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2005年01月31日(月) 16時41分32秒

教会に来る人々 その7

テーマ:教会に来る人々
私は、牧師の仕事に就いてから昨年の5月まで独身でした。必ずといっていいほど「牧師は結婚していいのか?」と質問されます。手っ取り早く結論を申せば牧師は結婚する事ができます。

結婚を禁じられているのは、カトリックなどの聖職者です。それに対し、牧師という名前の仕事はプロテスタント教会の中で使われる職名です。

ですから、牧師だって、生活では人並みの経験をするものです。失恋だってなんだってするものです。

さて、そういう私も今から4年前に失恋してしまいました。当然ながらその時にはだいぶ落ち込みました。教会の人たちもその経過は知っておりましたから、とても心配していてくださったと思います。

昼間は、いろんな人がこられますので、ある程度、気が紛れますが、夜、一人になりますと、悔しさやら悲しさやらが込み上げてみます。そんな時期、教会の大学生がプレーステーションとゲームを持って夜な夜な遊びに来るようになりました。ゲームのタイトルはポップンミュージックでした。曲に合わせて9つのボタンを押し分けていくゲームですが、結構難しく、彼に手伝ってもらったり教えてもらったりしてやっとできるようになりました。

結構面白かったので毎晩3時ぐらいまでやっておりました。それにしても、彼の教え方はスパルタ式です。眠くなってきても「起きてください」と起こされます。翌朝、9時頃に大学に行き、抗議が終わると5時頃、ゲームを持って再び帰ってきます。結局一ヶ月ぐらい彼はそうやって私の部屋に毎晩遊びに来てくれました。多分、彼は心配してくれたのではないかと思います。感謝な事です。

それにしても、その後暇な日曜日の午後は子供達とポップンミュージックにハマってしまい、その後1年ほど教会の中でポップンミュージックがブームとなりました。

私の家に夜な夜なやってきた大学生も今は卒業して東京へ引っ越しましたし、毎日曜日ポップンミュージックに興じていた子供達は高校に入って勉強や部活に忙しくしています。私自身も、暇な日曜日というものがグッと減ってしまいました。

今は昔、ほろ苦い、暖かい思い出の一コマです。
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2005年01月30日(日) 22時53分47秒

教会に来る人々 番外編

テーマ:教会あれこれ
今から8年くらい前、突然、教会に二人の中年の女性が見えました。いつものように応対したのですが、そうすると「少しお話しさせてください」と、鞄の中から2冊の冊子を取り出しました。

ここまで読んで、ピンと来た方もいらっしゃるかもしれません。そうです、「エホバの証人」の人たちが、なんと教会に来たのです。別に「エホバの証人」だから何だというつもりもないのですが、正直びっくりしました。逆の立場だったとして私は、そんなことはしようとも思っていなかったからです。お寺や、他宗教の教会に乗り込んで伝道するなんて考えても見ませんでした。でも、現実に目の前で私に対してそれをしようとしている人が二人もいる…。興味津々、少し付き合ってみることにして「いいですよ」と部屋に通しました。

「私たちと一緒に天国のことや神様のことについて学びましょう」と、ひとしきり冊子を用いて天国のこととか、神様のこととかを説明してくれます。

私も牧師の端くれで、大学の「神学部」(キリスト教の大学のいくつかに設置されている学部で、キリスト教関係の研究する学部)を出ていますから、一応聖書にせよ神学にせよ知識は持ち合わせているつもりですが、このお二人は怯みません。「これからも毎週、一緒に学びましょう」と約束をして帰っていきました。

3回目に来たときに私は、かねて抱いていた疑問をこの二人にぶつけてみることにしました。ご存じかもしれませんが「エホバの証人」という団体は、教義の中で輸血を否定していることで有名です。

私は未熟児として生まれました。母は私を出産するとき、帝王切開の手術で輸血を受けたと聞いております。「エホバの証人」としては一体どのように私の様な存在を考えるのだろうかというのが私のかねてからの疑問だったのです。

「母が輸血を受けなかったら私も母も死んでいたでしょう。だとすると、輸血を受け生まれた私は、存在自体が罪だって事なのでしょうか?」
「いえ、そんなことはないと思います。次回までにもっとわかる人に聞いてきます」

次の週…

「知らないうちにされた輸血は罪にはならないそうです」

今から十数年前に「エホバの証人」の信徒が輸血拒否をしたことが、大きな社会問題として扱われたことがあります。輸血を強行して訴えられた医師もおられたはずです。でももし「知らないうちにされた輸血は罪にはならないそうです」と言えるのであれば、医師は本人に了解を取らずに輸血を強行しても問題にはならなさそうだなあと思いました。

