていました。週初め、大雨があったので、雪もずくずくになっていますし、登山道が所々小川のようになっていました。

$ある教会の牧師室-大岳山頂へ


標高1500メートルを超える辺りから、登山道は視界が開けます。トドマツなどはここが限界なのかも。

山頂は1584.4メートルだそうです。

$ある教会の牧師室-山頂


片道3.7キロの道のりです。ここまで、2時間半ほどの道のり。でも、やっぱり、頂上は気持ちいい。雲が頭上すれすれを駆け抜ける!!

さあ、いよいよ下山です。

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2012年07月18日(水) 10時47分26秒

自分の字

テーマ:子供たち
2歳6ヶ月の娘。兄の出来る事は、自分も出来ると思い込んでいます。判らなくなれば、隣に座り、見様見真似。

そんな今日この頃ですが、先日、「にほんごであそぼ」という教育テレビの番組の中で「きょうのひらがな」というコーナーがありました。そこでで書かれるひらがな一文字に、字を読めるようになった息子は興味津々。で、当然娘も興味津々。何が出るかと兄妹揃って注目していると、息子の名前と同じ文字で息子は上機嫌でした。

それを見ていた娘。自分の字でない事を知り娘は、大泣き。

こうなると何をしても治まらない娘。10分ほど拗ねて、机の下に入って泣いてました。



子供の頃、自分の名前が気に入らなかった思い出があります。そういうことを思い返すと、自分の名前の文字が好きになるって良い事なのかなあって最近思う次第です。


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2012年07月13日(金) 01時10分01秒

あらためて当時を振り返る

テーマ:東北関東大震災
川口マーン恵美(在独作家)さんという人が「福島原発事故とチェルノブイリを同一視するな」と題した文章を公開しました。私が見つけたのは2011年の3月16日でした。

「そよ風」というブログで見つけた当時、私はそのコメント欄に「無責任きわまりない」と書いて、講義しました。その経緯は「そよ風」のページに残されています。

この川口マーン恵美さんの文章の後半では、「耐震技術というのは、非常に高度で」、「それは完璧だった。」「ところが、今回の事故は、揺れによるものではなく、単に、注水に関わる部分に、たくさん海水が被ってしまったことによって起こったものだった。要は、まさか5m以上の津波が来ることを考えていなかったというだけのことなのです。」と理屈を展開し、「知り合いの原子力の父は、自分たちが築き上げた、日本の原子力発電所の世界一の技術を誇りに思っていた人で、今回のことでは、ショックを受けて」おり、「これで原発の未来はなくなるだろうし、では、自分が一生熱中してやってきたことは何だったのだろうと思うと、とにかく無念だ」と嘆いていると報告しています。

先日、この文章がいつ公開されたのか調べてみると川口マーン恵美さんが寄稿したサイトは「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」で、日付は3月15日でした。その3月15日までにどのような事が起こったのかとウィキペディアフリー百科事典の福島第一原子力発電所事故の経緯を調べてみると3月15日の10時までには1号から4号までの全ての原子炉で、爆発などの深刻な事態に追い込まれていた事が分かります。なのにこの記事を川口マーン恵美さんはこの文章を寄稿したのです。しかも、私が調べたところ、未だに取り下げていません。

この中では、「私の知り合いのご主人」である「日本の原子力の父ともいえる人物」が「福島で起こっていることが、チェルノブイリになる可能性はない」、「局地汚染は起こりうるが、それでも20キロも離れれば、被爆はない」、更に「水素の爆発で放出される放射能は、微量で、今のところ一切問題がない」と断言し、更には、「服についた少々のチリも、あまりにも性能のよい検査器が見つけてしまい、その人は被爆とされてしまう」と言っていたと報告しています。

これの主張を現在の私たちが知っている状況と比べれば、どれだけ間違いの多い事であったか判ります。2012年6月20日付けの産経新聞の記事によれば、東京電力の社内事故調査委員会の最終報告書に於いても、90万テラベクレルの放射性物質が放出されたと報告されていますし、更に、漏出量が最も多いのは1~4号機で唯一水素爆発していない2号機で、約4割を占め、昨年3月15日には約18万テラベクレルが漏出し、飯舘村など北西方向の汚染要因になったと結論づけられています。

