ジオターゲティング
2009年03月31日(火) 15時23分54秒

太田八幡教会のこと

テーマ:ブログ
このブログのアドレスには、「ootahachiman-ch」と太田八幡教会の名前が入っています。もともとは、太田八幡教会のことを知っていただきたくて、開いたブログでした。

でも、ご存知の通り、私は太田八幡教会から木造教会に転任しましたので、もう既にアドレスを変えなければいけないんです。(--;変えなければ…と思いながら、一年も使用させていただきました。

私の離任から、この一年間、専任の牧師がいない状態で、牧師が与えられるように祈っておりました。そんなこともあり、このブログを通してでも応援したかったような思いがありました。

先日、4月から牧師が着任する予定が明らかになったそうです。素敵な先生だと言うことでした。良かったと、正直胸を撫で下ろしています。


教会の牧師の交代人事は、「難中の難」と言われている事柄。そんな中でこうして祈りながら待ちわびていた太田八幡教会の教会員お一人お一人の皆さん。おめでとうございます。これからの歩みに主の祝福をお祈りいたします。

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2009年03月27日(金) 17時21分38秒

雨のち雪のち晴れのち吹雪のち……そして、春!!

テーマ:教育
ある教会の牧師室-2009032808530000.jpg


ここ最近、冬に戻った感じが強いです。昨日も一昨日もちょっと吹雪きました。それでも、昼間になると日溜りはポカポカ、雪もあっという間に溶けてしまいます。

ある教会の牧師室-2009032808520000.jpg


昨日、保育所の駐車場の雪かきをしていたら、登園してきた園児が私に声を掛けてきました。

「雪降ってよかったな」と返すと、「うん!!」と元気の良い返事。やっぱり、子供にとって、雪は嬉しいものの一つなのでしょう。

「なんでですかねぇ。大人は雪が少なくて嬉しいのに…」送ってこられた親御さんと苦笑いでした。






午後、その園児が「園長~、今朝何やってたの?」

「雪かきしてたんだよ」と答えると、「なんで~」と更に聞かれました。


あ、なるほどと思いました。

彼らにとっては、自分の身に起こった事実の上で生きるのが当たり前なのに対し、私達は自分の身に起こった現実と闘うことによって生きていることが多い訳です。


「雪が降るよ」というニュースに触れたときに、


「え、また明日も雪かきか」「通勤が大変」などと思うのは、自分がそのニュースの前に立てていた予定が狂わされる気がするからに他なりません。


子供のように「やった~!!雪合戦できる、雪だるまも作ろう」と、ポジティブになるのは大人に取っては難しいことなのかも知れません。

そんなことを考え合わせて紡ぎ出される大人の定義は、「現実に満足せず、現実を打破し続ける人」ということになりますか…。


…あ、でも、そうなると、大人って現実に対しては常に「駄々っ子」であると言うことができます。これって、やっぱり、大人の顔した子供か…。


本当の大人とは、現実に背を向けないで受け入れる人ことの出来る人ではないかと思わざるを得ません。その時そのときを楽しむことができる、そういう人が畏敬の念を込めて、大人だなあと言われる訳で…。

春、新しい歩みが待っている春…。自分の未熟さを知り、それを否定せず、周囲の人々に感謝と希望を持ってその現実に生きていく…そういう大人に近づいていきたいものです。


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2009年03月24日(火) 18時44分38秒

揺らぎの中で

テーマ:保育所
先日卒園式を迎えました。保育所で奉職する事になって初めての卒園式。保護者や職員だけが盛り上がり、卒園児たちはあっさり終わるだろうと思っていました。しかし現実には、彼らは卒園式が近づくことを実感し始めると等しく寂しさを感じ、甘えが強くなっていました。当日、卒園児達は号泣しました。当然、送り出す職員も涙、涙でした。その姿を見て、ちょっと驚き、しかし、納得しました。

