443の日常記事は2番目にアップしております
節電しましょう!
間違った情報があればコメントやメッセージでご連絡ください!
トップ記事は随時、追記&修正しております!
↓塩釜周辺の情報が掲載されています!
支援物資・住宅・ボランティア
被災地区の県庁では個人での支援物資は受付てないようですが、他県でボランティアや支援物資窓口が開設されてきました。
大阪府や岐阜県などで住宅の提供を開始しています。
●個人の支援物資を募集している窓口
募集している物資は各窓口で違いますが、足りないと思われる物資と注意事項を明記いたします。
※1つの段ボールには一種類の商品を入れ、中身がわかるように明記。
そうすることによって仕分けの手間が減ります。
・水
・衣料、食料、電池、日用品(石鹸やティッシュなど)、ベビー用品。
・食料は腐らないもの(レトルト、インスタント食品、栄養補助食品)など。
・懐中電灯・電池。
・特に毛布やカイロなどの暖を取れるもの。
・衣料の場合はサイズごとにまとめて、中身が分かるように明記してください。
・衣料はなるべく綺麗なもので。
・重くなり過ぎない様にも注意してください。
・「地震支援物資在中」とお書き添え下さい。
各市町村でも窓口設置しているところが増えています。
●住宅提供している県市町村など
●ボランティア募集窓口(県庁以外)
旭市社会福祉協議会|災害ボランティアセンターについて
(緊急)
●義援金以外の窓口
●被災地近隣のHP・サイト
※南相馬は原発問題で募集を中止しています。
●信用できる募金先
↑パチンコ玉の代わりに1円玉7枚、10円玉7枚でも代用できるそうです!
母・悠子様の東京の友人のご主人の故郷、気仙沼から毎年、海産物を贈ってもらっていた。。。気仙沼市唐桑町鮪立191の賀寿水産さん、ご無事でしょうか・・・地図でみると海のまん前なので心配しています。。。さんまのつくだ煮を作っていらした気仙沼市魚町2-5-17の有限会社ケイさんもご無事でありますように・・・
節電しましょう!
チェーンメールや詐欺などあるそうです! 情報をコピペする場合十分考慮していますが、間違った情報があればコメントやメッセージでご連絡ください!
トップ記事は随時、追記&修正しております!
支援物資・住宅・ボランティア
被災地区の県庁では個人での支援物資は受付てないようですが、他県でボランティアや支援物資窓口が開設されてきました。
大阪府や岐阜県などで住宅の提供を開始しています。
募集している物資は各窓口で違いますが、足りないと思われる物資と注意事項を明記いたします。
1つの段ボールには一種類の商品を入れ、中身がわかるように明記。
そうすることによって仕分けの手間が減ります。
・水
・衣料、食料、電池、日用品(石鹸やティッシュなど)、ベビー用品。
・食料は腐らないもの(レトルト、インスタント食品、栄養補助食品)など。
・懐中電灯・電池。
・特に毛布やカイロなどの暖を取れるもの。
・衣料の場合はサイズごとにまとめて、中身が分かるように明記してください。
・衣料はなるべく綺麗なもので。
・重くなり過ぎない様にも注意してください。
・「地震支援物資在中」とお書き添え下さい。
滋賀県庁HP http://www.pref.shiga.jp/
各市町村でも窓口設置しているところが増えています。
旭市社会福祉協議会|災害ボランティアセンターについて
(緊急)
被災地近隣のHP・サイト
サイマルラジオにて、FMいわきから情報を生放送中!
FMいわき
http://www.fm-iwaki.co.jp/cgi-bin/WebObjects/1201dac04a1.woa/
都道府県別、災害救援情報まとめサイト。
http://savejapan.simone-inc.com/
消息情報はこちらで【Person Finder (消息情報): 2011 日本地震 by Google】
http://japan.person-finder.appspot.com/?lang=ja
リアルタイムでNHKの放送が見られます。USTREAM NHK TV
http://www.ustream.tv/user/NHK-TV
-------------------------------
*お願い*
・電話の使用は極力避けましょう。 緊急の連絡(119,110)で必要としています。
・安否の確認は災害伝言板ダイヤル171、ツイッター・ ネットや Skype、アイフォンならばviberを
使いましょう。 (Skype < viberです。 ツイッターかなり強力です。)
・節電に協力して下さい!!
