2004年12月18日

性の虜

テーマ:トリプル
純白なこころで人を愛すること
そんな尊い気持ちなど、もうどうでもよくなっていた。

とにかく時間がなかった。
徹夜が続き、下す判断の重さで
自分自身が張り裂けそうになった。
その緊張感が、私を悪魔にしていった。

私は、三人の女を自分の都合で抱き分けた。
そのときの私にとって
自分の空いた時間に合わせて
身体を許してくれるのが、最も望ましいことだった。
いつ休めるのかわからず、慢性的に続く寝不足状態
彼女達をホテルに連れて行き、一緒に過ごすことが
私が解放される唯一の術となった。

そんな最も都合の良い女になったのは
一番身近にいた知代だった。
そして、遠距離恋愛に耐えた多恵子も
私の要望に応えてくれた。
博美もがんばってくれたのだが
この頃から、少しずつ様子がおかしくなってきた。

そのときの私は、面倒なことを嫌った。。。
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2004年12月17日

汚れの自覚

テーマ:トリプル
時間が瞬く間に過ぎていった。

金融再編。。。
私の会社も、例外なく
時代の波にのまれていった。
ライバル達は
あるものは潰れ
あるものは救済され
残りは生き残るために寄りあった。
そして、生き残るために。。。
仕事の内容は凄惨なものとなった。
収入は増えず、休日は無くなり
私の余力も徐々に無くなっていった。

別れた知代は
一方的に手紙やプレゼントを送りつけ
あるときは最寄駅で待ち伏せされたり
まるでストーカーのようだった。
私は何度も苦言を伝えたが
こころのどこかで彼女を許していた。
彼女を拒絶しなかったのだ。

そして、いつのまにか
彼女を都合の良い存在にしようと考え始めていた。
忙しくなってくると
身近なところで片付けようとする
安易な男の本音が露呈したのだ。
とても低いこころざしで
私は知代を受け入れた。

忙しさを理由に
私はまた「三足のわらじ」を履きはじめた。
純白なこころで人を愛すること。。。
そんな尊い気持ちなど
もうどうでもよくなっていた。
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2004年12月12日

人生の綾

テーマ:トリプル
人生の綾は、どう絡むかわからないものである。

その日はとても寒い夜だった。
仕事を早めに切り上げて
私と後輩は御徒町の居酒屋へ向かった。
彼は都内の支店から異動してきたのだが
彼の交際相手は、その支店で知り合った事務職の子だった。
入社2年目の彼女は、私より8歳年下で
まだ学生のようなかわいらしさが残っていた。
彼女は、実務上の指導を受けていた
同じ支店の先輩を、一緒に連れてきていた。

博美は入社年次が私より1年後輩で
支店では事務方の中心的な仕事をしていた。
小柄で明るい性格の、笑顔が可愛い女性だった。

後輩は、私に交際相手がいることを知らなかったので
初めから博美を紹介するつもりでいたらしい。
そのときの私は、余り博美のことを意識してはいなかったが
博美自身は、最初から私を男性として見ていたのだ。
話が進み、私の彼女への理解が深まるに連れ
博美が明らかに恋愛暦が少ないことが分かってきた。
遠慮がちではあったが、私の反応を確かめつつ
彼女はその後の繋がりを積極的に求めていた。

その夜、博美とはメールアドレスを交換した。
それから暫くは、メル友の関係が続いた。
それ以上の仲になることを避けていたのだが
メールのやりとりから、私が踏み込めばいつでも
自分のペースで事が運べる、との確信があった。

予想もしない状況で、その日は突然訪れることになる。
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2004年11月28日

遠距離恋愛の悲哀

テーマ:トリプル
知り合いもいない大坂の町・・・
私を支えてくれたのはFM802と彼女達への電話だけだった。

毎日のように彼女達と連絡をとって
仕事の辛さを紛らわしていた。
そして、彼女達との再会を実現するため
来阪のための準備をした。

最初に来阪したのは多恵子だった。
転勤した次の週の金曜日に
新幹線に飛び乗って会いに来てくれた。
お互いが離れて暮らしているという実感のないまま
いつもどおりのデートをするような気持ちでいた。
しかし二人で歩く夏の風景は、大坂の街に変わっていた。
御堂筋の商店街を難波に抜け
ランチにお好み焼きを食べている自分達が
まるで旅行にでも来たような気持ちで過ごしていた。
週末の夜、時間を気にせずに愛し合えるのは嬉しかった。
いつものデートよりも少し早めにホテルへ戻り
二人の夜をこころゆくまで満喫した。

