• 14 Aug
    • 盆休み〜松本

      カレンダー通りの休みなので、10日仕事終えて最終あずさで帰宅し、3日間の休みを終えて、これから上京。午後から仕事へ。以下休みの記録🎨🎨🎨🎨🎨10日。最終あずさは各駅停車ばりで3時間もかかり、腰が痛くなった。安いから本当はバスで帰りたかったが、満席御礼で…翌朝11日は両親と伯母と新潟岩室温泉へ。私は運転手。途中連休恒例の牟礼の菊ずし経由で海をちょっとだけ眺めながら高速で新潟入り。意外に遠かったけど宿は最高に素敵だった。新潟は、東京ほどじゃないけど湿度ある。12日。新潟からの帰りは長野の道の駅で盆花買って、久しぶりにけいのしんさんところのケーキ🍰買って帰宅した。13日。墓参り。松本の灼熱の陽射しには恐れいったが、湿度なく、あんなに暑いのに汗かかず。夏場のカルガリーを思い出す。朝晩はビックリするほど涼しく、やはり東京とは違うんだ…と実感。そして再びあずさに乗って東京へ。今日の松本は曇り空。午後からお仕事だ。社会復帰からもうすぐ3ヶ月になる。最初の1ヶ月は大学以来の東京暮らしとOLに緊張しまくり、それなりに疲れた。時間が経てば何とかなってくるもので、環境には慣れてくる。そして、再び始めた1人の暮らしも、思った以上に楽しい。職場でもいい人に囲まれ、ストレス少ないこともあるんだろう。長ーく終わりが見えなかったトンネルをやっと抜けた気分で、毎日感謝に満たされる。スケルトンは好きだったけど、滑るのは楽しかったけど戦場だったから。事あるごとに思い出す。経験したことを世の中にスポーツに還元したいなとの思いはないことはない。だけどもそれは簡単ではないこと、そして力を込めるほどに空回りすることを体験した今、何か目標を持つというより、小さい喜びを積み重ねながらまずは過ごすってことかなと思っている。

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  • 17 Jul
    • アスリート

      先週、仕事で海外のアスリートに数日帯同し、久しぶりにトレーニング現場を目にした。客観的にそういう場面を観るのは、記者の頃以来のように思う。生でそういう姿を目にし、えもいえぬ感動が走った。自分も数ヶ月前までこんな風にやっていたという事実が嘘のようである。苦しかったなぁ〜無心で取り組む姿を見て、がんばれ〜と心から思ったし尊敬した。彼らはParalympianだったのだが、初めてParalympianの練習、なんら、健常者と変わらない。心のバリアフリーが、東京五輪を契機に日本でも広がると良いな!と心から思う。東京の前に、来季は平昌五輪!私も目指した大会!あまり注目はされてるとは思えないけど、選手の思いは一緒である。昨日は、今朝合宿でドイツに向かったボブスレーの押切麻李亜選手と会った。大きくなってた!!そり競技の一番の注目選手!まりあさん、がんばれ〜❣️

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  • 06 Jul
    • 運動開始

      なんとなく太ってきた気がしている。年末に競技から引いて以来、運動はほぼしていない。若い頃は運動すれば筋肉が落ちて体重が減り、食欲が減った。しかしながらこれまで全く気にしたことがなかった下っ腹に肉がつき始める気配が少し前から感じていた。さらに、寝付きが悪く、朝起きたくないという傾向…ひとえに運動不足に感じ、昨夜、ジムに行き、久しぶりに筋トレした。インボディを測定したら、やはり、体重が競技をしていた時と変わっていない。体脂肪がひどく高くなっていたわけではないみたいだが、自分の体感に勝るものはない、明らかに脂肪に変わってしまったらしい…運動指導員に聞くと、私の体組成からすると、筋トレして有酸素の手順がいいと言われた。週一だけでも変わるはずだと。しかし、いまひとつそれだけでは難しいのではないか、そんな予感がする。全く何もしてなかった人は少しの運動の積み重ねが功を奏すように思う。しかし、日々緊張感を持ってトレーニングをしていた私の場合、ちょっとやそっとでは、変わらないのではないか…また、お酒も飲まない、偏食もしてない自分が変わる要素はそれなりに追い込む以外に体を絞る方法は無いのかも、との予感すらする…まぁ、そんなこんなつらつら思うのだけど、まずは動くしか無い。と思い、今日は銀座から一時間歩いて帰った。夜は涼しくて気持ち良い。 1ヶ月後、どう変わるかな。

