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Tue, February 09, 2010

参政員制度

テーマ:■国際政治・国際社会論文集


参政員制度

http://www3.plala.or.jp./seijian/genkou2.html


一票で一任したために、自己の政治意思で逆用されたものがある、その苦しみを償え、またそうした不条理を補完するための国民投票や参政員制度制定は国民の権利である」と、出版を期に求償訴訟をしようと考えています。ボランティア弁護士さん、そして原告団に入って頂ける方おられましたらメール下さい。


メールタイトルは「国民投票訴訟」です。尚原告団に入って頂いても一万円の求償訴訟のため出費そして出廷はご無用です。1月4日現在4名
新刊の予約、メールにて承ります。送料共で980円です。


以下は出版社に提出した原稿です



参政員制度

「従来の一任政治」と議案毎に政党を選ぶ「選択政治」が並存し、選択できる政治システムの提唱



巻頭に寄せて

国際政治学者今本秀爾さん
ホームページ http://homepage3.nifty.com/imashujapan/

「全員で決める、その代わり責任は全員が引き受ける」これが直接民主主義。「一部の人間で決める、その代わり責任は残りの多数に押しつける」これが(現状の)間接民主主義。
どちらが納得いくかは明白です。直接民主的制度を導入する最大の意図は、国民個人が政治運営を他人任せにしない成熟した態度、自己責任感覚を定着させることにあると考えます。
その意味で「参政員制度」は、議論もせず、いきなり直接投票で一気に決めるバクチ的な政治システムではないし、投票で決める法案も議会や委員会で決め、 参政員は5-7の重要法案の判断に参加出来るとしています。
それは欧米の諸外国で日常茶飯事に行われている国民投票や住民投票制度と何ら変わりないし、いわば国際常識の議論の範疇に収まる話です。
言い換えれば、議会政治の一部をより民意を反映するように改良した政治制度案であり、それは同時に今の日本の欠陥だらけの国会運営体制よりもはるかにダイナミックで民主的な政治を実現する手段と思えます。
(注釈:参政員の意思が10万票集まれば議会議決に一票として加算)


ーーーーーーー「お任せ」と「自己決定」------

八百屋さんが、ザルに大根・人参・じゃがいも・ゴボウ・ワサビなどを山盛りにしていると御考え下さい。大抵の主婦なら「ゴボウとワサビが入っていなければ買いたいのに」とか、「一つずつ選んで買いたいのに」と考えるのではないでしょうか。
又デパートの福袋も同じです。要らないものまで買わされることになります。選挙で政党を選ぶということはまさにザルの盛り売りや福袋を買うのと同じなのです。法案は多種多様にあり、政党はそれぞれについて政党意思を持ち主張します。当然、財政はA党を、年金はB党を、教育はC党を支持したいと考える国民もおられるでしょう。政策の「盛り売り」「福袋売り」ではなく「一品売り」即ち 「重要テーマを公開しますから、その一つ毎に政党を選べる制度を提唱します」 というほうが余程国民を尊重したことになりまするのではないのでしょうか
今「一品売り」(一般国民投票)を提唱している党はありません。全ての政党が「盛り売り、福袋売りが気に入らないなら買わなくていいよ」と言われているようなものです。しかし公約がパッケージになっていては選べないのです。
09年衆院選挙の40日前に、橋下大阪府知事は「霞が関を破壊して作り直すのが地方分権だ、衆院選では、地方分権を掲げる党に1票を」と発言されました。言い換えると「今回の選挙は地方分権を問う選挙だ」です。
4年前小泉氏が「今回は郵政民営化を問う選挙だ」と叫んでおられたのと似たところがあります。しかし当時、年金問題、医療問題、景気対策、財政再建、消費税引き上げ、憲法改正、歴史認識問題ほか多くのテーマがありましたが「郵政民営化の是非だけで党を選んでほしい」これは「他のテーマについては一任してね!」と言うもので、国民の主権を制限したものと言えるでしょう。
その後小泉首相は、自衛隊のイラク再派遣への反対論に対して「派遣は選挙で賛成されている」と主張しています。
しかし当時国民の6割が「派遣反対」だったのです。国民は「郵政民営化の賛否」というシングルイッシューのみに意思表示していたはずなのですが、袋の中にはそんなものが入っていたのです。こうしたやり方で政党を選ぶのは危険です。重要なテーマは有権者としてそれぞれに意志表示できる制度が必要なのです。
政党は選挙に際して袋の中に出来るだけ多くの政策を詰め込もうとします。一任政治ですから政策各論について党の態度を明確にする必要から当然です。しかしそれは却って政治参加の間口を狭めることになります。例えば、「マニフェストのABCは支持するが、Dについては絶対に容認できない、仕方がない、一票しかないので棄権するしかない」となりかねません。
例えば民主党がマニフェストに「日米の自由貿易協定を締結し、貿易・投資の自由化を進める」を盛り込んだことについて、全国農業協同組合中央会など農業関連9団体は「米国は自らの関心品目であるコメ、麦、豚肉、牛肉などの関税撤廃を求めてくることは必至で、わが国の農業に壊滅的な影響を与えることになる。さらに所得の増大を望む農家や、自給率向上を望む国民を裏切る公約だ。断じて認められない」と激しく非難しました、民主党は表現を一段落とすようです。多分「あれはマニフェストに入れなければよかつた」と思ったことでしょう
一般国民投票か参政員制度があれば「食糧自給問題」という基本について国民も参加した意志が集約されます。(勿論各政党はこの問題で多様な主張をするでしょう。参政員制度では、ある一つの重要議案について各党が支持、不支持を主張し、議論の熟成期間(約二ヶ月)を経て、参政員は支持政党を決めて投票し、10万票集まる毎に一票として議員諸氏の票に加算するのです(もしくは参政員は一票、各議員は選挙区の平均得票数約10万票を行使)
「これまでの「お任せ政治」は面倒がなく便利だ」と考える国民も多分半数ほどはおられるはずです、そうした方の意思は議員が代行するのです