現実を認識したのは、新大阪で多恵子を見送ったときだった。
車窓の向うに多恵子がいる。そしてホームで手を振る自分がいる。
遠距離恋愛の悲哀を、身をもって実感させられた瞬間だった。
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2004年11月27日

よそ者

テーマ:トリプル
車窓から見える本社に向い
「いつか必ず、この建物に帰ってくる」
と、人知れずこころの中で誓い、私は静かに目を閉じた。

御堂筋は真夏のような熱気と
かすかな海のにおいに包まれていた。
行き交う人々に邪険にされながら
大きな荷物を持った私は、赴任先の支店へ向かった。

大阪市内にいくつかの支店があるのだが
私の赴任するのは二番目に古いところだった。
昔は近隣に砂糖の取引所があり
その地域では最も栄えた支店であった。
私は営業の三席となり、その支店の根幹先を担当した。
まさに中核の戦力として扱われ、甘えが許されなかった。

当初は、支店でも取引先でも、私はよそ者の扱いを受けた。
支店では、事務処理の女性に書類を持っていくと
「課長、コンピューター会社の人が社内の書類を持っています!」
と言われ、同じ会社の社員と認識されるのに時間がかかった。
取引先では、担当の役職者に
「お前のところは元々気に入らない、もう来なくて良い!」
と怒鳴られ、追い返されることもあった。

知り合いもいない大坂の町・・・
私を支えてくれたのはFM802と彼女達への電話だけだった。
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2004年11月26日

温度差

テーマ:トリプル
私の遠距離恋愛の幕が落とされたのであった。

三人の反応は三様だった。

多恵子は驚きながらも
その可能性を事前に理解していたため
「大阪に遊びにいくよ」と、明るく答えてくれた。
一抹の不安を感じながらも
持ち前の楽観主義で、楽しく
この局面を乗り切ろうとしているようだった。

圭はおとなしい反応だった。
同じ職場にいたために
地方への転勤の可能性を一番理解しており
ある程度のこころ構えも出来ていた。
ただし、彼女の家庭は厳しいので
簡単には来阪できないことも解っていた。
それらを含めて、彼女の感情は高まっていった。

知代はとても悲しんだ。
そして、引越しのダンボールに
隠れてはいっていくと言った。
彼女は私との付き合いが浅く
接点も少なかったので
直感的に不安を感じたに違いない。
そして、その不安は間違ってはいなかった。

発令日からの3日間
東京での最後のデートを楽しんだ。
そして、力の限り彼女達を抱いた。

週末の金曜日
私は一人で東京駅をあとにした。
支店勤務であれば
盛大な見送りがあるのだが
私は人事部付からの異動であったため
たった一人での出発となった。
それは、私にも都合がよかったのだ。

車窓から見える本社に向い
「いつか必ず、この建物に帰ってくる」
と、人知れずこころの中で誓い、私は静かに目を閉じた。
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2004年11月25日

600Kmの距離

テーマ:トリプル
圭の言葉を意識しながら
私は彼女の作戦に乗っていった。

語学学校での日々は瞬く間に過ぎていった。
最後の集合研修を終え、本社の人事部に仮配属された。
発令待ちの数日間、私は採用の手伝いをした。

発令日当日には
私と同じ境遇の約20人が部屋で待機していた。
下馬評では、海外留学を終えた年次の高い人と
私達の半分が国際部で、残りが国内支店との予想だった。
次々と新しい配属先が年次の高い順に発表された。
概ね予想通りの展開が続き、いよいよ我々の年次となった。
国際金融部、アジア部等の国際部門と
千代田区、中央区等の大きな支店の名前が呼ばれていった。
そして、私の順番となった。
都内では渋谷区と新宿区の支店が呼ばれてなかったので、
そのあたりの配属を予想していた。

「船場支店勤務を命ず」

都内で船場という地名は思い浮かばなかったが
「船場支店」というのは聞き覚えがあった。
「初めての地方勤務だが、いい支店長だから安心して」
と、人事の担当が声をかけてくれたが
そのときは、まだ事態を把握しきれていなかった。

全員の発令が終了後、同期の仲間が寄ってきた。
「はやり地方はお前しかいないと思っていたよ」
「船場って何処?」と、私は尋ねた。
「中央区だけど、大阪だよ。船場商人の船場だよ!」
その返答で、私はようやく自分の異動の意味が理解できた。

