おにぎりスキッパーズ2

最新情報


結成二十周年記念公演第一弾


$三島ノート

今夜、そこから見下ろして


脚本 稲垣美雨  演出 三島ゆたか

主演:斎藤勉  

2013年4.17(水)→4.21(日) 

会場:Geki地下Liberty


料金:前売3300
円  当日3500円


2013年、おにぎりスキッパーズが結成されて

20周年を迎えるこの年の春のおわりに。

小さな小さなステージに込められた、

優しく心温まるストーリーを皆さんにお届けします。

演出はおにぎりスキッパーズ2主宰の三島ゆたか。

脚本はおにぎりメンバーであり、

『マルイアマツブ研究室』より三島の近作をサポートしてきた

稲垣美雨が初の長編に挑戦いたします。

個性豊かな出演者が集まり、

下北沢にやさしいあかりが灯ります。

おにぎりスキッパーズ20周年公演の第一弾です。

どうかご期待下さいませ。


おにぎりスキッパーズ2

三島ゆたか


2013-02-24 02:09:27

急いで口で吸え。

テーマ:1993
30分強、という
全楽曲演奏時間より長いMC。
いったい何をしゃべるべきなのか。
スタジオでの練習中も、
頭が痛いのはその現実。

どうしよう。

家に帰りラジカセを取り出し、
しゃべってみる。
どうもー!
おにぎりスキッパーズでーす!
みんな今日は来てくれてありがとう。
今日は僕たちの一番最初のライブです。
僕たちがこのバンドを始めたのは・・・


聴き直して、ぎょっとした。

固い。
てか、なんなんじゃこりゃ。
卒業式の贈る言葉みたいだ。
それをちょっとノリよくしゃべっているだけだ。

時計を見る。
うわ。
結構しゃべったつもりで5分。
5分しかたってない!
やばい!!!

考え方を変えないといけない。
だいたい俺、ミュージシャンじゃないし。
役者だし。
ライブハウスに立ったことだってないし。

なんて、もう
ふてくされて横になる。
部屋の片隅に目が言った。
あ。

$おにぎり伝説
スネークマンショー
「戦争反対」

そうだよ。
俺、ミュージシャンじゃないし。
役者だし。

居直った先に光が見えました。

スネークマンショーみたいにやればいい。
小さなコントを作って
そのオチで、曲が入る。
それを間に繰り返す。
そうだ。
これでいこう。

ワープロを開き、そのひらめきのまま
僕は文章を走らせていきました。

でもよく考えたら
コントはおろか、
小さなストーリーすらこの時、
書いたことがなかったのですけどね。

なんか、よくわからにまま
大学の卒論用に買ったワープロに文章を打ち込む。
打ち込む。
打ち込む。

そのとき、
かけたままにしていた
MCを録音したカセットテープがカチッと
裏面になりました。

「ざざざ、
 マヤちゃん・・」
「桜小路くん・・・」
妹の声がしてきました。

それは世にも恥ずかしい、
妹がどうやら一人で録音したらしい、
一人で何役もやっている
独り「ガラスの仮面」だったのです。
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2013-02-16 18:24:17

初のライブはワンマンライブ?

テーマ:1993
この人の発言はいつも唐突かつ、強引だ。

「オーエスのライブ、ワンマンで行こうと思うんだよね。」

何度目かのスタジオの練習で
松本くんが切り出した。
いつの間にか「おにぎりスキッパーズ」は
「O/S(オーエス)」と略すことになっていた。
五月の終わり、桒田慎也はすでに離脱していた。
ラップをどうやら「歌っちゃうらしい」バンドは
三人組になっていた。

「いいんじゃない?」
ギターの柿原くんが言う。
この人の発言はいつも適当だ。
そしてその、尻拭いをするのは僕だ。

松本くんが続ける。
「だってさ、
 対バン組んでくれるとこ見つからないからさ」

「対バン」てのはライブハウスをシェアすることだ。
ライブハウスを借りるのは高い。
だから数バンドでシェアをする。
その相手が見つからないのだという。

僕はその時、その理由がわからなかった。
しかも「ワンマン」て言葉の意味すらも。

あとで知ったんですけどね。
松本くんは
「オーエス」のライブをやるにあたり、
ドラムセットを片付けることを条件に挙げたらしいんですよ。
自分がセンターでターンテーブルを回すため。

