2004年12月29日

多恵子への思い

テーマ:多恵子
彼女の必死の行動が
皮肉にも、私の判断を正当化する最後のトリガーとなった。

私は今でも多恵子と別れてよかったと思っている。
それは、私が多恵子のことを嫌いになったからではない。
確かに最後に彼女の醜い側面を見てしまったが
それを差し引いても、彼女は私のよき理解者だった。
私もこころのどこかで、彼女との接点を探していて
多恵子が時々夢に出てくるのは
きっとそんな深層心理の現れだと思っている。
しかし、私は多恵子を人生の伴侶に選ぶことはできない。
彼女のおおらかな性格が、時として曖昧なものに映り
私にはどうしても、それを許容することが出来ないからだ。

私にとって、多恵子は今でも「いい女」だ。
思い出の中で出てくる彼女は良い意味で艶っぽく
否が応でも男としての本能を引き出してくれる。
そして、彼女の作る料理も上手かった。
何より、彼女と過ごす何気ない時間が心地良かった。

多恵子との関係は15年にも及び
決断するには余りにも時間がかかりすぎた。
もうこれ以上彼女を拘束するのは出来なかった。
あと数年間付き合うことによって
もし私の心が多恵子に傾くなら
迷わず結論を先送りにしたであろう。
しかし、15年かかってわかったのは
15年経っても気持ちが動かなかったことだ。
16年目、17年目に気持ちが動くことはきっと無いだろう。
だからこそ、あの時点で結論を出したのだ。
15年は長すぎたかもしれない。。。
でも何を基準にして長いというのだろうか?
私達には、この時間が必要だったのだ。

多恵子にとって、私は最悪の男だろう。
それでもいい。いや、そうなっていて欲しい。
それで多恵子のこころが一日でも早く癒され
新しい恋の道へ出発できるなら、それでいい。
きっと、多恵子のことだ。。。
いい男を掴んでいるに違いない。
もしかしたら、既に多恵子にそっくりな
赤ん坊を抱いているかもしれない。
幸せなら、それでいい。

多恵子、君に出会えてよかった。
君を幸せに出来なかったけど
私は今でも君のことが忘れられない。
ずるいとか、ひどいとか。。。
どんなに罵声を浴びようが
僕は遠くから、多恵子の幸せを祈っている。
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2004年12月29日

最後のトリガー

テーマ:多恵子
取り乱した彼女は、言葉を発することができなかった。
その日は一旦、電話を切った。そして、彼女の抵抗が始まった。

数日後、私のもとに妙な手紙が届いた。
多恵子のストーカーをしていた、という男からだった。
その手紙には、二人しか知りえない内容が書かれており
最後には、次のような事が記してあった。

 多恵子は感度の良い女だ。
 今までストーカーをしてきたが
 新しい目標が出来たので、あなたに譲る。
 彼女は上げマンで、別れるのはもったいない。

私はすぐに、彼女の自作自演を疑った。
仮にそうではないとしても、この男は多恵子と
極めて深い関係にある人物であることは、間違いなかった。

それと同時に、多恵子からも
女を武器にした、脅迫状めいた手紙が届いた。
彼女は不幸にも、過去に流産をしていた。
(正確には、流産をしていたと思われる)
もし彼女が正常な妊娠をしていたら
きっと私は彼女と一緒になっていただろう。
男として、いつでも責任をとる覚悟は出来ていた。
だが、現実には何らかの理由で流産となってしまったのだ。
彼女の手紙には次のように記してあった。

 私は女としてのハンディがある。
 あなたの子をおろして子供が産めない体になった。

これが本当なら、私の決断は直ちに変更しなければならない。

しかしこれは、明らかに事実と異なっていた。
私は知り合いの医者に相談し、流産か堕胎かの判断を仰いだあと
彼女にいくつかの質問を投げかけ、決定的な彼女の嘘を見抜いた。
結果的に多恵子は、最も卑劣な嘘をついたのだ。

