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2005年08月31日(水) 23時56分36秒

大人って何だ?

テーマ:ブログ
「どうやったら日本は良くなるんだろう?」…誰もが思う疑問です。環境破壊、少子化、汚職の蔓延、国庫の破綻…。先進国と名乗るにはおこがましい現状にみんなが頭を抱えています。

衆議院選挙が告示され、各地で代議士達が「日本が良くなるためには」と声を涸らして、演説をしています。選挙において、各政党、候補者は票を集めるために、あの手この手を繰り出します。しかしながら、やっぱり変わらなくてはいけないのは、私達一人一人の生きる態度、姿勢などが問題であることは認めたくはないことでありながら、薄々とは感じて来ています。

選挙において不平等なのは、票を持っていない子供達にしわ寄せが行くことだと言うことを聞いたことがあります。「老人ホームを見なさい。高い予算がついて、床暖房にクーラーがついて至れり尽くせりだよ。でも保育園や幼稚園、学校を見てごらん。設備だって何だって貧相じゃないか。これは子供達が票を持っていないからだよ」という声を保育関係者から聞いたことがあります。

確かに、今問題になっている環境破壊、少子化、汚職や無駄な公共工事などによる国庫の破綻は全て次世代を担う子供達の重い負担となるしかない問題です。私は現在34歳ですが、例えば私が60代になるころには、どうやったって年金なんか立ち行かないだろうと私自身も思わざるをえません。

今34歳の私でもそう思わざるを得ないのですから、今の子供達の立場に成り代わって考えると悲劇的な想像しかできません。自分の親以外にも身寄りのない年寄りを抱えざるを得ないような未来しか想像できないはずです。

その中で私達は、それぞれに人を批判します。「若い人が子供を作ってくれなければ日本の未来は危うい」との声がある一方で、「将来の安心を約束してくれなければ子供なんて産めないし、育てられない」という反論も飛び出してきます。

そうかと思えば成長著しい産業として「ロリータ趣味」を後押しするように「萌え文化」(これを産業と呼ぶ事自体おかしいと思いますが)が花盛り…。未来を担う大切な存在としての数少なくなってきた子供達に対し倒錯した性欲をぶつけ、あげくには殺してしまう犯罪が後を絶ちません。「一体、日本の大人とは、どのような生き物なのだろう?」と考え込まざるを得ません。

「大人」と言う言葉は、「子供」と対応する言葉であることは間違いありません。「大人」とは、「自分より力が弱い存在、自分の次の世代を守り、育てる力がある世代」を指して使う言葉ではないかと思います。まかり間違っても、20歳を越えたからとか、選挙権を持ったからとか、子供が出来たから「大人になる」のではないのです。

こんな定義を日本に与えた時に、本当の大人として認定される人はどれほど居るのだろうかと心配になりました。今、子供を育てられない人たちが増えています。先日日帰り温泉に夜の11時頃に行きましたら、小学生以下の子供達が何人も走り回っているのを見て愕然としました。深夜に帰宅した親が、子供と遊びたいばかりに寝ている子供を起こして遊びに連れ出すという事もよくある話だそうです。

大人が「真の大人」になるための学校は存在しません。大人が「真の大人」になるためには、まずそれを願うことから始めなくてはなりませんし、「真の大人」の姿を知らない限り不可能でしょう。

さて、では、「真の大人」はこの国のどこに、どれだけ居るのでしょう?その数も年々減っているのでしょう。近い将来、この国の民はそのほとんどが「年齢的には大人、精神的には子供」という状態に陥ってしまうのではないでしょうか?背筋に冷たいものが走りました。

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2005年08月30日(火) 23時41分32秒

高校野球の陰に

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酔エル様、織野様
コメント、ありがとうございます。高野連ってどんな組織だろうと調べてみましたら、各都道府県の高等学校野球連盟によって組織されている財団法人だそうで、日本学生野球協会の下部組織だそうです。実際の処分は、日本学生野球協会によって為されるのだそうで、高野連は報告、調査の義務を負わされているのだそうです。では、なぜ高野連に対して批判が行くのかと考えてみれば、この高野連の報告、調査が処分を左右するからです。

この高校野球ってものは、学校現場から見ますと結構な弊害がありました。第一に、高校野球だけは、全国高等学校体育連盟とは別団体です。高体連ではサッカー、ラグビー、テニス、バレー、卓球、柔道、剣道、長刀など、32競技種目が入っています。しかし、野球はこの中には含まれていません。ですから、大会も高体連が32種目を一括で行うオリンピックのような雰囲気を持っているのに対し、高校野球はワールドカップサッカーのような雰囲気があります。