そりゃどこも組んでくれないよ。
みんな、
どこのバンドだってドラマーがいる時代だもんな。

てなわけで。
僕ら単独で
初めてのライブを行うことになった。
柿原くんの「いいんじゃない?」っていう
かなり適当な相槌で決まってしまった。

重要な、
とても大変なことだったと思うんだが。
だって単独で貸し切るってことは
かなりお金がかかることだと思うんだが。

「と、いうわけで。」
松本くんは続ける。
「お客さんを300人くらい呼ばないといけません。」

ぐわ!
300人!!!
なんてことを
なんて簡単に言ってのけてるんだこの人は!!!

だ、大丈夫???
と、僕が切り出そうとした時にはもう、
二人は別の方向で盛り上がっている。

「どうする、ワンマンだぜ!」
「かっこいいな!」
「貸し切りだから何でもできちゃうね!」
「おにぎりガール置こうよ」
「お。いいね!」
「フリードリンクじゃなくて、フリーおにぎりなの!」
「ぎゃははは。」

大丈夫かな…?
まあ、大丈夫なんだろう。
バンド経験豊富な二人が盛り上がっているんだから。
しかし、300人??
一人100人呼ぶ計算だぞ!

練習に戻る。
曲は着実に上がっていた。
松本くんが言う。
「マルはMCなんだからさ」
MC?
あ。
ボーカルじゃなくてMCなのね。
「もっと客をあおらないと」

そこからはね
お客さんをあおる練習。
2時間くらい。
「セイ、ホー!」
「セイ、ホッホー!」
「スクリーム!!」
この練習を二時間くらい。
これ、スタジオじゃなくてもよかった気がする。

帰りのファミレス。
松本くんがまたもや言った。

「マル、MCじゃん?」
はい。
そうですな。
「俺ね、今考えてたんだけど
 8月の本番まで、
 今できてる5曲で行った方がいいと思うんだよね。
 ほら、クオリティとかもあるし。
 作りすぎたらとっ散らかっちゃうでしょ?」
賛成。
僕も今の5曲で目一杯です。。

「でもさ。」
なんでしょう。いやな予感がします。

「やっぱワンマンだし、
 最低一時間くらいやらないとまずいでしょ?」

そうかもしれないけど。
あの5曲じゃ30分も持たないよ。

「だからさ。」
…はい。
嫌な予感が加速する。

「あとはMCにつなげてもらいたいんだよね。」

ん~~~~~???
ライブの半分以上をもしかして
俺につなげろと言ってます???

「ほら俺たちやるのラップだけじゃないじゃない?
 セッティングにも時間がかかるしさ。」

ちょっと待ってくれ。
どうやって残りの時間を埋めればいいのだ。
セイホー!なんて、1分ももたない。

「いいんじゃない?」

柿原くんがホットコーヒーのカップを傾けながら
またもやいい加減な調子で口を開いたのです。

「じゃ決まり!」
松本くんは言いました。
メンバーは三人。
なぜかいつも物事が、
2:1で決まっていくのでした。
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2013-02-14 15:36:51

スキップしてる感じだよ。

テーマ:1993
「なまけもの=しあわせもの」に加え
あと四つのラップの歌詞。
「よっぱライダーの歌」
「光陰」
「あなたへ届け」
「DOPPER RAPPER」をもって
初の合宿に臨むことになった三島でした。

1993年のゴールデンウィーク。
動き始めた新しいバンド。
ラップをなんだか歌っちゃうらしいバンド。
名前はまだ、ない。

メンバーは当時のリーダーであった松本くんと、
松本くんのバンドのギタリストであった柿原氏。
それから高校時代からの僕の相棒、桒田慎也。

まず、歌詞のダメ出しね。

「光陰」は却下。

市販の薬の名前を連呼する、
「DOPPER RAPPER」と、
「なまけもの」はとても褒められた。
松本くんと柿原氏で
次までに曲をはめるという話。

柿原くんから提供があったのは二曲。
「Lady's don't Dance」
「モンキー・パラダイス」
ん?
モンキーパラダイス!
普通のロックだよ。
全然ラップじゃないじゃないか!!!

