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「日本史のいわゆる「非常時」における「抵抗の精神」とは真理追求の精神、科学的精神に他ならない」野々村一雄(満鉄調査部員)


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一般には、日本の原爆製造は未完成に終わっている。


日本にウラン鉱が十分なかったことが原因とされている。

ウラン238からウラン235に濃縮するにはしたが、原爆を作るほど量が集まらなかった、ということになっている。

またプルトニウムも発見にいたらなかった、ということになっている。


それは、爆発破壊型原子力エネルギーの話だ。


そのような原爆製造にかかわる研究をした研究者にはノーベル賞を受賞した面々が多い。


参考;原子力・放射線にかかわるノーベル賞受賞者
http://www.rist.or.jp/atomica/data/dat_detail.php?Title_Key=16-03-03-13


1921年 物理学賞 アインシュタイン
1922年 物理学賞 ボーア
1932年 物理学賞 ハイゼンベルグ
1935年 物理学賞 チャドウィック
1938年 物理学賞 フェルミ
1939年 物理学賞 ローレンス
1949年 物理学賞 湯川秀樹
1951年 化学賞  マクミラン、シーボーグ

ざっと抜き出した。


原爆製造に関する功労者である。

ゆえにその後、米ソ冷戦、核の脅威、放射線物質汚染等々、問題を演出しながら今日に及んでいる。


彦坂忠義博士の研究はどうなったのか?

彦坂忠義博士の研究がその後どこまで進められたかは知らないし、このプランがどこまで実用性あるものかもわからない。


ただ想像できることは、放射線も関係ない爆発の危険もない原子炉をつくられては、石油利権、原子力エネルギー利権を独占できなくなるし、核の脅威による世界緊張状態もなくなり、新しい戦争も生み出されなくなり、新世界秩序の完成がおびやかされるのではないか、ということだ。


新世界秩序の担い手が自分だったらそう考える。


1974年、非核三原則でノーベル平和賞を受賞した佐藤栄作首相。

「核兵器をもたず、つくらず、もちこませず」

これは日本に研究をさせないための自縛の原則であったのではないだろうか。


とはいっても時代の流れからして、工業化をめざすということは膨大なエネルギーを必要とする。

日本各地に次々と原子炉が建設されたということは原子炉なら問題なかったのか。

ならば、国産原子炉を作ってもよかったはずだ。



当然、そんなことを勝手にさせなかったのは、アイゼンハワー大統領の「平和のための核」発言で設立された国際原子力機関(IAEA;設立1957年;2005年ノーベル平和賞受賞)が「核の番人」として監視の目を光らせている。


(爆発破壊型)原子炉を、世界基準以外の方法で建設してはならない。


原爆製造でノーベル賞が出せなくなったので、核反対の平和賞に対象が切り替わったみたいだ。


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IAEA

彦坂忠義博士を知ったことで、これまで偏った見方をさせられていたのではないかと思い始めている。


だから、私たちは爆発破壊型原子炉しかないと思ってだけなのかもしれない。■


9月9日22:38訂正更新しました。(akazukin)

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