そのような質問を繰り返していましたら、ある日若い男性を紹介され
「来週からこの人に引き継ぎます。私たちより詳しい人ですから…」

その彼も翌週から2回程見えましたが、時間の無駄だと思ったのか、見限られたのかその後はプッツリとこなくなりました。

それにしても貴重な体験だったなあと今、しみじみと思い返しています。
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2005年01月29日(土) 00時19分38秒

コメントありがとうございます。

テーマ:ブログ
「教会に来る人々 その5」でお二人の方に以下のコメントを頂きました。ありがとうございます。

■難しいですねぇ

牧師さんという職業柄信頼はされていることと思います。
けれど、その信頼を裏切る行為をして
ニュースに流れる聖職者がいるのも事実。
大変だとは思いますが、
時間に関係なく見れるような教会になるといいですね^^

skierさん (2005-01-27 20:08:52)

■共感

子供らしさを裏切る大人
そもそも大人なのか
大人ってなんだろう
などと考えました

まぁ、弱者を踏みにじるのが強者だとすると
それもあたりまえなようなきがしますが
そうではない部分を(本来?)人間は持っているかも知れないと考えると
幾分ほっとする気もします

かずーさん(2005-01-27 22:15:03)


お二人のコメントを読んで難しいことだと改めて思いました。
子供を守るって事自体、現代の大人では難しいことなのかもしれないと…。

奈良で殺された小学生の女の子…。
急いで走っていたら「送ってあげようか?」と言われた。
そして、車に乗った…。

女の子が餓死した。母親が彼女を邪魔だと思った…。

最近、聞いていて悲しくなるニュースばかりです。
大人を頼るしかない子供達と、しかし、頼られていることすら自覚できない大人たち。その大人と子供の関係をどうにかして再構築しないといけないでしょう…。

でも確実に言うことができるのは、頼るしかできない子供達には罪はないということ。変わるべきは大人と呼ばれる私たち一人一人なんだなあと…このことは多くの人たちに知ってもらわなければ行けないことだと思いました。
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2005年01月28日(金) 08時16分57秒

教会に来る人々 その6

テーマ:教会に来る人々
これまで、5回にわたって、教会に来る人々と題していろいろな人たちの話を書いて参りましたが、困っている人だけが教会に来るかと言えば、そうではありません。むしろ、「前を通りかかったので…」とか「学校の宿題で…」という人の方が断然多いです。

ミッション系の学校におられた方はご存じだろうと思いますが、キリスト教系の学校ではその時間が「宗教」とか「聖書」という授業があります。この時間は公立学校では「道徳」とか「哲学」という授業になります。

ところで、長期休暇に際して、宿題として「教会に行ってみよう」という課題が出る学校があります。そして、そんな学校の宿題を消化するためにやって来る学生さんも来るわけです。私の教会では、キリスト教系の大学の学生さんがよく来られます。

社会見学の一つとしてでも教会の中に入って欲しいというのが、私たちクリスチャンの共通の願いです。と言うのは、一度教会に足を踏み入れていれば、困ったときに教会に足を運びやすいのではないかと思うからです。

教会に来る学生さん達には二通りのタイプがあります。一つは、遅刻してきてさっさと帰ってしまうタイプ。学校での宿題は、教会に行ったという証拠に行った教会の週報を提出を科しているところが少なくありません。そうすると、面倒くさいなあと思う学生さん達にとっては週報を手に入れることが目的となってしまうわけです。ある時には「今から教会に行きますから週報を下さい」と平日の夕方に電話がかかってきたことがあります。日曜日に教会に行かないで、週報だけを手に入れようと言うことでしょう。以前、「5枚下さい」と頼まれたこともあります。多分、友達に頼まれたのでしょう。

もう一つのタイプは「今度、学校の課題で教会に行くことになったので、そちらの教会に参加させていただいてよろしいでしょうか?」と電話が事前にあり、当日は礼拝の最初から最後まで居て、キチンと挨拶して帰るタイプです。

教会の牧師としては、せっかく来てくださるのですから是非歓迎したいと思っています。最近はどこの教会でも若い人が少なくなっていますので、学生さん達が来られると教会員も大喜びです。教会は来た人を大歓迎します。冷やかしだろうが何だろうが大歓迎するはずです。でも、前者のタイプだとなかなかそれが通じません。

なかなか難しい世の中なのかもしれませんが、せめて挨拶ぐらい交わしていただきたいなあと…これって、どこの世界でも大切なことだと思います。
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2005年01月27日(木) 12時50分23秒