「いいんじゃない? そういうのもあって。」
…まあ、いいっすけどね。。

「それより、まる。」
マルは三島の呼び名です。
小学生の時からずっとそうだった。

「おにぎりのラップって作れない?」
おにぎり?
おにぎりのラップってなに?
「俺ね・・・」
松本くんが話し始めた。

「俺さ、前に桒田とね
 コンビニに並んでるおにぎり見ながらさ
 具材を連呼してたんだよね。」


はあ具材。
具材を連呼ですか。
ウメ、シャケ、たらこ…みたいな感じですかねえ。

「な。」
え?
「な?」
…え?
「ラップでしょ?」

…え?

「ラップじゃん。具材連呼したらさ。」
あの。
確かこないだの講義では
=ラップは韻を踏むもの=
と、教わった気がするんですが。。

「いいんじゃない?」
と、柿原くん。
あ。いいのね。そのへんも。。

「だからさ、まる。
 次までにおにぎりのラップ、書いてきて。」

は。
はい。了解です。

「よし! メシ食いに行こう!」
僕らはこのまま、吉祥寺の焼き鳥屋に繰り出した。

合宿で決まったのはそんなとこ。
週に一度、ミーティングをする。
そしてできた曲から、スタジオで練習。
そんなとこ。
あとは酒飲んで、だべって。
ゲームしてました。

焼き鳥屋の帰り道。
なんか、上気した顔でね。
松本くんが切り出した。

「おにぎりスキッパーズ」どうかな?

なんだそれ、
おにぎり・・・

「ほら俺ら、おにぎりのラップ歌うじゃない?」
いや、まだできてませんけどね。。

「だからおにぎりスキッパーズ!」
あの、後半の「スキッパーズ」は・・・???

「もう。わかるでしょ?
 スキップしてる感じだよ!」
ん~~~~?
わかんないし。
スキップしてる感じは多分、
英語でスキッパーズとは言わないんじゃないか・・・???

「決まり!」
・・・勝手に決めてしまいました。
さすがだ。
過去「引っ越しサラダ」とか
「ゼロックス」っていうコピーバンドの名付け親だけある。
さすがのネーミングセンスだ。

その時はね、
この時勢いでつけられたこの名前が
このあと20年も続くとは思ってもみなかったわけですけどね。

こうして
1993年の
ゴールデンウィークの終わり
吉祥寺。

僕らのバンドの名前が
「おにぎりスキッパーズ」に決定してしまったのでした。
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2013-01-12 01:30:28

ラップって、なんだ???

テーマ:1993
5枚のCDを持ち帰った僕が最初にしたことは
もちろん、
その「ラップ」とやらを理解すること。

ラップ?
ラップってなんだ?

いや本当、
そんな時代だったんですよ。

CDをかける。
歌っていない。
ん?
歌ってない。

歌というより語りだな。
リズムに乗って、語っている。
語呂を合わせて歌っている。

ダジャレ?
みたいなもののようだ。
河内音頭のようでもある。

これを作ればいいのだな。
語尾で韻を踏めば
語呂がよくなる感じがしました。
ダジャレを語る、要領で
語尾の母音を合わせてみよう。

とりあえず一曲、作ってみました。

なまけものへの加速は早い
突然何もしたくない 急に
転げ落ちてく明るい未来


ケセラセラ、なるようになる
朝から会社さぼりたくなる
会社と逆の総武線に乗る
いつの間にやら銚子にいる!


