『幻想の崩壊』 オウムとはなんだったのか?

以前オウムにいましたが、そのときのことを振り返り、記録として残しておこうと思います。


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教団は東京の亀戸にも土地を取得していた。そこは新東京総本部と呼称しており、登記上はここが主たる事務所と言うことになっていた。そこに多くのサマナが1993年の6月後半から派遣された。そこでまた何をやるかもわからず、皆黙々と作業に取り組んでいった。

亀戸の土地は非常に狭く、よくこんな所に8階建てのビルを建てたものだ、というしろものだった。そのビルに色々な機械を搬入していった。すでに壁も床もできあがっているところに大きな機械を搬入していったが、普通の状態では搬入できない場合は、壁や床をぶち抜いて、機械を搬入することもあった。また夜中にたたき起こされて、作業に取り組むこともしょっちゅうだった。教団のやることはいつも段取りが滅茶苦茶だった。それに対して皆不満はあったが、オウムだからしょうがない、というムードでもあった。

亀戸では、ビルの所有者がオウムだと以前からばれており、そんな中で薄汚い格好をした男性が何人もビルに入っていくから、近所の住民は警戒態勢を強めていた。道路で近くに住んでいる人たちとすれちがうと、早くでていってくれ、といったことをよく言われた。その当時は何を言っているんだ、と思っていたが、いまでは住民の方々の気持ちがよくわかる。

亀戸のビルは、ほとんどのフロアが、壁も床もALCがむき出しで殺風景だったが、一つのフロアだけは殺菌灯が照らされ、そこにドラム缶がいくつもおいてあった。そのフロアはちらっと見ただけなので、そこで何をやっているのかよくわからなかった。私はまた何かやっているんだろうと思ったが、それで終わってしまった。清流精舎といい亀戸といい、実に異様な雰囲気だったが、私は教団の体質に染まっており、疑問をはさむことができなかった。

今から思うと、そのフロアでは、炭疽菌を培養しようとしていたのだった。その事実を知っている人は、その中でごく一部だった。ほとんどのサマナは、わけもわからずただ指示されたことを行っていたのである。

屋上から炭疽菌を噴霧しようとしたようだが、当然そのことは皆には知らされなかった。異臭がただよったということも、私には覚えがない。ずっと中にいたのでわからなかったのだろう。ただ外ではすごい異臭がしたようで、ある晩には地元の多くの人たちが新東京総本部の前に集結し、シュプレヒコールを始めた。

私は鼻がなれていたせいか、においを感じなかったので、なぜ地元の人たちがシュプレヒコールをしているのかわからなかった。教団はまた誤解されているなあ、と的はずれなことを考えていた。しかし、異様なにおいがオウムが所有しているビルから出ているとなれば、シュプレヒコールも当然のことである。

結局炭疽菌の噴霧は失敗に終わり、私たちは何の説明もなく、亀戸から撤退することになった。マイクロバスが迎えに来て、私たちはそれに乗り込んで亀戸を後にした。その時、いくつかのマスコミも来ており、私たちがバスに乗って出て行くところを報道された。亀戸では、無差別殺人が計画されていたのだが、何ともおそまつな結果に終わった。それが幸いだった。

亀戸での計画も、相当杜撰なものだったようである。松本死刑囚はまともな意見を出す人がいてもそれを取り合わず、自分の思いつきで事を進めようとして、結局大失敗に終わったようである。その時に松本死刑囚はおかしいのではないかと思い、信を弱めていった人もいたようである。このころには松本死刑囚の思考は、相当狂ってきていたのではないか。
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