• 19 Feb
    • 今週末つれづれ

      忙しい気分の今週末だった。金曜日にスパイラル休止のニュース。記者からの電話で知った。遂にか…わかっていても仕方なくともショックなことである。ショックに加えて記者の勉強不足が気になる。コメント欲しいのはわかるが、選手にとってはセンシティブな話題。今の時代、調べる手段は沢山あるわけだから、ある程度勉強した上で、質問すべしと感じることは多々あり。土曜日。母の友人の弔問へ。この一年、親しくしていた方の訃報が増えた。飼い猫も死んだ。年齢的な事もあるだろう。死が身近になってきた。だからこそ、どう生きるかはなお大切だ。一月末にも長野時代にお世話になった人とのお別れがあり、色々考えさせられた。夜、地元のエイコ応援する会の閉めの会合。12人の方々が集まってくださった。2015年夏に会を発足していただき、ここで終わるとは予測はしてなかったけど、地元に帰ってスポンサー活動を本格的にやってみて、とてもとても人生勉強させてもらったと感謝している。もらったお花💐ここで募金していただいたお金が、昨年末の日本選手権で尽きた。もちろん自分の持ってるお金もゼロに近くなった。気持ちも、身体も、スケルトンにかけてきたエネルギーの全てが尽きた。終わってみてわかったこと。本当にスポーツ選手、殊にマイナーと呼ばれる種目は、無償で人から一方的に掛けて頂く心遣いに対し、結果を含めた有形のお返しができることの方が少ない。一方的に応援してもらっている私たち選手が心掛けるべきは、この人を応援して良かったなと思ってもらえる人間でいる当たり前の努力を怠らないこと。社会的にも人間としてのモラルを身に付ける事である。最低限のことである。勝ち負けはそれからだ。指導する人たちは、さらに心を配り、コーチの在り方について研鑽し続けるべきだと感じた。スポーツにかかわらなくとも、どんなふうに在るかは常に自分自身問い続けたいテーマである。自分の信条に恥じない自分で居ること。信条は人それぞれだけど、私の場合30代に重ねて読んだ聖書は参考になっている気がする。ただ、真理の捉え方を一歩間違えると宗教になるので要注意であることも40過ぎて学んだ。昨夜遅くには、ボブスレー女子の世界選手権で、押切、君嶋チーム7位入賞のニュース。そり業界では快挙だ。㊗️㊗️㊗️来季の五輪で更に飛躍することが、楽しみである😀😀😀

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  • 16 Feb
    • 久しぶりにスパイラル

      長野。コースクローズ以来約三週間ぶり、久しぶりに来た。スパイラルにご挨拶。雪で埋もれてた〜〜 天気良いし雪崩起きそう。何かと最近ニュースに出てるKさん。明日も取材が東京から来るとか。最近得意の自撮り。天気良くて逆光。働き者のOさんもいた。ドイツでの世界選手権出発直前、スパイラルで調整練習してた貴子氏登場。一年切って平昌の話題もニュースに日々出てますね。スケルトンはさっぱり出ませんが…高梨沙羅やカーリングと一緒、選手は励んでおります。よろしく。オリンピック目指して、頑張りませな!

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  • 14 Feb
    • もはや2月も…

      一月末でコースがクローズし、自宅に戻ってエイコスケルトンショップ?の店じまいのため遠方に出歩いたり執筆やら挨拶状書きやらしていたら、あっという間にバレンタイン誰にあげるでも貰うでもないので、関係ないが、チョコレートが高価になり、ビックリしている。このところ、寒いしだるいし引きこもりがち。頭の中で心の旅に出ている。これはこれでなかなか忙しい。頭はまとまらないし、トピックも無さすぎて記録するまでもなく、という感じである。平昌に向けてプレ五輪のワールドカップなんかもいろんな競技で始まってて、冬の話題も出て来始めた。スケルトンも来週から世界選手権だしなぁ。私の人生どこへ転がっていくのやら? 紙焼き時代の2002五輪の時の写真をデジカメで収録。イネだ❣️開会式❓街ブラ❗️ショートトラック柏原さん❗️なんつーか、髪型も何もかもあまり変化してない気がしてならない…この公式ウエアはUNIQLOだったよーな…

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  • 31 Jan
    • ジセダイトーク 松本山雅の求心力