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  • 29 Jun
    • 近況と1年前

      シツコイですが、一昨年のおととい、6/27にわたし、スケルトンの連盟の度重なる選考基準の不透明を正すべく日本スポーツ仲裁機構に申し立てしました。本来的なアスリートファーストを訴えたく、メディアに協力を仰ぎ、勇気を振り絞って弁護士とともにインタビューの場に立ちました。あの時の思いを遂げられたのか、と問うと、去った現場に大きなプラスの兆しがあるとは思えず、申し訳ないと思う気持ちもありますが、ほんの少しは前進していると感じております。自分が投げた小さな石で入った亀裂により、ヒビが入ったガラスは時間をかけて割れるのだろう…それは5年なのか、10年なのか、想像はつかないけど、そう信じられる行動だったから、前に自分も進めた。自分ができることをやり切った感を経て、今なすべきことは、夢を追うことよりも、自分の力で生きる力をつけるという、現実的なことが先決だと痛感した。だから私は上京した。あの体験をしたからこそ、地に繋がって歩くことができるようになった。そんなふうに思う。仕事はオリンピックに関わるため、スポーツがこうなればいいのに、あーなればいいのにと、ついつい理想に頭が走りがちな古い自分が顔を出す。理想を抱くのは必要だけど、行き過ぎは不満の素ともなる。それよりも今一歩踏み出すことができたことへの感謝。そこに立つことを大切にしたい。てなわけで明日で二度目の社会人となって一カ月だ。デスクワークする事もあり、先週は慣れてないため眼がやられ吐き気に襲われた。マッサージに行くと、首が大変なことになっているという。画面を合ってない姿勢で必死で見続けたため、後頭骨がロックされ、酸素が脳へ行かなくなっていたらしい。首はヒドイし…先週は二回マッサージに世話になった。いずれにしても慣れない環境というのはそれなりに疲れるものである。当たり前のことである。まだまだ緊張の日々は続く…

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  • 14 Jun
    • 1年前のこと。

      ちょうど一年前の6月、スポーツ仲裁裁判所に申し立てをするべく準備に奔走していた、ということを今朝思い出した。http://ameblo.jp/olympic-skeleton/entry-12175456410.html?frm=themeメディアの力を借り主張をするために人前に出る覚悟、一方でトレーニングは絶対におろそかにせず選手としてやり抜く覚悟。この訴えによって選手が本当に正しく競技に打ち込めるよう一時的には誰かに皺寄せが来ることがあるかもしれない、自分の競技生活も含めてキツくなることも丸抱えする覚悟。腹をくくるとはこういうことか、という私の人生の中で最も激しい境地を味わった。とにかく目まぐるしく、意識しないと呼吸もできないと感じるほどに追い込まれながら過ごした一年だったけど、だからこそ競技者を卒業できたのだろうけど、もう一度同じところは通りたくない、もういいやという思いもある。☆なぜかロンドンのシンボルビッグベン!私の撮影!!あらためて二度目の社会人となり二週間。新しい暮らしと仕事を心の底では間違いなく求めていたし、考え以上の世界に来られた感覚と感謝はあるけれど、とはいえ疲れる。良くも悪くも興奮状態が長く続き、一夜の睡眠で解消し切れないな、と思い始めている。間違いなく、スイッチをパッと切る何かを見つけないと、と強く思う。思えば選手後半で、レース後の興奮が2日くらい続いてしまう感覚とよく似ている。もちろん年齢的に体力が減って来ているということもあるだろう。また、若い頃より集中できるようにもなって来ていることも影響しているような気がしている。運動量も減ったから食欲もかなり落ち、食の内容も変えないとなと思う。とにかく全部が変わった。新しい生き方を創るのにどのくらいかかるだろうか。新鮮な興奮と覚悟ともう少しうまく付き合えないと、カラダが持たないなと実感しているところである。ま、でも去年を乗り切ったからこれからもなんとかできるかなという…大変だったけど価値のある経験ができたかなと、一年たってそんな感想だ。☆一年前は、はちがいつもそばに居てくれた。会いたいなぁ…もう会えないけど…

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  • 11 Jun
    • 休日の風景

      社会復帰して2回目の週末、友達と清澄庭園と付近のカフェ巡りの散歩をした。人が結構いて、庭園そのものの風情はいまひとつだったけど、生涯分のカメ🐢に会えて感動。カメだけでなくスッポンらしきデカイヤツもいて、なんか面白かった。君はスッポンか?カメカメカメ見えますか?岩に同化深川付近の団子屋🍡の扉の前で、気長に待ちぼうけするちゃとら。近所で飼われてるコらしく、皆んなで可愛がってるそう。カツオ飯が欲しいと開けてくれるのを待ってるらしい。自分の中でネコ不足だわ。

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  • 03 Jun
    • 回想〜イースターのヨーロッパにて

