ジオターゲティング
2010年11月27日(土) 12時57分45秒

アドベント(待降節)

テーマ:ブログ
やっとこ、感染症の嵐を乗り切りました。ふ~~~~。

保育所でもウィルス性胃腸炎は増えているようです。

何はともあれ、手洗い、うがい、消毒ぐらいしかできないので、感染の拡大を遅らせるのができることの精一杯って感じですが、職員も園児達もよく頑張っています。

そして、昨日は保育所のアドベントの第1礼拝。

アドベントとは、クリスマスまでの4週間のことで、一回の礼拝に1本ずつ蝋燭を点灯していきます。4本灯ればクリスマスって事になります。

「クリスマスってどんな日?」と園児達に聞けば、「プレゼントをもらえる日」とか「サンタクロースが来る日」とか口々に答えました。

「じゃあ、なんで、クリスマスにプレゼントを貰えるのかな?」と聞くとみんな考え始めました。

「嬉しい日だから?」と一人。

「そうそう、何が嬉しいってね、クリスマスはイエス様が生まれた日なんだよ」

「ふ~ん。そうか、だから劇もやるんだ」

木造保育所では、ページェント(聖誕劇)をやるんですが、それを思い出したようでした。

「そうだね、それと、みんなも踊ったりして出し物やるもんな」


去年の冬から、近所のホールを借りてクリスマス会をやっているのですが、もうやる気満々。

自主練習なんかもやって張り切っています。昨日はみんなで「クリスマス会ごっこ」なるものをやっていました。

そんな彼らの姿を見ていると、熱いものがこみ上げてきます。



なのに、大人の世界と来たら…。


今日も園児達の練習の声が聞こえてきます。

「今日、すべての人に伝えられる大きな喜びをあなたがたに伝える」

良きクリスマスを迎えることが出来ますように。子供たちに希望という、大きなプレゼントが与えられますように祈らないでは居られません。

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2010年11月22日(月) 17時22分44秒

急性ウィルス性胃腸炎

テーマ:ブログ
先週、風邪で一家全滅した我が家。

昨日、今度は夜中に寝ている息子が突然嘔吐。

「嘔く風邪が流行っていますので気をつけて下さい」と土曜日に保育園で言われていたっけ…。

今朝、息子を休ませ出勤してみれば、同じような症状で何人も休んでいるとこのこと…。


こりゃ大変だ。(--;

保育園の感染症対策を強化しなければいけません。

「不用意に園児と触れ合わない」ことが一番大切。

何よりも、職員や自分がキャリアになってしまう危険が高いのです。

息子が発症したと言うことは、自分も感染している恐れが強いので更に警戒しなければいけません。

今朝も、「園長先生抱っこ!!」と園児が寄ってきましたが、

「病気が流行っているから今日は抱っこしない」と断ると、

「そっか~」と納得顔の園児達。


職員の看護師と感染症対策の検討をしました。

とは言っても、目に見えない相手…。結局地道に手洗いうがいで対抗するしかないのが現実…。

でも、負けないぞ~~~!!っと。

皆さんのお祈りに加えて頂ければ幸いです。

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2010年11月20日(土) 11時19分44秒

寒くなってきました

テーマ:ブログ
津軽も寒くなってきました。

うちの猫のモカはこんな感じで寝ています。

ある教会の牧師室-2010112011160000.jpg


毛の薄い鼻が冷えるのでしょう。
…にしても、苦しくないんでしょうかね?