教会に来る人々 その5

テーマ:教会に来る人々
教会の前の通りは、通学路です。高校生も、中学生も、そして小学生達も通っていきます。登下校時による人はあまり居ませんが、ある夏休みの午後、小学生の女の子がひょっこり玄関から中を伺っているのに気がつきました。

「どうしたの?」と声をかけると、

「教会ってどんなところかなって思って…」

「いいよ、今は、ヒマだから良かったら、入って見ていったら?」と言うと、その子はトコトコトコと入ってきました。口数の少ない子でした。

礼拝堂には、大きな聖書やオルガンなどがありますから、興味津々です。いろんなものに触れてみていました。当然、我が家の猫にも興味津々、ちっちゃい体で6キロある猫を抱いて、しばらく猫と話してましたので、こちらも知らん顔で放っておきました。

日が傾いてきたので「もうそろそろ暗くなるから帰りなさい」と声を掛けると、「平気だよ」と一言。どうも、家に帰っても一人のようでした。

でも、もしそうだとしても、それは良くない、こっちが困る…。私も当時は、まだ独身でしたので、「あそこの牧師は、小学生の女の子を夜遅くまで教会に連れ込んでる」なんてことになってしまっては困ります。

「5時は、子供の帰る時間だから…来たかったら、またいつでも来なさい」と帰らせました。

その子はその夏、その後も数回、ひょっこりと顔を出しました。プールの帰りだったり、ある時は友達を連れてきたこともありました。そして2時間ほど絵を描いて帰っていくのです。

夏休みが終わり、彼らが顔を見せることもなくなりました。

最近、児童虐待などの問題を通して、子供達をどう守っていくかということが論議されます。しかし、現実問題として垢の他人がそのような子供達にどうやって関わっていくのかと考えるとき、それは、本当に難しいと言わざるを得ません。

子供らしい興味、子供らしい信頼感を大人が踏みにじっていく世の中の風潮は、残念ながらまだしばらく続いていくでしょう。

暗澹たる思いで、いっぱいなのと同時に、もし、その様なときには臆することなく、子供達を守ることができる存在でありたいなあと思います。
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2005年01月26日(水) 17時44分48秒

教会に来る人々 その4

テーマ:教会に来る人々
10年前くらい前、30歳くらいの女性とその方のお母さんが教会に見えました。

「礼拝堂を見せていただけますか?」ということだったので、礼拝堂にご案内いたしました。その女性が礼拝堂をゆっくりと歩いている間、お母さんが私の方に寄ってきて「すみません、あの子は精神的な病気で…」と耳打ちしました。



しばらくして、

「あの、聞きたいことがあるのですが…」と娘さん。



「今朝、天使が私の上にいたんですが、なんだったんでしょう?」



あまりにも突飛な質問で答えあぐねていますと更に、



「天使が羽を開いて私の上にとどまったんですよ。大きな羽を広げて…。それを、見ていたら、脇の方で、こんどは、布袋様みたいな小人がでてきて、タンバリンをポン、ポンって鳴らしながら踊ってたんです。これって一体どういうことなんでしょうか?」

どうも、お母様は朝からその質問に答えあぐね「じゃあ、教会に行って牧師さんに聞いてみましょう」と彼女を連れてこられたようでした。



う~ん、どう答えようか。



「恥ずかしながら、私は牧師ですけど、まだ天使にお会いしたことはないんですよ。でも、多分、あなたの前に天使や布袋様が出てきたってことは、あなたのことを気にかけてくれているってことじゃないでしょうか?」



そう答えると、とてもうれしそうに帰っていきました。



あのお二人は、今はどうしておられるのだろうかと、時々思いを巡らせています。
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2005年01月25日(火) 22時42分36秒

ジャス…これは立派な死語だな

テーマ:トラックバックステーション
「ジャス」って言葉が私の生まれ育った宮城県では今から24,5年くらい前まで存在していました。何だと思います?「ジャージ」のことです。

小学5年生のころだったと思います。それまで、私たちは「ジャージ」のことをジャスと普通に呼んでいたのですが、ある日先生が「運動着のことは、ジャスではなくてジャージと呼びましょう」と授業で言いました。私達としては「???」と頭の中で、何がなんだかわからなくなりました。だってそうでしょう?ジャスは外来語と信じていましたし、その外来語が、宮城県でしか通用しないなんて思ってもみませんでしたから…。突然そんなことを言われた私たちは、それ以後もしばらく、ジャスジャージって言葉を混在して使ってました。