      昨夜、松本のフリージャーナリスト臥雲義尚さんらが主催する次世代トークイベントに友人と参加した。これ↓テーマは「スポーツで豊かな街をつくる〜松本山雅の求心力」山雅後援会ボランティア組織バモス代表の豊岡圭さん、広告代理店の松本代表でスポーツイベントを長年手掛ける窪田浩明さんをゲストに臥雲さんがナビゲーターとして進行。地元サッカーチーム松本山雅は、今や観客動員の多さなどでも全国的に知られ、街づくりや市民の話題の中心の一つであることは誰もが認める存在だ。私も昨年、友人に誘われ初めて競技場アルウィンで観戦する機会を得たが、どこから来たの?と思うほどに人が老若男女問わず盛り上がっている様子は興味深かった。場の持つエネルギーに底知れぬ可能性を感じたし、大勢の人に見守られプレーしている選手たちを本当に羨ましく思ったものである。ゲストのお二人はそんな場づくりの裏方でもある。ボランティア組織を率いているとはさぞかし山雅な熱狂的ファンかと思ったが、豊岡さんは、信州大学でスポーツ文化を学び、初期の頃から試合を観ることも犠牲に、会場のスタッフとして自発的に働く山雅のボランティア組織を主導している方だった。欧米諸国に見られる「地域総合型スポーツクラブ」の実現を視野に、山雅を応援しているのだという。スポーツ文化、地域総合型スポーツクラブというキーワードは、私がスポーツ取材を始めた20年以上前から実に興味を抱いていたものだった。長野五輪以前、これを目指す地域スポーツ団体は結構あり、自分もこちらをテーマとした記事を書いた記憶がある。近年のスポーツは、当時よりもビジネスと結び付き、どうしたら儲かるかが先行されてカネにならないスポーツは切り捨てられる傾向にある。ソリ競技などはそれの際たるものである。メディアの取り上げ方も年々そんなにおいを強めていて、自分もそこに毒されどうすることもできないものだと思い込んでいたところ、久しぶりに、多くの人がスポーツから享受できるスポーツ文化とか、地域総合型スポーツクラブとかいう言葉を聞いて、ハッとした。これよ、これ!山雅の運営の根幹を支えてきた人が、こういった理念を抱いていることが他のクラブとはひと味違ったチームにしていたわけだった…とは言え、綺麗事ではここまで育たない。窪田さんはその舞台裏を話してくださったが、山雅の観客動員数の伸びに関し、控え目に「偶然も重なった」ともおっしゃってたが、採算重視の代理店が本気で山雅に関わる決意をしたのは、熱意ある一人の経営者との出会いだったそう。詰まるところお金だけではない、サッカーが好きという純粋な人の思いだったり、たくさんの人が幸せになるためにという理念だったりが、より良いパワーを生み出していたのだった。窪田さんは長い間、ツールド美ヶ原、乗鞍ヒルクライム等々自転車レースも手掛けてきているそうで、この大会には毎年1万人の参加者がすぐに埋まるという実に人気のレースを育ててもいた。はぐくまれつつある山雅ブランドで、サッカーだけでなく、例えば自転車のクラブチームも作り、五輪選手も輩出するのも夢だという…独り勝ちでなく、山雅を通じて多くのスポーツが恩恵を受ける…市民の豊かさに繋がる。いいねスケルトンで仲裁やったり、色々あって削られた心に本当の意味で潤いが取り戻った気分、削られ続けて忘れてしまっていた、私がスポーツ関わった原点を思い出させていただけたトークショーだった。文化は愛なのである。愛が人を育むのである。企画し、誘っていただいた臥雲さん、黒岩さんに心より感謝申し上げますm(_ _)m

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  • 29 Jan
    • 長野県選手権! 私のシーズン修了

      約19年にわたる本気モードのピリオドとした全日本選手権を年末に終えてからは、店じまいをするために一カ月間、スパイラルに足を運んだ。想定外の事件も起こって相変わらずだったけど、動き倒してスッキリした側面もある。てなわけで昨日は締めくくりの長野県選手権。前日、長野時代にものすごくお世話になった方が亡くなり、あまり眠れなかったけど、良い天気の中、楽しくレースを終えられた。久しぶりにちょっとだけ一生懸命ウォーミングアップして、それなりに集中してレースに臨んだら、一本目で疲れた。色んな意味での疲労を感じる時、良くやってたよなと、我ながら感心する。ほんの僅かシーズンベストを更新しての優勝だったのだが、ベストか?と言われると、完璧でも何でもなかったのだけど。よし、これで本当に次の人生に進もう!と自分なりの区切りは心の中で、できたのではないか。あるベテラン男子に、辞めたらうまくなったじゃんと言われたが、あながち嘘でない面もある。競技とは面白いもので、頑張る程に空回りすることも少なくなく、特にそりはそういう側面が強い気がする。その加減を習得していくことは、私の場合はメンタルの成長と大きく関連していたように感じる。世界をガンガン転戦する選手にはなかなかかなわなくはなっていくだろうが、技術がモノを言う競技の場合、次点の選手や若手には確かにベテランは面白い存在かもしれない。様々なキャリアの選手が一堂に会せる地元のコースの有無は大切なんだと思う。自分自身の区切りと、私の新型そりを年初めに購入してくれた女子選手が、昨日の試合でソコソコに仕上がった滑りをしてくれたことはホッとしたし嬉しかった。一カ月間、初めて責任を持ってサポートしてみたけれども勉強にはなった。1970年46歳が3種目で制覇!去年と同じ三人!来月からは本格的に就職活動に入る。スケルトン中心だった丸々19年から、新しい人生を見つけ出さないとならない。自分を活かせて生きられれば最高だけども、まずはとにかく自立が先決。何をやってしても生きていく覚悟であります。Thank you so much  Skeleton was my life✨

