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2010-02-09 22:29:19

パンドラの箱の異説を知っていますか!?

テーマ:ブログ


あれは79年の春

白金台の地下でたった1回だけ観たことがあって

演目名はおろか

教室だったかホールだったかさえも曖昧な 

モグラみたいにコソコソやってんじゃねえよって

めっちゃ腹を立てて帰ったことだけが想いだされ

だからか

絶対に地下だったことにしたい

○○学院大学の演劇なんちゃら部



だってさ

自分勝手にも演劇執行猶予中の身の上

まずは ちーと希望をもって

それはさ

ここで演劇にイソシメレバ 

同じ想いをワカチアエル仲間に逢えれば 

って願っちゃうじゃん・・・新しい春だったから



それがさ

も、もっ、もお

一瞬にして打ち砕かれたことに悔しさいっぱいで

ここじゃ出来ねぇって思ったのだよぉ

やたら暗かったんだよね 舞台も作品も

だから 地下だったって決めてるのかも!?

まっ 誰の迷惑にもならない記憶の捏造かもだけど

とにかく

演劇の理想に燃える若者に

なんの刺激にもならん芝居を観ちゃったわけだったぁ



若いって いいねぇ 恐ろしいねぇ

よーく考えてるつもりが 自分本位なジャッジで

こんなんじゃしょーがねぇって見下してしまったわけだ

まぁ 過去においては 誰だって

たくさんのごめんなさいを隠し持っているだろうけど

今なら 創り手の苦労も考えず 失敬な話だったと思うがね



時はながれて 30年

ご縁をいただいたのだよ



そこんちの流れを汲むであろう 劇研の若者に逢っちゃったわけだ

あの想い出があるから なんか申し訳なくも妙で

更には 今時の大学生の演劇事情ってのもよー知らんから

が なんと ながーいこと偏見に世界を狭くしていたことか という顛末

そう ナイスな心意気で目を輝かせているよぉ

俺の年齢もあるんだろうなぁ

若者が演劇の夢なんか語ってくれたりすると 感激してしまう

いやいや どうして俺だってまだまだ語り負けるつもりはないが

夢を語れる若造ってのはいい 元気がもらえるっ

おっと 若造なんて言葉をつかっちまう自分に愕然だ ごめん



そりゃ 夢の扉を叩くにゃ 全てがこれからだろうが

扉の先の現実を知らないもんだから 怯えないって若さがいいじゃん

まぁ 知ったところで屁の河童

本当に好きなら勇敢に立ち向かえばいいだけのこと



つい マジになって

本物を目指さなきゃ駄目だよとか

口煩い演劇親父になってしまいそうだが

まあ それは親身だから 勘弁ってことで



こんな愉快な巡りあわせってのもあるってこと 

まだまだ 楽しみは待っているんだろうな 絶対





            T.ARA


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2010-01-26 15:06:24

an emotional scene in a life

テーマ:ブログ


新聞を読むと手が汚れるし 

テレビを見ると馬鹿になるから

とは

どっかの芝居で 不意を突かれた台詞であるん

まぁ ジョークにしてはさもありなん



いやいやぁ

手が汚れたら 洗えばいいじゃん

時にはお馬鹿な時間も隙間を埋めてくれてるよ

そこに夢を賭けている人が大勢いるんだぜ

誰かに一票さ

人の夢を笑うな って 

真面目にキャッチしてしまう余裕のなさではあるけど



優勝トロフィーを抱えて両親にありがとと叫ぶゴルファー

レスキュー隊を目指す若者の涙も拭わぬ訓練ドキュメント

長年在籍したチームを追われるサッカー選手の胴上げ

国民的大好物であろう因縁のあのタイトルマッチ

涙腺が忙しかった 昨年の暮



あぁ 誰もがそうだよね 感動を欲しているなぁ


 
年明けは 沖縄のとある成人式

大勢のお祝いご列席の前で 

親と共に壇上へ上った新成人が

これまでの感謝とこれからの恩返しを伝える

最後には一緒になってご当地の民謡を踊るのだ・・・

どうよ そんなの!?

素敵じゃないかいっ

日曜の朝から参ってしまった

なんていいんだろって 頬がガビガビになっちゃったよ

ほらほら

親御さんがご健在の皆様 俺の分も頼んだぜ!!



そろそろ なにか描きたいぞぉ



日常の中に

その材料になる点はいくらもころがっているんだろうが

線に繋ぐのは なかなかどうして

それを円に結ぶには 普遍的な感動ってのが不可欠

おやおや 真面目じゃないかい



感動貯金ためてためて 

どーんと ねっ



            
              T.ARA



2010-01-19 01:41:39

音楽、と‥‥その1

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子供の頃は歌うことがあまり好きじゃなかった。
なんせ子供のころからパンチのきいたハスキーボイスは声が混じらず、
学校でやる合唱などにはまったく不都合なタイプで、
小学校の合唱コンクールは6年間ずっとピアノ伴奏だった。
単にピアノが得意分野だったこともあったのかもしれないけど
とにかく人前であまり歌ったりしなかった。
歌が楽しい事を知らなかった。

音楽は好きだったけれど大きな『大きな音』が苦手で
クラシック好きなお父さんが自慢のスピーカーで聴く
大音量のあの鐘の交響曲が恐怖の時間だった。
音に敏感だった幼少期の私には…‥たまらない恐怖だった。

トランペットとの出会いは小学5年生。
マーチングバンドというおしゃれなイベントがあり、
なぜかトランペットになった。
唇がいたかった。それだけ。

中学に入り、またきっかけは特にないまま吹奏楽部へ。
私はかっこいいという見た目から、サックスをやりたかったのに、
人数やらの関係でまたもやトランペットに。
当時は『トランペットはタラコクチビルになる』などという
恐ろしい噂が流れており、びびりながらも続ける。
中2の夏、顧問の先生が変わり、弱小だった部がいっきに地区の代表になり県大会へ。
ここから私のトランペット人生が本当の意味でスタートする。。。続く


今日遅ればせながら初詣に行き、
芸能と音楽の神様に手を合わせて
うんうんと帰りに引いたおみくじが凶だった‥‥
悦び事無しって書いてあった。ひえー。
どうしようかこの1年‥‥
ま、どっちにしろ厄年だからいっか。
がんばろう53年生まれ!
                           Shino
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