保育期間が最長の子は6年以上です。縦割り保育もやっていますから、年少、年中の園児たちを弟や妹のように思って可愛がっていたわけですから、そういう子たちにとっては、家から出る感覚なのかも知れません。しかし、保育所は楽しい思い出だけでないでしょう。朝、寂しい思いを我慢して親を見送り、保育士たちと過ごし、迎えが遅くなれば先生と二人きりで待っていたりした経験を彼らは持っています。喧嘩したり叱られたりもしたでしょう。しかし、そういう経験があるからこそ彼らは涙を流したのだと思います。

彼らの涙を見て、ここまで思いを巡らせて、成長すると言うことの尊さを見せられた思いがしました。「禍福は糾える縄の如し」と古来より言われている通り、楽しい思い出だけではなく、辛かったり、悲しかったり、寂しかったり、様々な経験を積み重ねると言うことであり、また成長すると言うことだと悟らされました。成長というものの荘厳さを垣間見た思いでした。成長とは、様々な思い出や経験を糧にして、涙や痛み、辛さや寂しさを乗り越えることなのです。そこでは、私たちは単なる傍観者であるしかないのでしょう。しかし、その場所は他の人々の遙かに前の最前列なのです。私達は彼らの成長の証人とされているのです。そして、それが私達の喜びでもあります。

教育とは、設計図を見ることができない建築だと思います。私たちは彼らの完成した姿を見ることはできませんし、結果に対して常に謙虚にならざるを得ません。あちこちに散らばる成長の種を拾い集め、その子と一緒に知恵と力を結集して色々な場面を行きつ戻りつ迷いながら成し遂げていくのが私たちの本来の姿だと思わされます。

子供とは本来揺らぎを持つ存在であり、教育とはその揺らぎの上にしか成り立たないものです。性格も、発達過程も一人として同じことはありません。そして環境や時代の不安に翻弄されつつも、揺らぎを持つ彼らに関わる私たちは、その揺らぎに付き合うことをその働きの基礎とするのでしょう。

卒園式の後、障害を持った卒園児の保護者が「設備も経験も何もありませんが、全力を尽くしてとにかくやってみましょう」と前園長に言われたと話してくれました。それに感謝して入園を決めたと…。保護者にすれば、自分の手で最善を尽くしたいでしょう。しかし、それが出来ないことを保護者だからこそ知っておられるのでしょう。仕事であったり、自分の限界だったり、様々なものを抱えているから、だからこそ一緒に頑張ってくれる存在に、突き動かされ、感謝の思いを持って下さったのだと思います。無難な、そして楽な保育はあり得ない…その時その時に必死に向き合うしかないのが保育の本来の姿であるのだとつくづく思わされました。

「さあ、園長、これから保育所をどうしていく?」と悪戯っぽく私に問う保護者達。「皆さんが悔しいと思うほどに良い保育所にします」と答えると、「よっしゃ!!園長、頑張れ!!」と拍手…。保育という業に「捉えられた」と思わされた瞬間でした。

 私が園長として保育に携わり一年が経とうとしています。子供達は様々な経験を求めています。保育士に抱かれ、ぶら下がり、追いかけ、追いかけられ、叱られ、喧嘩をし、一緒に歌い、一緒に躍り、共に泣き、誉められ、愛される…そんな経験をたくさんたくさんすることが彼らにとっては何よりも必要なのでしょう。彼らの涙の一粒一粒が意味するのは、まさにその様な体験の思い出なのだと思わされるのです。その経験は言葉を上回り、知識を上回って全ての子供達に必要なものだと確信します。その経験を十二分に持ってさえいれば彼らは、言葉や国籍、人種、世代、憎しみ、距離の壁を飛び越えて活躍できるでしょう。

子供達の揺らぎはそのような環境の中で大きな成長の種になると確信します。子供達の持つ揺らぎの中で職員たちと共に試行錯誤を続けながら、子供達と喜怒哀楽を共にしつつ歩んでいきたいと、今心から願っています。