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  • 27 Jan
    • 滑走 ✨あと一日

      今季のスパイラルの営業は明日まで。本当に人生に最後の滑走かもなぁと思って、昨日と一昨日は天気が良いとのことで滑りに出掛けた。氷の状態も上々だったので、シーズンベストがようやく出た。先週日曜は、日本連盟主催のチャレンジカップがあり、フォアランナーで参加したけれど、途中落雪で地域的に停電になり、システムが全てストップ。大会はキャンセルに。また、こんなことが起こると、老朽化だとかメディアの格好のネタなんだろうが、こちら、純然たる自然災害なので…20年来初めての出来事で驚いたけど。中途半端な位置付けながらのチャレンジカップが終わると例年選手はどどっといなくなり…今年もガラガラな感じ。寒くてこんなにコンディションも良いから、シーズンこれから!なのに、明日でクローズが本当にもったい無い限り。地元の高校と小学校の、恒例の体験会が午後あったので手伝って…そりに乗ると、競技の魅力はわかる、と思う。明日は長野県選手権。こちらは一応エントリー。最後、楽しんで終わりたい。2010-16 苦楽を共にしたそりと、最後は一緒に…

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  • 19 Jan
    • 雪の合間

      スキーに狂っていた二十代の頃のように、朝起きたらあまりに太陽がまぶしく、2時間の道のりを気にせずに長野へ出かけた。長野は前日まで大雪。週末もまた下り坂らしいとのことなので、こんな天気で滑れることはもう無いかもというわけで…スパイラルへ。うーん、そりよりスキーがしたいかも。ツルツルな氷まぶしーコンディションいいからタイムを狙って見たが、そーすると力入っちゃって、今季ベストタイ程度で終了。これは私のじゃないが。三本も滑ってあっさり帰る。★長野の道路。大変。★松本R19 雪ない。レースには出ないけど週末また、出没する予定。

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  • 16 Jan
    • 木村孝さんのこと。

      週末、スケルトンのための長野滞在を終え、雪を車に積んで松本に帰って来た。松本の今日は午後から晴れ。ただ寒いだけ。年が明けてからもスケルトンでのゴタゴタが続いたのだが、それは落ち着いたらまた記すことにする。英語の勉強をしたいと競技に区切りをつけた直後に思い、ようやく問題集をMARUZENに買いに出かけた。久しぶりに女性誌コーナーで立ち止まり昨年11月に96歳でお亡くなりになられた染色研究家でエッセイストの木村孝(きむら・たか)さんのことがそろそろ掲載されているのではと、婦人画報社系の雑誌をめくってみた。木村さんは私が20代後半の新聞社の文化部時代、インタビューさせていただいたり、執筆をお願いしたりして以来お付き合いが続き、今でも年に一度ほどお目にかかっていた。京都の染色の家に生まれ、家業を継ぎつつも京都新聞に勤めた方。家業に戻り、仕事のためにニューヨークへ渡った折に40歳前に知り合った銀行員なご主人と結婚され、いったん本格的な仕事から離れるも全てのキャリアを生かされ、96歳まで書いたり、着物の仕事をされたりNHKの伝統番組にも出演されたり活躍されていた女性だった。気品にあふれた立ち居振る舞いと和装姿はもちろん素敵だったけど、心の美しさが身体から滲み出ている方だった。そんなエレガントな方が、エレガントから程遠い私に、「あなたは何だか気が許せるわ。歳は関係ないお友達よ」と言って気に掛けて下さっていた。時々電話をすると、いつも変わりのない張りのある声で「元気よ」と返ってくるから、いつまでも会える、大丈夫と思っていた。去年カルガリーから帰国後の11月中旬に突然の訃報を聞いた。いつかは来る日だったのだろうが、突然来たその日に、もう一度会いに行けばよかったと悔い、17,8年のお付き合いの中で掛けていただいた言葉や光景の数々を思い出されて涙が出た。落ち着いたら都内のご自宅にお参りに伺おうと考えていた矢先、今日見つけた雑誌「美しいキモノ」の中で特集が組まれており、最期まで原稿の校正をされていたとの記事を見つけた。「生涯現役よ」とおっしゃられていたことを全うされたのだと知り感慨深く思った。美しいキモノ・冬号より競技を始めたり途中悩んだりする中で、この方に会うたびに励まされた。孝さんが、自身の持ってる能力を全て生かし、だけど欲深さは微塵も感じさせない美しく生きる姿に刺激と温かいものをいただいて来ていた。私にとってまさに特別な存在だったと思う。とても真似はできないけれども、あのような美しい心持ちは目指したいと思うのである。このところ若い人に見せる自分の後ろ姿については考えさせられるものがある…私もこれから新しいピリオドが始まるわけだが、孝さんにお会いする度に言われた「一生書き続けなさいね」は守っていこうと思っている。2000年に私がインタビューした記事

