恩寵と共にある

覚醒や目覚め、恩寵について分かち合う場としていきたいです。

2か月ぶりに瞑想会を開催します。


瞑想会ではまず浄化を伴う瞑想を行い、それから静かにただあるに入っていきます。
「何もせずにただある」を三つの次元から説明し、それに取り組んでいきます。


まずは気づきを明確にしていきます。気づきの対象ではなく、気づきの主体にとどまります。これをプレゼンスとも言います。
それからくつろいでいき、男性エネルギーと女性エネルギーを融合させていきます。この時私たちは「ただある」を実感し、それをビーイングとも言います。


そこから更にハートのワークを行っていきます。ここでいうハートはハートチャクラや肉体次元のハートではなく、この現象世界と神聖なる次元の橋渡しとなる深奥なものです。
ハートが活性化し開いてくることで、恩寵を受け取っていきます。それによって魂の目覚めが起き、この世を地に足を着けて生きることができてきます。


◎ 日時 7月31日(日) 14時~17時

◎料金  三千円

◎場所 埼玉県 連絡があった方に具体的な場所をお知らせします。 


詳細はこちらから。
http://ameblo.jp/onnchou/entry-12177803667.html
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「HK変態仮面」という真面目な人や、キラキラスピリチュアルの人たちが、タイトルを聞いただけで眉をひそめ、見てしまったら卒倒しかねないような超お下劣映画がある。何しろ主人公が、女性のパンティーをかぶることでスーパーヒーローとなり悪を退治するという、それだけでついていけない人も少なくないだろう。
 
 
だがこの映画は、芸達者な役者がそろっている。主人公を演じるのは鈴木亮平で、彼は最近ではテレビドラマで銭形警部を演じたが、たたずまい、体の動き、声まで銭形警部を完ぺきに演じ、非常に評価が高かった。
 
 
彼は演じる役柄に応じて体系も変えてしまうという、まるでロバート・デ・ニーロのようなことをやってしまうことでも知られる。ウイキペディアによると
 
  • HK 変態仮面』では、主役の色丞狂介役を演じるため、体重を一度15kg増量したうえで、脂肪をそぎ落とすという役作りをしたと語っている
  • 天皇の料理番』では、主人公の兄で病弱な周太郎役を演じるため、体重を20kg減量した
  • 俺物語!!』では、巨漢の主人公、剛田猛男役を演じるため、体重を30kg増量した。
 
下手をすると体を壊しかねないような取り組みを行っている。このような役者魂を持った俳優は、日本ではあまり見受けられない。鈴木亮平は今最も注目する日本の役者の一人だ。
 
 
さらに「HK変態仮面」ではムロツヨシ、安田顕、佐藤二郎といった怪優が、完全にぶっとんだ怪演を披露している。ジャックニコルソンのような、ぶっとんだ演技が好きな人は見て損はない。
 
 
そして「HK変態仮面」には、当然のごとくヒロインが登場する。そのヒロインを演じる女優は、それまで知らなかった女優で、すごい美人というわけでもないのだが、演技力があり、なぜか印象に強く残った。その後その女優は朝ドラにも出演し、バラエティーなどにも登場して、一気に世の中に知られる存在となっていった。
 
 
その女優の名は清水富美加という。
 
 
私は清水富美加には注目していたのだが、昨今の騒動には驚いた。公開映画を何本か控えており、そのことを知った私は「おお、清水富美加主演の映画が公開されるのか。公開規模は小さいだろうけど、ちょいと見に行ってみるかな」と思っていたのだった。
 
 
その矢先に幸福の科学への出家騒動が勃発し、最近はあまり物事に驚かなくなっている私でも驚きたじろいた。
 
 
そんな中で清水富美加の告白本「全部言っちゃうね」が出版された。買って読むまでもなく、立ち読みでもしようかと思い、まず池袋のジュンク堂に行ったが、どこをさがしてもない。
 
 
しかたがないので近くの三省堂に行ったら、新刊本コーナーに何冊か展示されていたので、つらつらと読み進めた。
 
 
本は薄くて、しかも字が大きく、当人へのインタビューを起こしたような内容で、簡単に読み進めることができる。150ページほどだったが、私は20分ほどで立ち読みを完了した。私は読むのが早いのもあるが、要はそれくらいのものということだ。
 
