ジオターゲティング
2011年04月28日(木) 07時03分56秒

日本基督教団下ノ橋教会

テーマ:教会探訪
おはようございます。今朝は盛岡からお伝えします。

不来方のお城の草に寝転びて 空に吸はれし 十五の心 石川啄木

不来方と書いて「こずかた」と読むのは、盛岡の古名。そんな不来方のお城の隣にあるのが、下ノ橋教会です。


ある教会の牧師室-P1000187.jpg


下の橋からの眺め。後ろに盛岡城址が見えますでしょうか?

どっしりとした、そしていかにも教会らしい建物です。

ある教会の牧師室-P1000188.jpg


桜が五分咲き。建物とマッチしています。

ある教会の牧師室-P1000189.jpg


今日は被災地支援で、リンゴを約9箱、約160キロをはじめとした物品を搬送する事になりまして、昨夜、この下ノ橋教会の礼拝堂で一泊させて頂きました。多分、全部で200キロほどの輸送になります。

ある教会の牧師室-下ノ橋教会1


愛車も雨に濡れて、なかなか、良い風景ですね。盛岡城の隣、下の橋という橋の袂にあるから、下ノ橋教会です。この教会の向かいに昔、宮沢賢治が下宿していたそうで、その跡地には、宮沢賢治も飲んだという井戸が残されています。ひょっとすると宮沢賢治もこの教会に出席したことがあるかも知れません。

この教会は、教会案内に寄りますと、「1887年、アメリカ改革派教会宣教師のエドワード・ローゼイ・ミラーとメアリ・エディ・キダーという宣教師夫妻および、三浦徹牧師に寄って設立された」教会だそうです。1887年と言うことは、もう既に126年の歴史を刻んでいる教会ですね。幼稚園を経営した時代もあったそうですが、閉園した現在はその施設を使って、学童保育や児童文庫を運営している教会です。

ある教会の牧師室-下ノ橋教会2


泊まらせて頂いた礼拝堂。いつ建てられたものかはわかりませんが、歴史を感じる建物です。

ある教会の牧師室-下橋教会5


窓を見てもとても歴史を感じる作りです。

ある教会の牧師室-下




ある教会の牧師室-下ノ橋教会3


講壇です。写真では見えませんが、十字架の下には座らずの椅子があります。礼拝の時にはここにイエス様が座るとされているわけです。

牧師は松浦牧師。33歳のヘビメタとピアノを愛する魅力的な牧師です。今は、被災地支援の一翼を担い活躍されています。

さあ、これから、被災地にリンゴを持っていきましょう。

雨だから、気をつけなきゃ。

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2011年04月27日(水) 12時37分48秒

本物だ?!

テーマ:ブログ
その人にしかできないことがある。ツイッターで見つけた記事もそんなものの一つかも知れません。

遅れてすまない!ゴーグルファイブが来たからにはもう安心だよ。今こそ力を合わせて強い心で戦うんだ!そして、夢いっぱいの未来を創ろうな! いつまでもそばで応援してるぞ@ゴーグルブルー青山三郎/石井茂樹

ツイッター tokusatsuhero ヒーローの書き込み。

他にも、懐かしのヒーロー&ヒロインの名前を見ることができます。


計算できる?あのね、じんせいを100だとしたら、かなしいときはしくしく泣いて 4×9=36 うれしいときはハハと笑って8×8=64 足したら全部で100になる。人生はしあわせの方がおおいんだよ。これからたくさん幸せが訪れるよ。@キューティーハニーTHE LIVE早乙女ミキ/水崎綾女

だとすれば、逆に言えば、今まで味わった悲しみは人生の36%未満。

人生のうれしさはそれのほぼ倍ですよって事になるか。

ただの語呂合わせかも知れない。

でも、そういうもので希望が示せることに気が付いたって事が凄い。

これって、「鹿児島市立錦江台小学校が発行する風車という学校便りの記事」が出典だったらしいと探った人がいましたが、誰が書いたかは知りませんが、こういう才能の輝きは捨て置けないし、こういう立場で言って貰えるとまた違った希望がわいてくる。

凄いなあ…。往年のヒーローやヒロイン役の人が、その立場で言ってくれるって言うのは、また別の意味があります。あの口調、あのスタイルを思い出しながら、クスッと笑いながら呼んで頂ければ、良いかと思いました。希望を無邪気に信じさせてくれる、そういう書き込み満載です。

石井茂樹さんは、引退されて現在は都内でファッションウイッグ専門企業に勤めているそうですが、ヒーローの皆さん。その役割を演じてくれてありがとう!!