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  • 10 Jan
    • そりの体験会

      新年は4日にスパイラルがオープン。私が今年使った新型そりの買い手がついたため、サポートするために長野入りし、出入りをしながら滞在した。そりを手離すのはどんな気持ちになるのだろうと思ってはいたものの、次に進むためにと割り切れた瞬間から未練は断ち切れた。新しい持ち主が競技を一層滑ることが好きになり、そりを可愛がって仲良くしてもらえたらいい、そんな思いでサポートしていた。古いそりで数本滑走もした。また、やりたい!という気持ちにならんかなとかも思ったけれども、ウォーミングアップするのも面倒で、スイッチが限りなくゼロに振れていることが手に取るようにわかり、あらためて気持ちでこれまで動けていたのだと実感した。連休には一般向けの体験会が行われた。日常にない体感を体験した人たちからは好評で、興味を持ってもらえるよいチャンスである。<トリノ五輪に一緒に出た長岡さんが、パラ柔道で活躍される初瀬勇輔さんと大阪体験会に来てくれた!>体験会は気軽に開けると思っていたので私も知人を誘うつもりでいたが、この体験会自体はだいぶ昔に締め切られていたらしい。なのでコースが止まってる時間を利用して、新たに体験会の開催を試みてはみたものの、ルールに遮られてやらせてもらえないとのこと。連盟や市の考え方ひとつで越えられる問題のように思えてならないのだけど。そり競技については、報道においてもなかなか本当の魅力やらが伝わりづらい状況にあるなと感じる。マイナー、お荷物、老朽化…マイナスのイメージで煽られているように思う。実に在る魅力を感じてもらうため多くの人に知ってもらえるよう体験機会を積極的に増やすべきだとは思う。ゴールする体験者選手としてスパイラルを残したいと強く思うけど、さまざまな矛盾を目の当たりにするにつけ、何とも言い難い気持ちになる。いずれにしても、スパイラルがオープンしている期間は一月末までとあとわずかだ。私も来年の今頃どこで何をしているのかわからない。記者していた1997年から今まで毎年年間100日以上往復してるに違いないくらい通ったスパイラルと付き合う最後の年になるかもしれない。

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  • 02 Jan
    • 試合勘について。(全日本選手権つれづれ)

      試合後ダラダラ過ごしていたら年が明けてしまった。年が明けたらさらに眠く、初詣にも行かず、正月セールをしていたUNIQLOに行った程度で後はぼんやりしたり眠ったりして、私は壊れているのかと心配になってくる。 やめると決めて、人にまで宣言して、さらにはどんな気持ちになるのかなと思っていたけれども、どうやら試合前までに感情やら思いを使い果たしたらしく、感慨深いものも襲ってこない。12月はレースの一週間前まで心身つらくて一人で結構泣いていた。そのせいか割にスッキリしている。 1年ぶりの全日本選手権で本気レースをして思った事は試合勘が鈍ってるなということだった。今の日本のシステムだと、本気レースが少なすぎる。さらに自分は行けないな、という内容の選考基準だったため、最後になる可能性がある全日本にどう向かい合うかということはそれなりに考えた。 12/11にあった選考のひとつとなる陸上の記録会に出たものの陸上は所詮陸上だと思った。スケルトンはスケルトンでレースをしないとあまり意味がないと確信した。道具のセッティング、氷の状況天候など、いろんな条件はそりを滑って試さないとダメなのである。前日までに上二人にいいところまで迫っていたが、試合でタイム差がついたのはそこ、試合勘の鈍りにあったと感じた。最後の国際レースは二年前、そのあとは昨季の全日本。海外チームは派遣レース選考会が行われるのだが、やはり自分の今後を賭けたレースを頻繁に行う事の大切さをあらためて思い知らされた。競い合うチャンスを増やすべきである。でないと強くならない。それゆえにも現在の選考基準と強化方針は考え直すべきだと確信した。実は一本目と二本目の間に捻挫。タイムに影響はしなかったけど今痛い。古巣信濃毎日の最後の記事。2003年のワールドカップ入賞以降も一桁は何度かあったが。      