お。
なんか作れてる感じ。
いけてるんじゃないか俺。
いけてるな!
しかしまだ
完成したのは一曲のみ。
松本君の言った「合宿の日」まで
あと5日しかありませんでした。

作らなければならない曲は、
あと4曲もありました。
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2013-01-04 01:35:10

おにぎり誕生前夜② 5枚のCD。

テーマ:1993
武蔵境にある
松本浩一の家に行くと
彼は何の説明もせず、
5枚のCDを差し出しました。

「これ、次までに聴いてきて。」

あの。
まずあの、ラップ?
ラップを僕らでやるんでしょうか?

「これ聴けば大体のことはわかると思うから。」

$おにぎり伝説
高木完、
ビブラストーン、
いとうせいこう、
スチャダラパー、
ランキンタクシー。

「まる(三島のことね)前にさ、
 中央線の駅名を連呼するネタやってたでしょ?」

お。俺が盟友=桒田慎也と、
高校生のころに作ったネタ!
ただ高尾から東京まで順番に言うだけなんだけど。

「あんな感じで、なんか連呼すればラップになるから。」

本当か?
本当なのか?
なんか連呼すればラップなの?
うそーん。
それであの、
シーケンサーって???

「あ。それは大丈夫。
 とりあえず、CD聴いて何曲か詩、書いてきて。
 次の合宿までに。」

え?
あの。
今の一言、すっげえ突っ込みたいとこ
たくさんあるんだけど。
まずあの、
あっさり何曲か書けって言ったよね。

「大丈夫大丈夫。(笑)」
いや、大丈夫じゃないだろう。
それから合宿? 合宿って?

「来週、ここで合宿やります。」
い、いきなり?
この家で、合宿???

「あ。柿原と桒田も呼んだから。」

柿原君はゼロックスのギターで
桒田は当時僕と同じ劇団にいた、
高校以来の三島の親友だ。

松本くんは真顔で無茶なことを言う。
「じゃ。来週。」

松本くんの家を出た僕は
5枚のCDを抱えて立ち尽くしていた。

$おにぎり伝説
高木完、
ビブラストーン、
いとうせいこう、
スチャダラパー、
ランキンタクシー。

まだヒップホップなんて言葉もない時代。
あとで知ったのだがその当時、
CDショップで手に入れられる日本語のラップは
この五枚しかなかったのだ。
(ランキンタクシーはレゲエミュージシャンだが
 このCDはラガマフィンで構成されたものだった)


1993年のゴールデンウィーク。
よくわからないまま、
合宿までやることになっていました。
よくわからないままに、
何かが動き始めていました。

CDを抱えて電車に揺られている僕の頭にはたくさんのクエスチョンと、
大きな不安。

すでにこの場所から
このあと20年も続く劇団が生まれつつあることなど
いまだ知る由もありませんでした。
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2013-01-03 21:15:54

おにぎり誕生前夜① 一本の電話。

テーマ:1993
では、本日より
20年を遡ってみようと思います。

何しろ20年前の話ですからね。
結構あいまいだったり
事実と微妙に違うこともあるかもしれません。
その辺はご了承ください。

あくまでも、三島の「思い出」で成り立つお話ということで。

あれはいつだ?
そうだ。
1993年4月の終わり。
そうゴールデンウィーク手前のことでした。

松本浩一から一本の電話がかかってきたのは。

携帯電話もポケベルすらなかった時代の話です。
家電に松本くんから電話がありました。
家電なんて言葉ももちろんなかったな。
電話っていえば、家にかかってくるものでした。

松本浩一。
この人の名前は重要です。
おにぎりスキッパーズの初代リーダーであり、
おにぎりスキッパーズの生みの親であります。

そうだそうだ。思い出してきましたよ。
ちょうどその前の月、くらいだったと思う。
彼は当時、「ゼロックス」っていうコピーバンドのベーシストで。
しかし、とんちのきいた名前だな、ゼロックス。
その前は彼、「引っ越しサラダ」ってバンドやってて。
いつも面白い名前のバンドをやってる人だった。
で、僕はゼロックスのライブを聴きに行き、
その打ち上げをやった居酒屋で
「なんかやっちゃう?」みたいな話を、
どうやら酔った勢いでしていたらしいのだ。