更に漏出した放射性物質の拡散は、20キロを遙かに超え飛散し、遠くは岩手県の一関や平泉、千葉県、神奈川県、静岡など、広い範囲にまで達し、更に言えば、それらの地域以外でも農産物や水産物出荷停止などが相次いだ事は、ご存じの通りです。

詳細なデータは「早川由紀夫の火山ブログ」で「放射能汚染地図(七訂版)の公開校正」で公開されています。

これをして「微量」な「局地汚染」というのであれば、それこそ日本中の原発が事故を起こしたとしても日本はほとんど汚染されないという奇妙な理屈になります。

さて、この「日本の原子力の父」。こんな風に呼ばれる人なのに、ネットを調べても、可能性のある人はもう亡くなっていますし、また、そもそも、川口マーン恵美さんの記述に合致する人物を特定できません。

「知り合いのご主人」である名前を出しもしない「日本の原子力の父」に「安全だ、問題ない、日本の技術は世界一だ」と言わせて、 つまり、「心配はいらない。だから、原発は今後も使えるようにしたいし、そう理解して頂きたい。なぜなら、失敗は繰り返さないから…。」と結論づけたいのだろうと思います。

不安を煽るつもりはありません。しかし、嘘を吐いて安心させることは、不安を煽るのと同等かそれ以上の罪ですし、それ以前にそんなやり方は結果的には信頼を失う事にしか繋がらない事は、歴史が証明しているとおりです。

私は、川口マーン恵美さんの本はついぞ読んだ事がありません。彼女は右派の論客としても知られているようですが、アマゾンのブックレビューなどを読んでみれば、結構評価の高い作家である事は間違いなさそうです。でも、こんな文章を今もなお、臆面もなくさらし続けている神経を疑います。



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2012年07月09日(月) 17時56分07秒

変な話

テーマ:ブログ
最近、やっと認知されてきた食物アレルギー。

これが、給食となった途端、とても厄介なことになります。

以下は、ある市の学校給食関係のホームページに書いてあるものです。

除去食・代替食(デザート)を実施する場合は、医師の「診断書」または「指示書」が必要です。

医師の「診断書」または「指示書」は、食物アレルギーにより、その食品を摂取することができず、除去食を医師が指示していることを確認し、安全・確実に対応を実施する為のものです。

学校給食での対応を実施する場合は、児童が食物アレルギーなどである旨の「診断」、または「指示」、「除去すべき食品」と「どの程度まで除去すべきか」がわかるものの提出が必要です。(成長により、症状に変化があることから、毎年1回提出いただいています。)


別に特殊な内容ではありません。保育所に対する通達でも同様のものが届いています。

字義通りに受け取れば、「アレルギーだろうが、どんな症状が出ようが…例えそれが命に関わろうが、医師によるアレルギーの診断がない診断書が出るまではアレルギーとは認められませんので、診断書が出ない限りはどんなものでも食べていただきます。例外は認めません」って意味になっちゃいませんか?

良心的に捉えて、「除去食」=「食事療法」=「医師の指示がなければ違法」という概念が背景にはあると思うのですけど、なんとも変な話になってしまいます。医師の診断がなければ、病気そのものが存在しないことになってしまうってことにもなりかねません。

それはともかく、食べられないものは食べられない。食べなくたって命には関わりませんが、逆に除去しないのであれば、下手をすれば命にさえ関わります。それは診断書があろうがなかろうが事実です。食べられないものを除くことが医療行為に当たり、違法になるって、どっかで解釈が変な方向に吹っ飛んでないかと思うのです。

「全員が同じものを食べなければいけない」という理念が給食制度に見え隠れしていないかと勘ぐってしまいます。「アレルギーがないのが当たり前、あるのは異常って考え」がそこのなかではないでしょうか?

