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2005年06月30日(木) 23時32分18秒

命の詩

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荷物が届いたので開けてみたら、丸められた古新聞が入っていました。こういう新聞って、なんとなく読んでみたくなるものです。でも、こういうものを読むときって大概新しい発見があったり、偶然とは思えない記事に出会う場合が少なくありません。

今回もとてもすばらしい詩と出会いました。宮越由貴奈さんという当時小学4年生の女の子が書いた詩でした。と言う詩です。彼女は神経芽細胞種と言う病気でこの詩を書いた4ヶ月後に無くなりました。テレビ朝日で 電池が切れるまでと言う題でドラマ化されたのでご存じの方も多いかも知れません。

でも、これって本当にすごい詩だと思いました。今日もまた、17歳の高校生が同級生を刺し殺そうとしたというニュースがありました。

現代の日本では残念ながら、宮越さんの詩の中で言われる命とは、雲泥の違いの中で命が扱われていることを知らされます。人命軽視…なんて言葉が飛び交うような世の中に、優しく語りかけながら、でも、そんな中で生きていく私達に喝を入れてくれる詩に出会いました。

神様は時々、ホントに粋なことをされるものです。今日のこの素敵な詩との出会いに、素直に感謝したいと思います。

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2005年06月29日(水) 23時58分43秒

エログロ??

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聖書って読んだことのない人は、どのようなイメージを持つのでしょうか?

どうも、法律書の様な書き方をしているとかそう言うイメージの人もいるようです。でも、実際にはどうかというと、物語調のものや、詩などがほとんどです。むしろ、これが聖書に書いてあるって知らされた方が、驚きのものがたくさんあります。

教会の礼拝説教でなど、到底使えないような部分もあります。例えば、ロトの娘達…。神によって滅ぼされたソドムから命からがら逃げ延びてきたロトと娘達は、洞窟にすむことを余儀なくされます。

そんな中、娘達は不安になります。周りに人も住んでいませんでしたから、結婚相手さえいません。でも、子供を欲しい彼女たちは、なんと「お父様から子種を頂」く事にしました。酒を飲ませてへべれけになっている父親と交わって、一晩目は姉が、二晩目は妹が「子種を頂き」子供を宿すのです。

これって、大分ショッキングな話です。以前、創世記を最初から1章ずつ講義していったときにこの箇所に出会しましたが、聞いていた人は一様にショックだったようです。

旧約聖書って、結構エログロかも知れません。でも、そう言うものを取り繕っていないところがなんとも、聖書らしいとも言うことができるかも知れません。

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2005年06月28日(火) 20時48分13秒

反省の結果

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二日間も休んでしまいました。反省…

反省と言えば、反省ザルが有名になったのはもう何年前の事でしょう。「反省だけなら猿でもできる」なんて言葉まで飛び交ってましたよね。その反省ザルも3代目が襲名したとか何とか…。

そう、その反省です。今年が、太平洋戦争終結60周年という事ですが、テレビでは、天皇、皇后のお二人がサイパンを訪問し、バンザイクリフやスーサイドクリフなどを巡って献花や黙祷をささげたことが大きく報じられていました。同じ慰霊の行為でありながら、小泉首相の靖国神社参拝問題と比べると天と地ほどの違いがあるように思います。

何故靖国なのか…多くの人達が問うている事柄です。信仰の自由を保障している国でありながら、靖国神社のみが国を代表し、また、唯一の戦没者慰霊施設であるというのは不思議なものです。

石原都知事や、国会議員の方々もこぞって靖国神社に参拝に行きます。別に行くなと言うわけではないのです。でも、もし…まあ、今のところありそうにはないですが、もし、首相がイスラム教徒だったり、クリスチャンで、神社の参拝はしたくないと言うことになればどうなるのだろうか?と思ったり致します。

それでも、日本国民である以上は靖国神社の参拝は義務だと言わんばかりの論調です。「中国や韓国が中止を求めているのは内政干渉だからけしからん!」とか言っていますが、その前に全ての日本人がそこに入ることを了承し、また願っているのかどうか…と言うことが問題です。以前、殉職したクリスチャンの自衛官が靖国神社合祀されたのを不服として家族が訴えを起こしたことがありましたが…。

参拝すると言うことは、そこに特定の信仰があると言うことでしょう。でも、強硬に参拝を主張している人達の中でどれだけの方が、神社の氏子なのでしょうか?靖国神社に御寄進なんぞしているのかしら?