話は4月に戻ります。

僕は当時、宮咲久美子(その頃の芸名は早乙女キララ(笑うとこ!)や
森久保祥太郎(消したいらしい過去?)らと、
「困民楽団」ていう劇団に入ってて。
4月の公演の後、2回稽古に行って。
やんごとなき理由で辞めたんですよ。

その翌日です。
彼からの電話があったのは。

「まる(三島のことね)、
 困民(劇団です)辞めたんだって?」
うわ。情報早っ!!!
…などと思う暇もなく
松本くんは言葉を続けました。

「だったらさ、ラップやんない?」
え?
「俺さ、シーケンサー買ったんだよ」
え??

ラップもシーケンサーもわかりません。
松本くんの話は続きます。
「だってまる、一緒にやろうって言ったじゃん」
(間)
…あ。
ライブの打ち上げ!!!

「じゃ。詳しくは会って話すから。」


用件だけ言うと、
松本くんは電話を切りました。
僕の頭にはハテナがいっぱいです。
ラップ?
シーケンサー?
詳しくって???
いったい?
いったい?
どういうことだ???

…しかし。
なぜかのその次の日、
僕は彼の住む、
武蔵境の駅に降り立っていたのでした。

つづく!
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2013-01-03 08:05:16

第二部スタート…しようと思います。

テーマ:2013

おわわ。

一年半、以上ぶり???

すいません!!!


前回↓

「おにぎり1解散」から

「おにぎり2発足」、

そして

「妄想騎兵不知火」までをここに

書き記したわけですけど。


一応、ひと段落した気がして、

ずっとその続きがかけずにいました。

でも放置はまずいだろ!!!

…いつも思ってはいたんですが

なかなかその続きが書けず。


で。

いつの間にやら時は経ち、

今日は2013年の1月3日です。


ここの続きは本来、2002年の出来事。

「殺し屋迷走」→「正義の掟」へと

繋がるはずでした。

吉浦正一の加入、

森久保祥太郎の復帰、

宮咲久美子の登場と、

現在の「2」に伝わる重要なトピックがくるはずでした。

が!


ただいま2013!

1993年8月に、おにぎりスキッパーズというものが

この世に誕生年始手から二十年目の節目の年です。


なので第二部はかなり年月をさかのぼり、

おにぎりスキッパーズ誕生のお話をさせていただきたいと思います。

そう。

そのためのリスタート。


そうあれは。

1993年の春。

場所は武蔵境…だったと思う。


続く!!!

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2011-09-14 00:01:23

おに2誕生。

テーマ:2001

2001年12月26日。

朝から晴れ渡った21世紀最初の年末。

下北沢の、小さな小さな劇場で

おにぎりスキッパーズ第2ステージの幕が開きました。


「妄想騎兵不知火」

ここからおに2の

僕らの今に至るすべてが始まりました。

まだ吉浦正一も宮咲久美子も

ステージの上にはいませんでした。

(実は客席にはいたらしいです)


おにぎり伝説
そしてこのとき

この公演実現のため、

おにぎりスキッパーズ復活のため、

全力で動いてくれていた

橋本智恵子や竹井秀次の姿はもう、ありません。

これが10年という年月なのだとも思います。


ここから10年。

僕らは再び、「歪な王子」という作品で

下北沢の土地を踏むことになりました。

なんだか感慨深いです。

長く、遠く、いろんなことのあった10年でした。

進歩しているようで後戻りしているようで

その場から少しも動いていないようで

いろいろなことが深まってもいるようで。


それでも今、こうしてステージを作れていること。

これ以上に誇らしいことはありません。

継続は力です。

胸を張って言いたいです。

継続は力。


そうだ。

この公演に際し、僕の書いていた文章を載せてしまおう。

何も変わっていないようで

いろいろ変わっておりますね。

いやあ10年。

若い若い。(笑)