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  • 27 Dec
    • 帰宅の報告と御礼

      昨日、長野で借りてた場所を引き払った。長野から松本まで、国道19号線を比較的ゆっくり走りながら、お世話になった方々のことや、やり始めの頃の勢いあった自分の事など思い出したりしていた。夕方6時半、母親の工場からの帰宅と重なり私も到着、親にもきちんと挨拶しなくてはと珍しく思い、賞状も見せようと思って居間に持っていたのだが、いつもの帰宅と変わらない様子。年末の繁忙期ゆえの疲労の蓄積で、わたしを見るなり気が抜けたらしくドテッと転がり、そこからは私が炊事三昧…松本に帰って来て約三年、40代も中盤にもなった無職の私がこうして来られたのは、両親の元に寄生しているからである。両親が小さくなりながら身を粉にして働く姿を横目に早く自立しなくてはと私なりに悩んではいた。実家は菓子製造業。松本の特産品の味噌パンはじめスーパーにあるような袋菓子を多種類作る工場を経営しているのだが、ちょうど私が松本に帰って来た頃に工場移転をし、父親は70を過ぎての借金…そのタイミングと、私の40をとうに過ぎての再度の五輪挑戦への決断と重なった。★当時記事父親は朝5時半過ぎに出かけ9時前後に帰宅。母親は8時半帰宅は6時過ぎの肉体労働。苛酷ながらも強い気持ちで取り組む姿に、丈夫な両親の血をひくのだから私も長持ちするだろうと言い聞かせて自分の窮地を凌いできた。子どもの頃から家族は自営で忙しすぎるため干渉もなく、好き勝手にここまで来てしまった私である。さすがに相談もろくにせずに会社を辞めた時には母親は発狂していたが、30分騒いで切り替えてた。この環境のおかげでこの歳まで続けられたわけである。新聞社を退社後、スポンサーは見つけられなかったけれど、地元の友人らが作ってくれた後援会とうちにおいてもらったおかげで何とか生き長らえた。読んで頂いてる皆様へ。1998-2016年という長きにわたった競技活動に際し、多方面にわたる本当に多くの方々からご協力とご支援をいただきました。月並みな言葉ですが、本当にありがとうございましたm(_ _)m一人一人思い出して、ご挨拶したい気持ちであります……今後については今は本当にNo idea なので、少しずつ考えながら自立の道を模索する所存であります。✨✨✨✨✨✨✨東京の電車の掲示板に私がやめたって流れてたと、友達から連絡が…あとラジオでも流れたそうな。ちょこっといくつか新聞でも出てたみたい。これが五輪の力か…スケルトン並びにそり競技が、携わる選手や子供達の健全な心を育む場となるよう、微力ながらできる範囲のサポートはしたいと思います。今後ともよろしくお願いいたしますm(_ _)m五輪と同じ重みを感じながら取り組んだ今年の全日本選手権。最後の舞台で、共に遠征を回り切磋琢磨した小口(左)小室選手と表彰台に立てて良かった。負けずに頑張れよ〜〜朝日新聞紙面

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  • 26 Dec
    • 全日本3位で閉幕

      最後と決めてわずかな力を振り絞った全日本選手権。どんなに感動するのかな?と思っていたけど、まだ何の実感も湧かない。試合に至る前までが様々きつく、泣きながら過ごした日もあったけど、一滴の涙も今のところ出ていない。優勝しようと準備をしていた。新しいそり。迷ったけれどもこのために新調し、最後の最後で少しずつ理解を深めつつあった。一本目、上から横滑りが多く、あり得ないタイムでゴール。ほんのわずか、乗り込んだ位置が悪かったとゴールしてから気が付いた。緊張感もあった。悪くない緊張感だったと思う。味わい尽くしてスタートに立った。5位。え?っと思った。このまま私は終わるのか…前にいる選手と自分のタイム差を確認もしなかった。(目を背けたというのでなく、タイムを確認する術がなかった)うまくいけば2人はまくれるだろう。まぁでも、そのことはさておき、普通に滑ろうと、乗り込んだ際、少し後ろに移動した。ほんの僅かな位置が、レースの時の硬い氷では影響する。特にこの新しいそりは、今まで使っていたものよりその傾向が高い。繊細である。2本目は無難な滑りで3位まで上がれたが、帰宅してリザルトを初めて見て驚いた。皆1秒前後タイムを落とす中、自分だけ上がっていた…それだけ一本目はひどく失敗したということで…更には4位の高山さんと0.04の僅差だった。大失敗した割に運がいいなとも思った。良きにつけ悪しきにつけ茫然自失である。こんなはずじゃなかった思いも無きにしもあらずだけど、これが今の自分の実力。後悔もなく、モヤモヤもないけど、長く重く熱かった19年の締めくくりってこんなものかということもアッサリ受け容れられた自分もいる。明日は何を思うぞや…多分一本目のスタートウェブニュース。✴︎毎日新聞✴︎朝日新聞