09/8/10の日経では、多くの団体が、各党の政策福袋について評価し、得点を付しています。しかしパッケージの内容が問題となると、「いとも簡単に訂正をする党」があったりしてそうした細かい評点などあまり意味を持ちません。
価値が多様化した現代、福袋に入った公約のみでは満足できない人々もおられるのです。大切なのは、政策の「福袋売り」と「個別売り」を並べる制度にして、「どちらの制度を利用するかを選べる事」でしょう。

「公約をよく見、考えて投票する事が政治を良くする決め手」と言われてきました。「福袋でしか選べない」制度の下ですから「政治を良くする決め手はどの福袋にするかだ」と同じ事です。

当然欲しくないものも買うことになります。難しく言えば人権を侵しているのです。しかも「自由委任」です。議員に「国を思って福袋の中身を差し変えた」と言われれば、これはもうどうしようもありません。
即ち憲法43 条「議員は自由委任-選挙人の意思に拘束されることなく、国民全体の代表者として議会において自由に活動を行えます」(しかし14 条の平等原則では国民意思から完全に独立して活動するという意味での「自由委任」は否定的なのです)。
また憲法51条では議員の免責特権が保障され、議員としての活動一般について国会議員は法的に拘束されません
要するに「福袋」の中身は確固としたものではなく色々な形をしたアイスクリームのようなものです。都合よく姿を変えられても文句は言えず、責任も問えない以上、「選挙制度の真実はホラ吹き合戦」と言っては言い過ぎでしょうか。

福袋や立候補者を選び自由委任を承知で投票するということは、「私の政治意志は貴方に全托します。どうか思うようにやってください」という事です。投票した瞬間にあなたの政治意志は「白紙委任」として議員個人の持ち票になって一人歩きするのです。投票した瞬間に「国民主権」は「議員主権」に変化してしまうのです。
別の表現をすれば、国民は「行き先不明」のミステリーツアーバスに乗せられたようなものと言えるでしょう。
最近は殆どのホテルの朝食はバイキング形式です。バイキング形式のいいところはなんといっても自分で好きなものを好きなだけ摂れるところです。勿論コース料理がいいとお考えの方も当然おられるでしょうが・・
すべての人々に満足頂けるもの・・・・それは「バイキング形式」そして「コース料理」が並存していて、そのどちらにするかを選べることしかありません。

 素晴らしいところに旅行をすると御考えください。ある人はスケジュールを立て、ホテルの予約をし、乗り物の時刻表を取り寄せ、ああでもないこうでもないという思索を練る事が楽しみ、ところが別の人は、旅行社に全てお任せ、お金さえ振り込めば全て終了、添乗員についてさえいけばいいのです。この両者の姿勢には是非善悪はありません。どちらにするかを自由に選択できることが重要です。
もしも「あの国は観光コースは幾つかありますが団体行動のみが許可されています」として自由行動ができなければ満足できない方もおられるでしょう。
政治も全く同じです。
間接政治の基本的な問題として、選挙では立候補者の真実が見えない事、選挙民の意思が自由委任の下、議員の価値観で一旦咀嚼される事、テーマAについては与党を支持し、テーマBについては野党を支持したいと考える有権者は投票できない事、投票後に持ち上がった議題には意志表現できない事でしょう。 
本書では「議員にお任せのこれまでの政治制度」と「重要な議案毎に政党を選択できる制度」の二つの制度を並べて、国民はどちらの制度にするかを自由に選べる政治制度を提案をしています。