      四月に用事でヨーロッパに出かけた。2016/1、フランスでのワールドカップの練習中、ゴールで頭をマットにぶつけて以来、2年ぶり。自分にとっては久しぶりだ。UKとオランダを旅したのだけど、久しぶりにヨーロッパを感じることができた。初めてのヨーロッパは七月のイタリア。入社二、三年目の25歳くらいの時だったと記憶している。定番のローマ、フィレンツェ、ミラノへの一週間の強行軍だったけど、魂に感じるものがあった。スケルトンを始める前に出かけたヨーロッパはこの時も合わせて5、6回くらい行ったが、どの旅も痺れた。イタリアの上空を飛ぶ時の海と空の美しさに、今死んでもいいなと思ったほどの幸せを感じた。帰国後イタリア留学も考えたほどだ。競技を始めてからはヨーロッパにかなり頻繁に身を置くチャンスを得たが、あの頃の感動は感じられなくなった。ほんの時々、ヨーロッパアルプスの夕暮れだったりにいいなと思うくらいだった。なんでか理由は分からなかった。心が無くなったのか、あの時の感動は錯覚だったのか、と時々心配に思ったりもした。今回のオランダで、たまたま第二次世界大戦の爪跡の残る場所を二箇所訪れた。オランダ人は控え目で優しい人が多く歴史を良く勉強している国民性があると感じた。。若い人も年輩の人も。とにかく他国との関係性などの話をよく話してくれた。実に私は高校時代から第二次世界大戦前後の世界の近現代史を学んだ時、血が騒ぐ思いで興味が湧いた。競技を始める前に行ったヨーロッパのひとつにポーランドがあったが、なんとなくアウシュビッツ強制収容所を一人で訪ねたことがあった。怖くはなかった。そこでもドイツの子供達が歴史を学びに来ている姿に出会い、大切なことだなぁと感心した。旧共産圏はポーランドが初めてで、2回目は2003年ドイツのアルテンベルグというスケルトンのコースがある村だったのだけど、旧東ドイツ辺りに入った瞬間ぞぞっと背筋に寒気が走ったことが忘れられない。体調を崩してレースをキャンセルした。目に見えないものの正体を感じて、それとの付き合いに戸惑った時期が続き、ある時、一切そのアンテナを閉ざすことを選択した。勝つために必要だった。それからの気がする。ヨーロッパに来ても感動センサーが働きにくくなったのは…不思議なくらいに、いいなぁとも思えない不感症な自分になってしまった。今回、アムステルダムの散歩中にアンネフランクが匿われ、最後の数年を過ごした家の前を通りかかった。人が多かったから中を見学しなかったけど、もう一回、当時閉ざした興味や感覚をオープンにしようという気持ちが芽生えた。そのせいなのか、久しぶりにヨーロッパに感銘を受けた旅と、なる。なんとなくだが、自分の原点に戻り、ルーツにゆっくり向き合って行こうと思い興したからか。感慨深く整理しきれず、帰国してからもしばらくの期間ぼーっとするしかなかった。前世があるのなら、間違いなく数回はヨーロッパにいたのだと思う。しかも遠くない過去に。ヨーロッパが本当に好きだ、素敵だと、久しぶりに感じたことが嬉しかった。北海〜日本では見たことがない空と海の色先はUKらしい。

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    • オンオフの醍醐味

      出勤した二日間定時で帰宅でき、更には土日お休みだったので、力が有り余り気味。昨夜は品川で友だちと会い、ご飯食べてから1人で駅ビルを堪能、ひと駅無理やり歩いて帰宅したのは22時。今日は英会話に行きその後二子玉川高島屋でいとことデート。店が楽しすぎてまた、ブラブラしてひと駅歩いて20時戻り。新しい暮らしで必要なものが次から次へと出てくるのだけど、もの要りなため、今は我慢するしかない。三カ月は貧しいだろう。あまりにカネがないと私が口にするため、いとこからビンボーを呼び込むから止めろと言われた。そうかもだな。東京に来ても本気で店を見られる余裕がこれまで無かったけど、いざリラックスすると楽しい店だらけと気付く。やはり地域的な雰囲気というものは本当にあるらしく、セレブ地区世田谷辺りには魅力的な店が多く刺激も強くワクワクした。私が住む下町にはあの手のキラキラした店はほとんど見当たらないけど、なにぶん便利で住みやすい。下町では、スーパーのレジや駐車場で外国人が普通に働いているのも目立つ。近く日本は外国人の働き手に頼らざるを得ないだろうし、考えてみればヨーロッパやアメリカでは普通のことかなと思う。でも日本でここまで専門職以外の分野で外国人の働き手を目にしたのは私にとっては初めてのことだった。下町は、チャリが楽しい江戸の雰囲気が魅力。街そのものに力がある。一方セレブ地区は、百貨店や駅ビル、また高級食材もおもしろい。買えないけど。スニーカーとジーンズというこれまでのスタイルになれるのが嬉しい。仕事のバッグは休ませたいから、仕事で使いにくいものを休日に。オンオフが大事というけど、ようやくそーいう意味合いがこの年で解った。なかなかオツな感覚だった。でも、なんでこれまでずっと気を張り詰めていたのか。それだけ選手活動に夢中で一生懸命だったとも言えるけど。オンオフを身体で理解できてたら、なんか、もっと力を出せてた気がする。

