• 04 Dec
    • IBSF race week

      今週末はボブスレー、スケルトンのワールドカップ開幕し、今日までに日本勢も続々出場していた。金曜夜の時間に入って来たボブスレーヨーロッパカップ日本女子チームは、続いて同じ会場のドイツケニクゼーで行われた次戦でも押切、君嶋チームが3位と連日の表彰台。スプリントタイムも1位だったし、地元のドイツや経験あるスイス選手の中で大健闘。頭角を現した。来季の平昌以降、そり界の日本女子を背負うことは間違いない。伸び盛り期に突入である。押切麻李亜選手(上段左から3人目)のfacebookより。隣は君嶋選手。下段真ん中の左から初戦5位の浅津、川崎選手表彰台は良いものだ!いつも眺めながら、いつか!ど真ん中と思っていたことを思い出す…昨日の朝方にはスケルトン女子で、日本に与えられている一枠に出場している小口貴子選手が15位。YouTubeでレースを少し観たけど、これも健闘だったと感じた。レースが行われたカナダウィスラーは、とにかくトリッキーなコースで、難しく危険度も高い。二本確実に揃えることが大前提で、一本速くても一本転倒して失格する選手もいる。そんな中で二本きっちり揃えていた。彼女より上にいるチームは国を挙げての強化やレースに臨む体制も充実している国の選手たちだし、そんな中で昨年よりも確実に上げていることが見て取れた。もうひと段階上を狙うにはなんだろうか、と考えながら観戦したが、スケルトン女子のレベルも年々グレードアップしており、速い重い上手いの三拍子揃わなくてはというところもあるし、紙一重を取るには仲間との質の高い競り合いや、サポートが必須だろう。今日未明に終わったスケルトン男子は韓国選手が優勝していた。日本の高橋選手は18位だった模様。先週同じウィスラーで行われたノースアメリカンカップ二戦で若手の宮嶋選手が優勝と2位で大健闘していた。このレースで宮嶋選手と競り合い2位と優勝のロシア選手がワールドカップの3番手として出場し12位に入ってた。日本の男子枠は1つ空いてたから宮嶋選手もワールドカップに出場しているのを観たかった。面白いレースをしたのではと思う。そんな人々のレースを横目に、私は来週日曜にある30mと立ち幅跳びの記録会の調整など滑走に合わせて行っている。基準値をクリアしないと国際レースにもはや出られないからである。コースもオープンしている寒い今、なぜ陸上?怪我のリスクあるじゃんと、多くの人が?と感じてはいるらしい。ここら辺の選考基準には過去にも述べたように矛盾を感じずには居られないが、それは最早どうしても変わらないため、さておいて、私にとって大きな一戦となる12/25の全日本が完全な初戦になるのはどうかと考え、ヤマを作るためにもトライアルするのだが…一週間全力疾走して結構疲れて来たため、快晴の土曜は完全休養した。休みの大切さを痛感するお年頃である。

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  • 02 Dec
    • 日本女子ボブスレー ヨーロッパカップで優勝

      先ほど、日本女子ボブスレーチームが、ドイツのケニクゼーで行われているヨーロッパカップで日本女子チームで初優勝したというニュースが入ってきた!このチームのパイロット押切麻李亜選手は、2012年にオーストリア、インスブルックで行われたユース五輪に高校2年時に出場。以来、五輪を目指してボブスレーに取り組む22歳だ。押切選手は北海道十勝地方の中札内村の出身。お姉さんはスピードスケートで富士急行に所属、ソチ五輪にも出場した押切美沙紀選手である。身長も170センチ越え、体重も今季はかなりパワーアップし、外国人選手に引けを取らない体力を持つ。ソチのプレシーズンに帯広合宿した折、親子ほどの年の差の私と一緒に練習してくれたのが麻李亜さんだった。素直で純朴な十勝ならではの人柄に癒されることが沢山あった。今は十勝を離れ、札幌の企業に属し、札幌に拠点を構えてトレーニングを積んでいる。ボブスレーはスケルトン以上にお金がかかり、勝つのが大変な種目だと思う。リザルトを見ただけでは内容まではわからないが、何れにしてもドイツ勢を抑えての優勝は素晴らしい!ブレーカーはキミシマさんとの名前になっていたが、恐らく新人の選手であろう。ボブスレーは操縦するパイロットと後ろからプッシュするブレーカーから成るが、ブレーカーは陸上競技などでパワーとスピードがある選手がスカウトされることが多い。押切チームのほか、日本勢では5位に浅津チームが入賞していたのも付け加えたい。http://www.ibsf.org/en/component/events/event/167898施設の存続やら、私の仲裁やら…そり業界では、なにかといまひとつなニュースが続く中、久しぶりに明るいニュースである。明日はスケルトンのワールドカップ開幕である。麻李亜さんの夏のプッシュ

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  • 26 Nov
    • スパイラル滑走開始

      ついに本日、長野のスパイラルが結氷しオープン。本日午前中、コースコンディションを確かめるためのテスト滑走要員で、長野での初滑りをした。 朝のコース搬送路。霧だった!次第に晴れて…トップスタートから望む飯綱スキー場一昨日の雪はほとんど消え…トップスタートからトラックウォーク!シーズン頭は氷が薄いところも。13カーブ!そして滑走!思った以上に、コースコンディションが良かった本年のコース。外気温が低くなったおかげである。そり競技は雪は要らない。氷を良い状態に保てるよう、低い気温であること夜冷えることが望ましいのだ。気分も良く一本目こなしたので、2本目は懸案だった新しいそりにオン!あれだけヤバイと思っていた新車。カルガリーでの反省を生かして乗ってみたところ…行けると直感、レースに使うと決定!時間がかかると思いきや、アッサリ決められ、肩の荷が降りた。結局合計三本も滑走。午後はそりを完成させるため、元選手東條夫妻のお宅へ…心を温めさせていただいた😭カルガリーから帰国し約二週間あまり。カナダにて心の中の色んなものを捨てて来たらしく、体調良好で練習が進んだが、反動で疲労蓄積。昨日は撃沈し、今日滑れるか不安だった。🍀🍀🍀🍀🍀何かとお騒がせな昨今のスパイラル。今日も地元放送局が取材に訪れていた。選手の気持ちってさ、そりゃ、コースは残して欲しいって思う。でも、単純な問題でないことだってわかるから、コメントは難しい。しかしながら、作るときから想定できたことも多く、その課題に関係各位がどう対峙しながら競技を考え、運営して来たかってところだと思う。スポーツ施設問題などは日本のスポーツが抱える構造的な面が密接に関わってると私は思ってる。本日の北米杯、カナダ、ウィスラー戦。日本の若手男子、北海道出身の宮嶋克幸選手が見事優勝!おめでと〜🙏😉🎉🎉Good job 👍もう一日、揃えられるかな?