節約した電気が、病院に使われ、傷付いた一人の命を救います!!
予測だそうですが、完全復旧送電には最低一週間とのことです。(個人意見になるそうですが、ご参考)
*GPS*
建物に閉じ込められてる方、 スマートフォンを持ってる方はGPSをオンにしてください!
【TwitterSOSタグ】 GPS機能もつけてつぶやくこと。
#j_j_helpmeその他ハッシュタグ⇒ #prayforjapan (応援) #earthquake (地震) #eqjp (地震) #jishin (地震) #j_j_helpme (救助要請) #hinan (避難) #anpi (安否確認) #daijyoubu (安否確認)
携帯でGPS機能が付いてる方も!助かる確率が上がります。希望を持って!!
地震・津波被害に関する最新情報はこちら
【全国非難場所一覧】
http://animal-navi.com/navi/map/map.html
東北地方太平洋沖地震 関連リンク集 TVネット配信(アカウント不要):
NHK総合(ニコニコ生放送)
http://live.nicovideo.jp/watch/lv43018790
NHK総合(Ustream) http://www.ustream.tv/channel/nhk-gtv
TBS(Ustream) http://www.ustream.tv/channel/tbstv
災害伝言板
DoCoMo http://dengon.docomo.ne.jp/top.cgi?es=0
au http://dengon.ezweb.ne.jp/service.do
SoftBank http://mb.softbank.jp/mb/information/dengon/index.html
WILLCOM http://www.willcom-inc.com/ja/info/dengon/
e-mobile http://dengon.emnet.ne.jp/
NTT-Web171 https://www.web171.jp/
Google Person Finder 2011 http://japan.person-finder.appspot.com/?lang=ja
避難所
全国避難所マップ http://animal-navi.com/navi/map/map.html
23区避難場所 http://cgi.mobile.metro.tokyo.jp/aps/tosei/bousai/hinan.html
岩手県避難場所 http://www.pref.iwate.jp/view.rbz?of=1&ik=0&cd=28306
東京都内避難所一覧(Googleマップ) http://bit.ly/g5l5PO
各種情報: 津波警報・注意報(気象庁) http://www.jma.go.jp/jp/tsunami/
全国鉄道運行情報(NAVITIME) http://www.navitime.co.jp/train/
道路交通情報(国土交通省) http://www.mlit.go.jp/road/roadinfo/
メディア
産経新聞 http://sankei.jp.msn.com/
読売新聞 http://www.yomiuri.co.jp/
毎日新聞 http://mainichi.jp/
Tips
ケガ・キズの手当て応急処置 http://www.jon.gr.jp/qq/first_aid/index.html
緊急時用の水の確保方法 http://r.nanapi.jp/392/
災害伝言ダイヤル「171」の使い方 http://r.nanapi.jp/5941/
Twitterで信用できるアカウント
NHK広報局(@NHK_PR) http://twitter.com/nhk_PR
NHKニュース(@nhk_news) http://twitter.com/nhk_news
総務省消防庁(@FDMA_JAPAN) http://twitter.com/FDMA_JAPAN
【地震に遭遇したときの対応マニュアル】 http://matome.naver.jp/odai/2129850837113580401
【NHK各放送局災害情報】
各地域の災害情報確認のときに。
http://www3.nhk.or.jp/saigai/jishin/index.html
【持ち物】
□現金
□身分証明書
□印鑑・預金通帳・保険証