彼女の行為は、明らかに常道を逸していた。
過去に起こった不幸な出来事は、確かに彼女を傷つけた。
これに関しては、私自身にも責任があろう。
ただし彼女のついた嘘は、その一連の出来事とは次元の違う
人間性そのものを疑わせる行為だった。
それほど、彼女は切迫していたのであろう。
人間は極限状態の時にその人の本性を現すが
まさに多恵子の本質が見えてしまった。そしてそれは
二度と彼女と時間を重ねることを拒む、十分な理由となった。
これで、私のうしろめたい気持ちは無くなった。

私は心を鬼にして、彼女との接触を一切断ち
話し合いの場を持つことをやめた。
多恵子は必死に謝ってきたが
私は最後まで許さなかった。

彼女の必死の行動が
皮肉にも、私の判断を正当化する最後のトリガーとなった。
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2004年12月28日

別れの電話

テーマ:多恵子
これから起こる出来事を知る由も無く
いつもの聞きなれた声が、いつも通り返ってきた。

GWを控えた週末
いつもならデートの約束をしていた筈だ。
彼女は何も知らず
いつも通り明るい声で
たわいのない話をしていた。
私は言いたいことをなかなか切れだせず
少しだけ自分自身にいらだっていた。
背中を押したのは、やはりあのときの涙の情景だった。
私は唐突に話題を変えた。

「これからの二人の将来を考えると
 もうそろそろ結論を出したいと思うんだ」

多恵子は黙って聞いていた。
彼女には、この言葉に期待感もあったのだろう。

「色々と考えたけど、どうしても君とは
 結婚という選択肢を選ぶことはできない」

それからのやりとりは、あまりよく覚えていない。
最初は信じられないという感じで聞いていたが
最後には、私の真意を理解し始めて、泣いていたように思う。
私が多恵子に告げた最後の言葉は、次のような内容だった。

君との出会いはかけがえの無いもので
今では私を一番良く理解してくれる女性だ。
だけど二人の15年間には
いくつもの転機があり、その都度
お互いが一緒になることを選択してこなかった。
遠慮や躊躇、家庭の事情など色々な理由があったのだが
それを乗り越えられない関係であったのも、紛れも無い事実だ。
そして、いつしか時間というものが大きな存在になっていて
15年という月日が、愛と情の区別を曖昧にし、それがゆえに
自分の正直な感情を仕舞い込む力となっていった。
君との関係は常に良かったが、その一方で
ベストの選択かと問われれば、決してそうではなかったと思っている。
君への気持ちが変わるなら、君との共有する時間を維持したい。
しかし、15年間変わらなかった事実はとても重く、
僕は今、ベストな答えを出そうと思っている。

取り乱した彼女は、言葉を発することができなかった。
その日は一旦、電話を切った。そして、彼女の抵抗が始まった。
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2004年12月06日

平穏な日々

テーマ:多恵子
仕事も恋愛も
きれいに区切りをつけて、私は東京に戻ってきた。

東京へ戻ってから、週末はいつも多恵子と過ごした。
まるで大阪へ行く前のように、いやそれ以上に
空白だった時間を埋めるごとく、濃厚な愛を重ねた。

もともと私と多恵子の相性はとても良かった。
彼女は女性としての艶が増し
ベットでのコミュニケーションも飽きが来なかった。
私はデートの大部分の時間を彼女を抱くことに費やした。
そして、彼女は私を受け入れ、更に輝きを増していった。

多恵子との付き合いは
このとき既に8年目となり、年齢も27歳になっていた。

多恵子と過ごす平穏な日々
それは男として満足感の高いものだった。
しかし、彼女に対して抱いた物足りなさ・・・
「おおらかな性格=曖昧さ」という違和感が
二人の歳月を重ねるごとに大きくなっていった。
会社での仕事の規模が大きくなるに連れ
私の見える地平線は大きくなっていったが
彼女の視線は、いつも同じような感じであった。
それは、ある意味では安堵の気持ちをもたらしたが
その一方で、私の感性はそれを許すことが出来なかった。