ーーーーーーーーーー選挙制度には欠陥があるのではーーーーーーーー

近年の若者の凶悪犯罪について何と5割の親が「自分の子にも起こりうる」という懸念をしているそうです。
又若者の将来不安率や自殺率は先進国の中でトップです。根本的には社会(殊に政治)が偏り病んでいるからでしょう。
さて、殆どの政治家が「敗戦からここまで発展させた」と自慢しています。しかしそれは全く自惚れに過ぎません。
西欧の観光地をご覧下さい、大戦で殆ど瓦礫になった寺院なども復旧させ、世界から観光客が押し寄せています。
携帯電話は世界で毎年10億台購入されています。日本に限らず、殆どの国も発展しているのです。
日本では政治家への信頼は低下の一途ですが、技術の進歩そして忍耐心・道徳心が日本人を爆発させずに何とか支えていると言ってもいいでしょう。
全ての議員、立候補者が「私はできます、日本を良くします」と自身満々、巧みな弁舌で、夢を説いておられます。
どちらかと言えば、失敗よりも成功体験、勝利体験の方を多く積重ねてこられた方が多いのではないでしょうか。
例えば石原知事は「世論調査なんか気にしていたら政治なんかできません」と言われました。そして「何か面白い事をやろうや」という軽いノリで始めたオリンピック招致運動では150億がムダになりました、
しかし「再挑戦する」とのこと、以前「選ばれない場合は責任をとらなきゃいかんでしょうね」と発言されましたが、既にお忘れのようです・・・。
07/11月大阪市長選挙では本命の関氏を押さえて、「常設型住民投票を制定する」との公約を掲げた平松氏が当選されました。
二年経った今(09/11)「住民投票の対象とすべき事項、選挙で選ばれた長や議会の権限との関係、投票結果の拘束力のあり方などについて調査・研究を進めています」なのです。それらは事前に分かっていた事です。公約は何だったのでしょう
「脱官僚」「天下り禁止」をアピールして大勝した民主党は、日本郵政の次期社長に官僚中の官僚、旧大蔵省の元事務次官を、人事院人事官には前厚生労働事務次官を起用します。
鳩山首相は「能力のある方なら認めるべき」と・・それではマニフェストは一体何だったのでしょう。
選挙中「悪いようにはしないから、白紙委任して欲しい」と言れわておられたでしょうか、そうではないはずです、
「当選後は自由委任」という制度に問題があるのです、僅かの選挙期間中に立候補者の真実、考え方の全てが分かるはずはありません
弁舌は爽やかでも「誠実で内省的な人物」の立候補は少ないように感じられます。
今太閤と言われた松下幸之助は「あなたの成功の秘訣は?」と問われたとき「ぼくに学問がなかったことと身体が弱かったこと」と答えています。
その理由は、学問がないために社員の意見に素直に耳を傾けることができ、身体が弱かったために思い切って部下に仕事を任せるようになった。おかげで衆知が集まり、社員の持ち味を生かすことができた、と言います。
彼のような人物は決して「俺はできる、俺に任せろ」などとは言われず、多分立候補さえされないでしょう、
国民にも幅広い価値観、内省的で優れた人々は多数おられます。いやむしろそうした人々が多数派ではないでしょうか。

