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「日本史のいわゆる「非常時」における「抵抗の精神」とは真理追求の精神、科学的精神に他ならない」野々村一雄(満鉄調査部員)


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被差別部落


ここまで読まれた方には、うすうす感じておられるかもしれない。


はじめに「被差別部落」へ落とされたのは、シラギ神もしくは出雲神を崇拝しなかった日本人たちであった。


「暴かれた古代史」の極めつけは、このことである。


先祖を川の流れに例えて、上(かみ)と敬い自分は下(しも)であり、自分の子孫から見れば自分は上(かみ)であるのです。苦労して土地を開いてくださった御恩ある先祖ですから、その土地の上(かみ)です。またその土地を拓いてくださった神の子孫は、先に居た人達であり「ところづき」と敬われたのです。


先祖を祀り感謝を捧げて祈るのはそれは宗教的な宗教ではなく素朴な道徳的な祈りなのです。そこには教祖もなく、教義もなく、排他性もありません。
(『暴かれた古代史』、378~379頁)


「被差別部落」を研究する方が、日本原住民のことを念頭においたのかどうか知らない。


縄文日本人の思想はどのようなものなのか、それに反する思想はどこからもたらされたのか、原点はどこなのか。


シラギ神を崇拝する者たちは、大陸から渡ってきたものはもとより、日本人の中にも感化され、その思想に沿って行動し、宗教的に乗っ取られそうになったのではないか、と考える。


「被差別部落」を奴隷階級と変えるとわかりやすい。


オリエント神の影響を受けた大陸思想は、今まで散々見てきたように、権力志向、植民地化、相手を隷属するようになる。


古代史はそんな昔のことではないし、

また、夢のような話でもない。

現在でも続いていることである。

汽車ぽっぽ5ぽっぽ3ぽっぽ4

昭和40[1965]年、「同和対策審議会」の木村会長が、
「同和地区の住民は異人種でも異民族でもなく,疑いもなく日本民族,日本国民である」

との調査結果を述べられたのは、何を根拠にそう言われたのかは定かではない。


しかし、ここに出てくる地域別調査結果は、「暴かれた古代史」で書かれた縄文日本人が開拓した地域と重なっているのが、ある事実を裏付けているようだ。


坂口安吾氏(1906~1955)が疑問に思い独自に調査し自由に書いた文章が残っている。

安吾の新日本地理
飛騨・高山の抹殺――中部の巻――
http://www.aozora.gr.jp/cards/001095/files/45907_37863.html

もちろん彼は、飛騨の口碑なぞ知らない。


さて、「同和対策審議会」の前に「明治4年太政官布告第61号」があったと書いてある。

[太政官第488号、布告8月28日]
[太政官第489号、布告8月28日]府県

ともいう。


このふたつの法令を、「解放令」・「賤民解放令」・「賤称廃止令」と呼んだ瞬間に、日本の歴史学に内在する差別思想である「賤民史観」を暗黙裡に容認したことになります。(『いま部落史がおもしろい』(解放出版社)の著者・渡辺俊雄)
http://app.m-cocolog.jp/t/typecast/118147/105861/8703557


この文章こだけみればこの通りといえる。


差別をつくりだすのは、差別思想をもつ側にあるからだ。


そうすると現代の学者が主張する学術的分類法は、差別思想の延長線上にある。


自分たちは差別されていると訴えるのも差別思想を持つがゆえである。


これでは差別はなくなるわけがない。

抹茶色紫色えんじ色

人権や差別を発明したものがいる。


自分を有利に見せる為の思想戦略である。


「被差別部落」だとか「同和部落」だとか聞くと、現代では在日問題かと思っていしまうくらい、そっちの問題ばかりである。


「被差別部落」のはじまりは、日本人だったなんて、誰も知らない。


「差別だ」なんて騒いだものがいたのだろうか。


もともと持っていないので、そんな気持ちはみじんもない。


日本人がガマンしているのは、「差別思想」に嫌悪感をいだくから黙っていたのではないのか。


日本人がガマン強かったのは、2000年もガマンしていたからなのだろうか。

もちろん現代は「ガマン」は死語になりつつある。



学術的分類法でどこかにあてはまると考える人が増えたことで「差別」が蔓延した。


「差別」は悪いものだと思うようになった。


現代では、ユダヤ思想、西洋教育を学んでいるので、人権だと勘違いしているものも多くなっている。


ユダヤを差別していると思われたら、制裁を受ける。


一方的利益を主張するので差別が生まれる。


差別は自然に存在するものである。


現代の日本人がどのような考えを持ち行動する民族かはっきりしないのは、縄文日本人がどのような人間であったのか隠されているからである。



「第489号は、禁制幕藩体制下の「穢多非人等」の戸籍と税制上の優遇制度の廃止という極めて具体的な威容です。…背後に、明治政府の隠された意図がありそうです。」
http://app.m-cocolog.jp/t/typecast/118147/105861/8703557?page=2


明治維新政府の性格を考えるならば、なぜこのような布告をしたのか勘ぐるところでは、後に控える戦争のために“日本人”増産をしたかったのだと思えてならない。


ひとつに軍事力増強の時代であった。


移民がはじまったのは、江戸幕府とイギリス人ブローカーとの契約で明治元(1868)年にハワイに労働力として送られた。


その後政府公認で移民政策が本格的に始動した。


「日本人を根こそぎにしろ」とどこかの誰かに命令されてやった可能性も頭の片隅に残しておこう。◆

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