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  • 17 Nov
    • 十勝毎日新聞と帯広と引退

      ★十勝毎日新聞 北海道帯広市を中心とした十勝地方にある地元紙、十勝毎日新聞の心ある記者(カメラマン)の方が、私のことをコラムに書いてくれていた。11/7付。帯広出身の元五輪選手の友人が送ってくれた。   こんなふうに捉えてくれるのは大変嬉しい。なかなか自分の真意って伝わりにくいもので。。。 ★帯広 帯広にはソチ五輪のプレシーズン1、2年ほど、合宿を兼ねて夏場に練習に出かけた。その時にスピードスケートとそり、スキーの選手たちを対象に、北海道トレーナーの方々が合宿を開いて下さった体力測定やトレーニング相談等に参加した。帯広はスピードスケートの五輪選手を数多く生み出した地域であり、数年前にナショナルトレーニングセンターとして誕生したスピードスケートリンクは、日本選手の夏場の練習拠点として現在、活用されている。スピードスケートの夏場の練習というと、それまでカルガリーやソルトレークを多く利用していたようだが、今季はどうも帯広で全日本合宿が組まれていたらしい。 帯広にスケートリンクのほかに何があるのか?というというと、特にこれといったものはないのだけど、広い空に広い道路、そして美味しい食事やソフトクリーム(老舗お菓子店・六花亭の本拠地)、何となくのびのびゆったりとした街の雰囲気と、スポーツに寛容というか理解がある空気感は、海外に来ているような開放的なものがあり、大好きになった。 2013年、帯広での合宿〜 札幌にも何度か合宿で訪れたけど、帯広とはまた違う。札幌は都会である。帯広には違った味があった。 ★引退 十勝毎日新聞のコラムには「引退」という題目をつけて下さっているが、ピンと来ない。「もう辞める」とは我慢できないわたしは、多言してしまったように思うけど、引退という言葉は一度も口にしていなかったので。いずれにしても、あらためて「一線を退く」ことを活字で見ると、ほんとかいな?という気分になる自分もいて・・・それにしても性懲りがないと、笑える。バンクーバー五輪の後から、心の中では、辞めてやる、辞めてやる。もうやだやだやだやだ・・・といつでも思っている私もいる。実際、そこまで追い詰められているのも事実である。特に近頃は、心も身体も懐も。しかし、ちょっと調子が乗って来たり元気が戻ると、「試したい」という自分がにょきにょきと出て来るわけである。 海外遠征している日本人選手に海外の選手が、私が来ていないことを聞くらしい。「eikoは?」と。「federationの関係でレースに出られんの。本人は辞めるって言っている」とか答えるようなのだが、「あ、eikoは辞めないよ」と言われるらしい。なんで、そんなふうに思われちゃうんだろうか?皆私が辞めるといっても誰も信じてくれないんだってさ。 45歳も過ぎちゃって、次のステージに移りたいと真剣に思っているのも事実である。仲裁やって、本気でそう思った。オリンピックにも届かんし。打っても打っても響かない、変わらない人たちと付き合うのは、人生であまりにももったいない時間だ。一方、限界にチャレンジする好奇心と極めたいという際限のない思いがややこしいのも事実であり。。 ほんとは自分、どうしたいんだか? 自分で自分にツッコミを入れることも少なくない。けど、なるようにしかならん。やりたいようにやればいいじゃん。どうなってもいいじゃんか。そういう覚悟でやれよ。あとはもうないんだから。 クールなもう一人の自分はそう言ってるみたいだ。 帯広で撮ってもらった写真。アイスアリーナ内。   