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2011年04月23日(土) 20時11分43秒

信仰を問われる

テーマ:ブログ
信仰とは、○○教に貢ぐと言うものではない。自分が何をどう信じ、その中で、どう主体的に生きていこうとするかを表明する手段が、信仰というものである。故に信教の自由というのは、生きることそのものに直結する問題とされるのである。

さて、今朝の新聞で「大震災と原発事故の時に首相という立場にあるのは私の宿命で、何としても危機を乗り越える道筋を作り出したい。その道筋が見えてくれば政治家として本望だ」と菅首相が語ったと報じられた。

今回のこの菅首相の言葉は、個人的で、しかも幼稚な信仰の表現でしかないことが判る。

三つに分けてみる。

一つ目の「大震災と原発事故の時に首相という立場にあるのは私の宿命」は客観的状況を主観的に捉えればそう信じるしかない、受け入れるしかないということ。

二つ目の「何としても危機を乗り越える道筋を作り出したい」とは個人的な願望と言ったものか。

では、最後の「その道筋が見えてくれば政治家として本望だ」はどうだろうか。

信仰はここが大事なところになる。しかし、そこで出てきたのは「筋道が見えてくれば」という妙に消極的な発言。これは、「やり続ければ筋道が見えてくる筈」と言う希望的観測に他ならない。

だから、それはただの個人的な願望だろ?と言うことになる。後ろから遡って考えて見ればよい。

③政治家の本望は災害を乗り越えたリーダーと言われること

②その為なら何だってする

①私の宿命だから。

という段階を踏むことになる。これをもう一度①から純に見て頂けると、この首相の発言を見た時の違和感の理由を理解して頂けると思う。

戦後日本は「信仰」というものを馬鹿にし続けてきた。生き様こそが信仰だとは、考えても見なかった人が多いと思う。その結果、陥ったのがこういう思考回路である。こういう大災害や大事件の時にそのボロが顕著に現れたって事だ。何も菅首相に限ったことではない。占い師が流行るのだってそういう理由からだし、私の属するキリスト教にだってこういう本末転倒な信仰理解をしている人はたくさんいる。

だからこそ、今、声を大にして言うのである。

自らの運命をリアルタイムで感じ取ったり理解できる人は存在しない。

歴史を見てもそうではないか。

織田信長だって、坂本龍馬だって、あんな悲劇的な最期を迎える「宿命」だったなんて彼らは思っていただろうか。彼らは自分の宿命を振りかざすことなく懸命に生き抜いた。その生き様を見ることで、後世は彼らに天が与えた宿命を感じ取り憧れるのだろう。

自分の望む様に評価をされないことは、聖書にも口うるさく書かれている。そして宗教はそれぞれの立場で、各々の「宿命」に対して「備える」ことを勧めるのだ。

しかし、現実には自らの宿命とやらを蕩々と語る人が、この日本にはどれほど多いか…。また、それを理解していると勘違いする人がどれほど多いか…。

これをして「尊大」と言う。

宿命を語る者ではなく、宿命を問う者でありたい。

そうでなければ、世の総てを勝手に背負って、最後にはどうにもならなくて拗ねていくということにしかなるまい。宿命は付き合い方を間違えれば、ピエロにしかなれないのだ。

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2011年04月17日(日) 05時34分29秒

覚悟を決める

テーマ:ブログ
昨日、ツイッターで気になる記事を見つけた。

細野豪志首相補佐官は16日午前のBS朝日の番組で、東京電力福島第一原子力発電所の事故発生直後の状況について、「どん底までいった。ほとんど制御不能のところまでいった」と述べ、一時、かなり危機的な事態に陥っていたことを明らかにした。

 その上で、「少しずつだが、コントロールできるようになった。冷却機能の回復という大きな壁を乗り越えないといけない」と強調した。http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110416-OYT1T00375.htm?from=tw


「想定外…」

災害時の緊急対応は、「しなければいけない事」と「してはいけない事」、「見捨てるべきもの」、「見捨ててはいけないもの」のふるい分けから始まる。想定外の事故なのだから、想定外の対応をしなければならないはずが、マニュアルに基づき、想定内で対応しようとする。その結果、あちこちからボロが出る。それを「想定」して対処するが政治家の仕事である。

福島第一原発の関連の記事は敢えて書かないようにしてきた。私のごときが見たって、当時の状況が「どん底」で「ほとんど制御不能のところ」にあることは見て取れた。「直ちに健康への害はありません」という言葉がどんなに空虚に聞こえようとも黙ってきた。現場では、私たちの想像の及ばない努力もされ、また、私たちが考えるより有効な手段を執っていてくれると(現実はどうであれ)信じることにしたからだ。

しかし、この発言はそういう信頼を一気に裏切る発言である。事後であろうがこんな事は本来であれば出てきてはいけない情報だ。おくびにも出してはいけない言葉だ。そんなことをこんな時期に口にしてしまえるほどに、現場は追い込まれていたことを示していると言うこともできるだろう。

