ジオターゲティング
2006年04月22日(土) 12時21分56秒

ユダの福音書

テーマ:埋もれた歴史
私の商売柄、とても興味を引くニュースが報じられました。ナショナルジオグラフィック協会がユダの福音書が発見された(http://nng.nikkeibp.co.jp/nng/topics/n20060407_2.shtml)と発表したのです。文献から「ユダの福音書」などの名前は知ることが出来たものの、その中身は謎だったのです。それが出てきた訳ですからビックニュースです。内容はユダがイエスをローマの官憲に引き渡したのは、イエス自身の言いつけに従ってしたことだというもの。このことから、聖書の記述を大きく覆すものだという主張が出てくるわけですが、これは早とちりというものです。

幸いにも、ケーブルテレビに加入していましたので、「ナショナル ジオグラフィック チャンネル」の2時間スペシャル番組『禁断の聖書:ユダが残した福音書の衝撃!』を見ることが出来ました。興味深い内容ではあったものの、あまりセンセーショナルに扱うべきではないと言うことも思いました。

今回発表されたコプト語という古代エジプトの言語でパピルスに書かれた全13枚の本で、放射性同位体による年代測定では、紀元後220~340年につくられたものであるとの結果が出たそうです。イエスの受難が紀元30年前後と言われていますから、それより少なくても200年ほど経ているわけです。

ちなみに聖書に収録されている4つの福音書の成立年代を調べてみると諸説あるのですが概して、マタイが60年~85年、マルコが65年~70年、ルカが80年~130年、一番遅いと言われているヨハネでさえ85年~160年の間に書かれたであろうと言われています。そうすると、どの福音書からも数十年から120年ほど後に書かれたということになります。この間、キリスト教は正に百花繚乱、様々な理解が生まれました。そして紀元313年に、キリスト教は他の宗教とともにローマ帝国によって公認され、カトリックへと集約されていきます。

この「ユダの福音書」は「過越(すぎこし)の祭りが始まる3日前、イスカリオテのユダとの1週間の対話でイエスが語った秘密の啓示」という書き出しで始まり、「彼ら[イエスを捕らえにきた人々]はユダに近づき、『ここで何をしているのだ。イエスの弟子よ』と声をかけた。ユダは彼らが望むとおりのことを答え、いくらかの金を受け取ると、イエスを引き渡した」という記述で終わっているそうです。イエスが十字架にかけられることも、復活することも、この福音書には何も書かれていないのだそうです。つまり、イエスの伝記形式を取っている現在の聖書に含まれている福音書とはだいぶ趣を事にすると言うことです。

これらのことを考え合わせると、この「ユダの福音書」は、キリスト教の黎明期に生まれた現在聖書に収録されている四福音書の理解に対して対抗するものとして用いられていたということがわかります。だからこそ、「過越(すぎこし)の祭りが始まる3日前、イスカリオテのユダとの1週間の対話でイエスが語った秘密の啓示」というかたちで、四福音書の最も大切な部分に絞って否定しているのではないかと…。ただ、ユダの福音書の福音書の存在は当時から、ユダは裏切ったのではない、という論調があったのは確かだと言う事を保証するものとして価値があるのです。

大体、四福音書の中でも、他の弟子たちも威勢のいい事を言いながらもイエス逮捕の前後には離散したり、ペトロなどは否認したりもしていることが報告されています。もともと、神の一人子にして全能のイエスであれば、ユダの裏切り自体は予知できたし、回避できたはずであって、もしそうであったらイエスの十字架の贖罪自体が実行されなくなってしまうわけです。

ヨハネによる福音書では以下のように書いてあります。

わたしは、あなたがた皆について、こう言っているのではない。わたしは、どのような人々を選び出したか分かっている。しかし、『わたしのパンを食べている者が、わたしに逆らった』という聖書の言葉は実現しなければならない。(ヨハネによる福音書13:18)更に、イエスは、「わたしがパン切れを浸して与えるのがその人だ」と答えられた。それから、パン切れを浸して取り、イスカリオテのシモンの子ユダにお与えになった。ユダがパン切れを受け取ると、サタンが彼の中に入った。そこでイエスは、「しようとしていることを、今すぐ、しなさい」と彼に言われた。(ヨハネによる福音書13:26-27)

また、時代が下って20世紀の神学者スイスの神学者のカール・バルトは、ユダは、イエスを十字架に架けキリストにする重要な役割を果たした人物であり、「神の使わした者」と考えたようです。