無論、除去するには細心の注意を払います。アレルゲンを使わなければいいってものではありません。木造保育所でもアレルギーの除去食対応をしています。アレルゲンが混入しないように除去食は、調理師が一人分を別鍋で調理します。他の子たちが羨ましがらないように、また反対に、他の子たちを羨ましがらないように出来るだけ同じようなメニューを作り、配膳でもアレルゲンが混入しないように、また、誤食が起こらないように保育士も注意を怠りません。

2歳の園児でも自分が食べることの出来ないものを知り、「これは食べられない」と見分けることが出来てきます。

だからこそ、逆に「アレルギーの診断書が出なければ除去食は作れません」とは軽々に言えません。逆に言えば、「指示書が出ていないから除去食を作れません」はそもそも除去食を作ることに自信が持てないことを意味しているとも言えます。

本来、医師の指示書がなければ作れないのは「療養食」であるはずです。医者も療養も、命を守るためにやるのであり、その意味においてのみ、医師の指示は力を持つはずです。




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2012年07月07日(土) 15時36分04秒

イヤイヤ期

テーマ:子供たち
遂に、娘もイヤイヤ期に突入したようです。 あんなに素直で、可愛かったのに… 。゚(T^T)゚。

でも、そんな中、娘が凝っているのは、インタビューごっこ。最初は「あ~なたのお名前は?」と息子や妻、私にやっていましたが、それにも飽きると、手当たり次第にインタビューを始めました。

「あ~なたのおまえ(名前)は?」「何チャイ(歳)ですか?」「大きくなったらなにになりたいですか?」と、舌っ足らずながら、目に付く全てにマイクを向けます。代わりに答えてやっていたのですが…。

先日は、猫のトイレ掃除をしているとやってきて、猫のウンチにまで…。

「何歳ですか?」…「生後一日です」

「大きくなったら何になりたいですか?」…なんて答えよう??

流されていく猫のウンチに、「バイバーイ。マタネ」と手を振りご機嫌の娘でした。 何のこっちゃ…。

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2012年07月05日(木) 08時31分31秒

健診シーズン

テーマ:ブログ
今、保育所では職場健診シーズンです。その年度39歳までは、集団健診、40歳からは個人健診です。私も一昨年から胃カメラを毎年ごっくんしていますが、あれはなかなかなれるもんじゃありません。

さてはて、この集団健診を目指して、職員の間では、にわかダイエットが流行ってきます。最後には、「ジーンズは重たくて多く体重が出るから、ジーンズじゃない、出来れば丈の短いのを履いたほうがいい」とか、そういうことを教え会っていたりします。

健診で問題になるのは、肝機能、血中コレステロール、血圧などですね。

これらの数値が何を調べているかといえば、糖尿病、高血圧、心臓病、肥満、脳卒中などのいわゆる生活習慣病といわれる病気を調べているといえます。今でこそ生活習慣病と呼ばれていますが、昔は贅沢病といわれたものが少なくありません。糖尿病、肥満などは、食べ物が欧米化した結果だとか言われています。つまり、国民の生活が全般的に贅沢になった結果だと…。

さてはて、じゃあ、予防するにはどうしたらよいか、

1、適度な運動
2、日本古来の質素な食生活
3、ストレスを溜めない
4、規則正しい生活
5、毎日飲酒をしない
6、禁煙

これを毎日実践しろといわれれば、げんなりする人も多いでしょう。

結局は、みんなが高望みせず、過度に関わり合わず、早寝早起き、勤勉実直、それでもって、ストレスをためずおおらかに生きていれば、生活習慣病にはならないはず…というのが今の医学的な立場なのでしょう。

でも、大体にして、子育てなどは、生活習慣病の要因ともなりかねないと思う人も多いかもしれませんね。子どもが残した残飯は食わなきゃいけない、規則正しい生活なんかできっこない、ストレスは溜まる…。私の生活パターンを見たって、朝6時に子供と一緒に起床、その後、朝ご飯を食べ、子供達と一緒に出勤、仕事が終わるのが7時過ぎ、家に帰り夕食を食べ、8時には子供達を風呂に入れ、9時半には寝かしつけながら一緒に寝てしまいます。プールやジムに通うなんて到底不可能な事…。園長をやってれば、ストレスだって貯まります。

