抱かれブス

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思えば、随分"D”の事を書いていませんでした。

早く記事を書いてしまおうと思いつつ・・・

ですから、今日書き上げて、”D”にはBLOG上から去ってもらおうかな。

もともと、過去の恋愛を書いて、それはもう過去のこととして消去しようと思ったところ、

長い間セックスレスだったことがあり、意外とセックスレスだった人、サックスレスされている人

方たちのBLOGを読も、自分のセックスレスから、現在の夫婦生活を書くことになり、

過去の恋愛なんてまあ。。。どうでもいい人の話("D”とのこと)はどうでもいい事となってしまいました。

 

”D”のことを書き上げたらジャンルも恋愛から結婚に移動してもいいかな・・・と考えています。

”I”のことは、結婚にも影響していることなので・・・・(←意味深!!)

 

 

*********************************

 

"D”の就職と入れ替わりに、私は大学を卒業し実家に連れ戻されていました。(親は私を手元においておきたかったので)”D”の就職当時は氷河期といわれているときで、全国でも採用が驚くほど少なかったようで、難関といわれる会社にTOPの成績で内定を頂いたようです。

 

わたしも、実家に帰らずに就職をしたかったのですが、私の勉強した分野では殆ど就職する人もいなく、また、そういった分野の学校を卒業した学生を採用する会社もなかったので(今では殆どの学生が就職するようですが)とりあえずの仕事だけは確保できてはいたのですが、強引に連れて帰られました。というか、強引に地元で職を見つけられていました。

 

今度は逆パターンの遠距離恋愛でした。

 

しかし、就職1年目の”D”はやはり地元が恋しいらしく、なんだかんだといって休暇には遊びに来ていました。勿論その時は会ってデートもしましたが、親の監視もあってお泊まりデートなんて出来るはずなく、

ただ、セックスをするだけのデートでした。

 

結婚には慎重な(元カノの中絶ということもあったので)”D”でしたが、ある程度結婚を意識してもいい年になっていましたし、お互い学生でない身分になっていたので、会話の端々に結婚を意識させるような言葉が出てくるようになりました。(相手が私と限定する言葉ではなかったのですが・・・・)

 

 例えば

 

”俺もそろそろ身を固めようかな・・・・・omohideは?”

 

とかね。

 

 

食事中に急にそういわれて

 

”??????イマナニカイッタ??????”

 

と、ポカンとしている状態の私に

 

”omohideは、若いからまだか!”

 

で、翻弄され、翌日は素っ気なくあしらわれ・・・・・・

 

私だけを見てくれていると思ったら、例のサークルで知り合った彼女事をにおわされたりと

いい加減私の精神状態は崖っぷち状態でした。

(今から思えばケナゲね。なんせ、初めての相手だったからね)

 

会えばいつもホテルに直行。

 

お互い積もる話で盛り上がってという事はなく、ラブホだったり、彼の泊まっているホテルだったりとはしましたが、とにかく、求められるのはセックスでした。

 

私としては色んな話をしたり、食事をしたりして気持ちも高まったところでカラダを貪りあいたいところだったのですが、”D”は逆にとにかく自分の中に溜まった性欲を排出する方が先立ったようです。

 

たとえそれは、私が生理中であってもお構いなしでした。

 

段々空しくなる私に追い打ちをかけるように、

 

”生理中のセックスって後男は大変なんだよね・・・パンツに赤いシミがつくんだよね、最初につきあってた彼女があの最中に生理になって大変だったんだよ・・・・”

 

とまで言い出す始末。

 

これはダメかもしれない・・・・私は耐えられない・・・・

 

心にそういう暗闇が生じた瞬間でした。

 

今まで心の暗闇になりそうなものはありましたが、必死に自分で打ち消し、また、否定し続けてきたものが

その時は、打ち消し、否定することは出来ませんでした。

 

ホテルを出た後、食事をしていたときのことです、

 

私は思わずつぶやいてしまいました

 

”わたし・・・ラクになりたい・・・・・”

 

”D”はその時こう言葉を受け止めてしまったようです

 

”わたし・・・・はやく(結婚して)ラクな生活を送りたい・・・・”

 

"D”にすかさず言われました。

 

”omohide!(怒)結婚してラクしたいなんてそんなことを考えるなんて最低!、だいたい、結婚してぬくぬくと暮らそうなって思っちゃ行けないよ!そんな甘ったれたこと考えていたら、俺はomohideに結婚なんてさせないぞ!”