「どんなことがあっても、

 僕たちはここから何かを発信していかなくてはならないわけで、

 例えば丹波役の橋本俊一が最後の日まで

 「移った先には小さな部屋に机が一つ。」という台詞を

 「移った先には部屋に小さな机が一つ♪」などと

 シルバニアンファミリーみたいなことを言っていようが、

 小百合役の三輪けいこが謎のアドリブで客席を凍りつかせようが、

 片平あおいが客目線にびびって内股で仁王立ちしようが

 平野メグがアフロを被ろうが荒木誠がどんなにずるい芝居をしようが

 三上哲の眉がどんなに太かろうが、

 僕らは何かを発信していかなくてはならないわけで、

 その何かが、なんなのか、

 それを言葉でいってしまったらそれこそ「なん」なんだけど、

 舞台でしかない、舞台だけのもの、

 それは必ずここにあると、ここ数日それだけを頭において、

 それだけのために走り抜けた5日間だったと思います。

 言うなれば、僕らはこれからも笑われ続けていかなくてはならないのであり、

 あくまでもお客さんに笑われ続ける為、

 板の上に立ち続けなくてはならないのだとそう硬く心に刻むのでありました。

 <中略>

 コメディは死んだと藤山寛美師匠が生前言っていました。

 でも僕はこう思います。死んだのではない再生したのだと。

 そこに残された僕らの最高だと思う笑いは、

 シチュエーションを生き、一生懸命熱くなればなるほどその姿が笑えてしまう、

 そんな「笑われ姿」なのではないかと思ったりするわけです。

 それが新しいかどうかはわからないけど、

 今僕らの発信すべき「コメディ」の形なのではないかと思えてならないのです。

 さて2002年です。おにぎり2はまだ産声をあげたばかり。

 これからもっともっと面白いものを発信していこうと思います。

 舞台の本来持つ面白さを再発掘していくために! なーんて。」


激動の、2002年の幕が上がります。

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2011-09-06 03:30:33

「不知火」まもなく本番です!

テーマ:2001

「モニュメントバレーの上から愛を叫ぶ話」は

いつしか

「割箸を股にはさんでサイクリングする話」に

変わり、

なにもないところから

「何かが産まれる話」はとうとう、

自転車だけでなく

ネルデロンという、

架空の怪物が出現するところまで至っておりました。


何もないところから、

沢山の何かが産まれていきました。


おにぎり伝説

放火魔の疑いをもたれる天パー。

(髪の毛がチリチリだから)

リリアンを編み続ける刑事。

狂喜をはらんだストーリーは膨らみ続け、

意外なオチにいたり

とうとう、劇場入りの当日になっておりました。


大黒、パンチのみ。

セットはいくつかの白い箱。

のみ。


仕込は一瞬で終わりました。

OFFOFF狭いしね。


いよいよ

いよいよ


おに2が誕生する

12月26日がやってきます。


思えば仕込みはイブでした。

恐ろしい、

恐ろしいスケジュールでした。

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2011-08-30 01:27:59

代々木でフォトセッション。

テーマ:2001

おにぎりの復活を、

当時誰よりも喜んでくださったのが

雑誌の「ぴあ」の演劇担当の方でした。


旧おにぎり時代、

CaptainCowのマネージャーと

飛び込みで掲載をお願いして以来、

僕のインタビューも含め

とてもお世話になっておりました。


「妄想騎兵不知火」の情報も早速、

TOPICで取り上げてくださるというお話をいただき

その宣伝写真を撮るために代々木公園へ。


おにぎり伝説

初めて完成した衣裳を身にまとった不知火の面々。


掲載されたのは、ラベンダー畑で手を振る不知火の面々。

あ。その写真ないや。残念!


掲載するのに、お金がかかるようになる前の話です。

まさかその十年後、「ぴあ」がなくなっちゃうとは思いもしませんでした。


本番の日が、

もうすぐそこまで来ていました。

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