また、長生きしたって、人生が楽しくないと思っている人にたくさんいますし、病気どころか、自ら死を選んでしまう人も少なくありません。

そんな中、最近気が付いたのは、そういう生活が、でも、充実しているという事。運動不足になっても、ストレスがあっても、…例え、寿命が縮んでも誰かの助けになれば、喜んで貰えれば、それはとても充実していると言うことを知りました。

生きるという事は、そういうことなのでしょう。いや、だからこそ、「生きる」のではなく、「生かされる」喜びを感じる事が出来のだという事がとても大事なのか…。

生きる意味とは、そういう事なのかと納得した次第。

ブータン王国の国民総幸福量じゃないですが、健康診断にも、人生の充実指数なんていれることも必要かななんて、余計なことを考えてしまったり…。




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2012年07月03日(火) 11時02分23秒

禁酒法と脱法ハーブ

テーマ:政治
タスポが無ければ自動販売機でタバコが買えなくなって久しくなりますが、タスポが出た時に、何気なく、「タバコが高額化し、また、厳格に未成年に売られなくなったらどうなるかと言えば、中高生世代から若者世代に対して急速に麻薬の汚染が拡がるかも知れない。」と知り合いに言った言葉を最近思い出しました。

タバコを買わせなければ、タバコに替わるものを求めるというのが人間の常というもの。

そう思ったのには理由があります。アメリカの禁酒法の失敗を知っていたからです。1919年にアメリカで制定された禁酒法は、「アルコールの過度の乱用は身体的かつ心因的な健康に有害である」という主張から誕生したものでした。

結局1933年に廃止されるのですが、その間に起こった事は、惨憺たるものでした。具体的には、マフィアが密造酒を密売して巨額の利益を上げ、その結果、マフィア同士の抗争が激化し、また、多くのアメリカ人がアルコール飲料を飲むためにカナダやメキシコなど、国境を越えるようになりました。そのためカナダ、メキシコ、それにカリブ海の蒸留所と醸造所は大いに栄えた一方、アメリカ国内の醸造者は他国に移住したり廃業してしまったため、業界の知識の多くも失われてしまいます。また、国外に飲みに行く事そのものが富裕層のステータスシンボルとなり、また、それが密造酒へのニーズを高めました。

結果的には

「飲酒はむしろ増加しました。不法酒場がサロンに取って代わりました。犯罪者の巨大な群れが現れました。我々の最高の市民の多くでさえ、禁酒法を公然と無視しました。法律の遵守は大いに軽んじられました。そして、犯罪はかつては決して見えない水準にまで増加しました。」

と禁酒法支持者から声が上がるようにまでなってしまったのです。

さて、タバコの場合はどうでしょう。WHOの世界的な禁煙キャンペーンにより、その成果は目に見えて上がっているように見えます。確かに喫煙者は減り、喫煙できるスペースも極小化しています。

しかし…

若年層に手が出ないようにと高額の税金を賦課すれば、麻薬との価格差が縮小する。更に、麻薬の売人はタスポなんか持ってなくても「何が欲しい?何でもあるよ」と近寄ってくるわけですから、タバコで済んでいた非行は一挙に麻薬に直結しかねない状況の中、法律で禁じられていない、更に自動販売機でも気軽に買える脱法ハーブが流行ってしまうのは考えて見れば当たり前の事です。

今、中学生がぐれても、酒タバコぐらいでとどまっていたものが、タバコは流行りません。更に、高校を卒業してから遅い思春期を迎えた若者や、厭世意識の強い人ならなおさらです。タバコや酒なんて、やったって問題にもされません。また、思春期独特のそんな考えが裏付けになりますから、やってそのままってわけにもなりません。車を運転したり、暴れてみたり、麻薬や脱法ハーブの幻覚に怯え殺人事件にまで至ってしまったり…。結果、悲惨な事故が相次いでいるように思います。

この先、どうするのでしょう?