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  • 01 Jun
    • 試合ばりの緊張感

      初日勤務が終わった。何も大してしてないが気疲れしてるかなと。頭がぼんやりする。そりゃ当たり前。なにぶん6年ぶりの会社員だ。更には年が年なわけで、即戦力として求められてもいる。力は抜いているとは言え、緊張は当然している。ここに至るまで準備することが、思いの外多かった。まずいでたち。競技を始めてからは似合うものがよりラフな感じになったのと、身なりにかけるエネルギーを身体意識に注いだ。記者の頃は服ばっかり買っててマダムというあだ名まで付いていたのに、20年近くたち、なんの服を着たら良いのか、どんなバッグが適当かとか、感覚的にわからなくて、友だちに聞きまくった。メークだって日焼け止め程度だし。UNIQLOなんてさと思ってたけど、パンツがなかなか使いやすく、4着も大人買いした。ま、選手のTシャツとかジャージと一緒だよな、と。更には東京住まいは23歳の大学卒業まで、と考えれば23年ぶり。長野で住むのとまた訳が違う。住居を決めたのは3/31。しかも内見せずに決めた。更には引越しの日まで部屋が見れなかったのと、恐らく忙しいから完璧な準備をヒマなうちにしなくてはという気持ちと、限られた予算で何とかしなくてはならなかったので、細かく考えたりした。転居が近づくにつれ、胃が痛くなったり、最終的には風邪もひいたという…身体が試合に向かって行く時の感覚が明らかにあった…緊張以外の何物でもないな〜〜と観察。ま、転職も慣れてないし20年に一度のビッグイベントであることには間違いないので、こんなものだろう。UNIQLO試着室にて。

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  • 31 May
    • 転居と就職

      このたび私、東京に就職が決まり、先日松本から引越しました。6年ぶりに社会人に復活するのですが大丈夫かぁ〜〜〜???とか言ってはいられない。46歳、行きて行くために自立します。下町に新居を構えたのですが、ちゃりで都内を走るのがとても楽しい。夜の隅田川🌉スカイツリー母ちゃんと歌舞伎座3年と1ヶ月過ごした松本での家族との暮らしは、私にとってはほんとに何にも代え難い時間でありました。松本にまた、いつか戻りたい…魚がいるほどキレイな川澄んだ空気と青い空99歳の祖母 元気過ぎて元気もらう。ずっと心がいっぱいで、文章書けずの数ヶ月でした。でも、書くことは一生続けるつもりです。明日から、OL頑張りまーす!

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  • 14 May
    • The Page〜スパイラルについての寄稿

      一ヶ月ほど前にスパイラル休止についての執筆依頼を受けて書いた記事が今日掲載に。The Page というニュースサイトです。この件に関する解説は、信濃毎日新聞の記者だった現在フリーライターの先輩(元上司)が担当★五輪施設のあり方は?サイドとして私が寄稿★スパイラル休止に思うです。核心に迫った内容となっているかと。願いは競技のことを競技団体に本気で考えて、休止を食い留めて先に繋げてほしい、というただ一つ。至極当然の事が出来なかった結果に過ぎないのだから。よろしくお願いします。

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  • 07 May
    • GW5/5~6 白骨温泉