テレビの中で運動着のことをジャージと呼んでいるのを知って衝撃を覚えたのは、それから間もなくのことでした。今では、仙台でも誰も使わなくなった言葉ですから、立派な死語といえるでしょう。
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2005年01月25日(火) 15時47分57秒

教会に来る人々 その3

テーマ:教会に来る人々
近年、結婚式をキリスト教式で行いたい人たちは増えています。私がいる場所では、一年半ほど前に、大きな宮殿型結婚式場ができました。私は、ここでの結婚式の司式をしたことも、出席したこともありませんが、オープンした頃には、大々的な広告が新聞に入っていました。この結婚式場では「模擬キリスト教式」の結婚式を行うと広告には書いてありました。私の教会の周囲でも結婚式については、着実にキリスト教式が増えているようです。



私が居る教会でも、結婚式の申し込みがこの数年間で2件ほどありました。一件は、この教会で行ったのですが、もう一件は、挙式予定日2ヶ月ぐらい前に「両親がキリスト教式はいいけど、教会でやるのはだめ。やりたいなら結婚式場の教会でやりなさいといわれました」とお二人そろって断りにこられました。「結婚式をやるのなら、本物の教会で結婚式をしたい」という人がいる一方で、「本物はダメ」と言われる人もいるのは、なんだか不思議な気持ちでした。



以前、前任地で不思議な広告を見かけました。「本物の教会で結婚式を挙げませんか?」と銘打った広告でした。本物の教会ってなんだろう?と興味津々で見てみますといくつか箇条書きで書いてありました。



1)牧師は全員アメリカ人

2)建物の材料、調度品は全てアメリカから調達

3)礼拝は全て英語



以上の3点で、他では味わえない本場の雰囲気を味える本物の教会であると書かれていました。対する私の方はと言えば、



1)牧師(私)は日本人

2)建物は日本の業者が建てたもの。調度品もほぼ日本製。

3)礼拝は全て日本語…牧師(私)に英語で説教できる実力もなし…



そっか、私の教会は偽物の教会で、私も偽物の牧師なのかと失笑してしまいました。それにしても、キリスト教の本場がアメリカだというのは、はじめて聞く見解です。もともとキリスト教誕生の地は、現在中東と呼ばれているイスラエルやパレスティナの地域です。それがローマ帝国によって国教とされてからヨーロッパを中心に広まり、アメリカを経て日本に入ってきたものです。当然、アメリカ以外からも直接的にキリスト教は日本に伝えられました。そう言う歴史を知らないからこそ、アメリカこそキリスト教の本場という風に大見得を切ることができるのでしょう。



私の住んでいる地域ではあまりないのですが、最近では、大都市を中心に結婚式場のチャペルではなくて本物の教会で結婚式をしたいという人がかなりいるようです。ただ、本物の教会とは一体どういうところだと思っているかに関しては未知数ですね。一口に教会と言ってもいろんな教会があります。大きい教会もありますし、小さい教会もあるのです。20人程度しか入れない教会もありますし、一頃、多くの芸能人が式を挙げたような大きな教会もあります。



以前の任地では、「ここって本物の教会ですよね」と聞かれたことがあります。そして「私たちは本物の教会で結婚式を挙げたいんです」と言われたときには、正直面食らいました。本物の教会のイメージって一般の方々はどのように考えておられるのかよくわからない時もあるんです。



多分、多くの教会では、結婚式を申し込まれれば、引き受けると思います。

参考までに申しておけば、条件付きで引き受けることになっていると思います。私の教会の場合、礼拝出席を数回、牧師による結婚カウンセリングを数回というのが条件になりますが、この辺に関しては、ある程度牧師の裁量に委ねられています。金銭的には、それぞれの教会で取り決めがあるはずです。無論、披露宴などをホテルで行うことも認められます。



キリスト教式で結婚式を挙げたい人は、お近くの教会に相談してみてはいかがかでしょうか。また、そのような教会を知らない場合には、結婚式場やホテルの方に紹介を頼んでみるのもいいかもしれません。



アメリカから時々、ユニークな結婚式のニュースが配信されるときがあります。先日見たのは、スカイダイビングで結婚式というものでした。アメリカでは、もはや、牧師さえいれば庭だろうが、海の中だろうが、遊園地だろうが、どこででも結婚式は成り立つという考えの人たちもたくさん居ます。



私としては、スカイダイビングは勘弁という気がいたしますが…。
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2005年01月24日(月) 09時31分32秒

天国での話

テーマ:ブログ
芥川龍之介の「蜘蛛の糸」(http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/92_14545.html)という小説は、誰でもご存じであろうと思います。深い話です。自分も、カンダタ(漢字が出ませんでした(--;)の立場にいたら、やっぱり同じように思うだろうなあと、そんなことを誰もが思わせられる作品です。