高体連の方は、野球部と文化系部以外の生徒達はほぼ参加することになりますので、学校の側もそれに応じて、授業を空け、文化系部の生徒達にも応援に行くように指導します。その間、野球部は一人グランドで伸び伸びと練習に明け暮れます。高体連が終わるといよいよ甲子園大会の予選が始まりますので、選手達は個別に公欠扱いで出場することになります。

問題は、野球部と高野連の関係が、他の部と高体連の関係よりも濃密かつ厳格なことです。連帯責任等という言葉は高体連などからはまず聞こえません。これは、高校野球が独特の歴史を持っていることに由来します。ウィキペディアフリー百科事典の「学生野球連盟」項目内にそれを示す文章がありますので、引用します。

ここから======================
1903年に早稲田大学対慶應義塾大学のいわゆる早慶戦が始まり、1915年には全国中等学校優勝野球大会、1925年に東京六大学野球連盟がスタートすると日本国内に野球観戦のブームが訪れた。その結果、野球に対する熱狂的なファンなどが現れるとともにそうしたブームに乗って、大学生及び中等学校生の枠を超えた行為が見受けられるようになってしまった。そのため、文部省は1932年に訓令第4号、いわゆる野球統制令を発令し、学生野球を自らの統制下においた。
ここまで======================

プロ野球なんて存在しない時代、人々は、野球という娯楽に熱狂し、その結果学生の本分を外れる選手が出たり、不正なんかも起こったようで、それは、文部省が直接統制しなければならないほどひどかったと言うことです。その名残が、連帯責任を求めたりする遠因なのかもしれません。

甲子園に出場することは、その高校にとっても、また、その高校が存在する自治体にとっても非常に大きな宣伝効果となります。ですから、寄付金だって集まりますし、予算も集中します。野球が上手であれば、特待生として授業料を免除され、野球三昧の毎日を約束されます。

しかし、その様な特典と引き替えに、彼らは広告塔として学校や町の看板を背負わされるわけです。しかも、最近ではその所で生まれ育った選手というのは希になりました。全国各地で中学生を相手に各学校のスカウトが走り回ります。そしてその結果、選手達は、時として大人でも追い切れないような重たい責任を負わせられる事態が起こるのです。

こう考えてみると、高校野球の問題はそれを囲む大人の問題なのです。それに踊らされる子供達を守ろう、育てようなんて考え自体、存在するわけがないのだろうと思います。それが現実なのでしょう。

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2005年08月29日(月) 23時44分06秒

馬謖を斬るのに泣かない高野連の面々

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駒大苫小牧高校の暴力事件…何ともかんともという感じです。以前、8月4日にこのブログで書いたことを改めて読んでみました。そしたら、こんなことを書いていました。

>もし、3回戦ぐらいで判明したとして、高知高校に繰り上げ出場を依頼するとは考えられません。高知高校が繰り上げ出場を断念せざるを得なくなったとすればどうするのか?と考えたります。

3回戦どころか、優勝校で、こんな不始末があったと…。教員である部長が悪いのであって、子供たちは悪くないという理由で「優勝取り消しはない」というのも何とも腑に落ちません。それどころか、秋季大会にも出ることが許されている訳です。

被害を受けた生徒さんの父親は、「このことで、甲子園に影響が出ないように」という理由で、大会終了後にこの問題を明らかにしたと聞きます。翻って、明徳義塾の不祥事を明らかにした匿名の手紙は、甲子園出場決定後に送られたことを考え合わせると、ひょっとすると、駒大苫小牧の生徒のお父さんのような思いで送ったのかも知れませんし、その一方で、明徳義塾に対する嫌がらせで投書したのかもしれないとか疑念が沸いてきます。

どちらにしても、生徒の不祥事の報告の義務を怠った廉で、監督、部長とも辞任の明徳義塾は、学校へのペナルティーとして出場辞退を迫られましたが、優勝校である駒大苫小牧高校では、部長と被害者との和解が済んだということで、学校側へのペナルティーは全く無しということになります。

教職員の不祥事の為に生徒が犠牲になるのは、納得いかないとは言うものの、しかし、じゃあ、生徒同士なら不祥事を問うて連帯責任でいいのか?という問題は、ここで吹き飛ばしてしまうのはおかしいと思います。

ひょっとすれば、明徳義塾の問題を起こした生徒たちを大人並みに辞任させる(まあ、平たく言えば退部、謹慎、停学させる)だけで良かったのではないでしょうか?その方が問題を起こした子供たちの更生にもつなぐことができるのではないでしょうか?自分たちの軽率な行動のせいで、志を同じくし、2~3年同じ釜の飯を食ったチームメイトの夢を奪ってしまったという記憶は、彼らの中でどのような重荷になるのか考えたことがあるのでしょうか?