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2010年11月17日(水) 13時15分37秒

義憤に駆られて?…現代日本が抱える病巣

テーマ:政治
その刑死に際し、「悪法もまた法なり」と言ったのはソクラテス。


映像を流出させた海上保安官の事が、連日のトップニュースで伝えられていますが、よく出てくるのが「義憤に駆られた海上保安官」とか「彼は現代の忠臣蔵」、「陰の国民栄誉賞もの」等という表現。

バカなことを言ってはいけません。

本人も本人で、「遠く離れた日本の海で起こっている出来事を見てもらい、一人一人が考えて判断し、行動してほしかっただけ。政治的主張や私利私欲に基づくものではありません」とは言っていますが、政治的主張や私利私欲に使われてしまっては元も子もありません。

以前、「愛国無罪?」(http://ameblo.jp/ootahachiman-ch/entry-10001515811.html)と題したものを書きましたが、例え義憤に駆られたとしても法を犯してはならないのが国家公務員の筈です。

それを赦すようなことがあるのであれば、法治国家はたちまち転覆してしまいます。


しかも、あろう事に国会から彼を「英雄だ」「現代の忠臣蔵だ」「現代の志士だ」と持ち上げる議員が出る始末…。

方や国会では、大臣が情報流出の責を問われて問責決議を突きつけられ、流出させた方は無罪どころか英雄では、国会はどこに向かおうとしているのか…。個人的には、国会議員一人ひとりを問責したい気持ちになってしまいます。


忠臣蔵と今回の事案は全く違います。

まず、大石内蔵助は自分たちがやろうとしていることを熟知していました。それは、なすべき事を総て成し遂げてから始まります。城と藩の明け渡し、藩士の再就職支援など、藩の再興の試みなど総てを終え、そして、彼は妻子と離縁し、仇討ちを決行しています。本懐を遂げた後は名乗り出て裁きを幕府に委ね、そして粛々とその裁きに従って腹を切ったのです。そこの中では、彼は一言も幕府の裁きに対して異を唱えませんでした。

それが忠臣蔵の趣旨です。

無論、当時の幕府でも赦すべきか赦さざるべきか大揉めに揉めたとあります。

それでも大石内蔵助たちに下された幕府裁定では「彼らの行為は、義ではある。しかし、浅野内匠頭が殿中もはばからないで罪に処されたのを、吉良を仇として公儀の許しもないのに騒動をおこしたことは、法をまぬがれることはできない」とされており、吉良を仇とすることは否定されてるのです。


「悪法もまた法なり」…?

…そもそも、法律を作ったのは、どなたたちでしょう?唯一の立法府である国会に他なりません。秘密公開されたビデオの内容を身振り手振りバラしていた国会議員が罪に問われてはじめて、海上保安官の行動は否定され、そうではなく「義憤に駆られて」と主張すれば全ての情報は公開されても文句を言うことができなくなるでしょう。

故に、「政府が一般公開をしないから、彼が義憤に駆られてせざるを得なかった」という意見もこの際退けられなければなりません。

国の秘密情報なんて、相当に黒に近い情報もたくさんあるわけです。要は、国を混乱させるか否かということが判断基準となり秘密情報というものが生まれてくるのです。

今回のことは、国会議員の座る場所だけが変わる政権交代では、国自体が機能不全を起こしてしまう危険性を暴露しました。政権や大臣が変わろうが…むしろ、政権や大臣がどれだけ目まぐるしく変わっても良くも悪くも国が変わらずに動いているのは、終身雇用に裏打ちされた官僚が政策を動かしているからに他ならないことを示しています。

これは、国家公務員が支えようとしなければ、政権は成り立たないということを体現しています。選挙にしろなんにしろ、国会議員の指定席を変えるだけの作業ぐらいにしか意味を持たなくなってしまいます。政治的主張とか意図ってそういうものでしょうか?しかし、今回の事件はそういうことに使いたい人たちが山ほどいることを示しています。もし、そうだとすれば、それは私利私欲と判断されても仕方がありません。

そもそも、「遠く離れた日本の海で起こっている出来事を見てもらい、一人一人が考えて判断し、行動してほしかっただけ。」というのは、彼の「自分たちの働きを評価してくれ」という私利私欲以外の何者でもないのではないでしょうか?