 
本の中で清水富美加は、仕事に対しての葛藤、事務所への不満を色々と綴っている。それらが積もり積もって生きるか死ぬかの瀬戸際まで追い込まれたが、そこから救ってくれたのが幸福の科学だった。だから幸福の科学へ出家し、幸福の科学の活動に専念します。というのがおおまかな本の内容である。
 
 
彼女の所属していた事務所は、レプロエンタテイメントという事務所で、ここは現のんこと能年玲奈が独立騒動でやはり世間を騒がせている。のんは半ば干されていたが、「この世界の片隅に」での声による演技が認められ、また注目されてきているが、またもやレプロに絡む騒動が持ち上がった。
 
 
レプロの体制にもどうやら問題はありそうである。清水富美加を擁護する声も少なくないが、事務所のやり方、さらに言えば芸能界の闇に対する告発であり、そこを評価する人たちも一定数いる。それはそれで理解できなくもない。
 
 
またよく報道されているが、水着での仕事は嫌だったが、それを強要されて、死にたいくらいだったとある。「HK変態仮面」でも水着のシーンがあり、さらにスカートをはいたままだが、パンティを脱いで主人公に渡す、というシーンもあり、これらは仕事とはいえ相当の葛藤があったのかもしれない。
 
 
だがこれもよく言われていることだが、まだ多くの仕事が控えているにも関わらず、それらをぶっちぎって出家し、多くの人に迷惑をかけたことに対しては、たとえ肉体的、精神的にかなり追い込まれていたとはいえ、決して擁護できるものではない。せめて控えている仕事くらいは何とかできなかったものなのか?
 
 
宗教団体は、世俗のことよりも信仰や団体での活動が大切と説き、それを強制することがある。時と場合によってはそれが必要なこともあるかもしれないが、本来それは許されることではない。私は信仰を軽んずるべきではないとは思うが、世俗で私たちは生きている以上、それをないがしろにはできない。
 
 
そういう点から、私は清水富美加の出家に関して、どうにもひっかかるものを感じざるを得ない。それは本を読んでも拭い去ることはできなかった。
 
 
清水富美加の信仰心は、本を読む限り純粋なものだと感じた。それは否定できるものではない。だが幸福の科学に出家し、活動に専念することで、その純粋な信仰心を維持できるかといえば、それには疑問視している。
 
 
団体の活動に専念するということは、団体の維持発展のための活動にもなってくる。それを続けているうちに、純粋な信仰心が失われていくことが多い。清水富美加は本を読む限り、良く言えば純粋、悪く言えば不安定で影響を受けやすいと感じた。
 
 
もし純粋な信仰心を保ち続けたいならば、団体の維持発展のための活動に疑問をいつの日か抱くことになるだろう。それを押し殺し、団体に染まっていくならば、純粋な信仰心は失われる。果たして彼女はどうなっていくのだろうか?
 
 
本を読む限り、今のところ彼女は信仰に生きることで安心している。高揚感も感じているだろう。だがそれは最初のうちであり、いずれ色々な揺さぶりをかけられることになる。それでも清水富美加は信仰に生きるのか?それとも幸福の科学から離れるのか?今は見守ることしかできない。
 
 
個人的には清水富美加が、千眼美子としての活動に専念することになってしまったのは、はなはだ残念である。もっと映画やドラマ、バラエティなどで活躍する姿を見たかった。
 
 
だがバラエティなどで明るく振る舞っていたのも、ギリギリのところでこなしたいたのかと思うと、もはや痛々しい。今は心身を安定させて今後の人生を生きてもらいたいと思う。
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私と実際に会った人の多くが、私の書くものを読んで、「文章が固すぎる」「あなたのいい所が出ていない」「もっとふざけた面を出した方がいい」「とにかく面白くない」等々言いたい放題言われてしまっている。
 
 
そこまで言われると「真面目で固いのも私の大切な要素だ!そこまで言われたら意地でも真面目な自分を出してやる!」などと捻くれた考え方をしてしまったりするのだが、実際のところ私はただ型物でもなく、ふざける時は徹底的にふざけるし、そもそもすっとこどっこいのあんぽんたんである。
 