 

私はその時彼がかなり私の気持ちと言葉を誤解をしていると即座に分かりましたが、反論する気が不思議とありませんでした。

 

私の本当の気持ちと言葉はこうでした。

 

”わたし、あなたの心をしっかりつかんで、あなたが私だけを愛してくれていて 、安心して心を落ち着けるように、ラクになりたい・・・・”

 

まあ、字にしてしまえば、こんなに長くなりますが、前後にいろんな気持ちが錯綜していて、随分と言葉が抜け落ちてしまっていますが、”D”にとってはラク=結婚だったようです。

 

そして”D”の言葉に反論することなく黙った私に”D”から出てきた言葉は、

 

”omohideはだめだな・・・

抱かれブスだから・・・”

 

 

 

凄い言葉を聞いてしまいました。

こういう言い方もあるんだ・・・・

 

"D”と別れた後・・・涙がでるでる・・・とどめなく流れる涙に

2度と"D”と会う気持ちはありませんでした。

 

私はしばらくこの言葉に苦しめられました。

 

夢で”D”と会うことが何度もありましたが、

必ず私は”D”と反対方向に走ってゆくのです。

 

車でも電車でも必ず乗っている電車や車は、”D”と反対方向。

 

私はそれを冷静に眺め、”D”は唖然として”なぜ?”って顔をして眺めている・・・・

 

何度もその夢を見るたびに、自分の中では完全に”D”とは終わりにしているはずなのに、

最後の最後では”抱かれブス”という言葉を引きずっている私がいたのでした・・・・・

 

もっと彼を悦ばせてあげるように娼婦みたいになれば、”D”と別れることはなかった??

そう思いもしましたが、”D”のことは過去のことにしようと必死に思いました。

 

幸い実家が引っ越すことになり、連絡先もこちらから連絡を取らなければ知ることは出来ないようになっていたので、一切の連絡を断つことで”D”とは別れることが出来ました。

 

しかし、"D”はやはり私とつきあいながらサークル活動で知り合った彼女と結婚の約束をしたようでした。

 

まあ、あれから”D”には会うことは無かったのですが、ある偶然で"D”の消息を知ることになったのですが・・・

 

はっきり言って結婚しなくてよかったようです。

 

"D”と結婚していたら、わたし、友達無くしたかも・・・・

詳しくは書けませんが、 ”D”の就職後は・・・・・自覚がないというか・・・・周囲・同僚に迷惑をかけていたようです。結構友達つきあいも勝手気ままで、その割に金銭面に細かく(1円単位で)どんどん同僚は離れていったようです。

 

まあ、その離れてしまった同僚家族とふとしたご縁で知り合うことになり、”D”のその後を聞いたまでです。さすが奥さんの名前を言ったときはビックリしていました。

 

そんな"D”ですが、諸事情があって最初に就職した会社をしばらくしてやめたそうです。私が知ったのは、やめた後で、元同僚だったわたしの知り合いとも縁が切れた後だったようなので、今は全くどのようになっているか知りません。(もちろん知ろうとも思っていませんが)

 

 

 

 

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お互いの距離

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”I”と一気に縮まった距離に反比例するかのように”D”との距離は広がってしまった。それは、私だけでなく"D”も感じていたようだった。

あれほど、手紙のやりとりをしていたのに、その回数が驚くほど減ってきました。ただ電話は減ることはありませんでした。

私は周囲に”I”との関係を絶対に知られたくありませんでした。それは周囲が知っていた”I”とCさんとの関係の二の舞と思われたくなかったと言うこともあります。

それになによりも、”I”とCさんとの関係がばれたとき、”I”のご両親の怒りは凄かったらしいので、絶対周囲に知られることなく、お互いの関係を持ちたかったからです。

また、私には”D”という周囲にはよく知られた存在もいたことだし、”I”の事は隠しておきたかったのです。

"I”と逢うときは、いろんな話をしたし、また殆ど話はしなくて同じ部屋で横に座っているだけでいいというときもあったので、逢えばすぐセックスという"D”の距離がだんだん遠く感じるようになったのも事実でした。

