●ねつ造された「発見ネジ」にはドライバー傷はなかったし、さらにその後にドライバー傷のある別のネジにすり替えられた

 

 本年1月11日、第2次再審請求における札幌高裁は私たちの即時抗告を棄却決定しました。現在は最高裁に特別抗告中です。2月3日掲載の文では、札幌高裁は「山平鑑定はねつ造だ」と主張した私たちの新証拠と旧証拠を、原判決を維持するために、ねじ曲げて評価して棄却決定したことを書きました。私たちは本再審請求では、「発見リン止めネジはねつ造物であり、かつその後に別のネジにすり替えられた」という主張も行っています。本文では、札幌高裁はこれについても死刑判決を維持するために、ためにする「ねじ曲げ証拠評価」を行い、即時抗告を棄却していったことを明らかにしていきます。

 

(1)里幸夫警部の証言

 

 
8月10日に布団袋の中からリン止めネジを「発見した」と言う里警部は1審46回公判で、弁護人の「あなたが押収したというネジですが…それは別にこのネジ自体に特徴があって見覚えがあるということではないんでしょう」の質問に、「まぁ、これに固有の特徴というのはないと思いますけれども」と答えたのです。この日の私の居室の捜索目的は、犯人の元に残った時限装置のリン止めネジや爆発物関連のものを「発見する」ためでした。里警部は調書で押収物の最初にこのリン止めネジを記載しています。裁判になれば、発見ネジについて尋問されるのは分かっていることですので、ドライバー溝のドライバー傷の有無やその形状をよく観察したことは自明のことです。上記の里証言は、発見ネジにはドライバー傷はついてなかったと証言しているものであることが明らかです。

 

(2)中島富士雄技術吏員の証言

 中島氏は道警刑事部犯罪科学研究所の技術吏員であり、里警部が「発見」したネジを8月16日から18日にかけて精密測定するなどの鑑定を行い、8月21日付鑑定書を作成した人です。中島氏も1審48回公判で弁護人から「(法廷にあるネジがあなたが鑑定で検査したネジと)全く同じかどうかというのは、何かそれなりに調べたりした特徴があるというようなことは言えるんですか」と質問されて、「全く同じであるということはとくに印でもつけない限り、そのへんは」と答えています。弁護人がさらに「今、法廷で見せられたものを見て、どこか特徴が一致しているから同じだというようなことは言えないんですか」と問うと、「そこになりますと、ちょっとはっきり言えないんですね」と答えたのです。この中島証言も、自分が鑑定したネジにはドライバー傷はついていなかったと証言しているものであることが明らかです。小学生でも判ります。

 

(3)     吉村新工場長の証言

 

 吉村新氏は、リン止めネジを製造しているリズム時計の益子工場の工場長であり、8月26日付捜査関係事項照会回答書(検査日は8月26日)と9月13日付鑑定書(鑑定日は9月9日)を作成した人です。吉村氏は1審49回公判で検察官から(検)766番のリン止めネジを示されて、「そのネジに見覚えがありますか」と質問されると、「このドライバー溝のところに傷のついているところに見覚えがあります」と証言しました。回答書と鑑定書にも「資料ネジのドライバー溝にドライバー傷がついている」と書かれています。

 

(4)鶴巻警部補の証言

 

 
彼は益子工場長の吉村氏に検査をしてもらうために、石原警視に8月24日にネジを渡されて益子工場(栃木県)へ向いました。吉村氏はネジを見てすぐドライバー傷がついていることを鶴巻氏に伝えます。鶴巻氏もその場で見てドライバー傷を確認しています。鶴巻氏は1審47回公判でこれを証言しました。検察官から「あなたの記憶にあるそのドライバー傷といいますか、それはありますか」と質問されると、彼は肉眼で(検)766番のネジを見てすぐに「あります」と答えたのでした。ドライバー傷は肉眼でもすぐに分かる傷です。3ヶ所についています。

 

(5)「発見ネジ」は中島鑑定書後に石原警視によってドライバー傷のついた別のネジにすり替えられた

 

 (1)(2)から容易に判るように、「発見」リン止めネジにはドライバー傷はついていなかったのです。事態の進展が急であったために石原警視は考える余裕がなく、新品のリン止めネジを里警部に渡して8月10日の「発見」をねつ造させることになったのです。