細野首相補佐官が言いたかったのは「危機を乗り越えた」ということと「頑張ってる」と言うことだろうが、屋内待避で縛られている人々に対して、「本当は危なかったけど、避難指示を出さなかった」と言っているようなものである。こんな事では余震の度に出される「福島第一原発は余震の影響はありません」と言う言葉も信頼感をなくす。

現場も被災者もこの想定外の災害と闘っている。何を取り、何を見捨てるかという修羅場の中で闘っている。現場では後回しにしていいものは何一つ無い中で、極度の精神的な痛みに耐えながらそれを選択している。まさに「苦闘」である。福島第一原発だけの話ではない。震災発生時トリアージを行った(救命優先度を決定した)医師が「(遺族から)恨まれていると思います。批判も受けます。」とインタビューに答えている。そんな現場に対し、政府の、そして日本の、国民の覚悟は甘すぎると言わざるを得ない。

「日本は強い国、必ず乗り越えられると信じている」

被災地以外ではこの災害を、きれい事だけで済ませようとしているように見える。だからこんな事になるのではないかと思えてならない。信じるだけでは足らない。きれい事だけでは済まされない。震災発生より一ヶ月を経て、この重い責任とそれぞれが向き合うことがこれから求められて行く。


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2011年04月15日(金) 12時21分02秒

言う立場から言われる立場へ

テーマ:ブログ
「頑張れ」と言う言葉に違和感を抱くという意見を最近よく目にします。

特に、被災地に向けられる「頑張って」という言葉は残酷です。被災地の人たちは私たちに言われなくても、誰に言われなくても頑張っている。いや、頑張らざるを得ないのかも知れない。その上、更に何を「頑張れ」というのだろうと思うとやりきれない。

あの辛い体験から、まだ1ヶ月。家族や親族、友人が未だに行方不明の状態のまま、家財全部を失った人々の元に乗り込んで「頑張って下さい」という発想の貧困さには心が激しく痛む。被災者が頑張らなくてはいけない理由は、周囲が支えきれないからに他なりません。

本来的には見舞う側、支える側が「頑張ります」と言わなければならない。

「頑張って」と被災地の方々に期待される人にならなければと思わされています。

被災地の人たちは私たちに「頑張れ」と言いたいのだと思う。

被災地の人たちが失意の底から再び立ち上がるその時まで、彼らに寄り添いながら私たちが頑張らなくてはいけない。


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2011年04月13日(水) 19時20分51秒

奥羽教区の状況について

テーマ:東北関東大震災
奥羽教区の震災関係の公式ブログです。http://ouukyouku.blogspot.com/

奥羽教区の緊急掲示板です。http://esashihoikuen.com/2011ouukyouku/newpage1.html

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2011年04月12日(火) 17時02分55秒

震災一ヶ月を経て

テーマ:東北関東大震災
3月11日に発生した東日本大震災から、1ケ月が経ちましたが、まだ大きな余震が続いています。

発生直後より、あまりにも大規模な被害に、遠くは沖縄からも、最大級の避難の受入れが、表明されたのは気憶に新しい所です。被災地にいない私達は、被災した方々には荷を降ろして欲しい、安心して欲しいと思っている訳ですが、それがうまくいきません。

頂度1ヶ月目の昨日も最大震度が6という余震としては大きすぎる揺れと津波注意報の発令は現地では大きなストレスであっただろうことは想像に難くありません。仙台の両親もさすがに参っている様子でした。息子として考えれば、少し木造に来て休んだらどうだろうかと思うのですが、こういう状況では、張り詰めた気持ちが折れてしまう事を心配してしまうのでしょう。無理もありません。一度揺れない環境に身を置いてしまえば、戻る気力が薄れてしまったり、帰る事に恐怖心を持ってしまっても不思議はありません。それを恐れているのだろうと思うに至りました。

この一ヶ月を見ても、被災者の方々はとても頑張っています。ある人は被害を受けた中で役割を担い、ある人は地域の復旧復興に尽力し、ある人は押し潰されそうな不安と恐怖に立ち向っています。それでも、頑張っています。

そんな被災地の皆さんの気持ちを折らないように、どの様に支えたらいいのか、それを考えねばなりません。共にいるという意味を考えたいと思います。

長丁場になる支援は間違いなく、新しい局面を向かえています。

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2011年04月08日(金) 07時21分47秒

保育、します

テーマ:ブログ
停電ですが、可能な範囲で通常通り保育しています。防寒具を持たせてください。
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2011年04月07日(木) 17時16分48秒

帰ってきました。

テーマ:東北関東大震災
火曜日とそして水曜日、大船渡から釜石、宮古のそれぞれの教会訪問し、帰ってきました。帰ったのは今日の午前様…。這うようにして帰ってきました。

今回の災害は、未曾有の災害です。もうすぐ一ヶ月になり、今、被災地のニーズは日々変わっています。それを睨みながら、被災地にある三教会をどう支えるかということを考えるのが今回の目標でした。