結局、要は、日本らしさと言うものを主張するために神社があると言うことにしか他ならないような気がします。和服を着て靖国神社に参拝することが日本らしさだと思っているのなら、日本の国を代表し、唯一の戦没者慰霊施設であるという考えは成り立つように思います。

靖国神社にお参りをするのがその個人の信仰から来ているのであれば譲りましょう。しかし、そうだとすればなおさら、今回の天皇、皇后のお二人のようにしっかりと現地に出向いて、そこでどのように人が死んでいったのかを聞いて、哀悼の意を表して頂きたいものです。それが公人としての務めであるとこのお二人は行動で示したのではないでしょうか?

「中国や韓国の内政干渉」なんて言いますが、それを受けざるを得ない日本は、やっぱり慰霊の意味を間違えていると思います。東京の九段で祈ればそれでOKなんて事にはならないのです。その様な中央集権的な画一的な発想は、今、JR西日本が福知山線脱線事故の被害者に適用しようとして顰蹙を買っているではないですか。

60年前の記憶…。遠い記憶のようですが、未だにその記憶を担って生きている人がたくさん居ます。戦争を知らない若い世代は、太平洋戦争を失敗と受け止め、どうすれば失敗しなくてすんだのか問います。しかし、実際に経験した人達にとって、あの戦争は勝った負けたの問題ではなかったのです。たった60年前の記憶であり、子供の頃の思い出が地獄絵図なのです。

当時の子供達は現在のように「心のケア」なんてものもなく育ってきました。一夜で何万人が死亡するなんてことが日常茶飯事だった、爆弾や戦闘機に追われることが当たり前だった時代の人達の痛みを和らげていくことこそが慰霊の真の意味だと思うのです。

内政干渉云々より、未だにいやされていない心の傷を持った当時の子供達とどこまで共に歩むことができるのか…。それが戦後世代に向けられている問いだと思えてなりません。

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2005年06月25日(土) 23時10分51秒

猫かぶり人生

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ふと、何もかもが嫌になる時ってありませんか?自分の弱さ、汚さ、醜さ、罪深さ…そういうモノが見えたとき、人というのは思考停止してしまうものです。

牧師の生活というのは、仕事と直結しています。「牧師なんだから…」とよく言われます。話し方、生き方、考え方…。内心、「牧師なのに…」という言葉にいつも怯え、猫を被りたくなります。しかし、被る猫自体が借り物ですから、時々ボロが出る訳です。

私の場合、結局自分に対する自信の無さに逃げ口を持っているように思います。多くの人の期待や、理想を踏みにじりながら生きる時に、それこそが「私の牧師としての生き方」なのかと思ってしまう時があります。他の牧師のように毎日祈り続ける事等できないですし、家族に対してだってそんなものです。

イエスが裁判にかけられたその時、群衆はわけも判らずに「イエスを十字架につけろ」と叫んだと聖書にはありますが、多分私もその時代に生きていれば無実無垢の人イエスを十字架につけよと叫んでいた側の人間でしょう。ですから私は、自分もイエスを殺さざるを得ない人間だったと思っています。そして、その私が生きて行くためには、イエスに生き返ってもらわないと困る訳です。イエスの復活は私の罪の赦しと直結している訳です。