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  • 15 Nov
    • アジアの台頭

      昨日、カルガリーにてノースアメリカンカップ(北米カップ、以前はアメリカズカップ)が2戦終了した。特記すべきは2戦目で韓国女子が地元カナダ選手をおさえて優勝したこと。3人出場していたが、優勝のほか3位、8位に入っていた。男子もワールドカップに出ていた選手以外の選手でも2戦目で3位に入っていた。 韓国は来季のピョンチャン五輪に向けて、完全はサポート完備している。テクニカルコーチ、マテリアルスタッフ、フィジカルトレーナー、通訳など。結果スケルトンでもボブスレーでも昨季ワールドカップで男子が優勝を果たしている。(ボブスレーは世界選手権も獲った)。女子スケルトンはまだワールドカップ出場は果たしていないが、着実に力をつけていることを今北米杯で表した。 韓国での五輪が決定し、2011年の10月頃から準備が始まった。当時私たちと共にレースを転戦していた選手がスタッフとなり、少しずつ新しい選手を発掘していた。新米コーチの元選手仲間が私に真剣な顔で尋ねてきた。「eiko、そりはどこで買えばいいんだ??教えてくれ」当時主流だったカナダ製から、その頃、GBR(グレートブリテン)がはやり出しそうな気配の時。GBRの製作者のそりは今世界の主流となっているが今回私が購入したのも彼の作った新型で、世界の多くの選手が乗っている。私はバンクーバー五輪の直後に古い友人だったGBRの彼のそりに乗り換え、手応えを感じていた。まだその頃GBR号に乗っていた選手は少なく、彼らもユーザーを発掘している最中だった。韓国の友人スタッフに、彼の連絡先を教えた。 それから韓国選手は少しずつ増え始め、GBRのそりがそろい、さらに1、2年するとその、そりの製作者をマテリアル、テクニカルコーチとして韓国チームは雇用し、男子がワールドカップで上位成績を収めるようになり、日本選手の成績を軽く抜いていった!!!さもありなん。マネージメントがうまい。。。(というか、普通) 今回、私がカルガリーに行った際に北米杯前に韓国チームも半数以上が訪れていたが、ボブスレーもスケルトンもスタッフの数も半端なく多く充実していた。各選手に一人くらいの数がいた。盛り上がっていた。。。 韓国の次の中国。中国スケルトンは、カルガリーのコース予約の三分の一ほどを占めており、ほかの海外チームが練習しずらい状況にあった。なぜ、それが実現したかと言えば、中国がヘッドコーチに雇った人物が、カルガリー出身トリノ五輪の銀メダリストの元選手(私と同じ年)で、彼がオーガナイズしているからである。今回私がカルガリーに練習に行く際、滑走できる時間が少なそうだったので、彼に連絡を取り、中国の練習に混ぜてもらえることになったので安心して行けたという経緯もある。カルガリーでコースに行った初日。黄色と赤のジャケットワサワサ。中国選手16人の群れ… コースに行くと、昨年までロシアでコーチをしていたドイツ人(元選手)が中国に鞍替えしていて。。。彼もそりの製作者。16人の選手全員、彼のそりを使っており、指導している姿があった。まあ、これも時間の問題。中国もピョンチャンが終わった頃には、トップ選手を作って来るであろう。for sure.....  スケルトンを始めて18年、私は指をくわえながら、各国がどんどんスタッフ、並びにチーム体制を充実させて、自分たちを追い抜いて行く姿を横目に歯がゆい悔しい思いを重ねていた。始めてこの方、日本は専門コーチを何度お願いしてもつけてくれなかったからだ。それどころか、選手のみでの遠征も少なくなく、私は若手選手のお世話係として活用され、プレイングマネジャーとして連盟に何度も協力したこともあった。自分に資金力があった頃は、連盟でもまだ選手の自由が認められていて、海外コーチを雇ったり、チームに入ったりしたこともあったが、1年くらいやったところで結果には簡単に繋がるものではない。選手個人の力ではどうにもできないものはあった。。。 北米カップ、今回日本人選手は男女各2名ずつ出場していた。男子の1人が6位に入賞。これはまずまず良い結果。彼は昨季も北米杯に出場し、難しいコースで好成績を収めている。現在日本男子のワールドカップ枠は2枠あるが、1枠しか派遣していない。スタッフも付いているのだから、若手で技術力がある彼にワールドカップを経験させない手はないのだが・・・それをしない。意味がわからない。 そのほかの3選手はタイムシートを見る限り結果に繋げるにはもう少しかかりそうな感じだった。 北米杯に関しては男女4枠ずつあるが、今回2人ずつしか派遣しなかった。選考基準の紙によると、基準突破した選手はほかにもいたのだが、「コーチがいなくてレンタカーに乗れない」という理由で足切りされたという。 それならば、私のようなスタッフワークもできる便利な選手を転戦させ、一人でも多くの「突破者」に滑走、国際レース経験させればいいのに。。。なぜ、選手にチャンスを与えないのだろう。(北米杯は「海外滑走経験年数が少ない選手」しか出場させないと、今季日本国内でルールを決められていた。各国はワールドカップ前哨戦として北米杯の枠を使う国も少なくないのだが) マネージメント上手な各国の国々とは真逆な日本の体制。勝てる選手ができないのは、選手の資質ではない。本気で育成する気持ちがないからだと思う。 話を戻して、アジアの台頭。。。本来ならば、日本が牽引すべきであったのだろうが。。。逆行。 スパイラルがピョンチャンでクローズするであろう話を海外のスタッフにすると、「そんなことはないだろう」と誰も信じてくれなかった。                  

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  • 12 Nov
    • skeleton 国際レース開幕

      水曜日の夕方帰国、そのまま松本に夜到着。松本バスターミナルに降りると、コートから冷気が刺すかのような寒さで…カルガリーがあまりに暖かかったから、ビックリした。先週から、私が出られる可能性があったヨーロッパカップが開幕、今週は、ワールドカップの1つ下のカテゴリーのインターコンチネンタルカップの初戦とヨーロッパカップ3戦目がオーストリアイグルスであり、また、今週末にはノースアメリカンカップ初戦がカルガリーで開幕する。インターコンチネンタルカップ、ノースアメリカンカップには日本人選手が出場しているが、昨日終了したインターコンチネンタルカップの結果を読み解いてみたいと思う。インターコンチネンタルカップ初戦が行われたオーストリア、イグルスはインスブルックからほど近い山間地にある。ヨーロッパアルプスが美しいチロル地方。だいぶ古くからあるコースで、滑走でタイムが計られる距離は1218mで55秒前後。最高速は120km/時ほど。危険な箇所はなく、強い操作をしなくとも下りられる一見簡単で初心者向きと言えるが、タイムを出すのが難しいテクニカルさは兼ね備えている。コース距離が短く、ある意味で簡単なので、スタートタイムが顕著に物を言うコースである。1999年11月、私の最初の国際レースはイグルスでのヨーロッパカップで6位入賞したことを記憶している。日本からは今回男女各1名ずつ出場している。2人は昨年の国際大会に派遣された実績からという理由から今回の派遣が決まり、私のように30mや立ち幅跳びの記録については課せられていなかった。女子選手の記録会成績は、立ち幅跳びで私の方が上で、私が突破しなくてはならない記録にも達してなかった。男子選手においては、記録会への参加すらしておらず、また、スタート(プッシュ)の持ちタイムも全体で8番目の記録だった。その2人のイグルスでの成績は…男子初戦21位、2戦18位(33人出場)女子初戦13位、2戦16位(23人出場)決勝ラウンドの2本目に進めるのは20位までてある。リザルトを見ていて読めることは、特に男子についてはプッシュタイムが悪いと絶対太刀打ちできない国際状況になってるということ。skeletonはプッシュ、滑走技術、道具の三拍子揃う必要性があるが、男子の場合滑走技術と道具は頭打ちに来ていて、プッシュタイムで決まってしまう、特にイグルスのようなコースは顕著であるということだった。日本から出場した男子選手の大会でのプッシュタイムは20位以下であり、いくら技術が優れていても上に上がるのは難しいということを顕わした結果だった。女子に関しては、男子よりも技術でカバーできる要素は高い事が見受けられる。私クラスのプッシュ記録を持つ選手も入賞しているケースも見られた。しかし、ここ数年で女子のプッシュ記録のレベルもぐんと上がっており、今後メダルを獲得するための強化という側面から見ると、新人発掘をする際は足が速く、身体が大き目(身長160cm,体重60kg)最低ラインで必要とは感じる。ちなみに私は身長160cm、体重57kg程度がベスト。体重を60kgにすると動きのキレが鈍る。今回のインターコンチネンタルカップの日本人選手の結果について、選手を批判するつもりは毛頭ない。彼らは自分に与えられた中で、ベストを尽くしていることは痛いほど知っている。インターコンチネンタルカップはコーチら帯同者は連盟からは派遣されておらず、選手2人で運転しながら転戦もしている。私が言いたいのは、日本連盟が掲げる目標に対し、理にかなった正当な選考ができているのかということをきっちり受け止め分析できているのか、という事。この結果を見る限り、絵に描いた餅であり、結果は得られない。この繰り返しを何年となく行なっている実状を、誰がジャッジするのであろうか。これでは試合に出られる優遇選手と、納得できずに悔しい思いを強いられる選手に溝ができるのは当然であり、チーム力も落ちる。それは無駄なことである。今いる選手を大切に、有効活用した上で次世代を育てる事が必要なのは当然のこと。成績が出ないのを選手の責任に押し付け、強化責任者が責任を取らず長年居座るこの構図から、いつ脱却するつもりなのか。10/23 カナダの試合の様子国際レースの結果はこちらから。http://www.ibsf.org/en/races-results