ーーーーーーーーーー政治の成果はいかがでしょうーーーーーーーー
ご存知かと思いますが、日本が世界トップレベルであったのは随分前の事です、今はデフレ、株安、円高、高失業率、所得減少、高齢化ほか多くの面で先進国で最下位、国際的地位、発言力は一段と低下しています。 英国病、オランダ病は癒えましたが、今度は我が国の番でしょう。
1990年と2006年の先進7カ国における16年間の名目GDP比較ですが、
カナダ...  85%増ーーアメリカ... 55%増ーーイタリア... 52%増ーーイギリス... 47%増ーーフランス ...45%増ドイツ ... 32%増ーー日本はたったの ...3%増ーー
09/12/13日経では、「主要20カ国で日本株は唯一のマイナス3.7%・・一方主要国の株価は9月を境に上げ基調を強めた。ほぼ横ばいのイタリアを除く全てが上昇。ロシアは27%、中国、ブラジルは2割を越えた」
2000年度の時点では世界3位にあった日本の1人当たりGDPは08年、OECD加盟30カ国中18位に低下。国債格付機関によると、日本の国債格付はAAから落ちて途上国クラスのシングルAです。
シングルBになれば投機的クラスになります。いまや多くの国際会議でもあまり目立たない、相手にされない国になっているのす。
 食糧自給率は先進国の中でダントツの最下位です。日本の最低賃金の相対水準(平均賃金に対する%)は28%とOECD諸国の中で、メキシコ、韓国、トルコの3カ国を除くと最低で先進国中最も低いレベルです、
国際労働機関(ILO)は失業手当を受給できない失業者の割合が日本は77%で、先進国中最悪の水準にあると指摘しています。
日本の出生率は南欧と並んで先進国の中では特に低く、高齢化ランキングでは日本・イタリア・韓国です。
08年ですが、世界銀行が日本の温暖化対策の進ちょく状況は先進国の中で最下位、世界の排出量上位70力国の中でも61位と最低レベルにあると発表しました。
日本の社会保障は国家予算の20%(内6割が医療費)です。アメリカの福祉,医療の予算は国家予算の52%です。 (低所得者医療補助金や高齢者医療補助その他の医療も含め)。
09/10/21厚労省発表によれば、国民の経済格差を表す指標である「相対的貧困率」は15.7%で、7人に1人が貧困状態という、OECD加盟30カ国中、下から4番目です。
OECD25カ国を対象に行われた国連児童基金の「孤独を感じる」意識調査(15歳の)では、日本の子どもが29.8%で最多。以下アイスランド(10.3%)フランス(6.4%)イギリス(5.4%)などです。
WHOによる世界各国の自殺率報告では日本は、先進国では最高の自殺率で、人口比で米国の二倍という高率です。
世界155カ国・地域の経済自由度ランキング順位は、1位香港、2位シンガポール、3位ルクセンブルク、エストニアなどが続き、米国はスイスと並ぶ12位、日本は何と39位(アフリカのボツワナ並み)、報道の自由の順位は42位(チリ、ウルグアイ並み)なのです。
09年の日本の借金の総額は860兆円。国民一人当たり674万円の借金があることになります。さらに地方自治体の地方債が約200兆円あります。
国別債務では、GDPの約1.8倍の日本はダントツの借金1位になっています。
08年末に、ダボス会議で知られるスイスのシンクタンク「世界経済フォーラム」発表の「世界男女格差報告」は給与水準や高等教育を受ける機会、政治参加、平均余命などの男女格差を数値化したものです。首位はノルウェー、2位フィンランド、3位スウェーデンと北欧諸国が上位を独占。日本は98位でした。
尚「健康と寿命」の指数が38位、政治分野は107位、経済分野は102位、教育分野も82位にとどまり、全体順位は主要先進国の間で最低だったのです。
米コンサルティング大手タワーズぺリンが世界19カ国8万8千人に聞いたところ、日本では仕事に「意欲的でない」「どちらかというと意欲的でない」という人が72パーセントに達し、国別で最低でした。
 現実の事として、働いてはいても農業や自営業などで、「生活保護以下の収入」の所帯が1千万から2千万人もいるのです。
09/12/6日経一面、世界的な需要の減少で米欧も消費者物価は低下しているが、サービス価格がマイナスなのは日本だけ、・・日本の下落率は突出している」と報道しています。
09/1/8日経,東大の柳川准教授の半頁に亘る論文が掲載されています。「タイタニック号は沈みつつあるのにも関わらず宴会場は安定し、優雅な宴会が行われていた。・・・日本の土台自体が崩壊するとの危機感が欠如しており宴会が続いているように思えてならない。・・・目先の危機回避策も重要である。回復策をとりつつも日本のシステムを見つめ直していく姿勢が必要だろう。
なにしろ1週間で1兆2千億円借金が増えていっているのです。「敗戦からここまで発展させた」と説く人々は、まさに「井の中の蛙」、日本が世界の中でこのように恥ずかしい地歩を占め、世界から無視されつつあるのをご存知でないからでしょう。

ーーーーーーーーーーーーー未熟・粗雑な選挙制度ーーーーーーーーーーー>br> 世論調査では「もはや政治には何も期待しない」と考える人々が8割近くもおられます。
日本には国民投票がありません、その為政治の基盤は選挙のみです。しかし、一票を投じた途端に、あなたの意志は立候補者の所有物となって一人歩きします。
しかも彼が当選したとしても、ほぼ所属の党に白紙委任ですから「採決要員」に過ぎず、党実力者の判断に従わなければなりません。、勿論選挙後に出てきたテーマについては党に任せるよりありません。
(アメリカ合衆国議会では議案に殆ど党議拘束がかけられていないため、議案ごとに個々の与野党議員が是々非々で交差投票を行います)
片山行政刷新会議委員(慶応大学大学院教授、前鳥取県知事)の言です「選挙はオミクジを引く作業に等しい、知名度や肩書き、経   歴ばかりが先行し政治理念や品格、行動力などは殆ど未知数ーーー中略ーーー演説や討論を聞いても本人の言葉をどこまで信じていいのか分らない・・・中略・・・このままでは有権者の不信感はいつまでたっても払拭できず政党離れを加速させるのは必至だ」。
言わば「選挙オミクジ論」です。また選挙民は、選挙で掲げていた公約全てに賛成して投票したのではありません。一票に集約するよりない制度に問題があります。
さらに マニフェスト、公約が守られなかっても「自由委任」の為、責任は問えないのです。
09/11/30の日経では「マニフェストに限界があるとすれば、補う手だては住民投票の活用だ。時々のテーマで住民の意思を確認することで自治の意識も高まる。首長、議員が抵抗するケースが多いことから「住民投票法」を制定して促すのは一考の価値がある」としています。

民主党は09年衆院選挙で「公務員制度改革・行政経費二割削減で13兆円削減」と謳っていましたが、圧勝した後は、これには手を付けず、平成22年度予算編成では経費削減どころか史上最大の「赤字国債増発」に踏み切るようです。これでは国民への裏切りです。