□飲料水(1人1日3リットルが目安)
□非常食(缶詰・お菓子等) □携帯電話と非常用充電器 □ティッシュ □タオル(5枚くらい)
□懐中電灯
□カイロ
□サランラップ
□毛布
□家族の写真(はぐれた時の確認用)
□ホイッスル(生存率が格段に上がる)
□メガネ
□いつもの薬
【緊急行動パターン】
・窓・ドアあける
・荷物は玄関へ
・底の厚い靴をはく
・ガスの元栓を締める
・浴槽に水をためる
・米を炊く
・出来るうちに携帯充電
・停電時ブレーカー落とす
・24時間は地震が続くだろう
・とりあえず落ち着く
・災害用伝言ダイヤル171の利用(避難場所も伝える)
・電話は最低限
・Skypeなら使える
・警察を偽った詐欺電話に注意
【避難時の注意】
・倒れかけのタンスや冷蔵庫に近づかない
・ガラスや塀に注意 ・壁の亀裂や柱の傾きは倒壊のおそれあり、即避難
・狭い道、崖沿い、川沿い、海を避ける
・海沿いの人は高台に避難
・ヘルメット着用。せめて帽子を着用
・火が付きやすい化繊の服を避ける
・マスクや濡タオルを装備する
・火災時は風上へ
・車は走るのをやめて路肩に寄せて停まれ
【地震が起こる前なら】
□ヘルメットはあるか
□非常食の蓄えはあるか
□水の蓄えはあるか
□応急処置セットはあるか
□寝袋はあるか
□非難所・非難所までのルート
【NTT公式情報】
公衆電話は災害時には優先的につながります。
災害時には被災地の公衆電話は無料で使ます。 た
だし国際電話は使えません。
●無料公衆電話のかけ方。
・緑色のアナログ公衆電話 緊急ボタンを押すか、10円玉を入れれば通話できます。
通話が終わると10円玉は戻ります。
・デジタル公衆電話 テレホンカードや10円玉を使わず、 受話器を取るだけで通話できるようになります。
【災害用伝言ダイヤル】
◆被災者の方 1.伝言ダイヤル「171」を押す。 2.「1」を押す 3.自宅の電話番号を押す。 4.伝言を録音する。
◆安否を確認したい方 1.伝言ダイヤル「171」を押す。 2.「2」を押す 3.安否を確認したい方の電話番号を
押す。 4.録音された伝言を再生する。
【Google Person Finder】
Google安否確認サイト
http://japan.person-finder.appspot.com/?lang=ja
【災害用伝言掲示板】
auhttp://dengon.ezweb.ne.jp/service.do
docomohttp://dengon.docomo.ne.jp/top.cgi?es=0
softbank http://mb.softbank.jp/mb/information/dengon/index.html
ウィルコム http://www.willcom-inc.com/ja/info/dengon/
【TwitterSOSタグ】
GPS機能もつけてつぶやくこと。
#j_j_helpmeその他ハッシュタグ⇒ #prayforjapan (応援) #earthquake (地震) #eqjp (地震) #jishin (地震) #j_j_helpme (救助要請) #hinan (避難) #anpi (安否確認) #daijyoubu (安否確認)
【救急処置】
意識がなく倒れている人がいたら 仰向けにし顎を上げて気道確保
呼吸・脈拍があるか確認 確認されなければゆっくり二回肺が膨らむのを確認しながら人工呼吸
※この時あごをあげ気道確保→人工呼吸後心臓マッサージ ※AEDがあればAEDをすぐに使用すること
【骨折かどうか】
腫れている 変形している 自分で動かせない、または微動でも激しい痛みがある変色している
【骨折処置】
用意:タオル、副木(硬い棒・板状のもの)、縛るもの 目的:固定し、
骨折箇所の負担を減らす 方法:骨折場所を中心に、タオルでくるんだ副木を縛りつける
【物に挟まれたときの処置】
体の一部を長時間強く挟まれた状態の被災者の方は、 無闇に救助したりせずに救急車を呼んで下さい。 クラッシュシンドロームに陥り、最悪の場合死に至る恐れがあります。
逆に、挟まれてすぐなら躊躇なく助けてください。
【簡易トイレの作り方】
便器の中にビニール袋を二重に
入れ、口の部分の一部を管などに括る。 ビニール袋の中に新聞紙を入れ、消毒液を入れるか、
スプレーする。 必要に応じてビニール袋を替える。
みなさん強い心をもちましょう。
いろいろなサイトから追加転載しております!