「泣いて馬謖を斬る」という言葉があります。諸葛亮孔明が自分の後継者と目していた馬謖という武将の罪を問い、泣きながら処刑したという故事に由来します。

連帯責任という考えが古くさいということではありません。軍隊等、一人のミスで全滅の憂き目があう集団に於いては、この連帯責任という発想は、徹底されなければなりません。高校野球が軍隊のような組織であると考えるのにも無理がありますが、百歩譲って、それでも高校野球では連帯責任を問うというのであれば、それを徹底させなければならないという当たり前のことが高野連の頭の中から抜けていることが問題なのです。

「泣いて馬謖を斬る」ことができない以上、高野連には、軽々しく「連帯責任」なんて言って欲しくはありません。明徳義塾の出場辞退に始まったこの夏の高野連の対応には、美談たるものは一つも存在せず、ただ保身を貫いているのみという風に見えるのは、私が捻くれているからなのでしょうか?

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2005年08月29日(月) 10時53分50秒

牧師の夏休み

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牧師といえども夏休みがあります。ところが、他人様が暇な時に忙しいのが牧師の常でして、夏に夏休みを取ることすら難しかったりします。

去年の私の夏休みは、9月の最期の日曜日だったのですが、礼拝堂の準備などを済ましてさっと姿を消す予定だったのですが、電話が来たり、ゴタゴタしている内にピンチヒッターを引き受けてくださった引退牧師が予定より早く到着し、「あれ?これからいなくなるの?居なさいよ」なんて言われてしまって、結局、礼拝に出席せざるを得なくなっちゃたことがあります。

でもって、教会の方々も気を遣ってくださいまして、去年、結婚した時には、一種の「所払い」みたいなことを役員会で決議してくれちゃったりしました。「先生、せっかくの結婚休暇ですから、教会から一週間きっかり居なくなってください。そうでないと休めませんよ」「猫が飢えますよ」「私が面倒見に来ますよ」

結婚が決まったのが、去年の3月末、結婚式は5月1日…。ゴールデンウィークの5月1日に所払いされた私達は、深夜バスと都心部のホテルのハシゴという苛烈な5泊5日の新婚旅行を体験しました。

下手に休みを取っちゃうととんでもないことになってしまうのは、そ自宅と教会がくっついていることが原因だったりします。また、休みの最中、礼拝に出席しなかったなんてことは仕事柄、痛い話になりかねませんので、どっかの教会に出席しなければなりません。

そうすると、大体、自分の前任地であったり、出身教会であったり、知り合いの牧師が居る教会といったところに顔を出すことになります。ですから、夏休み、牧師にとって突然やって来るのは、牧師です。

私の教会にも前任者が何回か家族で出席されました。このご家族はいつも何の予告もなくやってこられます。それも、説教が始まって5~10分遅れて、こっそりと入ってきます。教会員は気がつきませんが、私は、入ってこられるのが見えるので、一瞬ドキッとします。先輩牧師が聴衆にいるっていうのはやっぱり、緊張を強いられます(^^;

昨日、突然知り合いの牧師から電話が来ました。「そちらの礼拝に出たいのだけれど、良いでしょうか?」その先生も、行き場に困っていたようで、行こうと思ってた二つの教会とも牧師が不在だったり多忙だったりで、行くことができなかったそうです。

ところで、ウチの教会、今日はバーベキュー大会。交流を続けている教会にも声を掛け、みんなでわいわい食べよう言う日になっていました。そこにこの先生も来てくださいまして、期せずして牧師が3人、バーベキューを食べながら、8月最後の日曜日を堪能しました。

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2005年08月27日(土) 23時35分52秒

走り屋牧師?!