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2009年03月21日(土) 17時17分54秒

卒園式

テーマ:ブログ
ある教会の牧師室-P1000036.jpg

今日は卒園式でした。先生の心尽くしの飾り付け。

「あんまり立派に作って目立ってもね、子供たちが主役だはんで…」

と、控えめながら大きく羽ばたいて欲しいとの願いを込めて数週間前からチコチコと作っていたものです。

この数日は、卒園児も卒園を寂しく思っているようで

「園長先生、抱っこ」

などと甘えてくる子が多かったです。



卒園式を終えると号泣が2名、他の子もみんな涙ぐんでいます。はて?保育園の卒園式ってこんなに泣くもんだったかな?と思いながら、不覚にも私も目に熱いものが貯まりました。

保育期間が最長の子は6年以上です。朝、寂しい思いを我慢して、親を見送り、先生達と一緒に過ごし、親御さんが遅くなれば、保育室で先生と二人っきりで待っていたりした経験を彼らは持っています。

また、縦割り保育もやっています。年少、年中の園児たちを弟のように思って可愛がっていたこともあるでしょう。そういう子にとっては家から出る感覚なのかもしれません。

当然送り出す職員も涙涙…ティッシュの箱を持参した担任もいましたよ。

「また学校の帰りにでも遊びに来な」

泣きながら頷く卒園児たち。

でも、ご両親の仕事の都合でまた月曜日から31日まで通う子も居たり…。


「ぼくたち、わたしたちはこんなに大きくなりました」と卒園式で挨拶した子供たち。


今度は、新しいランドセルを背負って遊びに来てくれるでしょう。



さていよいよ新年度を迎えます。

彼らの新しい歩みの上に神様の祝福が豊かにありますように祈りを合わせていただければ幸いです。

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2009年03月16日(月) 13時04分01秒

食べたいな

テーマ:保育所
昨日は、卒園児の卒園を記念して、園児たちと記念パーティーを行ないました。

職員より「園長もなんか出し物を出してください」との要請が…。


ついに来たか。「能有る鷹はつめを隠す」ふっふっふ。今、私の手品の封印がとかれる!!







…まあ、そんなことはないのですが、かくし芸と言うことで、以前から身につけていた手品をすることにしました。

これ、指が光る綺麗な手品で、見る人からは好評です。

さて、息子を相手に練習をしました。

指の先に灯った光を食べて見せるシーンがあるのですが、やって見せたら息子が

「僕も食べる!!」と俄然やる気!!