21世紀政策研究所主管太田務氏は以下のように言われました

ーーーーーーーー政治家が後援会など「自分の支持者を中心に国民の声を吸 い上げる」従来方式では、利益誘導型の政治に陥り易い。日本経済が閉塞状態から脱出できないのは、こうした意思決定方式の下では、痛みの伴う改 革に踏み出せないことによる面が大きい。
だがインターネットを活用して 公共政策に関し、様々な意見を持つ国民が議論する公開の場が設定されれば、既得権益を保護することになりがちな利益誘導型の政治決定過程を変 える可能性が有る。
インターネットを通して国民が公共的意思決定に参加できるような仕組み は「e-デモクラシー」と呼ばれる。
米国では6年前にミネソタ州でe-デモクラシーのサイトが立ち上げられて以来、参加型民主主義の可能性が模作されているがまだ実験段階の域を出 ていない。 我が国でも国民の政治参加意識を高めて政治改革を促すため、 e-デモクラ シーの実験をすすめるべきだ。

ーーーーまさに参政員制度の必要性を説いておられます。
ところが民主党の小沢氏は地盤の涵養、自由委任の選挙に勝利することこそ議員最大の仕事とお考えのようで、その為に「辻立ち1日最低50回」といった「辻立ちドブ板選挙」を要請しておられます。
これは「国民が議論する公開の場」が重要とする大田主管の主張と正反対のような気かしてなりません。
即ち、つじ立ちは通行人の「心情に訴える」事が大きな目的と思われます、「主張はともかく、いつもいつも熱心に訴えておられる、熱心さ、姿勢、人間に惚れたので投票してあげようか」という理屈抜きの支持を期待していると言ってもいいでしょう。
私は民主党党員でしたが「温泉と国会見学ツアー」や「ゴルフコンペ」「旅行」「食事会」など、懇親を目的としたお誘いがきていました。
これらの狙いは「政策議論はおいて、議員との懇親を高め、一任を迫ろうとする」古い手段です(勿論議員と懇意であるのを喜ぶ支持者もおられるでしょうが)

しかし政治的民度が高く、政策、マニフェストを重視する人は、心情ではなく「理性」で投票したいでしょう。「なぜ私の政治意思を他人に一任しなければならないのか、しかもテーマAは与党を支持し、テーマBは野党を支持したいのだ」と。教育と情報技術の進歩はそうした人々を増やしつつあるはずです。

「心情で投票させる」のは「寄らしむべし、知らしむベからず」として既に時代遅れであり、正しい啓蒙手段とは言えないでしょう。

神戸空港建設や静岡空港建設は住民による反対運動がありましたが、議会が「是か否は議会の役割だ、市民が決めるのなら議会は不要になる」等と主張して議会は建設を可決しました。(この件では、田中康夫氏(現国会議員)が「神戸市民投票を実現する会」の代表に就任。アクティブに反対運動をされました。
「議会は不要になる」について、そもそもデモクラシーが間接政治に変化したのは、人口の増加で同一場所に集まり議論することが出来ない、多くの議案の全てに市民が関われないので代議員を選び、彼らに委任する制度としたものです。
多くの議案ではなく、重要で、極く少ない議案について市民の意思を問うことは、議会制には反しても、民主主義には反することにはなりません。
民主主義の原理として正しい故に先進諸国で国民投票や住民投票が行われているのです。
議員が最良にして最賢だとする根拠はなく、これまでの結果ではどうしても献金元や官僚への配慮があるために財政や環境や福利を損なってきたのではないでしょうか。
08/4/18のテレビ太田総理では「道路特定財源問題(ガソリン税)が議会で結論が出されない、国民投票にすればどうか」というテーマでした
相変わらず議員同士では激論(というより一方通行の主張)がありました。
反対論の柱は「国民は目先のみ、それでは政治家など不要になる」。賛成論では「郵政法を問う選挙と言っておいて、郵政法が可決したから給油もゴーという不条理があった、国民投票が当然」でした。
6-7名の議員も含めて結果は11:10で「国民投票で決める」が勝ちました、一方、一般視聴者は75パーセントが国民投票に賛成です(投票は多分数万人)。
 「国民は目先のみ」とは「国民は当面いい方を選ぶだろう、しかし議員は国全体、又、国の将来も考える」と言っているようです。しかし以前の振興券、今回の定額給付金は、殆どの国民は反対でした。政府を擁護する論説が少なかったのは周知のことです。辞めれば責任の消える議員よりも国民の方が思慮深く、国の将来も考えると言えるかも知れません。
(なお国民投票は、全ての国民に意思を表現させるために大変な事業となり屡行なうのは問題があります。本書の参政員制度なら、多忙な国民は議員に一任しておけますから、年間5-7程度の大きなテーマを議決できます)
民主党は「一般財源化後、首長や地元住民から聞き取りを行い必要なものは作る」とのこと、 問題は「何をもって必要と判断するのか」です。「聞き取りをしてから、判断は自由委任されている我々の裁量で決める」なら自民党政権と同じで、建設ゴーになるものが多くなると思われます。仕事を欲しい企業は強いモチベーションがあって議員や役所を頻繁に訪れます、「そんなモノより環境と福利を守れ」の意思はそれよりはモチベーションが劣るのは当然ですから帰趨ははじめから明らかです。
アメリカやスイス、ドイツ、オーストリア、オセアニア諸国では、 住民投票の結果が最終判断です、事業が住民にそれだけのメリットをもたらさなかった場合、結局は住民が負担することになるのですから至極当然のことなのです。