2人のセックスは全く違うものでした。

"D”はどちらかというと、私を押し倒した、荒々しく服をはぎ取ったあとは、ほとんどマグロ状態の”D”がフ○ラを要求。とにかく私はAVの女優の様に"D”の性欲を満たすための演技を求められました。

実際、ほとんど私が濡れる前に挿入され、私は感じることはなかったので、逝ったふりをして、早く”D”の欲求を処理するしかありませんでした。

でも、どうしても、”D”から、離れられない思いがあり、”I”との関係を続けながら、夏休みに帰っては”D”との関係を続けることになりました。

”D”もそのころ、私以外の気になる女性がいたようでした。サークル関係で知り合った女性のようです。”D”の部屋にはそのような気配はありませんでしたが、ふとした話の端々にその女性のことが出てきました。もちろんその女性を特定してではなく、女の子のグループの中の1人としての事でしたが。

ある日のこと、"D”の部屋でおきまりのセックスを終えたあと、一緒にベッドで休んでいると、その彼女から電話がかかってきたことがあります。

特別聞き耳を立ててその話を聞いていたわけではありませんので、内容は覚えていませんが、

彼女が”D”に

”食べ物を差し入れしようか?”

ということだったようです。

さすが私の前だったからでしょうか、

”D”は素っ気なく断っていました。

”ねえ・・その電話ってもしかしてサークルの○○さん??”

”うん・・・そう。云々って”

”へぇ~”

って具合にベッドで会話していたところに、
再びその彼女から電話でした。

”べつにいいよ・・・・”

という”D”の返事に

内心

”勝ったわ!”

と思ったのでした。

だって、彼女と私は5つも年が違うのですから。

でも、今思えば、食欲よりも目の前の性欲の方が勝っていたのです。

別に彼女に私が勝った訳ではなくね。



ということもありました。

2人の男性とのセックスはお互いに住んでいる場所も全く違うので、ダブる心配はなかったです。

ただ、”I”とでのセックスで感じるものが、”D”とは濡れないセックスになってきていました。

だんだん荒々しくなる"D”の態度でしたがそれでも私は離れられませんでした。

それは、やはり、”I”と私にとっては、それぞれ誰を大事にしたいかという問題が大きく、"I”と私が1対1の関係になりきれなかったからでした。
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燃え上がる日々

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”D”と結ばれ、私の心は憧れから、恋愛へと変化をしていきました。

ただ、夏休みが終わると私は学校に戻るために、”D”と離ればなれにならなくてはいけなかった。それが一番つらいことだった。なので、実家にいるときは寸暇を惜しんで”D”と体を重ね合った。

でも、夏は過ぎ私は学校に戻った。

周りの友達は、彼ができて彼氏の下宿にお泊まりして、お泊まり先から学校に出てきていたりと・・・・・みんなそれぞれの恋愛を愉しんでいた時期でした。


でも、私はできてもせいぜい電話でお互いの声を聞くだけ・・・・

最初はたったそれだけでも、幸せでした。

しかし一度味わった体の火照りはどうしてもさますことができませんでした。

それで、”D”と私のとった行動は、私が彼の下宿に泊まって、誰にもじゃまされない週末を過ごすと言うことでした。

ええ・・・電車でどうこうという距離ではありません。

まさに、親からの仕送りを工面しながら飛行機代を作り、友人にいざというときのアリバイ工作を頼み、”D”のもとへ飛んで会いに行ったのでした。

一度だけでなく、何度かそれを繰り返すうちに、危うく親にばれそうになったこともありましたが、それでもどうにかごまかし、”D”との関係は続き私はとても幸せな時を過ごしていました。

そのうち”D”は、逢うとすぐに体を求めてくるようになってきました。
いきなり押し倒してキスをして、体を貪り始める。

そんな”D”に当然のごとく私は、
”もう少し話をしたりして、エッチ以外のこともしようよ・・・”

