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「日本史のいわゆる「非常時」における「抵抗の精神」とは真理追求の精神、科学的精神に他ならない」野々村一雄(満鉄調査部員)


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この連載の(2)で紹介した行導父の御札を買った知人は、怪しいと感じつつ気がつくのにほぼ一カ月要した。


もともと、このようなことを客観的に批判してきた人だったが、まさか自分がおちいる皮肉な結果になるとは思わなかったようだ、わが身に振りかかるとこうも脆いものなのかもしれない。


いざ、注文してお札を入手して、お祈りを始めると、疑心暗鬼が増幅しストレスがたまるばかりで、なにがなんだかわからなくなったという。


ハッキリ確信できるまでちょっと時間は要したが、あとは落ち込むことなく切り替えも早かった。


恥ではあるが、それを隠さず教訓として話してくれる。


だからといって、雅びたちの行動を許すものではない。



では、どうして気づくのに一カ月も要したか。


きっかけは、ブログの言葉に共感したのであっても、その後は自己暗示によるものかもしれないという。


相手方と頻繁に接触を持ち相談したら、相手の誘導が入るので気づくのもその分遅くなるだろう。


そのうち、信頼や依存心や情が入ってくると疑心はなくなり、ホンモノの信者の出来上がりとなる。

何でもお伺いを立て、自分の主権を明け渡してしまう。



知人は、最初の接触だけであとは何もないので相手に誘導された訳でもなかったが、自分で自分の納得するお話しを別個に創作してしまった。


自分では認められないかもしれないがそれは自己暗示である。


その証拠に、いままで勉強してきたこととはまったく逆のことをするとわかっても、違和感を感じつつ、お札に手を合わせお努めをするわけである。


恐怖や不安というマイナスのイメージを植え付けられれば洗脳とかマインドコントロールにかかりやすい…ということを熱心に勉強し用心してきたわけだが、今回、恐怖や不安をもっていたわけでもない。


恐怖や不安が信仰の動機に入れば、さらに強固な自己暗示で自分を縛り、意固地になっていくかもしれない。


注※暗示も治療目的で使われるが、それとは区別する。



知人が深入りしなかったのは「お人好し」だからであった。


「お人好し」は、ふつう「世間知らず、騙されやすい」とも受け取られる。

「人が良い」は、そのままの意味で「人が良い」のである。


もし、「人が良い」ひとが、世の中の巨大権力構造のからくりを調べようとしてイルミナティやユダヤ・シオニストのことを勉強したとしても、決して連中に媚びたり、取り入ったり、まして手口を真似して自分も利益にあやかろうと考えることはない。


雅びたちは、「人が良い」ひととは真逆で連中の手口そのままなのである。
(連中と関係なくても着眼点や動機が同じであれば手口も似るものだ)

このような連中を「人が良い」とは言わない。



こんな口車に乗ってしまう状態はいかなる状態か。


知人の場合、(2)でも書いた通り、雅びのブログの言葉がきっかけで、忘れていた、もしくは解決していない問題がぶり返してしまった。


まだ、「生命エネルギー」という自覚も充分認知していたとはいえなかったため、時々呼びさます不調な波に手だてもなく未解決事項としてくすぶっていたかもしれない。


前向きで生命エネルギーがあふれているときは、そのようなものとも縁がないはずだ。


思い残さず…悔いを残さず…とも、日本人はよく言っている。



ジル・ボルト・テイラー博士が洞察した「人間はエネルギーをもつ生命体である」という人間そのものが宇宙であり一体であるという感じは、直観すれば誰もが究極の目標に成りうる。


この直観に到った状態は「肚が据わる」とも言っていた。


日本語には似たような言葉がたくさんある。


「極める」とか「心頭滅却」とか「一心不乱」とか「泰然自若」とか……。

日本人は好んで使ってきた。


使ってきたけれど、自分の父親が口癖のように唱えても、父を見て、洞察に到るにはまた別の要因があるのかもしれない。◆

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