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  • 24 Dec
    • 明日 本番

      本日朝大雪。雪の中の公式練習終えて明日いよいよレース!公式練習は二本滑走のうち一本滑れば良い。だいたい翌日にレースがある場合、私は一本で終える。でも、一本終えて今日は滑りたかった。考えた挙句、直前でやめた。気持ちはあるが、ちょっとした背中の張りを感じたので。気持ちは明日に取っとくか〜〜と。オーバー40の数人は一本で止めてた 笑笑私が最も往生際悪かったが。大座法師池10時試合開始男子から。20人の滑走ののち女子。私は11番滑走。最後の本気レース。クルマで来てくださる方、雪は道路はございません。でも寒いらしいのでスリップ注意‼️

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  • 23 Dec
    • トリノペアの優勝とマダムの部屋

      外気温が暖かい。暖かすぎる。今日はボブスレーとリュージュの全日本選手権本番だった。今からちょうど10年前の2006年、トリノ五輪に一緒に出場した清川選手と小林選手が、男子2人乗りで見事優勝。現在海外を転戦している2チームを抑えて。スプリントタイムもさほど変わらない模様。2人は現在、海外転戦はしていないアラフォー。バリバリ若手の現役選手の奮起を求む。左から3人目清川選手、右隣が小林選手私の本気モードも残すところ2日。緊張感が高まって来た。身体の感度が増す。逃げたい、とも思う。どんな滑りをしたいのか。ここのところ色々考えていた。同世代の選手たちと久しぶりに話す中で、スケルトンをやり始めた頃に感じた私独自の感覚を思い出した。そこには戻れないだろうけど、あの頃のワクワクした気持ちはトレースできる。当時書いてたブログ記事「マダムの部屋」の1回目が、スケルトンに対しての新鮮な印象をうまく表している気がする。こちらマダムの部屋。✴︎禅でアートなスケルトン

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  • 22 Dec
    • 休日 松本へ。

      結局予選会から5日連続で滑った。滑走は見た目以上に負担が掛かるため、私は3日以上続けてはここ数年滑らない事にしていたのだけど、マッサージやら温泉やらで繋ぎ、何とか乗り切った。おかげでやりたかったことはできた。海外周ってる2人に食い込む算段。ハイなのか何なのか。身体が軽く、疲労感が少ないし、移動は面倒なので少し迷ったけど、行きつけの病院のトレーナーに念のためチェックしてもらいに松本に珍しく電車🚃しなので来た。やはり車より楽。片道50分。自宅にちょいと立ち寄る。去年まではこんな時、ネコ🐈に会うのが楽しみだったけど、今年はいなくて淋しい。うちに着くとつい、ネコの名前を呼んでしまう。いまだに癖だ。呼ぶと出て来そうな気がする。思った以上に、やはりバランスの崩れや部分的な硬さは出ているらしい。悲鳴をあげつつマッサージを受ける。ポイントを聞いて、また電車に乗って長野へ。今度松本の自宅に戻る(引き揚げる)のは月曜日。その時私はどんな気持ちでいるのだろうか、、今日からリュージュとボブスレーの全日本選手権公式練習が始まってる。明日はリュージュとボブスレー二人乗りの試合。 スケルトンは休み。気心知れた同世代同時代のそり仲間が集まって来ているので楽しい。

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  • 19 Dec
    • あと一週間

      土曜日に全日本選手権の予選会が終了。クリスマスの全日本選手権まであと一週間に。そりのテストを少しずつ重ねる中、もはやあまり時間がない!滑れる日数を数えると、どう調整に入っていくのが良いか、なかなか判断が難しいところ。休みをこれまでふんだんに取りながら合わせていたが、時間がないので、強引にマッサージやら温泉やらで繋ぐことに。そして異例の4日連続滑走に本日突入。何とか大丈夫そう。予選会一本目。残りわずかな選手生命。悔いなくやり遂げたいもの。ただそれだけ。