ただ、やっぱり私は私。自分が周囲の人々を傷つけ、見捨ててしまうことは革まる訳もなく生きている事は変わらない訳です。でも、だからこそ必要な存在なのかな?と思いながら生きています。こんな讃美歌があります。

「あるに甲斐無き我をも召し
 天つ世継ぎとなしたまえば
 誰が漏るべき主の救いに」

「こんなしょうもない私だって救われるんだから、みんな救われるよ」という意味です。全くその通りだと思います。しかし、そんな私ですら、自分の現実に頬かむりして人生の勝ち組に踏みとどまっていますし、踏みとどまりたいと、厚かましく願っているのです。

自分に正直に…とよく言われますし、私もよく人に言いますが、その実一番自分に正直にはなれない訳です。そしてその結果が今現在の牧師としての私なのだと思うのです。借りて来た猫を被り歩み続ける事なんかできるのでしょうか?…難しい問題です。

さっきの讃美歌の続きには、「滅びを出しこの喜び、あまねく人に得さしまほし」ときて、「世にある限り君の栄えと慈しみとを語り伝えん」となります。でも、それにしても…。どうか神様、私の欠けを補って下さいますように…と祈らざるを得ません。

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2005年06月24日(金) 23時26分36秒

さてさて

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23日、24日と軽井沢で一泊してきました。目的は、夏のキャンプの下見です。キャンプはキャンプでも、東北、関東の高校生に呼びかけるというもので、キャンプの名前には、堂々と「東日本」と記されています。

ところが、最近は高校生の参加がどんどん減ってきています。私も高校生の時にこのキャンプに参加しましたが、その時には、3,40人はいましたので、友達も増えましたし、それぞれの環境や現実の問題をお互いにぶつけ合うなんて事は、こんなキャンプでなければ難しいことです。

キャンプの日程も、参加者で3泊4日、スタッフは更に前日準備から入りますので、4泊5日という事になります。さすがに体力的にはきついものがあります。

今年もそのキャンプの日付が迫ってきました。今年は、去年より増えて欲しい、せめて16,7人は来て欲しいとそう思っていますが…。そういうことで、今日はお休みなさい。

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2005年06月22日(水) 23時41分15秒

お好み焼き屋で

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大学に入ってはじめてやったアルバイトは、お好み焼き屋の店員でした。17時入りの、深夜1時上がり。

夕食時を過ぎて10時半を回る頃になると、普通のお客さんに入れ替わり、ちょっと厳ついお兄ちゃん達が入ってきます。暴走族の少年達でした。

「いらっしゃい。注文は?」すこしぶっきらぼうに聞いてみると、みんな口々に注文しますが、それが可愛い。

「俺は豚玉、…おねがいします」

そして辺りを見回してから、「あ、それからビール…ダメかな?」

と妙に折り目正しいんですよ。

彼らの前で、注文のお好み焼きを焼き上げ、仕上げのソース、マヨネーズ、青のりや鰹節の好みを聞いたら、

「こいつの名前を鰹節で書いてやってくれる?…ムリかな?」

お客さんのご要望ですから…。

まず、ソースで名前を書き、その上にまんべんなく鰹節を散らし、ふ~っと鰹節を吹き飛ばせば鰹節の名入りお好み焼きの完成です。それをみた彼らの喜んだこと何の。

「お~~~。さすが職人!!」

「どや?おいしいか?」と聞く私の問いに、「ああ」とも「おお」とも聞こえる返事をしながら私が焼いたお好み焼きを平らげていくれました。

最近ふと、彼らはどうしているのだろう?と思い出すことがあります。元気でやっていてくれればいいなと思い出しています。


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2005年06月21日(火) 23時59分19秒

奥が深い

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前任教会の信徒で、ドイツに長い間留学していた信徒さんがドイツのある酒場に行ったとき、酒場の扉の上に二行にわたって文章が書いてあるのに気がついたそうです。