何があるかわからないので、
靴またはスリッパ(逃げるときに怪我をしないように)
※私は寝るときに近くに置いています!
義援金も重要な活動!
フジテレビがユーストリームとニコニコ動画で地震関連のニュースを流しています!
フジテレビ トップ画像でリアルタイムのニュースがユーストリームで放送中です!
http://www.fujitv.co.jp/index.html
無事です。
病院で、ちょうど母のCT検査が終わった直後の地震でした。
一緒にいたので、心強かったです。
皆さん、大丈夫でしょうか?
●東京在住の知人たちの安否確認
3月11日22:40 ヴィヴィン佐藤さん 大丈夫とのこと
3月11日23:00 桐谷健太さん 大丈夫とのこと
3月12日11:30 久保浩子さん 大丈夫とのこと
3月12日11:35 長沼Mさん 大丈夫とのこと
3月12日11:45 広尾カフェカルバ 大丈夫とのこと
※12日は午後から臨時閉店
3月14日13:00 岩手県花巻市 音楽工房ほうほうさん 無事とのこと
3月15日11:00 民革関係者 無事とのこと
3月14日 仙台ののりさん 無事とのこと
3月15日 宮城のたねさん 無事とのこと
小学4年生の時、父の独断で家族で九州旅行に行くことになった。
学校を1週間休んで、大阪湾からフェリーで大分へ。
そこでタクシーをチャーターして、鹿児島の鶴ばあちゃんの家まで行ったのだ。
霧島と言う言葉に再びであったのは2002年だった。
ミナミのご飯屋「磨呂」さんから紹介された小説家・石黒耀先生との出会いだった。
石黒先生は奥様と個人医院を経営しながら、小説を書いておられ、
阪神淡路大震災をきっかけに、奥様がした「地震と噴火の違いについて」のフトした質問をヒントに霧島山地下に存在するカルデラについての小説を書かれたのだ。
元々、海の生物も大好きで、魚の行動で火山活動がわかるとか・・・。
講談社が主催したこの小説「死都日本」をテーマにした会議にも出席させていただいたが、
石黒先生以外、他全員が日本を代表する地震の専門家や研究者、大学教授等などで、
あんなに多くの東大出身者を一度に見たのは、初めてだった。
そんな小説「死都日本」が今、現実のこととなっている。
現実、九州の危機をこの国はどう乗り越えるのだろう・・・。
もし東海地震が起きたら、もし富士山が噴火したら・・・。
ちなみに、石黒夫人は私の眼科の主治医で、眼底出血から糖尿病を発見してくれた恩人なのだ。

「死都日本」
著者:石黒 耀
(いしぐろ あきら、1954年)は小説家・内科医。ペンネームは黒曜石からとったものである。
広島県生まれで小・中・高と兵庫県で育つ。少年時代より火山に魅了される。
宮崎医科大学(現・宮崎大学医学部)卒。現在は大阪府で内科医をしている。
名刺には「夢想家」と記載してありかなりロマンチストな面がうかがえるが、日本地震学会の「子ども地震火山サマースクール」にボランティアで参加するなど情熱的な側面もある。
『死都日本』は2002年に第26回メフィスト賞、2005年に第15回宮沢賢治賞(奨励賞)[1]
を受けている。また石黒自身も、本作をはじめとする地学小説の執筆が評価され、2005年、日本地質学会より表彰された。
霧島山の地下にある加久藤火山が巨大噴火を起こす様子を描いている。 九州南部やその南の海底には阿蘇カルデラ、姶良カルデラ、鬼界カルデラといった巨大なカルデラを生んだ火山がいくつも存在する。それらは数万年に1回の頻度で、噴出物の体積が100km3を超えるような巨大噴火を起こしてきた。最後に起きたのは7,300年前の鬼界カルデラの噴火であり、これによる火砕流は海を越えて九州島に達し南九州の縄文人に大打撃を与えた。
『死都日本』はそのような巨大噴火が現代の日本で起きたらどうなるのかというシミュレーションを行った小説である。
あらすじ:西暦20XX年、宮崎県沖で大きな地震が発生。その翌日から霧島火山周辺で群発地震が発生する。それは、30万年前に巨大噴火を起こし南九州を焼き尽くした加久藤火山が今また破局的な大噴火=「破局噴火」を起こそうとしている前兆だった。
1995年 阪神淡路大震災で傍観者だった私を現場に連れ出してくれ、貴重な体験をさせてくれた南国から来た頼れる力持ち、タシさん!