しかし、私利私欲ではないと…。じゃあ、政治的主張だとすれば?そうではないといっていますが、大臣の首を飛ばすぐらいの騒ぎになることを想像できたはずで、それは国家公務員のやるべきことではないことぐらい判ってなければいけませんよね。

義憤とは一体なんですか?彼は、事前に法的な観点から今回の彼の行動はどうなるかを予測していました。結局は大衆に迎合する…そういうことなのだとすれば、彼自身、国家公務員たる資格そのものが無いことになります。

最近は龍馬流行りだからか、彼を「現代の志士!」とか持ち上げ、何かと自分たちが改革の中心に居るといきまいている人たちが多いですが、明治の志士たちは、時の政府に楯突いた廉で多くの人々が命を失ったのです。報復が報復を呼び、竜馬でさえ暗殺される運命にあったのですから、そもそもそんな時代を現代に引用してくるセンスを疑ってしまいます。


「法は悪なり」…??

民主主義とは、多数決がその基礎にあるのではありません。「一人ひとりの民を『主』と考える」その中で、多数決が最終決定とされてきましたが、それでもそれまでのプロセスに「少数者の意見」を最大限尊重し、守る義務を多数派に課すことも法の必要性なのです。

「法は法なり」…

法そのものは正義でもなく、悪でもなく、多くの人を共存させる手段なのです。

要は、その共存の理念は何で裏付けられるかが問題なのです。


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2010年11月15日(月) 18時22分03秒

参った参った…2

テーマ:ブログ
今度は妻が発熱しました。昨夜39.4℃まで熱が上がったと…。今も寝込んでいます。

症状からして、私から感染したようです。

朝、子供たちを保育所にお願いして、妻を病院へ。

そして帰ってきて、妻の昼食を作り保育所に。

そうしている内に、娘も37.8℃まで熱が上がったとの連絡が…。

折しも津軽は、雪…。

今度は娘を病院へ連れて行き、先ほど帰ってきました。


私?私は病み上がりではありますが、やっと元気になりました。

さあ、今度は看病の番です。

がんばりましょう。

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2010年11月14日(日) 05時57分42秒

参った参った

テーマ:ブログ
日曜日から火曜日に掛けて仙台へ行ったのですが、帰ってきてみれば38.4度の発熱。

10日は幼児祝福式なのに…。ひょっとして、インフルエンザをもらってきたか?と疑い、祝福式を延期して保育園を休み病院に行きますと、

「う~ん、検査しても出ないし、症状も微妙に違うね」と言われて一安心。

その夜から今度は喉のリンパ腺が腫れてきました。

おたふく?…でも、それも、子供の頃にやったはず…。念のため再び病院へ。

「ああ、そうか、リンパにまで細菌が入っての熱だったんだ」とお医者さんが妙に納得した上で、

「大丈夫、大丈夫、おたふくだったらもっと首が太くなるから。」

どうも、過労も原因の一つらしい。やっぱり、40になって、体力も衰えてきたかしら…。


で、金曜日から職場に出てみれば当然のごとく仕事の山。

金曜日には延期していた園児祝福式を行いました。

園児の何人かが出勤した私の顔を見て、「園長先生、風邪直った?祝福式やる?」と聞いてきました。

「心配掛けたなぁ。大丈夫、今日やるよ」というと「やった~」と言って友達に教えに行きました。

今年も例によってローリエを一枚一枚子供たちに手渡し、この葉っぱのように、元気で良い香りを放つ大人になるようにって想いを込めて…。

ある教会の牧師室-2010111406210000.jpg


でも、そう願いつつ大人の世界を見れば、相変わらず飛び出してくる言葉は「無駄遣い」だの「市場」だの「分単位で失われる国益」だの目先のことばかり。

「教育とは国家百年の大計なり」

新島襄が同志社大学を設立する時に語った有名な言葉ですが、今はそんな余裕もないと見えます。

「国家百年の大計」を語る人はあまりいないと見えまする…。

「地球百年の大計」を語る人は皆無かもしれません。



幼児教育に関わってみて、政治に望むことは唯々「明るい、平和な国際社会の構築」なんですけどと思いますがなかなかそうなりそうにないみたい。

子供たちの受難はまだ続くのかもしれません。

でも、なんとか、明るい平和な国際社会を彼らにプレゼントしたいと津軽の地から、願い続けています。


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2010年11月07日(日) 07時07分14秒

教育というもの

テーマ:教育
小学生の時、私は足が遅いので有名でした。そんな私が中学校1年生の時の体力測定の50メートル走で6秒2のタイムを叩き出したのでクラス全員に驚かれました。なんと学年で一番の速さだったからです。何より本人が驚きました。