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  • 07 Nov
    • 海外選手との交流

      長く選手をする中で、夏冬と訪れる機会が最も多かったカルガリーでは、多くの友人ができ、今回、再会することができた。 もちろん、ほとんど同世代の選手は引退している。一線から退き、すでに5、6年は経っている選手たちのセカンドキャリアも興味深いものがある。ある選手は中国のヘッドコーチを、ある選手はスピード競技用のレーシングスーツを選手時代から作り続け、今では世界的にビジネスを広げてパートナーと飛び回っていたり。。。 私が最も仲良くしていたのはリンジーとナターシャという女子選手2人。彼女らは一時期婚姻関係を結んでいて、10数年前の当時、私は夏の合宿で彼らの家にホームステイさせてもらった。リンジーはカルガリー出身で世界でもトップクラスの選手だった。ナターシャはアメリカ国籍だがスケルトンを機にカルガリーに住むようになった。どういうわけだか、私と、当時一緒に遠征していたナツコさんの4人はとても仲が良く、カルガリーに来ると必ず日本食を食べに行ったり、彼女らの家に寄った。英語も聴き取りやすく、とても誠実な二人は心が近い存在だった。二人は奇しくも数年で別離し、それぞれ別のパートナーと人生を歩んでいる。様々な性の在り方を彼女らとの付き合いで教えてもらったし、様々な価値観に対しての偏見は無くなった。 ナターシャは本当に面倒見がよく、お母さんのような存在。デザインに長けていて、一時期スケルトン用品のデザインもしていたり多才。どんな道に進むのかなと思っていたが、特別学級の教師として第二の人生を歩んでいる。細やかな気遣いをしてくれるナターシャにぴったりなのかなとも思う。いつも親切で気にかけてくれる彼女。今朝はオーガニックのマーケットに連れて行ってくれ、さらにレンタカートラブルについてヘルプしてくれた。 もう一人の特別な友達、リンジーはカイロプラクターとして活躍している。 リンジーはトップアスリートだった。ソルトレークとトリノの二回のオリンピックに共に出場した。選手としての最後はプレバンクーバーシーズンだったと記憶している。私はたまたま同じコースにいて、彼女のカナダチームでのセレクションレース後、二人で泣いたことを覚えている。私も自分にその時が少なからず近づいていることを話す中で、彼女が最後の一本に感じた気持ちを話してくれた。最終コーナーに差し掛かり、笑いが止まらなかったという。とても晴れやかに終えた一本だったそうだ。 私にもそういう最後を迎えてほしいと言ってくれた… 今度二人にいつ会えるだろうか。。。               

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  • 06 Nov
    • Struggling

      日本は寒いとかいう噂だけど、このところのカルガリー、連日暑い!今日は車の温度計が21℃を指していてビックリ‼️半袖でアップできるほどだった。カルガリーでの滑走もあと1日となってしまい、現実世界に戻るのが刻一刻と近づいており…新型そりでの苦戦が続き、数日そわそわイライラバタバタで。スレッドビルダーが数日前に来たので、再調整してもらったり、様々試しているのだけど、2週間ほど身体と合わない状態で滑走する中で、変な感覚が染み付いてしまっていて、なかなか滑走中にリラックスする事ができない始末。まだまだだけど〜〜初心者か?!と思うような滑りをしていると自分でもわかるのだけど、気持が焦ると逆効果。今日ようやく最後の一本少しまともな感覚を得られた。私はスケルトンを始めた頃から、比較的壁にぶつかる事が少なかった。それは、身体が小さいゆえにバンパーが守ってくれていたからでもある。カルガリーのコースで痛みを伴うヒットはこれまでにほぼ無かったのに、今回は左の骨盤を4回ほど強打し、その恐怖から操作が増えたり同じ方向のコーナーで体を避けてそりと違う方向を向いていたり、無意識でしてしまっている事がビデオを通じて発見される。このようなわずかな積み重なりでタイムが伸びないわけである。今更ながらに気づく事だらけである。今思えば、恐怖心が無かったせいかやり始めた頃の私はスルスル無意識でできてしまった事が多かった。わからない分何も考えないでいられる。ある種のビギナーズラック。恐れというのはマイナスに働くもの。経験が恐れとリンクする面も往往にして有るとも感じる。それは生活の中でも同じく。克服の先にはさらなる世界が有るんだろうけど。カルガリーの空

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  • 02 Nov
    • アルバータビーフ

      カルガリー滞在も残すところ1週間を切った。手こずっていたそり、ようやくなんとかメドが立ちつつありほっとひと息な本日、練習から帰宅後、Samさんがアルバータビーフを食べに連れてって下さった。こちらに。重〜いドアを開けて店に入ると、eiko eiko と声がする…はー?間違いか?と思って見回すと、カナダの選手ではないか!Paul Fraiser君老舗ステーキハウスのバーテンダーだと言う。こちらで働き丸14年になるそう。skeleton姿よりカッコイイんじゃない??彼、44歳。だけど足は速く、頑張ってる。私が唯一歳上だからって知ってて、私が滑ってることを喜んでくれてる 笑笑有名なアルバータビーフ 豪快な厚さ。filet minion8os牛肉は普段なかなか食べられない代物…1人じゃいろんな意味でこられないところ。カナダに来てからも日本食をほとんど頂いている。サムさんに届く美味しい差し入れとか、自分で調理した粗食とか。時々、大好きなTim Houton でチリコンカンスープを食べたり、ハンバーガーを食べてみることはあるけど、ニクは初めて。なんか元気になった気がした。サムさんありがとうございます😊帰り際にイケメンPaulと記念撮影‼️