トンガから来て、東京に住んでたタシさんが看護婦さんが水の入ったバケツを持っている姿を見て、「僕には力がある!」と神戸に来てくれた・・・
最初はちょっと大変なことになりそうだと躊躇したけど、新大阪駅へ迎えに行き、東灘区を歩きまわり、御影工業高校にたどり着いた。。。
そこへ行くまでにも、寸志を包んでくれたサンケイ新聞の受付のお嬢さん、ベンツに載せてくれた叔父様はお母様を亡くされたと言っていました・・・タシさんが来た経緯を話したら、震災後、初めて泣き出したお母さん・・・皆さんの応援もあって、諦めずに歩いて、御影工業高校にたどり着くことができたのです・・・ありがとうございました♪
※御影工業高校にてタシ氏(左から二人目)と被災者の方々
↓御影工業高校を去る最後の日の記念撮影。タシ氏は他にも魚崎の被災所へ炊き出しに行き、バナナと牛乳でトンガのスイーツを作ってくれたり、大活躍でした♪ 諦めるな!と英語の歌を皆に教えてくれ、最後はそれを大合唱したよね・・・

傍観者だった私もタシ氏のおかげでできる限り、動き回りました♪
ジャニーズのメンバーも大阪駅前で募金活動をしてくれてましたっけ・・・
ポパイ編集部のメンバーも東京から駆けつけてくれ、ボランティア活動する人たちを取材しながら、救援物資を運んでくれました・・・海外からも駆けつける人たちがいて、彼らは整体をしてくれていました・・・・
あれから16年経ってしまい、私もいろいろなことを忘れてしまっています。。。当時、写真を撮るのに躊躇していたのですが、被災者の1人が「きっと、たくさんの写真はどこかに無くなってしまうかも知れないから、たくさん撮影したほうがいいよ」と言ってくださって、それから、たくさんの写真を撮影しました。。。なのに、部屋のどこかに仕舞い込んでいました・・・
人の記憶は忘れて行っても、こんな大変な寒い冬があったけど、暖かい人の気持ちがあったことを写真を残すことで忘れないようにしよう・・・諦めないことも!
天国に逝ったタシ氏のことも絶対に忘れない!
南国から来た力持ちの天使に・・・感謝を込めて!