 
子供のころから忘れっぽく、小学生の時クラスで忘れ物の王者に認定されるという、ありがたくも何ともない王者となったり、自分の首にマフラーを巻いていることを失念し、「マフラーはどこへいった?!」と大騒ぎをするという、まるでチョーさんこと長嶋茂雄のようなこともしてしまうという、筋金入りのすってんころりんならぬすっとこどっこいである。
 
 
そんなわけでくだけた感じの自分を、ネット上でも出していこうと思うのだが、どうしても普段の自分がパソコンと向き合うと、生真面目な文章となってしまう。ここは別人格を登場させることで、違った面を出していくことにしようかとつらつら思ったのであった。
 
 
以前に無境さんと夢妙くんとの対話というのを少しばかりやっていたのだが、尻切れトンボに終わってしまった。ここはもっと強烈なキャラを登場させ、振り切ってしまわないと続きそうもない。
 
 
そこで登場となるのが、生真面目な人なら、眉をひそめるか、人によっては卒倒しかねないキャラに登場してもらう。オネエ言葉を駆使するむきょこ姐さんである。
 
 
折角なので少しご挨拶をしてもらいましょう。
 
 
「なんであたしがこんなところに出てこなきゃならないのよ。ほんとにしょうがないわねえ。でも頼まれたからには色々と語って上げるわよ。みんな覚悟おし!」
 
 
むきょこ姐さんどうもありがとうございました。どれくらいの頻度で語ってもらえるかわかりませんが、本音の毒舌で大いに語ってもらい、様々なことをぶったぎってもらいましょう。
 
 
これだけでも濃いキャラですが、もう一人お招きします。人生経験豊富なむきょじいです。
 
 
「わしがこんなところで語っても誰が聞くんじゃという気もするが、まあ勝手にぼやかせてもらうわい。まあ堅苦しいことは抜きにして楽しくやろうかの。わっはっは」
 
 
むきょじい、どうもありがとうございます。飄々とした中にも、本質をズバリと突いてくれるんじゃないかと期待してます。
 
 
ホントはもう一人紹介したいのだけど、まだキャラが確定してないので、もう一人の人物はいずれまた。
 
 
このように事前に予告をしておかないと、いきなりむきょこ姐さんやむきょじいが登場してなんやかんや語り始めると、「無境はついにあちらの世界へ行ってしまったのか?」と思われてしまいかねないので、事前に予告をしておきます。ここまでしておいてやらなかったらまずいなあ。
 
 
ところで26日日曜午後2時から瞑想会を開催しますが、まだまだ座席に余裕があります。参加希望される方はどうぞご連絡ください。詳細はこちらから
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映画「沈黙   サイレンス」を見たときに、あまりの重さに衝撃を受けた。原作は遠藤周作で、原作も数年前に読んだが、その時もやはり大きなインパクトがあった。


遠藤周作はキリスト教徒で、信仰や宗教などを題材にした、重厚な小説をいくつも発表している。


だが遠藤周作はそれだけではない。軽妙なエッセイも数多く発表している。


今現在、遠藤周作の俗に狐狸庵ものと言われる、面白おかしく書かれたエッセイを読んでいるが、「沈黙」の作者が書いたものとは思えないような、面白く軽やかに読めるものである。


真面目なのは結構だが、それだけだと親しみにくくなるし、人としての幅も狭くなる。真面目さと軽妙さが同居している人は、親しみやすいし、器の大きさも感じられる。


私はネットで何か書くとき、どうしても固くなってしまうが、これからは軽妙なものも心がけよう。
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先日数年前から参加している、リーラスペースの瞑想会に参加したが、その時主催者のキヨタカさんからこのようなことを言われた。

「無境さんは、ずっと瞑想を続けているよね。継続させるのは素晴らしいよ」

キヨタカさんもずっと瞑想を続けており、この点は私とキヨタカさんの共通点である。


私は決して物事を長続きさせる方でもない。凝り性ではあるが、ずっと続けて自分のものになったと胸を張れるものはほとんど思い浮かばない。


体を動かすことは嫌いではなく、いくつかのスポーツや武道などを行なってきた。ものすごく鍛え込んだわけではないが、下半身にはそれなりの筋肉がついているようで、マッサージを受けると「何かスポーツなどやってましたか?」と聞かれることがある。