1行目。「酒は人生の的である」と書いてあったそうです。

ギョッとして次の行を読んだそうです。

2行目「されど聖書には『汝の敵を愛せ』と書いてある」

「なんだかすごく感心したよ」とそのお方。

人間は、元来弱さを持っています。その弱さを、聖書の言葉などを用いて笑い飛ばしてしまうということをしながら、自分の人生を受け入れている部分が少なくないように思います。

日本でだって、こういう例は少なからず存在します。

「悔い改め?」「はい、食い改めです」

「献金?」「献金はやっぱり現金だよね」

駄洒落みたいなもんですが、これが以外に真実を示しているような時というのはたくさんあるのです。

「信じる者は救われるって言うけど、どこを救われるか知ってるか?」

「足下なんだぜ」

大学2年生の時、私がこう言って、友達とふざけている言葉を教授に聞かれてしまった事がありました。次の授業の時にその教授が「アレはある意味真実を示している」と言うのを聞いてびっくりしたことがありました。

イエスはいろいろな場面で、いろいろな喩えを用いて弟子達や、多くの人に教えました。でも、果たして聞いている人達が本当にイエスの言いたいことだけをきちんと受け取ったのだろうかと考えてみると、多分、こういう変な疑問や、駄洒落みたいな言葉に喜んでいた人達は意外に多かったのかなあと思いますし、そう思うと今、聖書と向き合う私自身もすごく気が楽になるような気がします。

「神は去った。運は自分の手でつかめ」

これは、聖書ネタではありませんが、大学のある男子トイレの個室に書いてあった落書き。しゃがんだときに目の前に来るように書かれていました。個室で一人で笑うのも気味悪がられますし困ったことがあります。そこの個室は紙がないことで有名でした。

う~~~~~~ん。

奥が深い。やっぱり神は去って欲しくはないですね。

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2005年06月20日(月) 23時02分45秒

自制心

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「煙草を吸っている人は自制心がない」「太っている人は自制心がない」「離婚したり別居している人は協調性がない」…故に彼らは管理職には向かない…という理論が数年前からアメリカで人事の基準として用いられるようになっていると聞きました。

確かに、限界を超えているものを抱えているという事からすると、そうなのかも知れません。でも、それを十把一絡げで言うことができるってとてもバカなことなんじゃないかと思います。

人間というのは、それぞれ能力的な違いを持つと言うことは、周知の事実です。ストレスに対しても同様です。どんなプレッシャーにも耐えられる人がいる一方で、ちょっとした友人との行き違いで落ち込んでしまう人がいるように…。

しかしながら、その一方で、平等なんだからと言う理屈からそれをできない人を「努力が足りない」と排除している現実があります。さも、耐えるのが当然と言わんばかりです。その中では、「私だってできたんだから、できないのはおかしい」という謙遜な態度にくるめられた強者の理論が存在します。そして結果として互いに、個というものが見えなくなってしまう…。互いを理解しようとしない現代社会ができてしまっているように思います。

人生は勝ち負けではないと教えられながら、勝ち組に優しく、負け組には厳しい世界が現実なのです。「ナンバーワンなんかならなくてもいい、それぞれがみんなオンリーワン」とかいいながら、でもやっぱりナンバーワンにならなければならない世界。それは、「どの分野でもいいからその中では必ずナンバーワンになれ」と言うことでしょう。違いを強調しつつ、勝ち組である自覚を強く持たないと生き残れない世界が始まりつつあります。そして、勝ち組であることを強く自覚するにはどうなるかと言えば、「あいつはダメだ」ということを強く言うこと…。その為に理論が必要であり、それがどんなに子供っぽいものであったとしても、そう言う世界では、それが大きな命題として示されます。

ナチズムでは、ゲルマン民族とそれ以外の人間格差を証明しようとし、当時の国民もこぞって受け入れ、また、その一方で負け組と呼ばれないために必死に努力しました。日本でも、非国民と呼ばれないために国民一人一人が一生懸命戦争を遂行しました。そして、それについていけない人達を、自制心がない、忠誠心がない、非国民と罵りました。障害を持っているだけで不完全と見なされ、「社会の迷惑」という扱いをされてきた人がたくさん居たのです。そういうシステムをファシズムと言います。

今、また、利益主義の中で人間を「完全なもの」と「不完全なもの」に分ける風潮が盛んです。「自由という名のファシズム」が始まるのかも知れません。

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2005年06月19日(日) 23時45分20秒

200人で何をするか?