※追記※
夕刻ですが、トンガ在住だったタシ氏の奥様、直子さんが昨年6月に癌で亡くなられたと知りました。。。
タシ氏のお墓に埋葬され、静かに南の島トンガに眠っているとのこと。。。
直子さんにももう一度、会いたかった。。。早すぎるよ。。。
その日は電車が動かず、翌日、JR京都から京阪に乗り継ぎ、淀屋橋へ。
歩いて大阪・大淀の友人のマンションへ。友人宅は揺れがひどく、家財道具が全滅。
なんとかかたずけた後でした。
それから、自転車を買って、芦屋で一人暮らしをされている美術の先生を訪ねました。
武庫川を超えるまでは自転車で走れたのですが、そこからは瓦礫で自転車を押して歩きました。
途中、道を迂回もしながら進みました。同じように誰かを訪ねて行く人も大勢いました。
すれ違う人にはサラリーマンみたいな姿をした人もいて、とても不思議な行進が続いていました。
甲子園口の先生の家に行くと、すでに生徒さん数名がかたずけをしていました。
それを確認し、芦屋で一人暮らしをされている先生の家を目指しました。
何時間かかったのか記憶にないのですが、夕方、もう薄暗くなっていました。
幸い、その先生は御無事で、少し、お話をしてから、大淀へと帰ったのですが、十三大橋が段差で通れないと聞いていたので、ひたすら国道を走りました。深夜1時を回って、やっと帰りついたのですが、行きと違い、帰り道は恐いぐらい静かで、車も人もいなかったのを覚えています。
後で考えたら、途中に崩れた家もたくさんあり、あの中に人がいたのかも...と思うと...。
その翌日、友人と献血に行き、その翌日、熱でぶっ倒れました。震災1週間後、散歩派の杉山氏と自転車で三ノ宮まで行き、三ノ宮がまるで戦争映画のセットみたいになっているのを見て、唖然としました。
三ノ宮の友人宅に運べるだけの水や食料を手渡しましたが、出会う人、出会う人、皆、涙も見せずに淡々としていたように思います。涙が出ないのはそれだけショックが大きかったからだと言う事。
後でわかりました。涙が出るまでには時間がかかるんだって。
震災10日後だったと思います。東京からトンガ人のタシ氏がやって来ました。
「ニュースを見てたら、看護婦さんが大きなバケツで水を汲んでいた。僕は力があるから。行く」と言って、奥さんに見送られて、やって来ました。
新大阪まで迎えに行き、電車で行けるとこまで行き、東灘区界隈をお手伝いできるところを探して歩きました。途中、おじいさんの合同葬に行く母娘に会いました。
トンガ人のタシ氏がこれこれこおいうわけで来た。と話すと、突然、お母さんが泣き出しました。
娘が泣き出したお母さんを見て、「震災から今日までお母さんは一度も泣かなかった」と。
タシ氏は優しくお母さんの肩を抱いてました。
その後、御影工業高校の食堂でお手伝いすると言う事になり、タシ氏は1カ月、被災した人と一緒に体育館に住み込むことになりました。
私はその間、ちょくちょく高校を訪ねながら、他の避難所にボランティアしたいと東京からやってくる人を紹介するような事をしていました。
役所ではすでに応募者が多く、受け付けしてもらえない状況だったり、当てもなくやって来た人がボランティア難民となって、被災者に助けられると言うような事もあったので。
そんな日々を過ごすうちにタシ氏はとても人気者になり、お別れの時にはお別れ会まで開いてもらい。皆で号泣しました。
そして、その数年後、タシ氏は肺がんになり、生まれ故郷のトンガで奥さんに見守られ星になりました。タシ氏とは御影でお別れして、それっきりですが、いつも元気に歌ってた姿を思い出します。御影工業の生徒さんたちも、あれから10年。
結婚して子供がいる人もいるんだろうなぁ。「ボランティア」言葉の意味は何かの辞書に載っているんだろうけど、私はボランティアってボランティアする人が救われるんだなって。
私はそう思っています。合掌(ー人ー)
※上記は2005年にアップしたものをコピーしています。
今年は震災から15年、父が亡くなって14年、そして今年は親族に病人がいます。
何かある度に、命の尊さを教えられますが、毎回、それは違う感情として私の押し寄せます。
実はここ数年、人生に目標が持てずに生きていました。
今、それを猛烈に反省しています。
今から大きな目標を達成することは無理かも知れないけれど、
平穏でおだやかな日々を基盤に充実した日々を送れるように努力したいと思います。
※上記は2010年に追記しました
昨年は叔母が癌で亡くなり、相次ぎそのすぐ下の妹、つまり私の母の癌が発見され、治療入院とその予後に追われた1年で、他人のことを思いやることができず仕舞いだったような気がします・・・そして、また今年も母が入院します。平穏でおだやかな日々をと望んでいるくせに、イライラしたり喧嘩したり・・・ま、いつでもいい子でいられるわけもなく。2011年の今年は頑張りすぎないように過ごします・・・
最近、命の大切さを食物から学んでいます。
母の出身が鹿児島と言うこともありますが、感染ルートはいくつもあります。
人事ではないと感じています。
何ができるか、考えています。
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