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「日本史のいわゆる「非常時」における「抵抗の精神」とは真理追求の精神、科学的精神に他ならない」野々村一雄(満鉄調査部員)


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ヘンリー・メイコウのニューズレターから
http://www.henrymakow.com/jacktheripperwas.html

"Jack the Ripper" was Winston Churchill's Father
『切り裂きジャックJack the Ripper』はウィンストン・チャーチルの父親だ(3)

July 21, 2011

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Lord Randolph Spencer Churchill1849-1895

by John Hamer
(henrymakow.com)


THE BIZARRE FATE OF PRINCE EDDY
エディー皇太子の奇怪な運命

一方、プリンス・エディーの精神衛生状態は完全に崩壊したままで、スコットランド、グラームス城(Glamis Castle)の城主、ストラスモア伯爵(Earl of Strathmore)の世話になっていた。 王族は露骨に嘘をついて、インフルエンザに罹患して1892114日、エディーが若干28才で残念ながら他界したと世界に発表した、しかし、もちろん、エディーはまだ生きていて、バルモラル城(訳注;英国王室の別邸)に軟禁されていた。 このとき最終的な移動先グラームス城へはまだ行っていない。

akazukinのブログ バルモラル城

バルモラル城は海抜およそ1000フィート(300メートル)にあり、岸壁で部分的に囲まれている。 これはランドルフ・チャーチルと御者のジョン・ネイリーによって企てられたエディー暗殺計画の意図された場所だった。 プリンスは崖の上から突き落とされたが、どうにかその後も生き延びることができた。 そして、2日が経過したあと、彼の信用のおけない世話人がドアの陰からこちらを監視しているバルモア城に戻ってから四六時中這って動くことに努めた。

この後、彼の余生をグラームス城に投獄するという最高の選択が決定された。 それは、ひとつの特権と引き換えに王族に代わってストラスモア伯爵がこの仕事を同意して引き受けた。 その明記した特権とは、彼の娘の1人をイングランドの将来の王と結婚させることだった。

可哀そうなエディーは1933年に41才で死んだ。 というのが『公式』の死亡日である。 この間に、彼の母は一度だけ彼を訪ね写真を撮り、いとこに送ったのは本当だ。 この写真はまだ存在している。 非常に老けたように見えるエディーが考えぶかげに画を描いている写真である。 嘆かわしくも、グラームス城の壁で遮られ外を見ることができなかったからだ。

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王族とストラスモア伯爵との協定は、1923年、エリザベス・バウエス=ライオン(Elizabeth Bowes-Lyon1900年生)のとき遂に成し遂げられた。 当初、彼の兄、元エドワード8世(退位)と婚約していたが、その後、将来のイングランド王、ジョージ6世と結婚した。

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Elizabeth Bowes-Lyon(1900-2002)


1936
年、ジョージは彼の兄の王位放棄と同時に王座にのぼった。 そして、エリザベスは王妃になった。  エリザベスはもちろん皇太后(Queen Mother)として、同族である現在のエリザベス2世女王の母として、より一般に知られていた。 彼女はこれまでに秘密を明かすことなく2002年に死んだ。 このように、世界はこの不自然な協定を決して知ることはなかった。

ダイアナ皇太子妃は、『スペンサー』王朝(代々、君主に奉仕すると誓った家族)のメンバーでもあった。  彼女は、ランドルフ・チャーチル卿とウィンストン・チャーチルの共通の先祖を有している。 ランドルフは熟達した有能なオカルト実践者であるということも知られていた。  彼はフリーメイソンのオカルト儀式に従って、殺した被害者の臓器を慎重に左肩の上にもたれかけさせたのである。

これが、一番確かな筋(horse 's mouth )からじかに聞いた、切り裂きジャックの本当の物語である。 これらの事実は現在のエスタブリッシュメントたちは知っていなければならないことだが、いつものように、彼らは真実が明らかとなるのを防ぐために結束を固める。 殺人者のアイデンティティに関する大多数の理論、より多くの映画、ドキュメンタリー、テレビ番組などで『真実』の果てしない詮索を描写しているようにみえるが精巧な煙幕以外の何物でもない。 有罪者を保護する目的でエリートが故意に考えた混乱を生み出すことは、彼らにとって普通のやり方である。 これらの精神異常者が我々全員に過去と既存の現実の両方で、完全にゆがめられた見方を提供するのはいかに簡単かという、一つの小さい例を示している。

遺憾な事態のさらなる遺産は、首相を二期務めたランドルフ卿の息子同様スペンサー家への報酬だった。 そして、2世代後に、未来の王、チャールズ3世の妻となり、将来の王、ウィリアム5世とその弟ハリーの母となったダイアナ・スペンサーがいる。 一旦、彼女が『相続人と代替品(heir and spare;ウイリアムとハリー)』を生んだら、周知の如く大げさに捨てられただけである。 1997年、彼女はパリで、情け容赦なく、儀式として殺された。


c.2011 John Hamer

注: 1991年に出版された本、メルビン・フェアクロー著「切り裂き魔と王家(The Ripper and the Royals)」は、同様にこの日記を取り上げている。 ジョン・ハーマーは、代々王族の堕落について映画を製作した英国の新鋭の映画製作者クリス・エバラードの研究に恩恵を受けている。



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(了)


【翻訳:タドン】


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