今回の私の任務は私が属する地区からの派遣で、教区の支援活動に協力するためのものでした。

しかし、行ってみて思ったのは、つくづく非常事態であると言うこと。

何をとっても想像を軽く凌駕します。被害の大きさ、届けられる支援物資の量、ストレスの量…。

「これより浸水想定地域」と言う標識が所々に立っています。この震災以前の防災対策で設置されていたであろうと思われますが、その標識から先は津波によって甚大な被害を受けています。「浸水想定地域ここまで」が出てくるとその先には全く被害がありません。そういう光景を繰り返し、被災地に入っていきました。あの被災地の中に身を置く事だけとってもとても大きなストレスだろうと思います。

現地の人たちにとっては自分のことだけで一杯一杯のはずです。家を失い、家族を失い、あの光景を目にし続けがんばっているというのは、常識を遙かに上回っていると言えます。どこの避難所、色々な支援施設、支援団体も同じような状況だと思います。

よく言われることですが、現地でがんばっている人にどのようなサポートを展開するのか、それが最も大切なことでしょう。

現地の人の言葉を借りれば、

「津波の次は、モノの津波、そして今は人の津波です。」

現地の人たちにすれば、津波で破壊された家などを整理しているそんな中、大量の「支援品」が送られてくる…自分の家や生活の確保さえままならない状況で、大量の物資と向き合わなければならない。それが善意の塊だと捉えているからこそ、大変なのだろうと思わされます。

それでも、この一ヶ月でやっとそれもこなせるようになってくると、今度はお見舞いと称ししたたくさんの視察団が現れる。しかも、キチンと接待せざるを得ない相手が大挙してやってくる。一団体あたり一時間前後の時間が費やされることになる。現地で最も貴重な「時間」が浪費されているということになる。

災害とは、ストレスです。それは、被害を受けていない人たちにとっても同じ事。様々な後ろめたさ、何もできな事へのいらだちなどがストレスとして表出します。だからこそ、そのストレスを解消するための行動として募金や支援物資の提供という風に考えると納得できることも多いように思います。だから、現地にお見舞いに行きたくもなるのでしょう。しかし、それは冷静に考えれば、自分のストレスを解消しようとしているだけなのだと言うことに気が付かなければなりません。「自分たちが送った物資が被災者になかなか届かない!」なんて怒りをぶちまけている人もいますけど送るだけではどうにもならなりません。

今、現地に必要なのは精神的なケアだと思います。しかしながら、現地は周囲のストレスの解消に付き合わされている…。被災者に必要なのは休養であり娯楽でありうまい食事だと思います。短期の旅行でも良いし、酒もいいでしょう。そしてその間私たちがボランティアで、彼らががんばっていた部分を代わりに負う覚悟を持たなければなりません。

現地との温度差は、埋めるべくして埋めていかなければ埋まりません。現地がどれほど苦労しているかを理解するには、偉い人が何人行こうが理解できる話ではありません。なぜなら、そこではご接待となるから…。こういう状況では「お客さん」と呼ばれる人たちの訪問は「人災」であると言い切ります。

結局、被災地のニーズに応えると言うことは、徹底的に「仕える」と言うこと、被災者の「使いっ走り」になる覚悟で行かなければ全く役立たずだと言うことでもあります。むしろ「被災地の人々の役に立って来い!」と、現地の人たちが言いたいことを言い合える関係、何でも要求できそれを実現しようとするパートナー関係を構築できる人を送らなければならないと言うことだと思いました。

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2011年04月04日(月) 20時43分44秒

新年度を迎えて

テーマ:ブログ
新年度を迎えて、4日目になります。

1日は入所・進級式を保育所で行いました。弟とか妹のいる卒園児は嬉しそうに一緒に来てました。今年は定員ぴったりの90名でスタート。一つ進級した園児達は嬉しそう。今年の新入園児は、結構スムーズに慣れてくれているようで一安心です。

さて、今日、地区の牧師会がありました。先日のガソリン輸送を報告しました。先週末、第2弾を4日、5日の日程で運ぶ計画もありましたが、現地のガソリン事情が好転したのと、教区事務所に設置されている支援センターに集積してある支援物資を移送する人手が足りないとのことで、計画を変更、友人の牧師と3名で、5日、6日と盛岡を中心に被災地への輸送を担当します。地区内の教会が集めた支援物資を満載し、盛岡に向かい、更に支援物資を預かり被災地へ向かう予定です。当然寝袋持参です。がんばってきます。

木造保育所は教会の保育所です。他の保育所と違うのは、園長が牧師だと言うこと。こういう緊急事態には牧師として園長が行動を起こすことになりますが、園児もそういう姿を見て育ってくれるのではないかと思っています。

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