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  • 29 Oct
    • カルガリー一週間

      カルガリーに来て一週間以上経過。言いたいことを言い、のびのびと滑る日々を送らせていただいている。ステイさせていただいてるSamさん。右は昔、カルガリーでお世話になった鮨屋にいた千穂さん。左は遊びに来たT選手スケルトンの選手になってから、カルガリーには30回くらいは来ていると思う。コースそのものはヨーロッパと比較して面白いわけではないが、カルガリーほど冬季スポーツに開かれた場所はないからなのかもしれない。1988年に五輪が開かれ、その会場は活用され、それ以降冬の競技、特にスケートやそり競技の関係者が訪れやすい場所となっているからだと思う。私たちのコースがあるカナダオリンピックパーク(通称COP)はここ5年のうちにかなり拡張され、WinSports という名称も記され、冬季種目の選手のための拠点として近代的な建物が続々と誕生している。変貌ぶりは目を見張る。数年先を見据え再び五輪招致をにらんでいるそうだ。 街に近い場所にコースがあること、夏場、氷上でのスタート練習ができること、さらに日本人も多く住んでいることなど含め、私たちにとってとにかく練習に最適な場所と言える。 屋内の氷上練習場。夏場も練習できる。全然タータンとは感覚が違う!とは言え、ここ数年でカルガリーは人口が激増し、近代都市化が進み、物価が上がったこともあり、生活しやすいかというとそうは言えない場所にもなっている面もある。スポンサーがない私は、今回、知人である日本人の方の家にホームステイのサポートを受けられたことで、三週間の滞在が成り立っている。十数年、夏と冬にこの地を訪れ、多くの繋がりができ、日本と同じくらい多くの友人もできた。スポーツ選手を受け容れる空気感がこの街には在る。 あ十数年前から選手の家や日本人の家数件でホームステイをさせていただいた。こちらの家はプライベート空間が確立されていること、また、シェアして暮らすことは日本以上に普通のことであるようだ。また、お客さんとして扱うというより、お好きにどうぞというスタンスがあるので気楽でもある。Samさん!カルガリーの日本企業の重役で活躍された方。日本のスピードスケートに特に尽力された。この方のご理解があり、今回カルガリーに来られた。心が広く益々お元気! 海外の選手に勝ち抜くには自分の主張をはっきり伝えたり、きちんと考えを持つことが大事だと感じていた。自分ははっきりしている方だと思っていたが、スケルトンで海外を渡り歩く中で、海外の選手に比べてまだまだだと思うことも多くあった。 逆に日本でいると、自分の意見を述べることがタブーな雰囲気がある。今回、仲裁申立等する際、意見を述べると日本で生きずらくなる可能性はあるだろうと予測した。だから覚悟をして行動に移した。ただ、長年心に留めていたことを言葉にできたことで気持ちは楽になったけど、日本で自分を発揮できる場所って少ないかも知れないと、余計に感じてしまうようにはなった。カルガリーではそんな空気はまるでない。自分がそのままの自分でいることが普通に許されている気がする。だからリラックスできる。 「あんたははっきりしてるから絶対にカナダの方が合ってる」と昔から言われてきたが、今回は、さらにその言葉が胸に刺さる毎日である。 そうそう。日本ではスパイラルの存続について、ニュース報道をされているとか。 冬季五輪が韓国、中国と続く。スパイラルはアジア唯一の施設であり、日本はアジアを牽引する役目があったはずであり、様々な意味合いでこれまでの日本の取り組みが問われるのだと思う。滑走〜〜これからこれから。      

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  • 24 Oct
    • 初滑走と選考レース

      昨日10/22、カナダ・カルガリーにて初滑走。毎年そうだけど、初日は目と首がやられる。スケルトンってこんなに速かったっけか、と驚く。 速いのは氷のコンディションが良かったからでもある。コンディションがいいのは、カナダチームのセレクションレースが行われていたからでもある。彼らもパーソナルベストを多くの選手が更新していただけあり、一昨年、ここでワールドカップに出場した時の自分のレースの際のタイムを見たところ、今日の1本目のタイムの方が速かった。決して滑りは良くなかったけれども。。。カナダ、セレクションレースの図活気ある。そりそりそり セレクションレースとは、今季の派遣される(出場)大会を決める試合である。10月初旬に欧米諸国のコースはオープンし、各国とも人数がそれなりにいる国は、どの国でも大体において、2会場4レースをめどに行っているのは通例である。 昨日今日はカナダ並びにアメリカチームがやっていた。ちなみにカナダは先週、ウィスラーで2レース終え今週が3、4戦目であった。アメリカは今週が1、2戦目。Facebookなどを見ると、ドイツチームも自国の3会場で行っているし、イギリスチームはリレハンメル(ノルウェー)で終えている。来週明けには、イスラエルチームがカルガリーで開くと選手たちは興奮していた。 当然のごとく選手仲間もたくさんいるから「Eikoどのレースにでるの?」と聞かれるわけであるが、「出ない」と言うと、「Why?fun?」と次に続く。「Japan Champs」というしかないのだけど、説明に困ってしまう。 この日本もトリノ五輪以前は、似たような方法で選考レースを行っていた。Real timeで氷上のゴールタイムの速い選手が、そのシーズンの格上レースから順に振り分けられ、出場大会が決まって行く。 また、枠があるならば、どの国も枠を有効活用している。選手にチャンスを与えている。たくさん試合を経験させる。当たり前の姿である。確かに大陸をまたぐハンデは私達にはある。でも、やりたければ選手は何とかする。お金が有る無しの問題じゃない。その道筋がしっかりしていてわかりやすく、公正であることが大切だ。 滑りで決めないで何で決めると言うのだろう。 しつこいのを承知でまた言うが、私は事実上30mの記録で今季大会に出られなくなってしまった。前年(昨年)は明確な選考方法がなく、「年齢」を理由に一番下のカテゴリーの大会にも出してもらうことができなかった。一方1年休んで怪我をしていて私より夏場の記録が悪かった選手が「実績」(何のかは説明ないが)で派遣。また、今季陸上の記録を突破した選手数名もなぜか派遣されなかった。  数日前、スピードスケートの派遣選手選考会が長野で開かれていた。私の友人でもある今年42歳になる田畑真紀選手は、3000mで見事W杯に選抜された。ちなみに成績は4番目だった。スケルトン以上に体力要素が強いスピードスケート。ボーダーライン上での選考だった可能性もあるが、年齢を理由には落とされることはない。また、メダリストの実績がある長島選手が復帰したり、加藤選手も出場していたが成績不振で選抜はされていなかった。  海外で見たことをリアルタイムで記録。 割り切ってカルガリー滑走を満喫中。              