そして同時に、私の遠距離恋愛の幕が落とされたのであった。
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2004年11月24日

圭の作戦

テーマ:トリプル
一歩大きく踏み込み始めたのは圭だった。

圭は遠まわしで結婚という意識を植え付けてきた。
私が圭を抱いた後、腕の中で彼女は何気なく
友人や同僚の結婚話を、盛んに語りはじめた。
それが一巡すると、彼女の家族環境や
周りからのプレッシャーが云々という
自分自身の都合を話し始めた。

もっとも、それ自身はいやなことではなかった。
彼女と関係を持ったとき、ある程度の覚悟は出来ていた。
そして、目の前に「結婚」という目標が出来るのは
私自身が安定する上で必要なプロセスだと考えていた。
そういう意味では、彼女が徐々に切り出してくる過程は
私にとって、心地がよかった。

一方、他の二人からはプレッシャーがなかった。

多恵子と知り合って7年以上たっていたが
彼女は結婚という言葉を口にしたことはなかった。
もちろん、それは彼女が敢えて言葉に出さなかっただけだ。
彼女は私のことを一番よく理解しており
私の家庭環境が結婚出来る環境にないことを理解していたからだ。

知代とはまだ関係が出来たばかりなので
結婚までには踏まなければならない道のりが沢山あった。

圭の言葉を意識しながら
私は彼女の作戦に乗っていった。
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2004年11月23日

語学研修生

テーマ:トリプル
私にとっての初めての異動は、学生に戻ることだった。

内命どおり、語学学校への派遣辞令が交付された。
今までの営業一辺倒の生活から
語学研修という学生生活へ、大きく環境が変化した。

私が通う英語の学校は四谷にあった。
歴史の古い学校で、教育に関する独特のスピーチがあり
理事長がそれを暗証させて、テストするというのが慣例だった。
英語が得意でなかった私には、とてもハードであったが
同時に充実した3ヶ月を送ることになった。
日本語よりも英語を使う時間が長くなり、卒業間際には
英語で夢を見たり、寝言を言ったりしていた。

初めての異動が地方でなかったため
私の恋愛関係には不都合が生じなかった。
いや、むしろ会社の営業活動に従事するよりは
彼女達と過ごす時間が捻出しやすくなった。
ホームワークさえ片付けることができれば
週末に加えウイークデイも落ち合うことが出来た。
時には三つの輪を都合よく交互に行き交い
気が付いたら一週間以上連続していたこともあった。
彼女達との距離は確実に近くなっていった。

その中で、一歩大きく踏み込み始めたのは圭だった。
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2004年11月21日

異動

テーマ:トリプル
週末の休日では足りることのない関係が、しばらく続いていった。

私は多角形の恋愛を謳歌する一方で
仕事も人一倍努力し、営業成績も一定水準を保っていた。
配属された支店での生活も4年目となり
若返った営業課では、中堅のような位置付けとなっていた。

ある時、支店長に問われた。
「次は何をしたい?」
「もう少し営業をやらせてください。」
「それもいいが、勉強はしたくないか?」
「それができるなら、そうしたいです。」
私は、冗談半分でそう答えておいた。

私の職場での「勉強」とはいくつかのパターンがあった。
一つは海外留学でMBAコースに進むこと・・・
これは私の年次が低すぎて、合致していなかった。
現実的なのは、全日制の語学学校へ通うことだった。
バブルが崩壊したとはいえ、今から思えば
当時の会社には、まだまだ余力があった。
年間約30名程度の若手を、一定基準で選抜して
英語・ドイツ語・中国語等の語学学校に派遣していた。

私は語学は嫌いではなかったが、身についていたのは
会話のできないない、受験レベルの英語だけだった。
だから、この話は自分に無縁のものと思い込み
営業の志気を盛り上げたいという
支店長のリップサービスだと考えていた。

さくらの満開宣言がもうすぐ出されそうなころ
上司から支店長室に来るようにと呼び出された。
前日に、年の離れた先輩とひと悶着あったので
また説教を喰らうものとばかり思っていた。
ふて腐れた表情で部屋に進むと、支店長の前で
いつも怒鳴ってばかりいる上司が、似合わない程の
笑顔で立っていた。そして、おもむろに口を開いた。
「今日から一週間で引継ぎの用意をしなさい。」

私にとっての初めての異動は、学生に戻ることだった。
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