      久しぶりの記録。書かなかった一ヶ月はいろいろとイベント満載すぎた。追って記録をしていこうと思う。 連休イベントとして両親と3人で白骨温泉に1泊。白骨温泉とか乗鞍高原とかは今では松本市内だし、子どもの頃から馴染みがある感覚なのだが、昨年の今時期に気軽な気持ちで乗鞍の日帰り温泉に母親と出掛けてみて、あまりの山道の狭さと圧迫感に驚いた。 普段山道の運転は、長野で慣れているが、舗装がなされているスパイラルへの道や、戸隠高原への道、はたまた志賀高原やら菅平高原なども含め、冬の道も含めて何とも感じたことはないのだが、なぜに乗鞍・白骨温泉〜飛騨高山方面の道路に抵抗があるのだろうかと思うほどに抵抗を感じ、神経を使ってへとへとに疲れた。 松本から白骨温泉へのルートは2つあるらしい。ひとつは乗鞍高原を経由する道、もう一つは上高地の入り口である沢渡から急斜面を上る道でこちらはショートカットだという。行きは乗鞍で知る人ぞ知る美味しいそばを食べたいということだったのだが、そのそば屋が見つからない。父ちゃんはそばやの名前を忘れたというので調べようもなく山道を行き来しながら探した。結局見つかったのだが、数年前にやめたっぽい模様。名前は「いがや」。食べログの記録だと2012年まであり、父親も2013年頃に最後に来たという。 乗鞍で食べることを止め、白骨温泉まで行くと言う。嫌な予感は的中し、白骨温泉エリアには食事ができるような店は少ない。あっても混んでいるし。時間は1時半を回り、空腹と疲労により睡魔が襲う。 とりあえず入れた店のそばは、父親いわく、コンビニのそばのようなもの。美味しいとかまずいとか、そういう問題ではない。とりあえず、腹に入れた。 山険しく、道も狭い。特にトンネルは暗いし、ぶつかるのではと神経使う。そんな秘境になじめない私は、この場所と相性が悪いのではないかと、思ったりする。 狭いトンネル昼食後、3時少し前。旅館にチェックイン。母親だけ一人温泉へ行き、私と父ちゃんはこたつで1時間にわたって昼寝。4時過ぎてから温泉へ。露天などを一通り入って夕食。 夕食時、後半になるにつれ、胃の激痛に襲われる。このところの外食のしすぎか、温泉の湯を一口飲んだせいなのか、はたまたストレスによるものか?母親からクスリをもらってとりあえず、落ち着いたので、また温泉へ。 泊まった旅館はコスパが今ひとつ。思っていたイメージとは違って少しがっかりだったのだが、温泉が最高であった。温泉はいろいろと巡ったけれど、ぬる湯の透明の炭酸泉に入っていると気泡を肌にまとう。加温すると湯が白くなるそうで。 家族3人、いつも顔を付き合わせていることもあり、母親とけんかでもしなければ、取り立てて話すこともない。川の字に敷かれたふとんに寝そべって、BSでやってたジャッキーチェンの映画(面白かった)を観たり、世界ネコ歩きの特集を観ているうちに寝に落ちた。 朝起きてもう一回温泉に入ってからチェックアウト。違うルートも道は細かったけど、乗鞍通るよりもショートカット。自宅まで1時間15分ほどかかった。 私は松本の街の中に生まれ育った。松本の街の雰囲気は独特だしいいところだと、出戻ってからあらためて思ったのだけど、松本平のことは一部しか知らなかったんだなと、今回の一泊旅行であらためて思った。あの山々もひっくるめての松本。上高地・乗鞍方面エリアについてはイメージしかなかったけれども、実際に足を運んでみると本当に険しい山である。長野の山とはまるで違う。ヨーロッパの山地方にある意味似ている。車で入って行くのが億劫に感じるほどに道もよくない。松本市内から1時間以上かかる。不便な感じだ。 億劫さが増すのは、楽に移動できることに慣れ過ぎたからでもある。ある程度の安全は確保される必要はあるし、生活者な便は考える必要は当然あるが、観光とか考えた時に、ここ、不便なままでいいんじゃないかと何となく感じた。いろいろと便利すぎる世の中は加速していくけれども、その逆をいく「いきずらい場所だからそこの素敵」という特徴を際立てた工夫をするほうがいい。正直今の時代にしてみれば、松本って東京からもあまり近くない。これはこれでこのままで、「陸の孤島」でいいんじゃないか。というか、そういうところなんだと、知らなかった事を知ったことへの妙な感慨があった。    

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  • 12 Apr
    • 引き際について

      浅田真央さんが今日引退会見されるとのこと。ソチ五輪から現在に至るまで、特に今季の心の移ろいについて、自分自身の体験と重ねると、きっとこう感じていたのかなと推測しながらいる。何で今?みたいな話がいくつか出てるけど、すごく分かる気がする。きっとギリギリまで、自分の気持ちを何度も何度も確かめるなか、時は今という決断だったと思うのです。真央さんと自分を一緒にするのはおこがましいのだけど、私の最後の全日本、昨年12月の時は最後になると言っておきながら、もしかして勝てたら何か開けるかも、気持ちが変わるかもとか思ってる自分がゼロじゃなかった。昨年度の一年の中での様々な変化は心のどこかで、もう、終わりかなという思いとの戦いだったし、まぁ私の場合は外圧により環境が著しく閉じられていくことへの抵抗の戦いでもあった。仲裁の結果は、事実上の勝ちではあったものの、私個人の選手としての権利は剥奪されたわけで。覚悟はしていたとしても、その瞬間に受けた計り知れないショックを、試合で最後まで戦うことをするために自然と調整しながらそれなりに過ごしていた。そんな中で最善を尽くした全日本は、最後に残された舞台だった。それでも勝ちに行こうとそりも新調して最善を尽くした。試合展開としては思いがけない展開だったけど、受け止められた。アスリートは自分で自分が、今の力も何もかも、おそらく全身で感知していると思う。誰よりも冷静に。可能性を信じられるのも、もはや力が出せないことも。真央さんの場合、おそらくだけど、特に一年間は苦しみながら、一つ一つを受け止めながら、気持ちを確認しながら、そしてその結果が、一昨日のブログのタイミングだったのかなと感じた。子供の頃からメディアに載っていて、だからみんなが彼女のドラマを知っている。そしてそれは素晴らしいドラマだったのは事実だと思う。ただ、知らされないから知らないけれども、アスリート一人一人にドラマはある。メジャーだろうがマイナーだろうが。私も引き際を迎えるまではそこまで深く感じられなかったけど、先に見送った同僚アスリートたちの引き際を思い出した。一人一人その人の時と向かい合っていた。真央さんのアスリート人生が尊いように、みんな一人一人が尊い。さらにはアスリートだろうが他のことをしている人だろうが、同じくそれぞれ違ったドラマを持ち、それも同様に尊い。そういう気持ちで隣人と向かい合うことは、とても大切なのかもなと真央さんドラマを観ていて考えた。この間の日曜日、カナダで長らくお世話になっていたクリスチャンの日本人牧師夫妻を囲んでのリトリートが山中湖であり、久しぶりに礼拝に行き、そこで知り合った同世代の仲間と集った。信仰という意味においては以前の熱と比べると、フラットになってる私なのだけど、神の愛というものはクリスチャンであろうがなかろうが皆に注がれている、ということを以前より強く感じるようになった。私なりの大変な人生ドラマを通じ、何とかなるな、最善を尽くして生きていればということを実感したからなのかもしれない。引き際から話はそれたが、真央さんは自分の役割を全うし、本当に多くの人の心を潤した。これからもしっかり生きるのだろうと思う。会見で何を語るのかな?春になり、次のステップに進む前に、私も久しぶりに競技の一年を振り返ってみた。まだ寒い松本城🏯桜🌸