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  • 15 Dec
    • タウン情報12 と滑走

      久しぶりのタウン情報への執筆。紙面混雑により、一か月間原稿が眠っていた模様。カルガリーでのことを書いてあるけど、懐かしいなぁ。その後もそりの調整に手こずったものの、このところようやく何とかなりそうな気配まで漕ぎ着けた。あとはランナーセッティングであります。日曜日に記録会があった。気持ちが揺れたから挙げたblogを一旦下げたけど、もう一度書き替えて記録は残しておく。後期海外派遣選考記録会の記事やはり30mの記録足らずで、私はもはや、海外遠征に出られなくなった。そのほか様々な理由で、25日の全日本選手権で区切ろうかとは思ってる。あとわずかの残された命をいかにして燃やそうか。仲裁やって、連盟は形では公に非を認めたけど、長野に入ってから色々な光景を目にするにあたり、変わってないことが手に取るように感じられる。代理人の弁護士からしか言葉は聞いていないし、本当に誠意がない。変わるどころか悪化の一途のように感じられることもあり、やるせなくて押しつぶされそうになりながら何とか耐える日々。辛いことは多かったけど18-9年も滑ってこられたのは、ひとえに滑走が楽しかったから。世界をたくさん歩いて、多くの価値観に触れたから。速くなりたいと思い続けたから。

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  • 12 Dec
    • 後期海外派遣選考記録会

      昨日12/11、スケルトンの後期遠征派遣選考記録会が長野市東和田の陸上競技場で行われた。この派遣選考会にはヨーロッパカップとノースアメリカンカップに出場したい選手のみが参加となっているらしく、30mと立ち幅跳びで派遣基準の記録が設定されており、突破しないとならない。この基準が出されたのは、仲裁の最終審理が行われた後の10/10だった。今、国内唯一のコースであるスパイラルがオープンしており、選手は日々滑走を行なっている最中である。なぜ、雪の降る中、陸上競技場で?というのは多くの人が疑問に思うところだった。私自身も疑問に感じながらも、全日本の前哨戦の位置付けで、緊張感を持って調整するために参加することにした。私のように夏の記録会で基準を切れなかった選手のみかと思いきや、このカテゴリーに出たい選手全員が受けなくてはならないことを知りビックリした。陸上種目の測定を定期的に行なうことは、意味があると思う。この記録を伸ばすことが、スケルトンの氷上のプッシュ記録にどう繋がるかを検証していく上ではすべての選手に課す必要性はあり、何年かに渡って行えば意義深いものになると個人的には感じている。しかし、この記録が派遣の直接の材料となること、増してやコースで滑走できる時期であるにも関わらず、ということを考えると合理性に欠く選考基準といえる。更にこの記録を課せられているのが、一部の選手であり、全選手でないこと。記録を取る意味合いが失われてしまう。更に男子の基準値が前期の時とは変更になっていたらしい。理由はわからない。前期遠征の際に、ワールドカップに出場するには、プッシュ記録の制限もされていたはずだが、後期遠征派遣にはその基準は取り外されており、それも疑問に感じた。連盟は五輪でのメダル獲得、入賞を掲げており、そのためには一定のプッシュタイムが必要という意味合いで、ワールドカップ派遣において記録が設定されたにも関わらず、後期では基準が外されたことについて、一貫性のなさを感じざるを得ない。例えば、カナダチームにもアイスプッシュトラックでのワールドカップ出場のための派遣基準記録が設定されているそうだが、それは一貫したもの。記録を破らない限りはワールドカップ出場には至らないそうだ。今の日本のレベルがそこにいたらないのであれば、最初からそんな基準を設ける必要はない。1人でも多くの選手がコーチの元で滑走経験レース経験を積めるチャンスを作ったほうがいい。いずれにしても基準を、その場しのぎで変えるとか、軸のぶれた選考は選手にとってストレス以外のなにものでもなく、選手間の関係性の悪化にも繋がる。仲裁合理はしたものの、選手が気持ちよく正々堂々と戦える土壌には全くなっていない。行なっていること、結果含めて、きっちり検証し、本物の強化、育成、競技発展を真剣に考えていかないと、競技の先細りは免れない。

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  • 04 Dec
    • IBSF race week