そうはいっても、"D”は当然のように体を求めてきます。

そんなエッチにだんだん私は感じることがなくなりました。

はやくエッチが終わればいいとも思っていました。

逝ったふりをすれば、”D”も終わってくれるかもしれない・・・・
とも思いました。

そんな”D”とのエッチでしたが、”D”はいろんな事を私に求めてきました。

”もっと、ポルノ映画のように悶えるような声を出してみて”


”お口でやってくれる・・・・”

これは、正直言って苦手でした。  (今とは違って・・・)

”D”は完璧マグロ状態で仰向けになって私のサービスを待っていました。

本当に苦手で苦手で、手でカンジさせることができないかと一生懸命、手で”D”の@@@を上下させるのですが、執拗なくらいにフェラを要求してきます。

最後は私も彼の要求に応えますが、それはそれはさせられているという一種の義務感はぬぐえませんでした。

今でこそ、AVだって不自由なく見ることもできるし、どのようなことかはわかります。”D”もいろんな本を読んでいたのでしょうね・・・・知識だけはあったようです。

勿論そんな彼のことですから、アナルにも興味があったようである日妊娠の心配のないアナルに入れることを求めてきました。

あまりの痛さに、私は激しく拒否をしました。それ以降アナルには”D”は興味があったようですが、私は拒否です。

だって・・・ローションもなしにいきなりですもの・・・ね。

”処女を失ったときのように痛いらしいんだけれど、それを過ぎれば、すごっく感じるらしいぜ”とは、毎回言っていましたが。

”D”は妊娠の心配からか、私の中で出すことはありませんでした。コンドームをつければ妊娠の心配は少なくなるのですが、私の秘所が潤うことなく挿入するので、コンドーム着装で挿入されるとただ痛いだけでした。

そこにはお互いに喜び合うセックスは存在しなかったのです。

でも、私は”D”を好きだったし、”D”と一緒にいられるだけで幸せだったのです。

きっと”D”は私の体で満足できなかったのでしょう。

ある日こんな提案をされたのです。

”omohideの事は好きだけど、束縛するつもりはないんだ・・・
だから、omohideもあっち(学校)に行ってるときは遠距離になるから、恋愛の1つくらいやってもいいよ。また違った人を好きになると、お互いに違った感じになっていいかもよ”

と、言われたのです。


”えっつ???わたしのことどうなの・・・・・”

”1人に執着しないって事で、別れるって言う事じゃないからね・・・”

そんな会話があったのでした。

でも、私はそんな気にもちろんなれませんでした。

別の人を好きになることはできない。
でも、エッチだけの関係だけでなく、”D”と楽しい時間を過ごしたい。
そして、エッチも自然な流れで愉しみたいと言うだけなのに・・・・

それでも、私は”D”の事が好きだったので、”D”だけの事を考えていました。

”D”は私が他の男性に仕込んでもらうことで、より自分が満足できるエッチができると考えたかどうかはわかりませんが・・・・

"D”の言ったそのひとことが、その後のわたしと”I”との関係を作ったのでした。
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初めての人

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”D”での19歳での出来事。

夏休みも終わる頃、私は"D”の部屋で結ばれることになりました。

それまでは、外であって”D”の部屋でお茶を飲む・・・・
そんな時間の過ごし方だったのが、その日を境に、”D”とあうのは、セックスをなしに逢うことはできませんでした。

”D”と近くの駅で待ち合わせをして”D”の部屋へ行きました。

”お茶を飲む??”
っていうこともなく、部屋にはいると同時に”D”は唇を重ね、舌を舌に絡ませ、荒々しい息遣いで私を押し倒します。

もう、抵抗はしません。私の中で、こうなることは覚悟をしてきているのですから。


でも、わかってはいても、怖かったです。

私は初めてのことでしたから、どんな行為をするのかは知ってはいても、それはあくまで頭の中で思い描いたこと。これから自分が経験することは初めてのことだし、どんなことになるのか考えただけでもとても恥ずかしいことでした。

実は近所のある写真館で、男の性器、女性の性器、そしてその結合という写真を密かに見せてもらっていたので、”D”のものを見たときには別に驚きませんでした。

ただ、とても気になったのが、明るい部屋で、レースのカーテンだけの明るい中で、しかも畳の上に押し倒されての初めてのセックスだったので、ムードもあるというのもではありませんでした。