私の多恵子に対する想いは、いつもその天秤に揺れていた。
しかし、私が振幅を大きくしなければ
そのバランスは、完全にコントロールできるものだった。
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2004年12月05日

落ち着く先

テーマ:多恵子
私のパレットには
何もなかったように
多恵子一色の絵の具が残っていた。

多恵子との関係は、ある一定の線を保っていた。
在阪中に結婚の話は一切なかったが
彼女は恋人として出来る限りのことをしてくれた。
そしてそのことが、二人の関係を安定させていた。

一方、大阪での知り合いも沢山増えた。
圭との関係が一段落ついた後
面白いことに、同じ取引先の違う女性から
同時にデートに誘われた。私は軽い気持ちで
そのひとりの誘いに身を任せた。
そのあとは簡単にコトが運んだが
最終的には恋愛にならなかった。

結局、私は多恵子と過ごす時間が最も心地よかった。

圭と別れて数ヵ月後、私は異動になった。
東京の本社にある営業セクションに配転となったのだ。
配属先は、営業マンからみれば花形の部署で
私が入社時に夢であったことが出来るポストだった。
奇しくも、大阪に向かう新幹線の中で誓ったことが
僅か1年11ヵ月後に実現することとなったのだ。

仕事も恋愛も
きれいに区切りをつけて、私は東京に戻ってきた。
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2004年11月04日

けじめ

テーマ:多恵子
裕子との別れ。。。
それは、あまりにも自然に穏やかなものであった。

裕子は私の親友と結婚した。
彼女は私とのことを隠し続けようとした。

私には
裕子との過去を守るより
彼との友情を発展させることの方が
プライオリティーが格段に高かった。
ただ、私が行動を誤ると
三人にとって不幸な結果をもたらす
そのことは容易に想像できた。

二人が結婚する前に
私は、裕子に事実を告げることを予告し
その後何処まで話をするのかは、彼女に委ねた。
彼には、対向車線で出くわした出来事を切り出して
私達の恋は短期的なものであり、今は
彼が結びつけた多恵子と付き合っている
それだけを伝えた。
彼女は泣きながら
私と付き合っていた過去を話したが
どうやら全てを話した訳ではなさそうだった。
それは彼女にとって守りたい秘密であったが
私にとっては、明かして欲しい事実であった。

私は彼女の意思を尊重し
その結果として胸に残る
親友に対する罪の意識を
今でもずっと持ちつづけている。
そのことが、この恋のせめてものけじめとなった。

一方、多恵子とは平穏な日々が訪れた。
かつて感じていた微かな後ろめたさはなくなり、
私は目の前にいる彼女にすべての愛情を注いだ。
週末毎に出かけたドライブ、ステアリングを握る車内には
「ラブ・ストーリーは突然に」をくりかえし流していた。

社会人一年目、私は
恋にも仕事にも、夢中になって走っていた。
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2004年10月21日

モノクロームの世界

テーマ:多恵子
多恵子が誘う心地よい夢の世界で
キャンバスに筆を入れることを選んだ。

多恵子と会うたびに
私は何度も筆をとった。
そして多恵子も
それを受け入れた。

彼女は一度だけ、
不安な気持ちを訴えた。
私の出した答えは
更に強く、激しく、
筆を握ることだった。
そうすることが
自分ができるすべてだった。

彼女は本能的に
何かを感じていたに違いない。
身を任せることで
その不安に目を伏せたのだろう。

こうして二人は
恋のスパイラルに落ちていった。

純白のキャンバスは
幾多の線が重ねられたが
描かれたのはいつも
モノクロームの風景だった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ビビアンさんに再度トラバさせていただきました。
『時として感じてしまう「違和感」というやっかいなもの』
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2004年10月19日