成長とは面白いものです。ある日ある時突然に私たちは生まれ変わる体験をしてきているはずです。そして、人間はみんなそんな種を身のうちに隠し持っています。

ところで、子供達の育ちの環境がこれほどまでに問題とされる時代はないでしょう。屋外に自由に遊べる環境がないのは当たり前、いじめや虐待のニュースも後を絶ちません。評論家や専門家、政治家はこぞって地域や親の問題だと声高に主張する始末。挙句の果てには「子育て力の低下」なる言葉で全てが片付けられているような印象が拭えません。保育所の所長として会議に出ることも多いのですが、その中では「手間のかかる子はなぜ増えた」という犯人捜しで終始し、最後には「地域と家庭の子育て力の低下」で片付けられてしまうので少々うんざりしてしまいます。そこには教育者の信仰という見えないのです。

元来、私たちの国が開国後から取り入れてきた教育理論は西洋ロマン主義をその土台におきます。そのロマン主義はキリスト教精神から成り立っていて「子供の本質を神的なものとして捉える」ことが前提と成っています。冒頭の私の例のように子供はある日ある時突然に、まるで生まれ変わったかのように成長します。その「時」が神からそれぞれの子に対して既に与えられていると考えるのがロマン主義です。いつかは判らないその「時」に備えて待ちながら成長を促していくのがそれらの教育論の根幹なのです。そこが教育の面白さだとするのが、教育者の信仰なのです。そして、その面白さを伝えていくのが教育者の仕事でもあるはずでした。

しかし、日本では当初から、教育者の信仰には目を向けず、教育方法(メソッド)だけが取り沙汰されてきました。そして根幹のロマン主義自体が受け入れられずに現在に至っています。つまり土台のない教育理論に振り回されて居ると言うことが出来ます。しかし、現実には教育とはそれに携わる者(教師をはじめ、家庭、地域など子供を取り巻く総ての者)の信仰を土台とせざるを得ず、常にそれを問われると言うことなのです。 

「そこで、わたしのこれらの言葉を聞いて行う者は皆、岩の上に自分の家を建てた賢い人に似ている。雨が降り、川があふれ、風が吹いてその家を襲っても、倒れなかった。岩を土台としていたからである。わたしのこれらの言葉を聞くだけで行わない者は皆、砂の上に家を建てた愚かな人に似ている。雨が降り、川があふれ、風が吹いてその家に襲いかかると、倒れて、その倒れ方がひどかった。」
(マタイによる福音書7章24~26節)

何もキリスト教精神ばっかりが教育というものでもないでしょう。日本にだって素敵な教育者は沢山いたのです。「米百俵の精神」と言った首相もいました。援助として貰った米を食わずに売って教育費に回したという逸話の引用ですが、それだって、将来のためになると信じたからそんな事が出来たのです。でも、そんな精神が教育の世界から姿を消しつつあります。

総ての子供たちに可能性は宿っています。要はそれを信じるかどうか、そこにかかっています。

人は規格に収まりません。収まらないからこそ人なのです。

信仰の根幹は、常に「神がその人に備えた可能性にかけること。そして、その可能性を実現するために問い、考え、実践すること」です。

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2010年11月04日(木) 12時21分42秒

冬支度

テーマ:ブログ
津軽にはそろそろ冬がやってくる感じです。今日は日も差し、午前中はポカポカとしていましたので、冬支度をすることにしました。

11月中には一度は雪が積もります。そうすれば本格的に冬。


ある教会の牧師室-2010110412200000.jpg


園児たちは、砂場遊びの道具を水洗い。一生懸命洗ってくれていました。

来年の雪解けまで外遊び用の遊具とはさようならです。

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