”D”から愛撫を受けるということもなく、ただ足を開かれ私の身体の中に”D”のものを挿入された行為でした。

もちろん処女でしたので、男の人が感じるとか、逝くとか言う感じとはほど遠い、ただ単に痛いというものでした。私の身体は痛さのあまりに堅くなり、足を閉じようとしましたが、"D”はそれを制止して荒々しく私の身体に挿入し、そしてさらに深く私の身体を突いてきます。力で”D”を突き放すことはできません。第一そんなことを好きだった"D”にできることもないので、必死に耐えることにしました。

”D”を好きだというだけで、それだけでこの痛さも耐えられるという感じでした。

そのときは、避妊具はつけませんでした。

そんな確認すらしていないセックスでした。

あとでわかったことですが、”D”は私の中に挿入するだけで、彼は逝くことはなかったようです。やはり前の彼女のことは大きなトラウマとして彼の心の中にあったようです。

今から思えば、どんなセックスでも妊娠の可能性のあるものであれば、必ず避妊具というものはつけなければいけませんね。

家にかえって、母と一緒に話をしていると、自分が娘ではなく女になったんだ・・・母が父とした行為と同じ事をしてしまったんだというちょっと後悔みたいなもののがあったのは事実です。

でも、その気持ちと反比例するように"D”への気持ちが傾いていってしまい、自分でも自分の気持ちを抑えきれない衝動に駆られることになるのでした。


19歳の夏

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大学生になった初めての夏休み、学校修了と同時に地元にすっ飛んで帰りました。

そのとき両親は、よっぽど寂しかったのだろうと、私の帰郷を大変喜びました。

実際は親元などには、帰りたくありませんでした。実家に帰ると気持ちは大変窮屈で、親の愛情が窮屈でもありました。外出だって、いちいち言わなければいけない窮屈さに辟易していたというのが正直な気持ちです。

親が考えていることがよく分かっていただけに、

その呪縛から自分を解き放つために、恋愛というものに憧れていたのだと思います。


両親ことはもう少ししたら、記事として書くことにします。このことは、私にとってとても大事なことで、セックスレス解消のきっかけにもなったし、現在家庭を築く自分の姿でもあります。



さて、”D”のことに話を戻しましょう。

母は、そのころ”D”の存在に気がついていましたし、私もわざと”D”との存在を知らせる素振りをしていました。

家族たちは、私の行動をつぶさにチェックしていたと思います。



そんなある日”D”とドライブデートです。


あいにく天気はイマイチでした。
どこに行こうとしたのかは、忘れました。


途中やっぱり・・・・雨が降ってしまいました。



これは絶好のチャンス!!

今時だと、通りすがりのおしゃれなラブホにでも車を入れるところでしょうが・・・

車を向かわせたのは、彼の下宿先。



大学院進学と同時に”D”は寮を出て、下宿生活に変わっていたのでした。

男の子の一人暮らしの部屋に行くと言うことは・・・・

やっぱりね。

私は”D”への想いを心で暖めていたので、その瞬間を期待しながらも、やはり自分の体と心は大事にしようと思っていました。

お茶を飲みながら、いろんな話をしたかもしれません。

ふと話がとぎれた瞬間。


抱き寄せられ、初めてのキス。

うぶな私は、あまりの突然に目を閉じるなんて出来ませんでした。

そのうち、”D”の舌が私の舌に絡まってきます。

さぞや、最初のキスはうっとり感じるだろうと思いきや・・・・

そんなムードは緊張のあまりに感じることは出来ませんでした。

その時どうしても気になったのが通路側の窓がチョットだけ開いていたこと。
誰かが通りがかりにその開いた窓からのぞいていたらどうしよう・・・・・

もしかして、わざと除かせようとしているのかしか?