夢の世界

テーマ:多恵子
彼女が奏でるまな板の音が
私を心地よい眠りに誘った。

現実と夢の世界を移ろいながら
多恵子への想いを
客観的にみつめようとする自分がいた。

二人の間の距離は
今までになく近いものとなった。
恋愛感情としても
今までになくあついものとなった。
時間と空間を共有することが
とても自然で、うれしかった。

うれしかったが・・・
違和感を感じていたのも確かだった。
その違和感とは?
自問するまでもなく明らかだった。

多恵子は、おおらかな性格だ。
しかし、時としてそれは
許し難いあいまいさを生んだ。
不幸にも、その振り分けは
私の感性に委ねられていた。

恋愛感が数年前のままならば
きっと別の答えを出していただろう。
しかし、私は既に
純白だった恋愛のキャンバスに
鮮やかな彩りを求めて走り出していた。
そして、
確信犯的に目を閉じて
多恵子が誘う心地よい夢の世界で
キャンバスに筆を入れることを選んだ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ビビアンさんの
「本当にその人でいいの?」
にトラバさせていただきました。
http://vivienne.ameblo.jp/entry-66a2ddbf5d0ae88219788f12a3cc2b28.html

追記
ビビアンさんの
『時として感じてしまう「違和感」というやっかいなもの』
にトラバさせていただきました。
http://vivienne.ameblo.jp/entry-8d8d468b574e67069576116cc043ac47.html
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2004年10月18日

はじめての儀式

テーマ:多恵子
そして二人にも
あつい季節が訪れようとしていた。

その日のキッチンには
帰省した母親の代りに
多恵子が立っていた。

彼女が私のインビテーションを受け入れたのは
今回が初めてではなかった。
ちょうど梅花が桜のつぼみにバトンを渡す頃
一度私の部屋を訪れたことがあった。
そのときは
初めて二人の唇が重なりあった。
GW中の今日も
何かが起きることを
お互いに期待し、理解していた。

私は
食事の準備をしていた彼女の肩を
そっと、そして力強く抱き寄せた。
互いに慣れはじめていたくちづけは
いつもより激しく、深く絡み合った。

「きみが欲しい」
「うん」
素直な気持ちが
自然と言葉になった。

彼女を自分の部屋へ導き
ブラウスのボタンを
ゆっくりと、確実に解いていった。
確かめていたはずの豊かなふくらみは
想像以上の曲線をあらわにした。
本能の支配に身を任せた私に
彼女は
次第に大きくなる吐息で、こたえた。

彼女の上でのぎこちない振る舞いと
私自身についた赤い証が
お互いの脱皮を確かめる術となっていた。
少し熱気を帯びた
メロウな空気のなかで
二人の儀式はゆっくりと
フェードアウトしていった。

キッチンに戻った、
彼女が奏でるまな板の音が
私を心地よい眠りに誘った。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今回は、
ピャーコさんの「主人のキスに対する情熱大陸?」に、
トラバさせていただきました。
http://5383-pya-ko.ameblo.jp/entry-4a4bb9334ddf935c4e5b6999ce38ec45.html
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2004年10月17日

恋のドライブ

テーマ:多恵子
二人が恋に落ちるのに、
時間はかからなかった。

惹かれあう若人の間に
行く手を阻むものは、何もなかった。
私は、はやる気持ちを抑えつつ
しかし、確実にアクセルを踏んでいった。

好んで走ったのは
秩父や日光、九十九里・・・
北関東の道はほとんど走破した。

一人で聞いていたカーステレオは
小田和正を奏でることが多かったが、
二人で走るようになってから
門松敏生のバラッドがこころを揺らしていた。

私は多恵子の肩を寄せ
やさしく そのくちびるをかさね
その豊かな胸のふくらみを確かめた。
そして、
いつもその先でブレーキを踏んだ。

季節は冬から春へ移り
大地は忘れていた夏の空気を
徐々に取り戻し始めていた。
そして二人にも
あつい季節が訪れようとしていた。
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