行政書士お~ちゃんの心学日記

心を磨けば、食うに困らず

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洗脳されている!危険だ!

 

芸能ニュースや宗教がらみの問題でおなじみの言葉となっている。

 

このような言葉がよく世間を騒がす。

 

ところが、騒いでいる自分たちがそもそも巧妙に洗脳されていることについては、全く騒ごうとしない。

 

不思議でならない。

 

物心ついたときにすでに汚染されているのだから、何がどう洗脳されているのか気づきようもないか。

 

無知は罪だ。

 

心学商売繁盛塾

 

8月28日(月)タテ糸の心を創る~大拙を語り尽くせ!~

 

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昨日、ある戦争映画を観た。

 

「生きろ!生き続けろ!どんなに苦しい状況になっても生きるための努力をしろ!」

 

と部下に叫んでいたシーンが心に残った。

 

国家に命を預けることを良しとした戦時中。

 

だからこそ、卑怯、臆病と罵られていた。

 

しかし、本当の勇気がなければこんなことは言えないと僕は思った。

 

束の間の休暇が終わり、家族と別れるシーンがあった。

 

妻子に「必ず帰ってくる」と言っていたことも心に残った。

 

自分もきっと同じことを言うに違いないと感じたからだ。

 

これはあくまで想像の域を出ないのだが・・・。

 

死をリアルに感じたとき、生きていく上で本当に大切なことを強烈に感じるのだろう。

 

風を感じること。

 

水の冷たさを感じること。

 

緑が青々と生い茂っていること。

 

「最近、ふとそんなことがとても愛おしく感じられるのです。不思議でなりません。」

 

そんなセリフが、心に残る。

 

本来は、家族のため、地域のため、そして国家のために生きるべき方々が、たくさん亡くなられてしまった。

 

自分たちは生き続けることができなかったが、その代り僕らにその願いを託して散っていったはずなのだ。

 

今、生きるべき時代の只中にいる。

 

そして、どう生き続けていけばいいのか?の問いの只中にもある。

 

僕は何を託されているのか?とふと思うことがある。

 

15日を境に戦争の特集がぱったりと放送されなくなったようだ。

 

それでいいのだろうか?

 

戦争や死を深く考えつづけなければ、平和の意味、生きる意味もわからなくなるだろうに・・・。

 

そんなことも映画を観ながら強烈に感じた。

 

心学商売繁盛塾

 

8月28日(月)タテ糸の心を創る~大拙を語り尽くせ!~

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嫌な人とはつきあわない。

 

嫌なことはやらない。

 

好きな人と好きなことに囲まれて暮らす。

 

そんな生活が、いかに楽しく、幸せだろうか。

 

そう思うとワクワクしてきませんか?

 

そんなワクワクの大人だらけになったら・・・。

 

祖先からも子孫からも軽蔑されることになる。

 

そうなってしまうと肚で理会できる大人が、果たしてどれだけいるのだろうか?

 

心学商売繁盛塾

 

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人の話を素直に聞く。

 

素晴らしいこととされる。

 

ところが、ひねくれものの自分は、そこで疑問をもってしまう。

 

自分の直感を信じて、人の話を聞かない勇気もありでは?と思えてしまうのだ。

 

言葉にしてみて、どう見ても正しいと思えることがある。

 

しかし、逆から考えてみると正しくなくなってしまうこともある。

 

ある概念が言葉として正しいと固定された途端、それが正しくなくなるように思える。

 

本当の正しさとは、常に揺れ動いているものに思えてならない。

 

だから、自分の思考、自分の主張、自分が正しいとしている観念をまず疑ってみる。

 

疑わなければ、自分というちっぽけなタコ壷から出られないのかもしれない。

 

揺れ動くことが、進化につながるように思える。

 

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幸せな人生を送りたいという願い。

 

幸せな人生を送ってもらいたいという願い。

 

至極当然のことに思える。

 

しかし、そんな当然のことに疑問をもつことが大切なことだ。

 

不幸続きの人生はダメなのか?