それにも拘らず、ユダは裏切り者の代名詞のように言われつづけました。そこには何か政治的な意図があるのではないかと言う説をこの番組では採っています。313年にミラノ勅令によって公認化されたキリスト教でしたが、その故に実際のイエスの処刑者であったローマ帝国を刺激したくないという意図が働き、それが長じて福音書のユダの裏切りの記述がそれ以後の歴史の流れの中で、反ユダヤ主義の象徴として結びついてしまったのではないかと…。

現実には、392年、ローマ帝国はキリスト教以外の宗教を禁止します。そんな歴史の中で、ユダヤ人がキリストを迫害したと言う理解が生まれ、それが20世紀に至っては、ユダとユダヤ人こそがイエスを十字架にかけた張本人だと、ユダヤ人迫害の理由の一つとしてナチスドイツによってキャンペーンの道具として使われました。

ただ、福音書が伝える事柄は、史的には事実認定できないものがほとんどです。2000年前のということもあり、証拠がありません。伝えられる多くの事柄は伝承で、史的検証では、かろうじてイエスの存在と、政治犯としての処刑は事実であったろうと言えるだけのこと。ユダの裏切りにしたってそうなのです。ユダの死に方にしても、マタイによる福音書では「首を吊って死んだ」となっていますし、使徒言行録では「裏切りで得た金で買った土地にまっさかさまにおちて内臓がすべて飛び出して死んだ」と、ペトロが報告しているシーンがあると言った具合で矛盾しているのです。

宗教と言うのは信じるかどうかにその主眼があります。キリスト教の場合大事な事は、「全ての人の罪をイエスが十字架の死と復活によって贖い、無効としてくださった事」を信じるかどうかの一点にかかってくるのです。そのことを信じた多くの人々の素晴らしい行いや生きざまによって、「信仰」=「信じる事」の大切さが証明されて来たのです。それは、その人の内面にのみ働き、良い実を結ばせるのであって、「聖書に書いてあるから」との言葉で他人や他の宗派、団体に攻撃の刃を向けると言うのは人間の罪以外の何ものでもありません。

今、様々な技術が発展し、証拠主義、実績主義によって物事が勧められる事が多くなりました。しかし、そこの中に果たして人間の心が存在するのかどうかが問われています。「心」とは「信じる事」に他ならないと思います。しかし、証拠の有る無しに関わらず、信じる事が必要な事は沢山あるはずです。

ランキングに参加しています。お気に召しましたら、
クリックしてください。
AD
いいね!した人  |  コメント(7)  |  リブログ(0)
2006年04月14日(金) 23時59分51秒

受難日…百合の花

テーマ:ブログ
キリスト教では、次の日曜日(4月16日)にとても大事なお祭りがあります。復活日(イースター)というイエスの復活を祝う日なんです。去年は3月27日だったのですが、このお祭り、重大な割に日が決まっていません。この辺のことは、去年の3月24日のブログhttp://ameblo.jp/ootahachiman-ch/entry-10001299104.htmlに書いてありますのでご覧ください。

さて、イエスは、三日目に復活したことになりますので、その一日目に十字架で処刑されたことになります。そして、その前日の木曜日が有名な最後の晩餐ということになります。この辺りの出来事は各福音書とも丁寧に書いていますが、この四日弱の間に沢山の出来事が起こりました。

最後の晩餐を終えた後、イエスは逮捕されます。夜通し裁判を受け、翌日死刑に処せられます。この一連の流れが去年公開された「パッション」という映画で取り上げられた部分です。処刑の後大急ぎで墓におさめられたイエスがよみがえったとの知らせは日曜日の朝にイエスに従っていた女性たちによって弟子たちに届けられました。イエスがおさめられた墓は、洞窟状になっていて、死体をおさめた後大石を転がして入り口を塞いでいたのですが、その入り口が開いていた、そして死体がなかったと、それが第一報でした。そのうち、あちこちから「イエスに会った」という証言が溢れ出します。

イエスが甦ったその出来事を見た人はいませんでした。しかし、伝説によれば、その入り口が開かれたイエスの墓の前に白百合が咲いていたそうです。教会では、復活祭や葬式のときに百合を飾ります。これは、ただ単に百合がきれいだからというだけではなくて、百合が、イエスの甦りを見届けたという伝説によるものなのです。