ーーーーーーーーーーーー参政員制度とはーーーーーーーーーーーー
この政治改革案は朝日ウイークエンド経済500号記念特集「私が首相なら、こう改革」提案1924件から22案が選ばれ、3つの大見出しの一つに選ばれ詳述された事があるので「ベストプログラム」としました(当時は参政員を参政権者と呼称)。ほか3回ばかり新聞で紹介されましたが、単発記事の為動きを起こすには至りませんでした。この書の目的は、ネット世界のみの啓蒙であった「参政員制度」を書籍として世に問うものです。
参政員制度とは、
1.選挙・投票を通じて議員に「自由委任」する従来の「間接政治」
2.重要な年間5-7程度の議案、その一つ毎に支持政党を選択する「より精細な間接政治」

   国はこの「二つの制度を用意」しておき、有権者に、「どちらの制度で主権を行使したいか」を選んで頂きます(意思表示  がなされなければ従来の間接政治を選んだものとします)
   1.は従来と全く変わりません、選挙で一票を投じて頂き、選ばれた議員が議会で議決権を行使します
   2.を選択した場合、参政員登録をして頂きます(選挙権は閉鎖)。そして年に5-7程度の国民的な関心のある   議案(2ヶ月に1つの参政議案)毎に支持する政党を決めて、国会の議決のシステムに「政党名を入力」   します(ATM等により)。   参政員の票(同じ政党名)が10万票まとまる毎に、議員の議決の中に「1票として加算」します。   参政員登録されていない国民(1.を選んでおられる国民)の主権は、議員が1票を代行します。   (もう一つのシステムは、参政国民は議案毎に一票を票決システムに入力し、議員は選挙区の平均得票   数、10万票を行使)
1、のこれまで通りの間接政治を選ばれる方は多分国民の約半数、2、の「より精細な間接政治」を選ばれる方は多分国民の  2割です。残る3割の国民は政治に無関心と想定しています
   参政員制度が実施されれば、国会の議決のシステムには、議員の意志が4分の3程度を占め、参政員の意志は4分の1程度を占めるでしょう。
   国民は多忙です、100数十もある残りの議案は、これまで同様に議員がこなして頂くことになります

参政員制度を譬えてみれば、政治参加のために「急行」と「各停」の2つを用意するようなものです。議員に一任していたい方は「議員急行」に乗って頂き、重要なテーマ毎に政党を選びたい方は「各停」に乗って頂きます。 (「各停」に乗られた方は参政員登録をして重要テーマ毎に支持政党を決め議決に一票を投じることができます)
   どうかインターネットで「参政員制度」と検索して、ホームページをご覧下さい。Q&Aもあります

人類の意識は多くの悲惨の経験と技術の進歩を通して多くの情報を得て成長してきたと言ってもいいのではないでしょうか 。共産主義や独裁政治が影を薄くしたのも成長の一つと言えるでしょう。
人も社会も失敗を経験し、得た情報を咀嚼して、誤りを理解し成長するものです
政治も自民党が長期間殆ど官僚に一任してきた結果、当然の役人天国、膨大な借金、社会の二層化で国民の8割もが政治を信頼しなくなり、民主党に交代しました。鳩山首相は「ただ1票を投じればいいのではなく、政権にモノを言い、政権に参画してもらいたい。私たちは、試行錯誤で失敗することもあるかもしれない。国民の皆さんに寛容を求めたい。未知の世界に挑む。国民の皆さんに育てていただければ幸せ」と国民の参画を促しています。
02年以前には民主党は民意を吸収するべく大規模な掲示板を運営し好評でした。2010/1月より掲示板ではなく、公聴窓口「ハトミミ」を設けます。しかし国民がどのようにモノを言っても、結局は窓口職員と政治家が取捨選択しますから国民が主人公ではなく、議員(党首脳)が主人公であることは変わりません
発足したばかりですが党議員からは「マニフェストになかつた議案が勝手に作られていく、幹事長に一任したつもりはない、議員投票で決めるべき」という声が出はじめたのは当然です。
尚政治の本旨と参政員制度の可否について国会議員と政治学者と筆者で濃密な論戦がなされています。ホームページの中の「過去7年の議論集」の(03/12/15 - 04/06/11)の中です、是非ともご覧下さい