なんてそんなことが頭をよぎり、”D”とのキスを感じることすら出来なかったのでした。

でも、嬉しかったし・・・・しっかりと”D”の唇の暖かさを感じたのでしたが、その反面で醒めた自分がいるのも不思議でした。


”D”は私の胸をさわり始め、だんだん下の方に手がのびできます。

ああ・・・"D”はセックスを求めているのだとすぐに理解できました。

しかし、一気に求めてくる"D”に対して私は心の準備が出来ていませんでした。

とにかく・・・・

”D”に初めてのことだから、自分の体と心は大事にしたい・・・・



そのようなことを言ったと思います。

”D”はちゃんと理解してくれ、その日はそれ以上は求めませんでした。

”D”にはわかっていたのでしょう、ここまで体験した私は次には絶対に処女を捧げるであろう事を。



遠くからのおもひ

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大学受験。

それは、私にとってとっても大事なものでした。

私の大学受験は、地元でするものではなく、首都圏でするものだったからです。

中学高校と私学に通い、専門の勉強は小学校から最低限の遊びだけにして、学校の勉強はもちろんのこと、専門の勉強も人との競争、自分のレベルを磨く、切磋琢磨の日々でした。

でも、小学校の時は親の目を盗んで、男の子たちと自転車に3人乗りで、ちょっと遠くの公園に探検と称して出かけたりしていました。

中学・高校は通学時間がチョット長かったので、遊ぶと言うことは出来ませんでしたが、ちょっと塾をさぼって友達の買い物につきあったり、ちょっと寄り道をしてお互いのお気に入りの男の子の話をしたりして、息を適当に抜いていました。

そうでもしないと、まじめな生活に息が詰まりそうでした。(でも、至ってみんなまじめ、不純な異性交遊はありませんでしたから)

私が大学生になるときには、”D"は就職して社会人になるはずでしたが、"D”の年は就職が非常に難しくて、就職せずにそのまま大学院に進学する事になっていました。首都圏の大学院にするか、そのまま自分の大学の大学院にするか迷ったようでしたが、そのまま自分の大学の修士課程に進みました。

同じ首都圏にいれば、思うように逢えるのに・・・・
残念な思いでしたが、自分が地元の大学に進学することは、もっと、出来ないことでした。

私はこうして首都圏のある大学に進学。
”D”はそのまま大学院に進学と、離れることになりました。

私は地元を離れるその日、空港から”D”に電話をしました。

あとで聞かされたのですが、”D”はそのとき彼女の堕胎で非常に落ち込んでいたときでした。

そんな時だなんて私は知りもしません。

でも、出来れば”D”の過去なんて知りたくありません。別に言わなくてもいいことなのに、”D”は何故言う必要があったのでしょう。

私は自分が不倫や婚外恋愛をしたときには、お互いが合意の上だとしても、それを相手に知らせたり、感じさせてはダメではないかと思っています。家庭外セックスの色風は持ち込んで欲しくないです・・・・(難しいことですけれど・・・・)

さて、話を離ればなれになった2人に戻しましょう。


私は首都圏の某市(ごめんなさい・・これは書けません)の学校に通うのに、同じ市内ではなく、ちょっと離れた町に住むことにしました。

1人暮らしといっても、見知らぬ町に娘を1人放り出す親はいませんよね。ということで、私もしっかり生活管理されたところに下宿したのでした。

門限は決まっていますし、勿論、男子禁制。見せかけだけでなく、ちゃんとした男子禁制でした。

もともと、1人になるのが大好きだった私はこうして、最低限のルールを守れば誰からも邪魔されない生活空間を手に入れたのでした。

手紙のチェックもされることないし、誰からかかってきた電話かチェックされることもない、今までの自宅で暮らしていた環境とは全く違う快適な環境を手に入れたのでした。

嬉しかったことは、”D”は恐ろしいくらいに筆まめでした。しかも、便せんに何枚も書いてくることもありました。私も手紙を書くことは苦になりませんでしたから、せっせと手紙を出しました。

恋文というかんじではなく、自分の近況を綴ったモノに淡い思いをさりげなく織り込む・・・というような、幼いものでしたが、それでも私は”D”へ遠くからのおもひを育むことで幸せを感じていたのでした。

そして、"D”は時々電話もかけてくれました。
また、私も連絡をしたりしました。

しかし、その当時は携帯電話なんてないですし、テレホンカードすらない時代です。しかも、電話だって電電公社の時代ですよ。電話代だって高いですから、あまり長くしゃべれませんでしたが、それでも”D”の声を聞き、”D”の文字にふれるだけで、心がときめいたのでした。