 

いや、不幸で不運でも人として求められる生き方があるのではないのか?

 

幸も不幸も超えた見事な人生を送りたいものだ。

 

心学商売繁盛塾

 

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先日、心学商売繁盛塾後の宴会で死生観が話題に上がった。

 

そこでふと思ったことだ。

 

平和は、死を想像できにくいために生きにくい。

 

戦争は、生きたくても死ななくてはいけないこともある。

 

では、平和とは何か?戦争とは何か?

 

生きるとは何だろうか?

 

現代は、死を身近に感じにくい。

 

他者は死んでも、まさか数時間後、数日後に自分が死ぬことなど想像もつかない。

 

想像もつかないことを想像し、それを受け入れやすくしようすることが、ややもすると死生観なのか?と思っていた。

 

しかし、本当にそうなのか?

 

今は、戦争もなく平和な環境で死を想像できない環境に身を置いている。

 

そこで死を考えようとしてもなかなかそうもいかない。

 

だからこそ、逆に生き切ろうとすることが、死生観の元になるのではないか?と感じたのだ。

 

子どもが生まれたての頃。

 

何かあればすぐにその命は尽きてしまうのではないか?と思えた。

 

赤ん坊の存在にそのくらいの儚さとか弱さを感じていた。

 

だからこそ、自分は生き抜く!生きていなくちゃいけない!と思っていた。

 

自分の死を考える前に、まだ命あるものとしての務めに徹しようとする気持ちが出たからのだろう。

 

何かを託されていればこその命なのかもしれない。

 

そして、何かを託していくことが、ひょっとしたら死なのかもしれない。

 

託すこと。

 

託されること。

 

役割に、そして命に徹しきらなければ、それは出てこないのだろう。

 

心学商売繁盛塾

 

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優しい言葉、励ましの言葉、前向きな言葉。

 

そのどれもが、大切なことに違いない。

 

しかし、もし、それだけとなればどうだろう?

 

天邪鬼な自分は、とてもつまらないと感じてしまうのだ。

 

スパイスがないから。

 

ただのぬるま湯になってしまっているから。

 

そうなると、人と人との関係は稀薄になる一方だ。

 

苦言も喧嘩も人は嫌がるのだろうが、時に必要なものじゃないのか?

 

そういう負の要素がなければ、熱量が上がらないように思えるからだ。

 

すべてが前向きで優しくというのは、裏を返せば摩擦を嫌っているだけとも言えるのだ。

 

仲良しも喧嘩も実は同じものではないのか?と思う。

 

家族なんてものは、まさにその塊じゃないか。

 

前向きなだけ、優しいだけの家族なんてものは無い。

 

問題があってこそ、家族意識というものが育っていくのではないだろうか?

 

負を避ければ、人も組織も衰退するだけだ。

 

ケンカがなければ、本当に仲良くなれないとある友人は言っていたが、ある意味その通りだと思う。

 

失敗塾×心学商売繁盛塾

 

8月14日(月)失敗塾~仕事でやらかした小さな失敗

 

 

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自分の心のあり様を省みると、一つ気づくことがある。

 

自分の心の成長に制限をかけるものは、負を嫌う心に他ならない。

 

苦言、逆境、病苦などなどの様々な苦という負。

 

ところが、これらの負は、やることなすことすべてにくっついてくるものだ。

 

起業をすれば、倒産や破産がそれだ。

 

格闘技をやれば、怪我、骨折もそれだ。

 

事業を企画すれば、非難、批判、反対意見がそれだ。

 

現代人は、このような負を引き受けたがらない。

 

苦言を呈されれば腹を立て、企画に反対されれば落ち込み、ちょっとしたつまづきでやる気をなくす。

 

誰だって経験のあることなのだろうが、そんなことは屁でもなかった人間が、かつてこの国にたくさんいたのではないか?