ーーーーーーーーーーーーーー間接政治と文献ーーーーーーーーーー
間接政治制度とは選挙で代表を選出し、代表に政治を任せる制度です。代表には、プープル代表と ナシオン代表があります。
  民意の代表即ち、民意の代理人として行動するのが命令委任・・プープル代表、そうではなく、自由委任・・一任代表としてのナシオン代表(純粋代表)という立場があります(議員は概ねこの立場です)
選挙において、「私はあなた方の意思を議会に反映させます」と公約し、事実反映したのであればプープル代表です。
 郵政民営化関連法案は05年参院本会議で、自民、公明両党の賛成多数で可決、成立しました。前国会で民営化に反対票を投じた反対派議員二十二人のうち、十九人は「衆院選の民意を尊重する」などとして「賛成に豹変」されました。
「民営化法案に絶対反対します」と叫んで票を集め、当選した途端、「状況は変わった、賛成と判断させて頂くほかない」とは「あなた方の判断より、私の判断を正しいものとさせて頂きます」と言っているのと同じで、法案の是非善悪は不明ながらも、選挙民の意思を「正反対の意思として用いた」もので言わば背信です。
  
数年に一度、1票のみの意志表示が許される選挙、選挙民の意思が当選者議員の所有物になり、議員の考えに従って自由に使われる(自由委任)選挙制度は、国民による国民の為の政治には程遠く、未熟、粗雑、議員本位の制度というよりありません
こうした一括一任間接政治は「主権在議員」と言うべきであって国民に真の幸福感はありません。主権在民と言うのなら国民自らが議決に参加できるべきなのです(とは言っても全面的直接政治は非現実的です。法は多すぎて国民が全てに関わる事は出来ないからです、又外交や臨機の対応にも向きません、しかし年に5-7テーマ程度なら不可能ではありません)

「文化経済学」書評原稿( http://hayashiland.com/2002bunka_keizai.pdf)より抜粋
Bruno S.Frey and Alois Stutzer,Happiness and Economics:How the Economy and Institution Affect Human Well-Being, Princeton University Press,2002、
訳者 : 林 敏彦(放送大学教授)
・・・・人々は政治的決定過程から阻害されていると感じるときは幸福度が低く、それへの参加が保証されていると感じるときには幸福感が高い。・・・中略・・・
日本では、幸福感は実現値と期待値との相対関係にかかわる個人の人生観の問題であり、他方経済政策はデフレ、失業、企業業績、国際収支などのマクロ指標の「改善」が目的だとして、両者の視点がかみ合っていないとの印象を強くする。
どうも、個人が幸せになる道は、実現値を高めていくか、期待値をむやみに引き上げないか、いずれにしても個人の努力の問題だと考えられる傾向がある。
しかし、フレイとシュトゥッツァーは、人々は個人的状況よりむしろ社会のあり方に幸福の源泉を見出すのであり、その社会の運命を左右する決定に参加できていると感じられることで、個人的には逆境にあっても幸福を感じることができる、と主張する

英エコノミスト誌前編集長B・エモット氏(著書・日はまた沈む、官僚の大罪、他)の 98年のご発言ですが、
「直接民主制の要点は、政治家の行動を変えるだけではなく、市民の行動と態度を変える。世の中の出来事に全く何も影響力を及ぼせないとしたら、人々は単にシニカルになり、無責任に振舞うだけだろう。(直接民主制によって) 影響力、もしくはそれを持てる機会を与えられ、責任まで負わされれば、人々は責任を持つて行動するようになるものだ。---」
(著者註:司法制度は国民の常識を判決に参加させるという歴史的変革をしました。裁判員になられた人々の殆どが「当初は嫌々であったが、判決に参加してみて、自分の人生にとって大きな生長の機会になつた」と述懐されておられるのです)

評論家ア ルビン・トフラーは「第三の波の政治」の中で、現行の代議員制度の限界を指摘しつつ、住民会議、直接請願権、住民投票などを適宜組み合わ せた半直接民主主義を提唱しています。

 五十嵐仁法政大学教授は「現代政治その動態と理論」の中で「今日の大規模社会においては直接民主制が適用できる範囲は限られており間接 民主制が主流によらざるを得ない。
しかしそれは空洞化、形骸化されやすいという  弱点をもっている。間接民主制のもとで民主主義の実質を確保する為には可能な限り  国民の意思を直接問い、その意思が表明される機会を多くする必要があろう。
 このような間接民主制と直接民主制が結合されて、はじめて民主主義は実現されるのであり、その基礎をなすのは一人一人の政治参加への主体的な取り組みである」「国民主権とは、国民は自己決定することができる ということではないか。
直接民主主義は間接民主主義をただ補完するための制度にすぎないとする現在の考え方を改め、直接民主主義と間接民主主義の選択制とするのが望ましい。これが国民主権を具現化する方法であり、 21世紀にふさわしい憲法の姿ではないか」とされておられます。

 山口定大阪市立大学名誉教授は「政治体制」の中で、
「参加民主主義」は、1、市民にとってその利害を守るための最善の方法は決定の形成に参加することであるという考え方、つまり功利主義的な参加論といえる  2、参加に関する発展理論 ....   参加は参加する人の能力、人格を成長させるという主張である ーーー。
西ドイツの「緑の党」は単なるエコロジー運動にとどまらず環境保護、社会的公正、底辺民主主義という基本原則を掲げ、従来の国家主義的、中央集権主義的、社会民主主義的な福祉国家には反対するものの、社会的自助を基礎にした福祉国家の再構築を主張している。
要するにエコロジーと参加民主主義と社会的自助を主張する新しい政治運動である」