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  • 22 Oct
    • スポーツ仲裁判断の公開/スケルトン

      昨日、日本スポーツ仲裁機構より仲裁判断が公開発表され、正式に今回の私たちの申立に対しての結論が出た。 こちら↓http://www.jsaa.jp/award/AP-2016-002,003,004,005.html 今回、法的用語をたくさん読む機会に触れたが、なかなか頭に入ってこないものである。 先日の会見の折に和解に関して補足説明をした。和解という言葉そのものはいかにも丸くまとまったというイメージがつきまとい、実のところわかりにくいが、相手側が和解案を提示してきたというその事実は、自分たちの非を認めたということでもあり、こちらの勝ちを意味するもの「和解という名の勝訴」で、和解案の中でどれだけこちらの言い分を認めさせるか、というところがキーだったという。(弁護士らの意見より) 連盟がこれまで繰り返して来た不透明な運営を問い正すという意味で、今回自分たちが思い切った行動に出る中、最大限のことをしたという意味では後悔していない。この意味で、私は「今後のための大きな一歩」と会見で話した。 しかし、具体的な選考方法等、さらなる不透明な実態は、今回の仲裁だけでは扱われきったわけではない。今回の申立と並行して連盟が焦って準備してきた選考基準(方法が良し悪しはさておき)で派遣記録をクリアしたら枠が充たされるまで派遣すると書いてあったのに、クリアした選手が数名派遣されなかったということ、それに対してのきちんとした説明も選手サイドにされていないことも含め、連盟が今回の件を通じて誠実に対応した実感は感じられない。 今回出されている選考方法、基準の在り方は明らかにおかしい。最も割を食ったのは私であり、一見まだ平昌へのチャンスがあると見せかけてはいるが、事実上9割以上無理になってしまったわけである。これは国際連盟のルール等知る者でないとわからない。 今回の基準の矛盾点等も代理人を通じて連盟に意見書を提出し、さらに、スケルトンが強化されるための選考の方法も提出はしたが、それに対しての具体的な答えはない。「被申立人は、競技者の意見にも配慮しつつ、国際競技会派遣選手選考の合理性・公正性・透明性が確保されるよう、最大限努力する。」との言い回しである。 では、本当にこのような運営がされているのかを誰か見張っててくれるのか、ここが穴である。仲裁が終われば元に戻ってしまう状況だからこそ、私自身、会見で呼びかけたつもりである。記者も前よりも耳を傾けてくれているとは感じた。 しかし、数行に渡る記事の中でそのニュアンスはなかなか伝わりにくく、これでは連盟は安心してしまっただろうと思うものもあって、残念に思ったりもした。もちろん全部が全部でないのだが。連盟のコメントが代理人のコメントとなっており、責任をだれが持って発言しているのかが見えてこないのも誠意を感じられず、審問終了後は途方に暮れた。 小さな団体のことだから注目もされないし、ニュース価値もないのか、と思ってもみたが、NHKが関西全域で流してくれたニュースを観てみて、普遍的な面も併せ持っているとあらためて感じた。 その理由1)マイナーな競技団体とはいえ、国の税金を使って運営されている。2)選手は声にしずらい。あえて実名も交え声に出した。3)東京五輪を見据えて組織のガバナンスも問われている。4)おそらく、ほかにもこういった組織は少なからずある。 今回、この申立のきっかけとなった文書を、非公式で配布した「A」とされた人物ならびにそれを許している組織に対して、警鐘を鳴らしきれたのか、実のところ自信はない。メディアの方々には引き続き協力を仰ぎたいと思う。 キツイ半年だったが、あやふやなままでいたらもっとストレスは溜まっていただろうし、仲裁をやったことは意味深かったのは、今後の選手たちに対しても世の中に対しても間違いなかったと確信している。 しんぶん赤旗       

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  • 21 Oct
    • そりと時差

      カルガリー3日目の明け方なう。西廻り時差はえげつなく、何度体験しても苦しい。1泊目の昨日は3時間余りで目が覚め、その後3時間起きたのち昼まで起きられず…2泊目は4時間と延び、喜んでるところである。初めて北米大陸に渡った2001年11月、標高2000メートル級の米国ソルトレークシティの山地域、パークシティでの時差は死にそうだったことを記憶している。時差もやはり個人差があり、睡眠命の私にとっては猛烈にツラく…今回も苦しくて死ぬかと思ったけど、今日は少し治りそうな気配。5日が勝負である。もう少し我慢。五輪を見据え、今年そりを6年ぶりに新調したのだが、審問などの折で私の可能性が0.1パーセントに狭められたことがわかった。審問当日に新しいそりが英国から自宅届くという皮肉。途方に暮れた9月の末。40キロ以上あったか。棺桶のようなデッカくて重い木箱を開いた時は気持ちもずしっと重くなり、このまま誰かに横流ししようか、本気で迷った。数日放置の後、新しいそりに乗った瞬間のウキウキな感触を思い出しつつも、新しいものに向かい合うエネルギーは到底なく、億劫な気持ちに支配される中、近所のパン屋さんにて雑談。そり届いたけど何もかもがめんどくさくなってると漏らした折、冬季競技通のパン屋の姉さんに言われた。それは使うってもんでしょ〜〜道具があってこそのスケルトン。面倒も含めて楽しみなよ〜〜……その翌日、ふとそりを見た時に閃いて、前向きになり、一気に海外練習へそりあそびに出掛けようと、エンジンがかかった。頭を整理しつつ行き先を決め、出発まで約二週間…その間審問したり、落ち込んだり、相変わらずだったが、手だけは進めるよう頑張った。新しいそりを自分仕様にするまでは結構な手間ひまがかかる。鉄をいじくるため、自分1人ではどうにもならず、いつも苦慮するところであるが、今回は松本で鉄工所の社長してる高校の同窓生が快く引き受けてくれて…ホントにホントに助かった出発前日まで、手を入れてくれて…変わらないイケメンぶりの伊東会長=松本県ケ丘高校時代、生徒会長でバレー部キャプテン🤗骨組み完成後には乗れるようにするために、パットの貼り付け作業があるのだが、細かなことが大の苦手な私。自宅でも直前2、3日頑張ったけど、カルガリーまで持ち越し、昨日夕刻からスパートとかかりまして…できた〜〜✨✨✨✨😍😍😅いやはや、1日時差でやばかったから、もしかして練習できなかったりして…と思ったが、スルッとやれた。明日から乗れそーである!怒涛の1ヶ月あまりだったけど、タイミング良く背中を押してくれたり天使のように協力してくださった皆様、心より御礼申し上げますm(_ _)m