でも、確かな、”D”からの手応えが欲しくて、おもひは強くなるばかりでした。
”D”に逢いたい・・・・そのおもひだけが増していく毎日でした。


”D”との出会い

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”I”との出会いは最初にも書きましたが、”I”と出会っていたときには、私には、”D”という心を寄せている男性がいました。



”D”との出会いは私が高校生の時。”D”は大学生で5つ年上でした。

私に姉妹はいましたが、私は長女。しかも異性の兄弟はいませんでしたので、5つ上の男性というのはとても輝いて見える、胸ときめくあこがれの男性でした。

”I”は佐藤蛾次郎似といいましたから、ここでも”D”を芸能人の誰かに喩えてみるとすると・・・



あの冬彦さんを演じていた”佐野史郎”似とでもいいましょうか・・・・

その当時佐野史郎なんて役者さんを知らなかったので、佐野史郎を初めて知ったときはチョットビックリ。

ちょうど輪郭、目のあたりや、口元が似ていたから・・・・(実際はそんな気がするだけかもしれませんが)


最初の出会いは、”D”が私の学校の文化祭に来たのがきっかけでした。一方的に私がオネツをあげただけでした。


当時の私は、もう”まっしぐら!”です”D”に。

なんとかしてきっかけをつくるために、”D”の大学の寮まで押しかけていき(玄関先ですけれど)クリスマスプレゼントを渡したり、電話をかけたり(寮の共同の電話ですけれど・・)と、今思えばよーやったなあ・・・と自分の行動に呆れちゃいますけれどね。

それでも、そのときの私は”D”に一途。でも、デートといっても、

たま~にお茶するくらい。手をつなぐってこともないです。

だって”好きです!”の一言さえも言っていないんだもの。

いえ・・・言えなかったのです。恥ずかしくて。

やっと言った一言が

”あのぅ・・・今おつきあいしていらっしゃる方いますか?”
が、精一杯。

今時ではありえないかしら・・・・

なにぶん、これは20年以上も前のことですから・・・・・ね。

当時の”D”にはつきあうというか、遠距離の女性友達がいました。
(あとで聞いたけれど、肉体関係はあるようでした・・・お互い初めての相手だったようです)

当時の私は、恋愛なんかにうつつを抜かしている場合ではなく、大学受験に向けて走っているときでした。

でも、どうしても勉強だけに明け暮れる日々はゴメンでした。

まあ女子校という環境、うちに帰れば父以外は全員女。(ペットの犬まで♀でした)それに加えて私の両親は、かなり頭がカタイほうだったので、その反動もありました。

とにかく、親に隠れてのお茶デート・・・に、友達に”D”からの手紙の受け取りになってもらいたり・・・(家宛に出してもらうと間違いなく処分されるから)今では携帯メールっていう便利なモノがあるからいいけれど、当時は電話だってコードレスじゃなかったから、電話するのも親の目を盗んでするか、公衆電話かだったしね。

こういっちゃ何ですが、本当に♂に飢えていたのでした。
そして私から見れば”D”は立派な大人だし(学生だけれども)、わたしの心をときめかせるには充分だったわけです。

私の思いは、ただのあこがれからちっとも進展しない高校の3年間を過ごしたわけです。

でも、電話をかければちゃんと覚えていてくれたし、お茶だけデートもしてくれたし、手紙もくれたし、それだけで私は満足していました。

”D”にしてみれば、私はきっと人畜無害な存在だったので、無碍にも出来なかったでしょうね。ただ、一人で勝手に自分憧れているのですから。

私が、”D”に思いを寄せていた3年間は、”D”は最初につきあっていた遠距離の彼女と別れ、比較的近くにある大学の女子大生とおつきあいをしていました。

彼女とは彼女の妊娠をきっかけに、結婚を考えていたようです。でも、お互い学生の身分だし、諦めたようです。

わたしは、”D”がそのような恋愛を体験しているともしらず、ただ憧れだけで3年間を過ごしたのでした。

ほんと・・・今思えば・・・・オバカなわたしね。