 「一新塾」創立者大前研一氏は「インターネット革命」の中で
インターネツトにより「直接政治」が可能になる、国会も議会も不要になる可能性がある、重要案件をまとめて「国民の選択肢はこれです」と言える代議員たちがインターネッ ト内のフォーラムで論争する、誰もがそこえ参加出来るから選択肢をフォーラムで決め、あとは冷静に判断して電話で直接投票する。「A案の賛成は70%。可決」という仕組を作る事ができる

ライヴリー『民主主義とは何か』第1章 には「公理としていえば、被統治者である大衆が、決定過程に参加することを禁じている体制は、いかなるものであれ、民主的とはいえない・・・
大衆のこの役割を排除している民主主義の定義は、支持されえないことは明らかである。逆にその前提が充たされるならば」大衆が参加決定過程に関わるのを可能にする条件はいろいろある。
これらの条件は、概していえば、直接民主主義または責任ある政治と同一と考えることができる」とあります。
「決定過程に参加」とは「議員名を書く選挙」ではなく、「議案の議決の場面に参加」です。 (「直接民主主義理論の歴史」と検索して下さい)

500年前の政治思想家ニッコロ・マキァヴェッリは『君主論』で「民衆は抽象的な問いかけをすると間違える場合があるけれども、具体的に示されれば相当な程度に正確な判断を下す」と言っています

中国革命の立役者・孫文の政治原理は「五権憲法」即ち「立法」「行政」「司法」「考試」「監察」。「三民主義」即ち「民族」「民権」「民生」です。
「民権」とは「民が四権で政治を管理」すること。 即ち「選挙権」「罷免権」「創成権」「複決権」です。この四権がないと、 「民」は政治を管理することができず、政治は独走して何をやらかすか判らない。 今スイスの「民」は「罷免権」を除く三権を持つが、あとの世界各国の「民」はようやく「選挙権」をもつに至っただけで、 これでは「主権在民」の民主主義政治は行われていないことになると説いています。
(注:「罷免権」は「民」が無能、不正役人をやめさせる権利。「複決権」は「民」が悪法を変え、やめさせる権利。 「創成権」は「民」が必要な法律をつくる権利)
孫文の時代とは大きく異なり、現代は、情報と技術の劇的発達、さらに人々は時間を持ちます。デモクラシーの基盤が激変しているのです。孫文が今のネット時代に生きておられれば、「選挙権」のような「委任制度」だけでは不十分だ、参政員制度のような「直接議決に参入できる権利」も選択できるべきだ」と言われたでしょう。

「選挙とデモクラシー」明治大学教授富田信男、尚美学園大学学長堀江堪共著 学陽書房
p144 ... R・イングルハートは「欧米国民は政治参加への可能性をますます発展させている。 この変化は投票という伝統的な活動に参加する率の増大を物語るだけでなく質的に 異なったレベルで政治過程に参与するだろうことを意味している。 彼等は政策決定者の選択に自分たちの声を反映させるだけでなく、次第に主要な政策の決定への参加を要求するようになる。
p121 ... 選挙区という限定的地域のみで支持を得て議員となり、他の理由で党内に絶大な影響力を有しているとするならば、もし圧倒的多数の国民が不支持であってもその議員が 国家リーダーとなる可能性は極めて高い、党内の勢力競争に従事する場合選挙民の意 向を考慮にいれる政治家などはいないのである。
いかなる制度をもってしても選挙機能には代議制という間接性から生ずる限界がある。しかし選挙にかわる方法も見当た らないとするなら選挙活動の在り方を見直し直接民主制的要素を実質的に盛り込んで選挙の活生化を計らねばならない。
p145... 政治参加は、選挙参加という古典的な形態から新たな発展を示しているが、同時に研究対象領域が拡大し複雑化することによって足踏み状態となつている。 しかし、今日、「議会政治の危機」が叫ばれている時、参加民主主義が提唱され、政党や圧力団体を介在させることなく市民が直接、政策決定の場に関わることが強く望まれていることは否定できない。
つまり大量の政治的無関心が発生し、さらに脱政党化が指摘され、政治不信が拡大するなかで、市民の参加と民意のフィードバックが重要視されているのである。その意味で政治参加を再点検し、選挙とデモクラシーの関係を「参加」という原点に立って分析することが必要と考えられる。なぜなら「市民にとって投票する権利よりも重要なものはない」からである。
p154 ... 今日、市民としての我々に求められているのは政治への積極的参加であり、政党や圧力団体に政治を委任するのではなく、直接的に政策形成過程へと働きかけることであり、政治過程を民主的にコントロールすることである。
p264... なぜ政治不信がびまんしているのか、ここでは選挙との関連において、第一に国民の意見の多様化、利害の多元化、第二に代表観念の混迷、第三に政治エリートの出身母体などの偏り、第四に情報格差、第五に政治的有効性感覚の低下---以下略

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