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  • 19 Oct
    • カルガリー

      19日、カルガリー入り。今、夜の23時。2015年1月、フランスで頭を強打して以来の久しぶりの海外である。🌝成田発日の入🌞カルガリー着思わせぶりな内容の記事を書いたきり、続きを書けなかったのは、出発を目前に控えていたにも関わらず、審問の余韻に心が旅していてそり作りなど出発準備が間に合ってなかったため。 2日あまりで何とかかんとか荷物を詰めて、たどり着いた。初めてカルガリー直行便に乗った。ラッキーなことに空いていて、映画一本だけ観て9時間半爆睡の旅に。それでも時差で昼間は眠かったけど、何とか凌いで就寝…久しぶりに外に出てみて、どうやら私は飛行機で移動しまくる暮らしが好きみたいだったと気が付いた。今さらながら…

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  • 17 Oct
    • スパイラル存続巡り思うこと ①

      木曜に審問終わり。この度の仲裁判断と実状に関する報道のされ方を巡り思うところが満載で、自分がこの競技に関わるようになった原点も含め振り返らざるを得ず、20年の月日と今回の結果があまりにも私にとって重た過ぎて、前に進めずフリーズしていた。昨日はよく晴れたので、重たい気持ちを持ち上げて、母親を伴い長野にプッシュ練習に出かけた。カルガリー前の最後のプッシュ。紅葉が少しずつ始まりつつある。奇しくも審問数日前の信濃毎日新聞の紙面で、スパイラルの存続に関するニュースが大きく取り上げられていた。12月をめどに存続か廃止か休止かという決断を迫られている内容である。私は地元紙の記者として、入社して3年弱経った1996年12月に翌季の長野五輪を控えて運動部に異動となった。その折に担当として割り当てられたボブスレーリュージュを懸命に取材し始めたのがキッカケでこの世界に入ることとなった。五輪を自分の中でどう捉え、かかわり、取材に向かうのかということは、記者活動のテーマとして初めて本気にならざるを得なかった内容であった。当時からマイナーなこの種目。今でこそ大きく報道されるのは施設の存続についてとのみとなったが、地元五輪ということで、選手のことでも些細な小ネタでも、書けば何でも記事になった。時代は今とは違い、景気がもう少しよかった。五輪のためとならば、お金をバンバン使っている様は手に取れた。私のいた会社でもそう。この投資は五輪という祭りの先を見越したものなのか、どれだけこの五輪が市民のためになり得るか、その事が常に気になっていた。なんでかわからないけど、記者として駆け出しの私の心を捉え続けていた。マイナー競技をいかに捉え、先に繋げるかという視点からボブスレーリュージュの取材及び競技施設に向かい合わざるを得ない状況。どうしたら裾野を広げられるのか、競技普及と強化ができるのか、日々考え続けながら毎日のように取材に飯綱高原へ足を運んだものである。そりが高額で、世界との差が大きいボブスレーについては資金の問題がいつも取り沙汰された。重たいそりを扱うため大人からしかできず、団体種目の難しさもあった。幼少期から始めないと世界で戦う事が難しい難種目リュージュは少年団の取り組みが注目するしかなかった。何れにしても育成や普及を考えた時の忍耐が必要で手軽さが見込めない。五輪時は良くても今後どんな取り組みをすることで施設が使われるようになり、世界で活躍できるようになるのか、を考えていた。そんな中、スケルトンが目に付いた。長野五輪当時正式種目として採用されておらず、現在の日本スケルトンの強化責任者である越和宏氏ら数人が取り組んでおり、ワールドカップなど世界大会でも成績を残していた。大人からでも気軽にできる個人種目で、ケガのリスクが少ないこと、だからレジャーとしても可能性を秘めていた。恵まれた選手達に比べマイナーの苦労を乗り切ろうと必死だった越氏のバイタリティが目をひいた。これは、多くの人を引きつける要素が揃っていると感じ、競技施設スパイラルの活性化の一助になるに違いないと感じ、その想いからスケルトンに接していた。現在東京五輪の施設建設に際しての論議がメディアでも取り沙汰されているが、それを見るにつけ、長野五輪当時を思い出す。この件は書きだすと長いので分けてみるとする。

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  • 14 Oct
    • 選考の件での報道

      メディアに少しずつ掲載などされている。メディアの力は大きく、頼らなくては改革が困難な面というのはどうしても、ある。当事者なので、いろんな思いがあって、この訴えを起こしたという行動についての結果としては、長い目で見ると意味あった、としても、選手として現時点での選考基準については全く合理性のあるものとは思ってないこと、まだまだであることそれも伝えたが、字数制限がある中では伝わり切らなかったかなという感想。でも、声を聴いてもらえた感はあったから、これも含めて先に繋がることを祈るしかない。一件落着ではなく、一石を投じたということで、組織改革の困難さを改めて実感した。NHKニュースはこちらがより正しく伝えてくれている。NHK関西のニュース他にも有るので追々…事件の被害者とか、理不尽な思いをしてもどかしい気持ちでいる人って、世の中には多くいるんじゃないかなぁと、こんな折思う…寒くなって来たなぁ〜