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  • 11 Apr
    • 真央ちゃんとスパイラルの引退

      昨日のニュース。浅田真央選手が引退を決めて、スパイラルが正式に閉じることになったという報道。閉じる時は必ず来る。真央ちゃんは大変だったけど特別な競技人生を送り多くの人々に影響を与えた「何かを持った」選手だったのだな。トレセンとかで何度か見たことあるけど、天に何か一本通ったようなすーっとした印象で、強烈なインパクトが無いところが気持ちよいなと感じた。 スパイラルについては、長野にいるとテレビなどのニュースが目に入るわけだけど、本当に上っ面を伝えているだけに感じる。自分でも何かもっとできなかったのかなって自問自答をしたこともあったけど、その時その時できる限りのことはしてきた。ただ、ひとつ、間違いなく言えるのは、長野五輪をする前から、施設を有効活用していくことはかなりの工夫が要ることであるということはわかっていたということ。コストがかかることも含めて、そういったことは、ある程度は見えていたことだと思う。 だからこそ、競技団体を挙げてもっともっと競技を活性化する努力をしなくてはならなかったのではないか、それを怠った結果に過ぎないということは痛切に思う。そこには選手として結果を残せなかった私にも責任が、全くないとは言えないことも感じている。 私が昨年、競技団体を相手に行った仲裁については、競技の活性のためにも変わってほしい、変わらなくてはという思いが根底にあった。競技はアスリートがいて成り立つわけである。そのアスリートの最低限の人権が守られない団体が、どうして競技を発展させることができるのであろうか。 メディアにはアスリートファーストということの真の意味を考えながら取材に当たってほしいと思う。アスリートファーストというのはともすると、選手優位とか、選手のわがままを聞いてとか思われがちかもしれない。そういう問題ではない。 最低限、競技を行うためのルールを守り、選手が結果を出せる当たり前の環境を整えてほしいということだ。これがなければ競技の発展には繋がらないし、魅力は他の人に伝えられないし、喜ばせられない。お金の有無だけではない。関わる人の意識の問題だと思う。 私は長野に20年間住んだ。そのうちの16年ほど、記者時代から含めても数多くスパイラルに足を運んだ。選手になってからは夏場には週に4、5日ほど練習に通った。いろんな意味でこの場所が私を育ててくれた。それだけにやるせない思いが強い。仕方ないという一言で済まされない気持ちがある。一生抱えながら生きてゆくのだろう。 スパイラルが残してくれたもの、教えてくれたことを次の人生に必ずや生かせるように過ごしたいと思う。今日のシンマイ。    

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  • 05 Apr
    • スパイラル休止

      決まったらしい。スパイラル。どういうわけだかわからないが、心が動かない。もう色々な感情が出尽くしたからなのか、まだ終わったわけじゃない気がどこかでしているからなのか。闇雲に何か事を起こすことに意味を感じないので、ニュースも読み流し、聞き流しで終了。自分達に何がこの先できるのか、起こるのか。

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  • 04 Apr
    • ”ありがとうございます。”

      小林麻央さん。ギリギリの体験からしか生まれないものがあり、人もなかなか変われない、と、この方の文章を読むたびに思わされる。文章はテクニックでなく心で書くものだとも。有名な人だからと、最初は好奇心で読んでた面もあったけど、文章に触れることを重ねて自分の芯から祈りが湧き上がってくるのを感じるようになった。病気が癒されてほしいという…ついに新学期になった。私にとっても新しいタームとなるけれど、寒いからもう少し冬眠か。ネタはあってもなかなか頭が動かず書けぬ日々。ちゃんと芽吹けるように準備しようと思う。