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以前、車のドアに傷を付けられた話を載せたことがありますが、先日、ボーナスが出たので直すことにしました。

ボーナス…一般的にはこう言いますが、教会では牧師の給料は「謝儀」と呼び慣わしておりますので「夏季特別謝儀」という風に言います。まあ、どっちでも良いんですが…。

さて、私の愛車を持っていきますとその間の代車を車屋さんが用意してくれました。その車が凄い車でした。何と改造車。知る人ぞ知るIMPUL MARCHという改造車です。

当然、マフラーも変えてありまして、「ブオ~ン」とか言って現れました。タイヤも太いタイヤ。ハンドルは当然momoです。サスペンションもガチガチの走り屋使用です。もともと、マニュアルミッション車が好きな私としましてはとても嬉しい限りなのですが、ただ、教会員がこれに乗っている私の姿を見たら、一体どう思うのだろうと言うことが頭をよぎりました。

こう言う時には、私は間が悪いもので、教会員さんのお宅に訪問する用事が立て続けにできてしまいました。結局、この野太い排気音を奏でる走り屋使用の車で乗り付けました。「おやまあ、先生、凄い車に乗ってどうしたんです?」と訪問先で聞かれて「代車です代車」と言い訳する私。

すると以外にも、「へ~。凄いですねえ」と興味津々の教会員さん…。

「なんだ、みんな興味はあるんだ」とホッとしました。

ジムカーナをやっていると言う知り合いに、電話して「代車にIMPUL MARCHが来たんだけど」と電話で知らせると、是非見たいとのことでしたが…。

この車、同乗者である妻には、非常に不評です。何てったってサスが硬いので乗り心地が悪い。そして、排気音がうるさいという2点が特に不評なポイントでした。私としてはこのチャンスに少しドライブに行きたいのですが、一人で行くしかなさそうです。

そうそう、何よりもスピード違反で捕まらないように、事故を起こさないようにしないといけませんね。安全運転で行きましょう!!

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2005年08月26日(金) 17時28分09秒

尊厳

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gospelchemist(熱血君) 様から、<「最後の尊厳」>という8月5日付の記事にコメントを頂きました。少し、長くなってしまいましたし、皆さんにも考えて頂きたいと思い、返答をアップ致します。

ここから==========================
gospelchemist(熱血君) 様
コメント頂き、感謝致します。また、返事が遅れましたこと、お許し下さい。

ところで、尊厳死or安楽死の問題は、本当に難しい問題です。ご指摘のように、死地から生還してきた方々にとっては、自分の生存の否定にも繋がる問題ですし、その一方で、そうして可能性を追い求めてさえ死んでしまった方のご遺族にとっては、その延命措置さえ疑問に思えてくることが多いようです。

以前、同じようなテーマを論争していたテレビを見たことがあります。末期癌の患者に対し、告知するか否か…。これは、終末医療にも関わる問題で、結局ターミナルケアに対しても重要な問題です。「告知をする派」はある資料を出してきました。それは、「告知された人のほとんどの人が告知されて良かった」と言っていたという資料です。

この資料だけ見せられれば、なるほど告知された人はほとんどの場合良かったと言っているんだから、するべきだと思ってしまいます。

しかし、その討論に参加していたビートたけしが「告知されないで良かったって意見は出るわけないじゃないか」と言ったのを聞いてハッとしたのを覚えています。

つまり、告知されないで死ぬ人には、最後まで自分が癌で死ぬことなんか知らない(知っていたとしても知らないフリをしている)訳ですから、自分がおかれた境遇に満足しているかどうか表明しようもないわけです。これを見ていた私は、「結局人の生死には、周りの信仰によって決まる」という結論に辿り着きました。

ご存じのようにイエスは「汝がしてほしいことを、汝の隣人にせよ」と言っています。死の問題については、いろいろなケースが存在し、いろいろな考え方がある日本では、この問題には、結論は与えられないと言うことなのかも知れません。

私達は、古今東西通用する答えというものを求めて、学ぶのだと思います。しかし、時、場所、状況、人などいろいろな要素が複雑に絡み合う中で、死という問題は扱われていきます。その時に、やはり死に直面している人を囲んで、周りは苦悩し、傷つき、自らの死を問わなくてはなりません。

人の命の問題を受け入れるには、それ相応の信仰が必要なのです。果敢に病に挑みつつも亡くなっていく人、奇跡的に回復する人、安楽死を望む人、自殺する人…。そんな一人一人の生き様に、問いを持たざるを得ないのが、人間の常です。だからこそ、理論や公式によって人の命は扱われるべきではないと思います。一人の人間として背負うには重たすぎる命の問題に、それぞれの信仰をかけて当たる必要があるのでしょう。

gospelchemist(熱血君) 様が生き延びたことは、当然尊いことです。ご家族やお医者様を始め多くの方が奇跡を望み、祈り、努力した結果であろうと思います。

そして、もしその様な中で死と戦って亡くなられたとしてもその事は無駄ではないはずです。そういう人達に囲まれた人の死に様にこそ、その人の尊厳が現れるのだとその様に私は思っています。