今日は受難日…太田八幡教会では、礼拝堂に百合が飾られました。明後日はいよいよ復活祭です。

ランキングに参加しています。お気に召しましたら、
クリックしてください。

AD
いいね!した人  |  コメント(4)  |  リブログ(0)
2006年04月12日(水) 23時41分25秒

NHKへ…「先ず隗より始めよ」

テーマ:ブログ
昔、中学校の聖書科の授業で、NHKが作ったドキュメンタリーを生徒たちに見せたことがありました。東海村の原子力事故の時に被曝した作業員が治療を受けた病院のスタッフの証言だけで構成されたドキュメンタリー番組でした。この番組が子供たちに与えた影響はとても大きいものでした。生徒たちは命の大切さを思い、大きな良い影響を受けたようでした。

今朝、NHKの集金が来ました。8時45分ぐらいに…。朝の情報番組を見ていたのですが、その時の話題がNHKの金銭横領事件。1700万円あまりを着服したって話でしたので、「何ともタイミングの悪い…」と思いながら聞いてみると「やってましたか(--;。もう仕方がないんで、開き直って出てきたんですが…」と集金の方は諦め顔でした。

それにしてもです、なんで着服した当人が謝罪をしないんでしょう。当人がまず、申し開きをしてそれから上司なり会長なりが出てくるのが筋ってモンではないかと思うのですが…。こういう企業や組織の謝罪では、悪さをしていた当の本人は全く出てこずに、会長やら社長やらが出張ってきて頭を下げると言うパターンがお決まりですが、それって変だと思うのです。罪を認めてるし、反省もしているから本人は出てこなくても良いと言うことなのでしょうか?そんな発想が罷り通っているからこそ、「着服してもバレなければ上の責任」「ばれたら全額返却して仕事を辞めればそれで済む」なんて事になっているような気がします。

懲戒免職…退職金も何もかもを失って止めざるを得ないのは当人の勝手ですが、「私の軽率な行いによって皆様方にご迷惑をお掛けすることになりました。申し訳ありません」とせめて関係者に対してだけでも言わせる事ができない組織って何か変だと思います。監督責任を言うのであれば、当人を引っ張ってきて頭を下げさせるのも上司の責任ではないかと思うのです。それがうまくいかなかった民主党は党首辞任まで追い込まれたことをNHKは見ていなかったのだろうかと思っちゃったりします。

こんな事件が起こればまた、これにかこつけて受信料不払いが増えていくでしょう。時を同じくして受信料の義務化も取り沙汰されています。今、受信料の不払いは三割にのぼるとして、受信料の義務化が取り沙汰されていますが、今のNHKのシステムでは、公平な負担を求める一方で、著作権を主張しながら、DVDなどを販売して利益を稼ぐというやり方です。そして、例え受信料を支払ったとしてもその見返りは何もありません。そんな理不尽なことがあって良いのでしょうか?

三割の人に受信料を収めさせたいと思うのであれば、今納付している七割を大切に扱うことが肝要だと思います。受信料を支払っている人には、無料もしくは格安でコンテンツの配信を行うくらいのことをして当然だと思っています。まじめな(番組作成に熱意を持っている)人たちがまじめに(横領なんかしないで)作ったものをまじめな人(受信料を払っている人)たちに提供してくれれば良いわけです。

私はNHKが好きです。特にドキュメンタリー、教育や学術関係の番組などは群を抜いています。そういう番組をたくさん作って欲しいということから受信料は当然のコストだと思っています。しかしです。その受信料で作った番組に著作権を主張し、DVD販売などで受信料を支払っている人からも、そうでない人からも、公平(ーー;)に利益を上げるNHKの姿勢自体が納得できません。さも、七割の人は文句言わずに払っているんだから、三割の人も払う義務があるのだと言わんばかり。結局受信料は、「当然入ってくるもの」というNHKの横柄さがそこには滲み出ている気がするのです。「受信料で支えられています」なんて感謝の思いはそこには少しも見あたらないのです。結局、受信料が大切なのか、著作権が大切なのかということがNHK自体方針が決まっていないように思います。

「先ず隗より始めよ」という言葉があります。この言葉を今、NHKに送りたいと思います。まず味方であるはずの「まじめな局員」と、「まじめな視聴者」を優遇することから始めなければ、結局結論は「悪貨が良貨を駆逐する」という結果に終わってしまうと思います。