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  • 27 Mar
    • 相撲の話

      初横綱稀勢の里の奇跡の逆転優勝劇は、久しぶりに相撲へ関心を惹かれる出来事だった。なにぶん私は小中高と相撲オタクであり、文章を書く人になりたい思ったのも相撲がきっかけだった。相撲に関われる仕事は何だろうと考えるなか、マスコミという道を知った。相撲をテーマに文通していたおじさんを通じ、中一の頃の五月場所千秋楽に蔵前国技館に招待され、独りあずさに乗って上京、升席で初観戦した時の感激は忘れられない。相撲が観られるからと東京に憧れ、大学時代は両国国技館で早朝から弁当を包むバイトをした。1990年。当時若貴がではじめた頃。自分と同世代の彼らの台頭から熱が冷めていき、社会人になってからはまるで興味が薄れていった。理由はよくわからない。大学生の時、一時大ファンだった逆鉾の引退相撲へ。断髪直後の現井筒親方大人になってからは相撲界の汚い面もたくさん知り、そういうことも含めて無意識に目を逸らしていたかもしれない。しかし稀勢の里の今場所の優勝は、久しぶりに相撲が楽しいと思わせてもらえた逆転劇だった。なんとなくだけど、おバカな印象がない力士だと感じてはいた。彼の背景は知らなかったのでネットで調べてみると、私が熱中していた頃の横綱隆の里が先代親方で、亡くなってから部屋がゴタついたとか。今の師匠(現役時代のしこ名に私の記憶無し)とはまるでうまくいっておらず、それは周知の事実らしい。そのためか昇進が遅れたのではと推測もされており、今回の優勝に同部屋の弟弟子高安がむせび泣いていたらしい。所属する田子ノ浦部屋は人数も少なく先代親方の没後は稽古にも苦労したそうだ…二人で頑張ってきたのかな。角界ほどに旧態依然としたところはない、というくらいの場所であろう。まともな人ほどに大変であるのは想像に難くない。稀勢の里の涙は、様々な思いに満ちたものだったのか。稀勢の里の相撲にももちろん感動したのだけど、負けたが久しぶりに優勝に近づいたモンゴル出身の大関照ノ富士、彼の心境を知りたくコメントを待った。時間が無かったこともあるだろうが相撲中継では一言もなかった。サンデースポーツでは一言くらいあるかと思ったけど、何もない…ネットニュースにも出てないじゃん!今日の朝刊見ても、まずシンマイには載っておらずおかしいじゃんと思っていたら日経にはしっかりいい記事が載っていたこと、今日のネットニュースには多少出ていたのでホッとした。しかしNHKでは私が観る限り(結構観てると思う)一言も照ノ富士についてはない。不自然だ。(13日目に膝をまた傷めたとか…)負けた側の決定戦までの心理もかなり気になるし、それがわかると見えない力についてどう働いていたのか推測する手がかりになるので。日経スポーツ面★照ノ富士もしっかり記事が出ていて気分がスッキリとあるネットニュースで外国人力士差別の話も出ていたが、あまりにも報道が少なすぎるとあながち嘘じゃないのかな?と思ってしまう。協会サイドで何らかの気持ちが働いているなら、最初から外国人力士を入れなきゃいーのに。とか、色んなことを思ったわけだが、日本人力士が不甲斐ない中、支えてくれているのはモンゴルの人たちじゃん。敬意を払うべきだと思う。スポーツで変な偏りは見たくない。何れにしても、昨日の稀勢の里劇場は、スポーツって楽しい!と久しぶりに思わせてもらえて感謝している。実のところ自分が競技の世界でいろんな悪しき経験をしたことで、スポーツから目を背けがちな自分がいたので。観たくもないという気持ちですらいたので。稀勢の里はいろんなものを乗り切ってここまで辿り着いたと思いたい。だから見えない力が働いた と思いたい。そして人格も横綱であってほしい。

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  • 24 Mar
    • 大日向さんの世界新!再び