ところで、教会の中でもこんな話が時々語られます。キリスト教人口が国民の25パーセントだという韓国の教会の方から聞いた話として、知り合いの牧師から聞かされた話です。

「ある貧しい人が、死んで天国に行った。天国では神様が待っていて、『よく頑張ったな、ここで安らぐがよい』と暖かく迎え入れてくださった。彼が天国で安らいでいると、生前彼が見知った一人の牧師が天国にやってきました。その彼の顔を見たとき、神様はとても喜んで、そして大層感激して言った『本当によく来た。よく頑張って働いてくれた。さあ、こっちに来て少し話そうではないか。一緒に食事も用意しよう』神様の感激のしかたは、自分たちが天国に来たときの比ではありませんでした。彼は、この違いがどうも腑に落ちなくて神様に言いました。『神様、私の生きていた国では、牧師というのは多くの人から敬われ、大切にされていますが、でも私が見るに、牧師というのは天国でもそんなに特別扱いされるほどにすばらしい人って居なかったように思います。』そうすると、神様は彼に『わかってくれ。私は牧師だからって特別扱いしようとは思ってはいないよ。ただ、私が喜んでいるのは、彼が、牧師としては百年ぶりに天国に来たからなんだよ』なるほど、他を見回しても、彼が天国に来てからも、生前牧師であった人は、そこには見あたりませんでした。」

牧師という仕事をしている私としては、何とも背筋が冷たくなるような話です。牧師だって人間…それを忘れてはいけないなあと、心の中で日々戒めています。
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2005年01月23日(日) 23時20分22秒

教会に来る人々 その2

テーマ:教会に来る人々
私の所には、大体月に4、5名のいわゆるホームレスがやって来ます。もちろん季節によって変動がありますから、ある日には、朝昼晩と3人連続でやって来た時もありますし、全く来ない時もあります。年齢は様々で、私の所に来る最年少…自己申告ですが…32歳という人もいれば、最年長は78歳という人がいました。



「泊めてください」、「食事が欲しい」、「お金を貸して下さい」と要望は大体3通りです。食事は、前回も書いた通りで、買い置きのカップラーメン等をお渡ししますが、困るのは、「泊めて下さい」「お金を下さい」というもの。これは特に冬場に多くなります。



公園、神社や寺などの建物の軒下、無人駅など潜り込み寝ているようですが、冬はやっぱり厳しいらしく、暖かい所で寝たいと思うようです。ここで、単刀直入に「教会に泊まれないか」と思う人と、安旅館、カプセルホテルなどに泊まりたいと思う人に分かれます。必然的にお金をほしがる人の要求額は高くなります。

「5000円貸してほしい」なんて言ってきますが、話してみると、最低でも2000円は欲しいというような話に落ち着く事が多いので、食事代などを割り増しして、5000円と言っているようにも思います。「東北地方で雪かきのバイトがあるから行きたいので電車代を助けてほしい」という人もいます。どっちにしても、彼らの経済感覚は、結構めちゃくちゃです。「たかが5000円くらい困っている私にくれたっていいじゃないか」と言わんばかりの人もいます。そのたかが5000円で困っているのは彼らなのですが…



それにしても、色々話しを聞いたりして幾ばくかのお金や、バザーの売れ残りの衣類等を持たせて送り出しても、その数日後警察から電話がかかってくる事があります。

警官「○○という人物がそちらに行きましたでしょうか?」

私「ええ、見えました。」

警官「今日、コンビニで万引きした所を捕まえまして、所持品を調べましたら、現金と衣類をそちらから貰ったと言っているんですが…」



つまり、現金と衣類も盗んだのか確認をとりたいという事で電話をしてくる訳です。私が渡した金額と、品物類を確認して電話を切りました。「人に世話になっといて、何でこんな事するんですかねえ」と警察官も言っておられました。



彼らにも、自分の家や親類のところに帰ろうにも帰れない事情があるのかも知れません。でも、それを乗り越えるのは、どこまで言っても彼ら自身です。「怖いから」とか「合わす顔がない」等と言っている彼らを、私は最終的に励ます事しかできないもどかしさを覚えます。



教会に姿を見せる彼らも、この数年の間に、何人かが顔を見せなくなりました。気になっていると、彼らとの話の中で「あいつはこの間死んだよ」っていう話題が時々聞こえます。気候の厳しい時期、公園等でひっそりと冷たくなる人もいるかと思う時、遣る瀬無い気持ちでいっぱいになります。このままでいいのか…日本…
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