ランキングに参加しています。お気に召しましたら、
クリックしてください。

AD
いいね!した人  |  コメント(3)  |  リブログ(0)
2006年04月06日(木) 16時56分45秒

幸せを感じる心

テーマ:ブログ
「奥様とはどの様にして出会われたのですか?」とよく質問を受けます。「幼馴染みでして…」と答えると、「うらやましいですね」とか「ロマンチックですね」なんて言われます。正直、何がうらやましいのだろうと思ってしまいますが、私と妻は幼馴染みです。

先日、牧師夫人について質問を受けましたので、そのことを含めて我が家のことから、家族ってものを少し考えてみたいと思います。

私の場合は、1996年に牧師になりました。その時は独身で、結局2004年まで独身だった訳です。出会いはそこそこにありましたが、それぞれがうまく行かずに、結局その8年の間、独身で居た訳です。その間、あまり不自由というものは感じることがありませんでした。

しかしながら、周囲…特に教会員や家族はそうは考えなかったようで、33歳を超えた辺りからお見合いが飛び込んでくる様になりました。なかなかピンと来る相手も居ないまま出会ったのが妻でした。彼女は私の幼馴染みでして、筑波万博に一緒に行ったりということもありました。バスの中で彼女の兄と、私の弟4人でトランプをしている写真が手元に残っていますが、その時私は小学校6年生。彼女は小学校の3年生でした。

彼女の家と私の家の付き合いは、実はお互いの祖母にまで遡ります。先日、祖母の母教会から昔の写真が出てきましたが、そこには、まだ10歳ぐらいの私の祖母と彼女の祖母が写っています。小さい頃から、一緒に教会に通っていた幼馴染みだそうで、先日祖母はその写真を見ながら、「私の孫とあの人の孫が結婚するなんて思っても見なかったよ」と言っていました。私が母教会と出会うきっかけになったのは、実は義母が誘ってくれたからです。「家族同士親戚みたいに付き合っていたけど、本当に親戚になるなんて思っても見なかった」とは彼女の兄の弁です。

それがいきなりお見合いの相手として登場した訳ですから、何とも複雑な思いでしたが、対面して思ったのは「恋愛の対象じゃないね(ーー;」ということでした。特に彼女の場合、身長も148センチと小柄なことも相まって、幼いとき(小学校3年生)の面影がそのまんまでしたから、そう言う思いの方が強かった訳です。強いて言えば、「巡り巡って結局ここに行き着くのか」という思いでした。

正直言って「ビビビ」と来ることは私はあまりなかったのですが、彼女の方が結構積極的で…のろけてしまってすみません…で、まあ、そのままなんとなく実家に帰る毎にデートをして一年ぐらい過ごしていましたら結婚することになった訳です。「プロポーズは?」と聞かれるのですが、正直そんな粋なものはありませんでした。なんとなく、親同士で「どっちも文句もないようだし、結婚させるか」と決まってしまいました。当時の状況を妻から聞くと、家に帰ったら突然、「おめでとう!」と母親から言われたそうで、最初は何が何だか分からなかったそうです。

さて、そんな形で結婚が決まりましたので、当初は、二人とも不安がありましたが、実際に生活をはじめてみればなるようになるわけで、この8月には子供も授かる予定です。周りも支えてくださいます。つまりは、周りから見れば幸せ一杯の夫婦をやっているわけです。でも、じゃあ仕事の方はどうかと言えば、何でもある程度自分がかぶることで成り立っていたものが、結婚するとなかなかそうは問屋が卸さなくなります。

独身の良さとは一体なんであるかと問われれば、結局は気ままさであろうと思います。そしてそれは、そのまま自分の仕事にあっても思う存分にいろいろなことが実践できるということでもあります。例えば、給料などは、まるまる私の小遣いみたいなものですから、教会にくる青年たちに食事をご馳走したり色々出来る訳です。そう言う私の身の軽さを見たある牧師先生が、「牧師は独身が基本だね。うらやましい。」と言っておられました。それが結婚した今となっては、給料袋は教会から妻へと運ぶだけのものになってしまいました。必要なものがあれば、妻に了解を取って買うというのが今のスタイルです。