人間は弱い、生き物です。その弱さが罪を産む事も時代が証明しているとおりです。だからといって、その弱さを禁じるだけだと、更に悪い結果になる事も少なくありません。

聖書では、パウロがこの様に告白しています。

「また、あの啓示された事があまりにもすばらしいからです。それで、そのために思い上がることのないようにと、わたしの身に一つのとげが与えられました。それは、思い上がらないように、わたしを痛めつけるために、サタンから送られた使いです。この使いについて、離れ去らせてくださるように、わたしは三度主に願いました。すると主は、『わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ』と言われました。だから、キリストの力がわたしの内に宿るように、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう。それゆえ、わたしは弱さ、侮辱、窮乏、迫害、そして行き詰まりの状態にあっても、キリストのために満足しています。なぜなら、わたしは弱いときにこそ強いからです。」コリント信徒への手紙Ⅱ12章7-10節

自分の弱さを誇るには、自分の弱さを受容する事が必要でしょう。自分の弱さを受容する前に、他人の弱さを責める時、禁酒法のような愚を犯す事が多くなります。

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2012年07月01日(日) 08時46分21秒

作法…その裏にあるもの

テーマ:ブログ
離縁状の事を「三行半」と呼びます。これは、文書の内容を3行半で書く慣習があったため、そう呼ばれるようになったわけですが、それが転じて、字が書けない人の場合は3本の線とその半分の長さの線を1本書くことにより、離縁状の文言を書いた取扱がされていました。

封建制度の厳しかった江戸時代、私たちは領民がもの凄い圧政に苦しんでいたと言うことを考える訳ですが、実際には、庶民に対して優しい部分も相当備えていました。

例えば関所。許可なく隣の藩の領地に入るのを関所破りといい、その報いは磔と言う事になっていましたが、箱根の関所300年の歴史の中で、処罰されたのは5件6人に留まっているそうです。大方は、藪入り…道に迷っただけという解釈で済ませていたとのことです。

面白い事に命懸けの行いの代名詞にもなっている「直訴」にも、「作法」が存在しました。少し長いですが、引用してみます。

「訴人は紋付き羽織と袴で正装し、訴状は『上』と上書きした紙に包み、先を二つ割にした青竹の棒の先に挟んで持つ。始めに行列前方より訴状を捧げて訴人が行列に接近しようとする、すると供侍がこれを制止する、訴人は制止されても諦めず再度接近しようとする、供侍はまたこれを制止する、それでも訴人は諦めずに みたび接近しようとする。そこで初めて供侍は『再々にわたるので仕方なく』として訴状を受け取り、供頭に訴人の身柄を拘束するように指示を行う。この時訴人の身柄が拘束されるのは訴状の内容や訴人の身許などの事実関係を確認する事情聴取のためであり、訴人を処罰するためのものではない。事情聴取が終わり身許が確認され訴状の内容に虚偽など問題がなければ訴人は解放される。この時農民であれば領主が身許引き受け人として引き取ることになる。勿論受け取った領主側で更に事情聴取が行われるがいきなり問答無用で処罰などということはなかった。処罰などをした場合は農民を引き渡した側の体面を 潰すことになるからである。」ウィキペディアフリー百科事典「直訴」より。

対面や格式を重んじる時代ならではのやり取りが江戸時代を見てみると沢山残されています。江戸時代の日本は法治国家ではなく、「情治国家」であったと言われる由縁ですが、その「情治国家」の根幹は徹底した作法の中に存在したのです。そして、その作法には「自分の死に方」までが込められていたのです。

伊達政宗が外様でありながら御三家を凌ぐ厚遇を受けたのも、彼がその点を熟知していた事によるとも考えられます。伊達政宗は遺訓としてこんな言葉を残しています。

一、仁に過ぐれば弱くなる。義に過ぐれば固くなる。礼に過ぐれば諂(へつらい)となる。智に過ぐれば嘘を吐く。信に過ぐれば損をする。
一、気長く心穏やかにして、よろずに倹約を用い金銀を備ふべし。倹約の仕方は不自由なるを忍ぶにあり、この世に客に来たと思へば何の苦しみもなし。
一、朝夕の食事はうまからずとも褒めて食ふべし。元来客の身に成れば好き嫌ひは申されまじ。一、今日行くをおくり、子孫兄弟によく挨拶して、娑婆の御暇申すがよし。

 「この世に来た客と思えば何の苦しみもない、 元来客の身分であれば、好き嫌ひは言えるはずがないだろう?」…この「世に来た客」としての作法をもう一度振り返ってみなければいけないのではないか、そう思わされます。



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