      今週末はボブスレー、スケルトンのワールドカップ開幕し、今日までに日本勢も続々出場していた。金曜夜の時間に入って来たボブスレーヨーロッパカップ日本女子チームは、続いて同じ会場のドイツケニクゼーで行われた次戦でも押切、君嶋チームが3位と連日の表彰台。スプリントタイムも1位だったし、地元のドイツや経験あるスイス選手の中で大健闘。頭角を現した。来季の平昌以降、そり界の日本女子を背負うことは間違いない。伸び盛り期に突入である。押切麻李亜選手(上段左から3人目)のfacebookより。隣は君嶋選手。下段真ん中の左から初戦5位の浅津、川崎選手表彰台は良いものだ!いつも眺めながら、いつか!ど真ん中と思っていたことを思い出す…昨日の朝方にはスケルトン女子で、日本に与えられている一枠に出場している小口貴子選手が15位。YouTubeでレースを少し観たけど、これも健闘だったと感じた。レースが行われたカナダウィスラーは、とにかくトリッキーなコースで、難しく危険度も高い。二本確実に揃えることが大前提で、一本速くても一本転倒して失格する選手もいる。そんな中で二本きっちり揃えていた。彼女より上にいるチームは国を挙げての強化やレースに臨む体制も充実している国の選手たちだし、そんな中で昨年よりも確実に上げていることが見て取れた。もうひと段階上を狙うにはなんだろうか、と考えながら観戦したが、スケルトン女子のレベルも年々グレードアップしており、速い重い上手いの三拍子揃わなくてはというところもあるし、紙一重を取るには仲間との質の高い競り合いや、サポートが必須だろう。今日未明に終わったスケルトン男子は韓国選手が優勝していた。日本の高橋選手は18位だった模様。先週同じウィスラーで行われたノースアメリカンカップ二戦で若手の宮嶋選手が優勝と2位で大健闘していた。このレースで宮嶋選手と競り合い2位と優勝のロシア選手がワールドカップの3番手として出場し12位に入ってた。日本の男子枠は1つ空いてたから宮嶋選手もワールドカップに出場しているのを観たかった。面白いレースをしたのではと思う。そんな人々のレースを横目に、私は来週日曜にある30mと立ち幅跳びの記録会の調整など滑走に合わせて行っている。基準値をクリアしないと国際レースにもはや出られないからである。コースもオープンしている寒い今、なぜ陸上?怪我のリスクあるじゃんと、多くの人が?と感じてはいるらしい。ここら辺の選考基準には過去にも述べたように矛盾を感じずには居られないが、それは最早どうしても変わらないため、さておいて、私にとって大きな一戦となる12/25の全日本が完全な初戦になるのはどうかと考え、ヤマを作るためにもトライアルするのだが…一週間全力疾走して結構疲れて来たため、快晴の土曜は完全休養した。休みの大切さを痛感するお年頃である。

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  • 02 Dec
    • 日本女子ボブスレー ヨーロッパカップで優勝

      先ほど、日本女子ボブスレーチームが、ドイツのケニクゼーで行われているヨーロッパカップで日本女子チームで初優勝したというニュースが入ってきた!このチームのパイロット押切麻李亜選手は、2012年にオーストリア、インスブルックで行われたユース五輪に高校2年時に出場。以来、五輪を目指してボブスレーに取り組む22歳だ。押切選手は北海道十勝地方の中札内村の出身。お姉さんはスピードスケートで富士急行に所属、ソチ五輪にも出場した押切美沙紀選手である。身長も170センチ越え、体重も今季はかなりパワーアップし、外国人選手に引けを取らない体力を持つ。ソチのプレシーズンに帯広合宿した折、親子ほどの年の差の私と一緒に練習してくれたのが麻李亜さんだった。素直で純朴な十勝ならではの人柄に癒されることが沢山あった。今は十勝を離れ、札幌の企業に属し、札幌に拠点を構えてトレーニングを積んでいる。ボブスレーはスケルトン以上にお金がかかり、勝つのが大変な種目だと思う。リザルトを見ただけでは内容まではわからないが、何れにしてもドイツ勢を抑えての優勝は素晴らしい!ブレーカーはキミシマさんとの名前になっていたが、恐らく新人の選手であろう。ボブスレーは操縦するパイロットと後ろからプッシュするブレーカーから成るが、ブレーカーは陸上競技などでパワーとスピードがある選手がスカウトされることが多い。押切チームのほか、日本勢では5位に浅津チームが入賞していたのも付け加えたい。http://www.ibsf.org/en/component/events/event/167898施設の存続やら、私の仲裁やら…そり業界では、なにかといまひとつなニュースが続く中、久しぶりに明るいニュースである。明日はスケルトンのワールドカップ開幕である。麻李亜さんの夏のプッシュ

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プロフィール

eiko

性別:
女性
自己紹介:
1998年長野五輪直後の28歳からそり競技・スケルトンを始め、ソルトレークシティー五輪、トリノ五輪に...

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