先日は皮膚にできた腫れ物の除去をする手術を受けたが、その時もお医者さんから「下半身の血行がいいですね。筋肉もついているし。何かスポーツやってましたか?ラグビーとかやってました?」と聞かれた。


ラグビーをやるほど体は頑丈ではないが、そのように見られるとは、下半身の筋肉がある程度ついているということなのだろう。その時は「ラグビーはやってませんが、野球や水泳、バドミントンや多少の武道をやりました」と答えた。


いくつかのものをやってはきたが、実際にものになったものなどなく、長続きはしていない。昨年の事故以来、体を全くと言っていいほど動かしておらず、体が鈍ってしまっている。


このように体を動かすことは、継続しているとはとても言えない。その他勉強や習い事なども、継続して身になったものはない。学生時代は英語が得意で、英語は身につけようと思い、それなりに勉強してきたが、精神の世界に浸ってからは、英語を学ぶことをほとんど断念してしまった。今でもこれは勿体無いことだと思う。


余談だが、私は大学では英文科だったのだが、この話をすると十中八九「意外だ」とか「とても英文科出身に見えない」と言われる。精神の世界に行ってからは、東洋のものを中心に行なっていたので、英語というイメージがないのかもしれない。


ではスピリチュアルに関することや、修行的なことをずっと続けているかというと、これがそうでもない。


長年ヨーガをやってきたが、近頃ではアーサナ(ポーズ)を行うことはほとんどなく、以前は小難しいアーサナもできたのだが、今では完全に体が固まってしまった。以前はヘッドスタンディングもいくつかのやり方でできた。もちろん壁を使わずにである。だが今ではそもそも足がなかなか上がらない。情けないがそれが実状だ。


そしてヨーガで重要な呼吸法だが、これはアーサナよりは行うが、それでも以前に比べると相当やる時間は減った。呼吸法は効果があるので気づいたらやるが、それでも継続しているとは言えない。


他にも定期的に断食したり、滝行をしたり、ほとんど休まずに修行し続けるなど、若い時分はよく行なったが、今ではそういう難行苦行の類はまずしない。体を痛めつけるようなことはもうこりごりだ。苦行が全く無意味とは思わず、以前行なっていたことは意味があると思うが、今では全くやる気がございません。


そんな中で、瞑想は今でも継続できている。時々瞑想会に参加したり、人と一緒に行ったり、1人で瞑想したりする。


どのような瞑想をしているかというと、何もせずただ内側を見つめたり、リーラスペースで行っている、気づき、くつろぎ、ハートの瞑想をしたりする。密教的に観想をしたり、エネルギーを用いることもする。


それらをその時に応じて行うが、よほど調子が悪くない限り、短時間で瞑想状態に入れるようにはなっている。瞬間的に入る時もあるし、時間は多少かかっても、ジワジワと入っていくこともある。全くダメというのは最近ではほとんどない。


そしてどんなに疲れていても、自宅で1人静かにしていると、エネルギー的にも意識的にも自動的に回復してくる。これは瞑想が根付いてきて、その恩恵だと言っていいだろう。以前は状態が悪くなると引きずったりしていたものだが、次第にその時間が短くなっている。


継続は力なりというが、それはまさしく真実だ。私は瞑想が継続しているが、どんなことでもいいから、継続できるものがあれば、それは大きな恩寵となる。ただし人に迷惑をかけることを継続するのは望ましくない。自分にも良く他人にも良いのがベストだが、少なくとも他人の迷惑になることは避けるべきだろう。


色々なことが長続きしなかった私だが、瞑想は今後もあまり努力なく継続していくことだろう。

 
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2月8日配信された第4回むきょらじ「変性意識、トランスについて色々と語っちゃいます」 youtubeにアップされました。瞑想、セラピー、映画など色々な側面から語っています。どうぞお聞きください。
 
 
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