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毎年、9月に「こどもの集い」という集会が行われます。地区内の教会の子どもから大人まで200名超が集まる集会です。この「こどもの集い」の実行委員会が今日ありました。私は関わってもう5年目になりますが、毎年、何度も企画会議を重ねてやっと実行に漕ぎ着けます。

それでも、毎年面白い企画が飛び出します。240名で一つの輪を作ってマイムマイム(フォークダンス)を踊ったり、また、220名がそれぞれに簡単な楽器を作って、その楽器を使ってみんなで曲を演奏した事もありました。4チームに分けての50人リレーも抜きつ抜かれつが楽しかったですね。そうそう、みんなでノアの方舟の大きさを体験しようとしたこともありました。

今年もその会議が始まったわけです。参加する子供達が楽しんでくれるようにということでアイディアを出し合いますが、これがちょっとやそっとのことでは、出てきません。産みの苦しみとはこういう事を言うのかという感じ…。

さて、今年は何をしましょう?

実行委員のみんながそれぞれ口を開き始めます。

そこに持ってきて、いろんな意見も出てきます。

200名以上の人が集まると言うことだけで大変なのですが、その年齢構成もとんでもない。正に子供から大人まで、です。私達としては、だからこそ、参加する全ての人達全員で何かをする達成感を味わって頂きたいと思っています。

200名以上の全ての世代の人が集まります。活動時間は午前と午後合わせて4時間ほど。

さて、皆さんなら一体何をどうします?

今年もまた、3ヶ月にわたる試行錯誤が始まります。いい会ができますように。

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2005年06月18日(土) 23時59分01秒

説教

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牧師は説教が第一任務です。毎週聖書の一部を選び、解説し、そして信仰生活の一助に用いてもらうために全力を尽くすわけですが、これがなかなか難しいものです。牧師同士の会話ではよく、説教中に居眠りが出るかどうかと言うことが話題になります。

私の場合は、25分前後の説教をしますが、この間に居眠りがでるということは、ある意味説教に心地よさを覚える人がいると言うことを意味するのだと言い合っています。特に教会に赴任した当初は、居眠りをする人はほとんどいません。つまり、良く言えばどんな説教をするのか興味があるわけですし、その一方で悪く言えば何をしゃべるのか、あまり信頼されていないと言うことになるでしょう。

説教に対して求められる求めは、教会によって様々です。レポートみたいな説教を好む人もいますし、逆に私などはせっかく説教を聞いて頂くわけですから、何回か笑っていただければ…と思うわけです。

で、意識してしまうのは落語です。特に人情話などは何人かの登場人物を登場させながら、最後には優しさ、誠実さ、真面目さなどを勧めていくわけですから、説教に近い展開であると言うこともできます。

ちょくちょく聞く落語に、影響されたりもしながら、一回の説教の中で2,3回は笑って頂きたいなあと思っているわけで…。そうすると良く話題に上るのは、自分の話と、我が家の猫の話と、そして、妻との話になります。

ある信徒さんが、「先生は説教中に奥さんのことをよく話して居られますが、その夜どんなことになるのか心配で心配で…」と夫婦喧嘩を心配してくださいました。でも、題材に使われる妻も、最近はどんな話題で登場し、どんなネタを話すのかというのに興味があるようです。

さて、明日も説教です。明日は笑いがでるかな?これが楽しみで、説教しているのかも知れません。

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