● 1月11日、札幌高裁は、私たちが前年3月31日に行った即時抗告を棄却する決定(判決と同じ)を行いました。ひどい内容です。特別抗告期間は初日は含めず5日間ですが、10人の弁護人は短い期間にもかかわらず76頁ものしっかりした内容の特別抗告申立書を作成して、1月16日に最高裁に提出しました。

●1994年7月に最高裁で上告が棄却されて死刑が確定した私ですが、2002年7月に第1次再審請求を札幌地裁に行いました。再審を請求するためには新証拠が必要になります。私たちは山平鑑定(私が投棄したビニールシート、カーテン地の2点から混合火薬の主剤である塩素酸ナトリウム=除草剤の付着反応が検出されたとするもの)は「不存在である」(ねつ造鑑定書である)ことを立証する追試実験DVD(時間的に不可能であること証明するもの)等を新証拠として、再審請求を行いました。山平鑑定は私が除草剤を所持していたことを立証する証拠です。これが否定されますと、私が「本件爆発物を製造した」という間接事実の証明ができなくなります。当然、私がその爆発物を道庁に設置して爆発させたという公訴事実は証明されず、再審開始となります。

   しかし札幌地裁は2007年3月に再審請求を棄却する決定を行いました。私たちは同月に札幌高裁に即時抗告を申立てたのですが、2008年5月末に高裁は即時抗告を棄却決定したのです。私たちは6月初めに最高裁に特別抗告したのですが、2011年12月に特別抗告は棄却されて、再審請求棄却決定が確定したのでした。

●私たちは2013年1月に第2次再審請求を札幌地裁に行いました。別の新証拠(時間的に不可能であることを証明する)を提出して「山平鑑定は不存在であること」を主張するとともに、新たな主張も加えました。それは「8月10日(逮捕日当日)に居室の布団袋の中から発見されたとされる、時計のリン止めネジ1個はねつ造証拠であり、その後さらに傷を付けた別のリン止めネジにすり替えられた」というものです。発見したとされる里警部の布団袋の捜索状況に関する証言を再現する実験(DVDに収める)等を新証拠として提出しました。確定判決はこのねじを、道庁爆破に時限装置装置として使われたトラベルウォッチのネジ(工作の途中で犯人の元に残された2本のネジのひとつ)であると認定したのです。

   しかし地裁は2016年3月28日に再審請求を棄却する決定を出し、私たちの3月31日の即時抗告申立てに対しても高裁は棄却決定したのでした(本年1月11日)。

●山平氏は旧証言では1976年8月8日から37点の資料の検査を実施したと証言したのですが、第1次再審請求審の2004年9月に証人として呼ばれてまったく別の「新証言」をしました。山平氏は、新証言では、「8月9日に本実氏ら数人が37点の資料検査の準備をしているのを見ています。本実氏らがビニールシートの裏面を切り取るのも見ています。私は8月9日以降一切捜査にタッチしていません」と証言したのです。山平氏は旧証言では「自分一人で37点の資料を8月8日から8月20日までかかって実施した。8月8日はビニールシート、カーテン、軍手の3点の検査をした。ビニールシートは裏面を上司の許可を得て8日に切り取って検査した」と証言していました。

●資料は、まず最初に指紋検出がなされます。それが終わってから化学鑑定が実施されます。8月8日付で「指紋検出照合依頼」がなされ、8月9日に指紋検出がなされています。だから山平氏が8月8日に検査を実施することは不可能だったのです。山平氏は旧証言ではあえて虚偽の証言をしていたのです。山平鑑定の信用性を無くすためにです。そして2004年9月の新証言では、真実を間接的にではありますが証言したのです。37点の検査をしたのは私ではなく本実氏たちである、と。除草剤の付着反応はなかったので、私が鑑定書を捏造することを命じられたのだ、と。

●しかし裁判所は第1次再審請求でも第2次請求でも、「28年も経っているから記憶は変容する。山平新証言は変容した記憶に基づいたものであり、証拠価値がないというべきである」と判示したのでした。

●公平な裁判がなされているのではないことは明白です。裁判官にとっては、確定判決を覆すこと、すなわち再審開始の決定を出すことは「絶対的なタブー」なのです。裁判官は再審請求を棄却する方向で、新証拠と旧証拠の再評価をしているだけです。ためにする判示です。

   別のホームページに「山平鑑定の不存在」や「発見リン止めネジはねつ造証拠である」ことは具体的に書いてありますので、参照していただけたらと思います。

 
(2017年1月20日記)
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