じゃあ、って、たべさせてやったのがこのムービー。



一回食べるごとに「おいちい!!」と満足げ。




さて本番。


0歳児から6歳児まで100人近い園児と職員の前で、この手品を行ないました。


「園長先生の心を見せてあげる。ほら、出てきた。心はね、いくつにも分かれるし、食べることもできるよ」


彼らの前で食べて見せると、園児たちが


「食べたい!!」





「よ~し、じゃあ、みんなの口を狙うからね、口あけて!!」



一斉に大きな口を開ける子供たち。


「そ~れ!!」

みんなでパックン。

「美味しかった?」


「うん、美味しかった」と元気一杯。

もうすぐ卒園の年長児、寂しさ半分、小学校への憧れ半分の複雑な気分のようです。送り出す園児たちも複雑な様子。

もうすぐ卒園式です。彼らの将来に主の守りと祝福が豊かにありますようにと祈るばかりです。

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2009年03月11日(水) 12時31分25秒

来年またね、お雛様

テーマ:保育所
先日、お雛様の紹介をしましたが、このお雛様、3月4日には、もはや仕舞われてしまいました。

「あら、もう、片付けるの?」と尋ねると、

「ええ、数十人分の将来がかかってますから」と冗談半分の答えが返ってきました。



職員一人ひとりのこんな想いが保育所にはあふれているんだなと思った一こま。

お雛様、ご苦労様。来年また、よろしくお願いします。

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2009年03月06日(金) 17時27分06秒

やった〜

テーマ:子供たち
ある教会の牧師室-2009020717230000.jpg

だいぶ前になります、息子宛てにプレゼントが届きました。

息子が新幹線が好きなことを話たのを覚えて下さっていたのでしょう。

お気に入りの笑顔です。実はこの新幹線、ボールペンなんです。夜は寝床まで持って行くほどのお気に入りです。

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2009年03月03日(火) 13時25分35秒

お雛様

テーマ:保育所
今日、三月三日は雛祭。

うちの保育所でもお雛様を半月ほど前から飾っています。豪華七段飾りです。

ある教会の牧師室-P1000003.jpg


でも、古くなってきて、ボロボロになりつつあり…。


もともと大量生産のものの様で、人形の顔や調度品は全てプラスチック製、菱餅はボール紙…。人形の耳は、パテで盛り上げているのですが、そのパテがポロポロと落ちてきたり、調度品は接着剤が劣化したからかバラバラになってしまったり…。

職員が一生懸命に大事に修復しながら飾っていますが…。

「限界かねえ」「買い換えようか?」、「でもね、もう少し…」


それでも、捨てるとなれば、未練も湧くと言うもの…。

できた雛飾りを見て、子供たちは「わ~」と声を上げ「綺麗ねえ」と見ています。

もうちょっと、頑張ってもらいましょうか…。

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2009年03月02日(月) 15時22分20秒

「おくりびと」との二人三脚

テーマ:教会に来る人々
オスカー受賞で日本中が大騒ぎになっている映画「おくりびと」…。

私も牧師という仕事柄、葬儀も何度も行ないました。その時とてもお世話になる大切な存在です。それでも、「納棺士」なる言葉はついぞ聞いたことがありませんでした。「葬儀社の方」が葬儀の一連の行為として納棺までを執り行ってくださるもので…。

 田舎の場合、キリスト教式の葬儀など葬儀社の社員さんにとってもはじめての場合が多く、葬儀社さんと二人三脚で葬儀の準備となります。

「祭壇はどう作ればいいですか?」「調度品はどういう風にすればいいですか?」「オルガンはお貸しいただけますか?」「案内と会葬御礼の文面はこれでよろしいでしょうか?」「清め塩はどうしましょう?」と事細やかに全てのことを聞かれます。

まだ、景気のいい時代でしたし、ここまで自分達を消しながら私なんぞの指示に従ってくれるのか、ちょっと不思議な気もしていましたので、ある葬儀で、車に乗せて頂いた時に聞いてみたことがあります。

「実は、娘が幼くして亡くなりましてね、その時、葬儀社の方々を見て、とても感謝したのと同時に、憧れを持ちまして…。必ず誰でも必要とする仕事でしょ?自分のようなものでもお役に立てるんだったら、嬉しいと思って転職したんですよ」とちょっと照れ笑いを交えながら話してくれました。そして更に、「主人公は故人ですからね、先生のアドバイスは故人の声だと思わせて頂いてるんです。勉強になりますよ。」とニッコリ。

なるほど、そう言われてみればそうでした。故人の生き様を最後に最もはっきりと示そうとするのが葬儀なのだし、そういう葬儀だからこそ遺族は癒されるのだと、逆に教えられました。説教にしろお経にしろ、そういう葬儀を支えてくださる方たちによって成り立っているのだとしみじみ思いました。逆に言えば、お経が難解だったとしても、説教の出来が悪かったとしても葬儀社さんの腕前次第でいい葬儀にも、ひどい葬儀にもなってしまうと言うことが言えるかと思います。

日本は儀礼を育ててきた国です。葬儀ではあの世に、結婚では新しい生活に、成人式では大人の世界に、そして卒業では次の世界へと順に儀礼を整えることを通して送り出すことを大切にしました。だから映画の名前も「納棺士」ではなく「おくりびと」なんですね。

感情も大切かもしれません。しかし、それを前面に押し出しすぎたり、それに押し流された時に、主人公が誰だかわからなくなってしまいます。定められた時に、思いを込め、しかし淡々と進められる儀式は癒しになるし、希望となるのです。牧師の仕事は正にそういう中にある仕事だと思います。私たちの執り行う儀式は周囲の人々の礼儀によって成り立たされているのです。驕ることなく感謝を持って与えられた業に仕えたいと思っています。

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