 

真に公に生き抜いた人々。

 

戦前の人や明治人などから見れば、頭でっかちの腑抜けと言われてもしょうがないだろうな。

 

自分自身も含め、ほとんどの人が、うまくいくこと、問題なくやり過ごすことを希望する。

 

しかし、うまくやり過ごすことは、本当の希望ではない。

 

臆病風に吹かれただけの戯言なのだろう。

 

真の希望は現実の挫折によってのみ手に入れることができると言っても過言ではないだろう。

 

挫折をする勇気のみが、力強い希望を胸に宿すのではないか?と思う。

 

うわべのワクワクやら成功やらを追いかけるだけでは、地に足はつかない。

 

苦からはじめるという言葉があるように、まず誰もが引き受けたがらない苦を背負える人間になりたいものだ。

 

失敗塾×心学商売繁盛塾

 

8月14日(月)失敗塾~仕事でやらかした小さな失敗~

 

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こうあるべきとか、〇〇すべきとか。

 

このような「べき」は、批判をされます。

 

また、こうした「~べき」から、正論なるものが生まれ、怒りを人の感情にもたらすなんてことも言われています。

 

では、本当に〇〇すべきという考えはダメなのでしょうか?

 

あるいは、〇〇すべきことをしなかったことに怒りを持つことは悪いことなのでしょうか?

 

昨日、深夜の駅前ロータリーに小学1~2年生くらいの子どもたちが、何やら騒いでいました。

 

唖然とする光景です。

 

子どもが夜遅くまで起きているのは異常ですし、それを放置する親も非難されてしかるべきでしょう。

 

こういうことも「べき」で考えてはいけないのでしょうか?

 

あるいは、納期までにきちんと仕上げなければいけない仕事を怠慢からやらなかった場合は、どうでしょう。

 

仕上げるべき仕事が仕上がっていなければ、叱られて当然です。

 

怒りを引き起こす「べき」に注意しましょうなんて言葉を目にしましたが、矛盾も甚だしいわけで。

 

それこそ、逆に「べき」に振り回されているようにしか思えません。

 

怒るべき。叱るべき。やるべき。

 

「べき」がなければ、人は成長しません。

 

あるべき論がきちんと機能しなければ、締りのない大人が増えることになります。

 

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心の中のモヤモヤが晴れました。

 

気分がスッキリしました。

 

暗い気持ちが噓のように明るくなれました。

 

このように問題が解決されたことで良しとするのも、なんだかな?と思ってしまう自分は、変人でしょうか?

 

まあ、変人には違いはないでしょうな。

 

スッキリも明るくも、気分爽快も。

 

そもそもは問題がなければ、そのような恩恵にあずかれなかったわけで。

 

そう考えると、問題を抱える、ストレスや悩みを抱えることを悪とする考えが、おかしなことになりはしませんか?

 

お釈迦様はこの世は一切皆苦だと喝破したそうです。

 

それは、実は一切歓喜なのだよと見破ったお方もいらっしゃいます(笑)

 

歓喜ばかり得ようとすれば苦に転ずるし、逆に肚を決めて苦に浸かれば、歓喜はそこからやってくる。

 

両者は言葉では分けることができるが、生きる上で本当は分けられないものなのだよと。

 

問題が解決しました!よかったです!

 

なんて具合に物事は終わるわけないのであって、また、どちらがいいとか悪いとかの話ではありませんよね。

 

だから、今の不幸な状態を抜け出し、運気を上昇させて幸せになろう!なんて言葉に出合うと・・・。

 

まるで厚みを感じません。

 

それが大のオトナがいうことか?と、すごく幼稚さを感じてしまうわけで。

 

でも、そんなことが世間は大好きなようですな。

 

失敗を避けて成功しようとかね。

 

いいところ取りできますよ的な情報にたくさんの人が飛びつくいていくのも頷けます。

 

だって、苦を味わいたくないんですから。

 

でも、苦も歓喜も同じなのだから、そういう類の勉強会はインチキということになりますわな。

 

それはさておき、いいところ取りしたい人には、とても大きな不快感を与える文章になりました。

 

で、実はその不快さが大切なことなんですがねぇ。

 

意味わかりますかね?(笑)

 

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8月14日(月)失敗塾~仕事でやらかした小さな失敗~

 

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