さっき、地震があったのに起きなかったと安心していたら時間をずらして目を覚ましていた。

こんな時間にばあちゃんの見るテレビなんかないのにテレビをつけてチャンネルを変えまくる。

隣の部屋で父が寝ているのに大音量。

「音がうるさいけん静かに。あんたの見るテレビや無いわ」

そう言っても返事もしない。聞こえてないのかも。

とりあえず電源を切ってくれた。

戸を閉めて数十秒後またスイッチオン。

「うるさい!そんなに見たいのがあるなら音を小さくせぇ」

音量を下げてやったらチャンネルを変えまくった後自分で消した。

せっかく目が覚めたならとトイレに行かせた。

ベッドに戻るとまたテレビをオン。

もう面倒なので隣の部屋から怒った。私の方がうるさいな。

さすがにほとんどのチャンネルがピーピー言っているので自分で消していた。

さぁ、これからは時計とカレンダーをずっと見続ける筈です。

止めても止まらない事ばっかり。

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関係ないんや

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5月に入ってからここにまったく書き込んでなかった。

ばあちゃんの事を考えるのも嫌でここを開く気にもなれなかった。


今日、お寺の檀家の世話人が維持費を集めに来た。

その世話人は80過ぎたおじいさんでもともと奥さんが何年も世話役をやっていて

奥さんが亡くなったのでしかたなく続けているとの事だった。


「もう年がいって目が薄くなって、できんようになったけん代わってもらいたいんや。

やってもらえるのはこちら位やけんお願いできんやろか」

「うちはばあちゃんがボケて面倒見ないかんけんできんわ」

「ばあちゃんは関係ないんや。ご主人か、お父さんか知らんけどやってくれたらええんや」

「父は仕事しよるけん無理やな」

「他に頼んでみてできん言われたら他にないけん頼んどいて」

結局はっきりとは断れなかった。

その人が帰ってから涙が止まらない。


ばあちゃんは関係ないんやってどういう事だろう。

私がばあちゃんの面倒を見ていて、

父が仕事に行っているから世話役はできないと言う話にばあちゃんは関係ない?


時々、こういう事を言われて本当に悲しくなる。

ばあちゃんが関係ないんならそんな話をしたりしないのに。

ばあちゃんがボケているから面倒を見なくてはいけないから

という言い訳は他人には通じないようだ。


確かに面倒だから、人と関わりたくないから世話人をしたくない気持ちの方が大きい。

誰だって面倒な事はしたくないだろうから。

言い訳ばっかりして嫌な事から逃れているだけにしか見えないのかもしれない。

ばあちゃんがいなくても断っただろうし。


そもそも檀家に入っているのだって葬式をしてもらう為のようなもんだ。

その葬式をするにしたっていろいろ面倒な事がありすぎる。

誰かが亡くなったら、本当に悲しんでくれる人だけが集まって故人の冥福を祈ればいいだけなのに。

私1人なら無宗教になりたい。


何もかも放り出してどこかで1人暮らしをしたい。

隣近所、親戚、誰とも関わらないでいい所で住みたい。


たったこれだけの事でいつまでもめそめそ泣いている自分が嫌でしょうがない。

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