      韓国の大邱(テグ)で開かれている世界マスターズ室内陸上で昨日3月23日、松本市の大日向暁子さんが女子三段跳びの65〜69歳のクラスで、室内記録を大幅に上回る記録で優勝🥇との連絡!おめでとうございます〜🎉ちなみに2年前に樹立した自身の持つ同クラスの世界記録よりも7センチ上回る。9m86。最後の6回目で出した記録というのも驚き。再び10mを目指して欲しい!松本市の練習用陸上競技場ウォーターフィールドで時々一緒になり、情報交換したり親しくさせていただいている大日向さん。私がやめてからも時々練習にお邪魔し一緒に走らせてもらっている。大日向さん出発前の足合わせ映像ご本人は全盛期と比較してショックを受けてるようだけどまさかの67歳!怪我に悩まされ続けて来たけれど、ここ一年、レベルの高い適切なトレーニング指導とケアを受けられ、痛みや不調が減って来ているそう。恵まれた肢体を存分に活かし、誰にもできないことに果敢にチャレンジし続ける姿は光っている。健康寿命を延ばすというテーマに対し、記録に挑む高齢アスリートたち。これからさらに増えて行くのかもしれない。補強も欠かさない!大日向さん過去記事http://ameblo.jp/olympic-skeleton/entry-12027189234.htmlhttp://www.kensup.co.jp/storys/011_1今日の信濃毎日新聞スポーツ面より

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  • 20 Mar
    • キネリさんとナツコさん

      過ぎたる3/4、2002-03シーズンを共に遠征したキネリとナツコとで別所温泉へ行った。ソルトレーク五輪の翌シーズン。私も伸び盛りだった何かを掴んだ頃に、同年代の2人と一つの車で駆け抜けたヨーロッパの遠征は、その後長く続いたスケルトン遠征のどの時よりも楽しく充実していた気がする。その思いはおそらく3人同様。競技生活辛いこともたくさんあったけど、この時のことを思い出して乗り切ってきたといって過言でない。キラキラしていた頃。2003年2月 長野の世界選手権のドロー、夜の善光寺にて。カナダの仲良しの選手たちと。たまたま、今日、当時の写真↑が出てきた。さらにこの3週間ほど前にスイスサンモリッツで行われたワールドカップで、私は初の5位入賞!当時は紙焼き写真のみで、それもさっき出てきた。↓1〜4位までカナディアンカナダ🇨🇦が独占。5位に私🇯🇵、6位はドイツ🇩🇪14年後↓40代中盤の私たち。って私が一番上ですが…左から46,43,42。ビューティーモード。10余年の月日はあまりにズッシリとしていて、共に空間に居るだけで互いの月日を感じ取れるような。全てを賭けて打ち込んだ日々を共に過ごした同志への敬意と、先の人生を祝福する思いに満ちた気持ち。会わなくてもどこかでいつも気にし続けている、私にとってきょうだいのような不思議な関係の2人との貴重な一泊二日だった。ひと区切りの出来事の記録。

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  • 04 Mar
    • 春韻会の演奏会にて。

      松本市出身のピアニスト花岡千春氏の門下生「春韻会」の演奏会へ夜、母親とハーモニーホール(通称音文.逆か?)へ。中高時代に習ってたピアノの先生、T子さんが出演し、お招きいただいた。花岡氏は、私の自慢の隣の兄ちゃん。一ヶ月に一度、門下生のレッスンのため東京から帰松の際、高砂通りにピアノの音と教える声が聴こえてくる♬私は子どもの頃から、この雰囲気が異様に好きだった。T子先生含め8人のお弟子さんが難曲を披露したが、本番って興味深い。ピアノの発表会で、私は初めて"本番"というものを知った。練習でできてたことが本番でできたことは数えるほどしかなかった。ピアノの次に体験した本番は陸上。次は受験か。本番で「当たる」確率は当時少なかったが、数少ない中でも当たったその時の醍醐味は忘れられず、それを追い求めスケルトンを始めてしまった面もある。発表会で自分が弾いた曲など思い出したりもしていた。2回ほどコンクールにも出たことがあるが、いずれも自分を発揮できた曲は誰も弾いてないような知られてないような現代曲。現代曲を勧め選曲してくれたのは習っていたわけではないがよく相手をしてくれた隣の兄ちゃんで、子どもながらに嬉しい半面、ポピュラーな曲も弾きたいといつも思ってた。私にとって鮮烈だった欧州の空気を運んでくれたのも当時イタリアやパリに留学したこの人だった。芸術家はさすが、人の特徴を見抜く力があるのか。当時、兄ちゃんが私に選んでくれた曲や掛けてくれた言葉の数々を思い出しつつ、今の自分の歩み方も今ひとつポピュラーじゃなく、あの時発表会で弾いた魅力的なメロディーを春韻会を聴きながら思い出していた。今日の花束目標は小学生の頃からショパンの英雄ポロネーズだが未だに弾けず、いつかピアノを再開したいと思うのだが至らない。指はすでに硬化してる。いつも音楽に戻ろうと思ってるけど、中学生の頃からスポーツで忙しくなる。これも自分の選択だ。心はいつも芸術に惹かれ、芸術に温められ、育まれる。そしてスポーツにしごかれ、一段としぶとくなる。これが私の運命なのか?30年前と変わらないかわいいT子先生と、相変わらず色気がないエイコ

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プロフィール

eiko

性別:
女性
自己紹介:
1998年長野五輪直後の28歳からそり競技・スケルトンを始め、ソルトレークシティー五輪、トリノ五輪に...

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