でも、これは、私だけではなく、妻にとっても同じ事が言えるでしょう。結婚すると同時に主婦になった彼女だって、いろいろ大変なことはあると思います。お互いに不満は結構あるに違いないと思います。私達の場合には、ドライなままで結婚してしまいましたので、お互いのことがある程度ドライに見えるのでしょう。でも、だからこそ、お互いに遠慮をし、尊重し合うことが出来ているというのが私達夫婦の場合の現実だと思います。

「この人しかいない!」とお互いに思い詰めて結婚したとしても、成田離婚をはじめ、うまくいかないカップルの話を聞く時に、夫婦というのは「愛」だけでは成り立たないものであると思わされます。また、今から数十年さかのぼれば、結婚というのは家の都合であったりしたわけで、そんな中でも一生懸命夫婦として歩み、そして家庭を営んできた人たちはたくさん居るわけです。つまり、燃えるような恋愛の行き着く先が結婚ではないと言うことは、私達の経験からしてハッキリ言うことが出来ます。結婚とは共に生きるということなのです。

最近、「こんな筈じゃなかった」といいながら、最後には生きていること自体が、不幸みたいな所まで思い詰めてしまう人が多いようです。「望んだものを得ることが幸せ」、そうならないと「不幸な人生」みたいな捉え方が目に付きます。でも、人間の幸せってそう言うものなのでしょうか?そう言う中では、当たり前のありがたさ、今既に持っているものの素晴らしさというものは、見えていないのではないでしょうか。そう言う中では、どんなに素晴らしい人生であっても不満に思えてしまうのは、仕方がないことなのかも知れません。

私と妻との出会いは、言ってみれば祖母の代からの遠大なる計画であった様な気がします。そして、そう考えると、自分の伴侶であるという事の意味は更に深いものであると思います。私は、妻との出会いは神様の導きだと確信しています。

今ある全てのことに感謝すること…これって、とても難しいことだと思います。でも、それに気が付こうとしない限り、「自分は不幸な人間だ」という思いによって、生きているという最も尊いことさえも否定してしまうのでしょう。

私達みたいな夫婦だって幸せに、楽しく、そして衝突しながら歩んでいます。恋愛の末にこの人だと確信して結婚したはずなのに、その相手に百を求めて叶えられないと嘆くことが夫婦の在り方では悲しすぎませんか。自分に与えられた相手の存在に感謝をすることからはじめてみませんか。

ランキングに参加しています。お気に召しましたら、
クリックしてください。

いいね!した人  |  コメント(11)  |  リブログ(0)
2006年04月03日(月) 16時31分46秒

辞められない仕事

テーマ:ブログ
先日、隣組の組長さんが、私を訪ねてきました。

「町内会館の鍵の管理人を引き受けて欲しいのですが…」

話を聞くと、今管理をしている方は、92歳だそうで、代わりの人を捜していたのだそうですが、

「若い人はどこも共稼ぎで、牧師さんのところだったらいつもおられるし、第一近いでしょ。何とかお願いできませんか。」

管理人の仕事は、鍵を渡し、返却された鍵を管理するのが主な仕事ですが、これは誰かが会館を使うときには必ずいなければならないということです。なるほど。これは大変そう。躊躇していると、区長さんが言葉を継ぎます。

「大丈夫ですよ。出掛けるときなどは、私達が代わりにやりますから」

仕方がないので引き受けましたら、その翌日、早速、管理を引継に前管理人がやってこられました。

「良く引き受けたね。大変だ横の仕事は…。辞めた言っていっても、辞めさせてももらえなかったんだよ」

この方が持ってこられた4月の予定表を見るとほぼ毎日、そして一日午前、午後、夜と予定が詰まっています。さすがに「しまった」と思いました。「これは引き受ける人がいないわけだ」ちょっとやそっとでは辞めさせてもらえないような気がしてきました。

辞めたくても辞められない仕事って、結構あるものです。誰もが大変そうだと思う仕事などは、ちょっとやそっとの不祥事ぐらいじゃ辞められないって言うのが現実なのかもしれません。さて、どうしましょう。(ーー;

ランキングに参加しています。お気に召しましたら、
クリックしてください。


いいね!した人  |  コメント(1)  |  リブログ(0)

AD

ブログをはじめる

たくさんの芸能人・有名人が
書いているAmebaブログを
無料で簡単にはじめることができます。

公式トップブロガーへ応募

多くの方にご紹介したいブログを
執筆する方を「公式トップブロガー」
として認定しております。

芸能人・有名人ブログを開設

Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
ご希望される著名人の方/事務所様を
随時募集しております。