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  • 13 Oct
    • ママ アスリートの復帰

      昨日のNHKだったかな、ママアスリートというタイトルで、ニュースやってた。フェンシングの30歳くらいの女子選手。ロンドンの後、子供を産み、リオで躍進したという。JISS、国立スポーツ科学センター内には強化選手の託児が有るとかで、そこを利用しながら練習に励んでいるらしい。スケルトンの女子選手でも、ママアスリートは意外に多くいる。その1人、私より二つ歳下のマヤ  ペデルソンという元々はスイス国籍でトリノ五輪で金メダルをとった選手が、2女児の子育てを大体終えてノルウェーから競技復帰するという。旦那はノルウェーのスケルトンのオリンピアンでコーチ。私と同世代の選手仲間だ。ちなみにトリノ時は1人産んだ後だった。フォームがキレイで、技術がひたすら高いレベルの選手だった。バンクーバーで一旦引退だったっけか。http://olympics.nbcsports.com/2016/10/12/maya-pedersen-skeleton-olympics-comeback/大昔の写真!確かノルウェーリレハンメルで、マヤ、右から3人目のベビーシャワーを練習に来ていた女子選手で祝った時。そしてマヤと旦那さんのスノーレ。懐かし!あと2人スケルトンにはメダリストのママオリンピアンがいた。グレートブリテンのシェリー、米国のノエル。彼女らに共通していたのは、旦那、パートナーや家族、そしてチームの理解とサポートだ。メダリストでなくとも、子供を育てながらワールドカップ転戦した選手たちはいる。。海外では珍しくない。私は彼女らの恵まれた環境をいつもいつも羨んでいた。日本とかけ離れた環境。悩みの種類が違うことに。いいよな、海外!と、海外との環境の差を見せつけられ、ため息を漏らしていた私なのだけど、今思えば、あの頃の自分の環境、今より良かったのに 笑笑 勿体無いことしたな。44歳で国際レースに復帰するマヤ。コーチ、マテリアル…万全のサポート体制も羨ましいじゃないかぁ!私は昨年、年齢を理由に強化から外された。うーん、いつになっても埋まらない格差😖にため息も出た。もうそこを見るのは卒業しなきゃ、だ。それぞれに乗り越えなくてはならないものや、役割があるんだと悟りつつある…マヤはおそらく今季、ヨーロッパカップから復帰するのだろう。一緒にレースに出たかったな。ともあれ頑張って欲しい!技術を見せつけて、スケルトンの醍醐味を見せつけて欲しい!

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    • スケルトンの仲裁 終了報告

      本日5時半から審問。最終となり、連盟とは和解合意致しました。内容については一週間くらい目処で、機構のホームページで発表されるそう。今日は頭が疲れてしまっているため詳しくはまた…それを踏まえて、補足の会見も行い…明日の報道、NHKさんも含め新聞各紙で少しはあるかと思います。申立時よりも話を聞いていただけた感もあり。大変感謝しておりますm(_ _)m正直選手の私にとってはツラくて残酷な時間だったけど、スケルトンにとってはかならず一歩前進が見込める行動だったのではと思っております。でも、道のりは険しい、と思います。そういう意味では第一ラウンド終了。競技の発展へ今後自分が関われるかはまったくわかりません。新しい人生も見つけたいし。何よりも明日からは、自分の競技人生、キチンと型を付けられるよう、雑音に振り回されず、久しぶりにスケルトンにのみ向かい合おうと。というわけで、19日よりカルガリーへ行って来ます。大会に出してもらえないから私的遠征だけど、1人でしっかり、28歳からこれまで十数年間、競技に邁進したクレイジーな時間を振り返りつつ、しっかり自分とそりに向かい合い、良くも悪くも全てを味わいつくし全日本選手権に臨もうと思います。強行軍で疲れたから1000円UPのSクラスシートで…一路松本へ。

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    • 本日最終審問の見込

      スケルトン選考絡みにまつわる案件に関し、本日最終審問となる見込であり、上京中。本日終われば補足の会見開く予定。仲裁は終われど、アスリートファーストへの道のりはまだまだ半ば、と思っております。何卒ご協力よろしくお願い申し上げます。

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  • 10 Oct
    • スポーツ祭り 2016 と風洞実験室

      オリンピアンやパラリンピアンと地域の人や子供たちが交流するイベント、スポーツ祭りが東京のナショナルトレセンにて行われ、呼んでいただきました。去年に続いて2回目。去年は肉離れ直後であまり動けなかったけど、今年は元気。写真提供の シンクロ石黒さん(中央)トリノに一緒に出たボブスレー長岡さん(右)、久しぶり午前中は大玉転がしなど3種目ほどグループ分けして行った運動会で、子供に混じって結構走った。午後は私は風洞実験体験に振り分けられ、私も参加者と一緒に体験させてもらった。風が〜〜風洞実験はトリノ五輪の前後に、リュージュチームに個人的に混ぜてもらいJAXAでやらせてもらったことがある。風洞実験は前方から吹く風の速度を調整し、空気抵抗等を測定できる。滑走中速度を止まった状態で体感すると、思った以上に空気抵抗を受けていることがわかるので、滑走時の姿勢の大切さを思い知らされる。当時はレーシングスーツ素材の実験も行った。JISSに風洞実験室ができたのは2011年だという。ジャンプや自転車競技などを中心に、週に一度ほど練習や測定などで活用されているらしい。JISSやナショナルトレセンの特殊な施設やサービスは、連盟の計画書さえあれば、無料で簡単に活用できるものだという。トリノ五輪までは体力測定、滑走分析など様々なサービスを私たちも団体で活用し協力してもらえていたが、それ以降は無くなった…個人でも測定してもらえるよう連盟にお願いしたことも何度かあったが、聞いてもらえなかった。とても勿体無く残念な話である。話を戻してスポーツ祭り!アスリート同士の交流は、以前はエネルギーに溢れる方々に押され、パワー不足を感じて疲れる事もあったが、仲裁で図太くなったからか、こういうイベントにも慣れてきたことを感じた一日でもありました

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プロフィール

eiko

性別:
女性
自己紹介:
1998年長野五輪直後の28歳からそり競技・スケルトンを始め、ソルトレークシティー五輪、トリノ五輪に...

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