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2005年08月26日(金) 11時56分54秒

小野田少尉

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24日は、筋肉痛と闘いながら、何とか過ごすことができましたが、昨日はさすがにノックダウン。台風来週直前で、来客も多くなく、一日ゴロゴロ過ごしました。13日に録っておいたフジテレビの戦後60周年企画ドラマ「実録 小野田少尉 遅すぎた帰還」を見ました。見ている途中で胸が詰まりました。中村獅堂の演技も素晴らしかったのですが、この話が全て実話に基づいていると言うことが何ともやるせないものです。

帰国後の記者会見の場面で「人生の最も大切な30年間をジャングルで過ごしたお気持ちはどうですか?」という問いに「若い、一番意気盛んな時期に大切な仕事を全身で全うできたということは幸せでした」と答えています。彼がこれ程までに全身全霊を込めて行ったジャングルでの闘いは一体何だったのでしょうか?愛国主義が求める愛国者とは、上意下達の組織の中で「理不尽な命令」にも忠実な人間のことなのだと言うことを私達は知らなければなりません。

そして、もしそれを為し続けたとしても、国は、人々はその事すら興味の対象としてしか見なくなってしまったのが、彼の30年の闘いの現実でありました。毎年の正月に彼は、「一年間ありがとうございました」と宮城遙拝と思われる行動をしています。彼は戦争当時の上官によってその任を解かれますが、その時に、「賜」と朱書きされた小箱を渡されます。それを伏し拝むように受け取った彼の姿を見る時に、彼の闘いは偽りではなく、また意地でもなく、命令に忠実な理想の軍人の姿であることを思わされました。

小野田少尉のような気骨のある人物は、やっぱり終戦と共に日本に帰ってきて頂きたかったと、痛切に思いました。そして、国の再建に尽くして頂きたかった。また、彼のような気骨のある人物が他にもたくさん居て、帰ってきてそれこそ「国のため」に一生懸命働いたからこそ今の日本があることを思います。

しかし、彼が帰ってきた時に「軍国主義の亡霊」「自決すべきだ」と言った言葉が投げかけられたことなども、控えめながら語られていました。彼の帰国当時、そう言っていた日本で、再び「お国のために云々」という台詞が語られ始めている。愛国教育などが率先して行われ始めていることを思うと何とも暗澹たる思いになります。

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2005年08月24日(水) 22時54分50秒

浦島太郎

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こうもキャンプが続きますと、帰って来た時には大体浦島太郎状態です。「ピアノマンの正体が云々」「総選挙云々」「駒大苫小牧高校云々」

たまっていた新聞等から不在の最中のニュースを掻集めています。すると、強制的に数日遅れのニュースを初めて目にする訳ですから,ある程度スパンの短いニュース等の場合は,一つ目の記事を読んで考えて,結果が掲載されている直近の記事を読む訳ですから、リアルタイムに自分の考える指針みたいな物を自分の中で作り上げ,すぐさまそれを確認できると言う訓練がななされていると考えてもいいかも知れません。

明日には皆さんと情報の足並みが揃うのではないかと期待したりしています。ということで、もう少しお待ちを…

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2005年08月23日(火) 22時06分51秒

すばらしい仲間に囲まれて

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尾瀬キャンプ、終わりました。今年で5回目の尾瀬キャンプ。今年の尾瀬は、花がきれいで当たり年でした。スタッフも入れて21名で登ってきました。下は小学校3年生から、上は78歳まで。みんなで、荷物を持ったり持ってもらったりしながら、励まし合って三平峠のきつい山道を登っていきます。

6人のスタッフは、仕事を休み、自費参加でスタッフの仕事を買って出てくれます。割の合わない仕事ですが、それでも彼らは、「恵みをたくさん頂いています」とか「子供たちのうれしそうな顔が見たくて」とか言って下働きに徹してくださいます。

予算がなかなかとれない中、その様に参加してくれるスタッフの後ろ姿を見て、中学生や高校生が「将来、スタッフをやりたい」といってくれたときには、本当に涙が出そうになりました。こんな方々に支えられて、キャンプを主催した私は何と幸せなことかとつくづく思います。子供たちは、来年も一緒に行こうねと約束しあっていました。こういう姿を見ると疲れも吹き飛んでしまいました。

さて、これを自信に明日から、また新しい歩みが始まります。でも、その前に…筋肉痛の体をゆっくり休めましょう。熱いお風呂に入って、ちょっと一杯やって…(^^)
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2005年08月22日(月) 03時56分40秒

尾瀬に行こう

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今日から尾瀬キャンプです。やっと今最後の子供たちが寝ました。明日は登山…持つかな…
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