道警は7月半ばまで私の存在を全く把握していませんでした。7月半ばに岐阜県警から、7月2日に岐阜県可児町で発生した「可児町事件」で全国指名手配されたK氏の「立ち回り先だ」と通報されて知ったのでした。私はアパートを空けていたのですが、アパートに戻ったのは8月6日夕方です。道警は8月7日に私がゴミステーションに捨てた物を押収して、はじめて私に道庁爆破の容疑をかけたのでした。7日の夕方です。それまでは私はK氏の「立ち回り先」でしかありませんでした。石原警視が爆弾捜査本部に復帰したのも7日午後です。石原警視が事実上の捜査主任官です。道警は尾行して8日昼に私がアパートを引き払う準備をしているのを把握します。道警は8日夜から別件の爆発物取締罰則第3条違反容疑(爆発物に供すべき器具の所持)で逮捕状を請求する準備にとりかかります。「総合捜査報告書」が出来上がるのが9日の昼です。私は10日昼1時すぎにアパートを出て苫小牧フェリーターミナルへ向いますが、このとき尾行してきた警察官はまだ逮捕状を手にしていませんでした。逮捕状の請求は10日の昼であり、発布されたのは、私が出発するほんの少し前だったのです。

 石原警視はその後に、「工作していたネジであるから、ドライバー傷がついていないネジであっては、ねつ造したことを疑われてしまう」ことに気付きます。吉村氏に検査を依頼する前の時点です。それで石原氏はドライバー傷をつけた別のネジにすり替えて、鶴巻氏に持たせて益子工場へ向わせたのでした。すり替えた傷のついたネジが(検)766番のネジです。(3)(4)です。8月10日の「発見ネジ」が真正のものであれば、すり替えることはあり得ません。

 

●検察官は警察による「発見ネジ」のねつ造とすり替えを認識したから、8月21日付中島鑑定書を隠して証拠申請しなかった

 

(1)     この中島鑑定書には、リン止めネジを頭の正面からと真横から10倍に拡大した2つの投影図が載っています。寸法が記入されています。しかしドライバー傷の記載は一切ないのです。傷の有無は重要な意味を有しますから、中島氏がチェックしたのは明らかです。一方吉村氏の9月13日付鑑定書にはドライバー傷が明記されています。ここから検察官は違法捜査がなされたことを認識して、この中島鑑定書を隠して証拠申請しないことにしたのです。だから検察官は里警部の証人尋問でも中島鑑定人の証人尋問でも、ドライバー傷については一切質問していません。鶴巻氏や吉村鑑定人には質問しています。このことが逆に、検察官は(検)766番のネジがすり替えられたネジであることを認識していることを証明しています。

 

(2)     中島氏には8月29日付鑑定書もあり、証拠申請されました。しかしこの鑑定書では、中島氏は(検)766番のネジを実際には見ることなく、8月21日付鑑定書のネジと同じだと思って作成しています。だから8月29日付鑑定書には、寸法や形状の記載は全くありません。1審、2審とも寸法も形状も全く鑑定書によって明らかにされることなく、「リン止めネジと同一規格のネジが発見されたのだ」と認定されていったのです。こんなでたらめなことになったのも、検察官は上の理由により8月21日付中島鑑定書を隠すしかなかったからです。

 

(3)     8月21日付中島鑑定書は第2次再審請求において、私たちの裁判所(札幌地裁)に対する「証拠開示命令申立」(2014年)によって、裁判所が検察官に対して「開示勧告」をしたことによって、開示されることになりました。私たちはこれを新証拠として申請したのです。発見リン止めネジはねつ造証拠であり、その後さらに傷をつけた別のネジにすり替えられたことを証明する新証拠として申請したのでした。

 

●札幌高裁の違法な「ねじ曲げ証拠評価」

 

 裁判官は刑事訴訟法に支配されて、公正な立場で証拠を科学的に(合理的、論理的に)評価する義務があります。ところが札幌高裁は次のように判示して、棄却したのです。

 

 「弁護人は、里警部や中島技術吏員がネジの傷の存在に言及しなかったことを捉え、同人らが扱ったネジと本件ネジが別個の物であり、捜査の過程ですり替えられたと主張するが、原決定[札幌地裁の棄却決定のこと]が説示するように、そもそも同人らは傷がなかったと証言していないから、傷の有無を根拠に同人らが扱ったネジと本件ネジが別個の物と推論することはできない。また、本件ネジ自体が小さい上、その傷は極めて微小なものであるから、仮に同人らがネジの傷に気付かなかったとしても、不自然ではない」。

 

  たとえ小学5,6年生であっても、前記した1節2節目を知り、この判示を知れば、「でたらめな判示だ。ためにする判示でしかない」と結論づけるでしょう。裁判官も首相も大臣も国会議員も法に支配されて行動しなくてはならないのです。一般国民もそうです。法の支配に反する行動は誤りであり、犯罪なのです。かつての私は反日主義者であり、法を否定破壊する犯罪者でした。私は自己批判して現在は日本を守る立場です。その立場で再審請求裁判もしています。

(2017年3月11日記)

 

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