保育園OLiveのオリーブログ

保育園OLiveの日々の出来事や、時々園長が気まぐれコラムを書きます。


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先日のOLive会では躾(しつけ)についてお話をさせていただきました。


いきなりの余談ですが、躾という字は厳密に言うと漢字ではありません。

?ですよね。

この躾という字は、日本で生まれた「国字」という字です。

(国字=和製漢字)

まあ、一般的には普通に漢字と呼びますけどね。



さて、本題に入りまして躾とは一体何を言うのか考えたことがおありでしょうか。



わかりやすく言いますと

躾とは、礼儀作法の習い ということです。



礼儀作法というのは人間が生きていくうえで非常に大切なものであるということは、すでにお分かりかと思います。


しかし、礼儀作法を、ただ社会生活をスムーズに行うための手段・方法に過ぎないことと思われている方が多いのは事実ですが、そんなに浅いものではありません。


躾とは、真の人間を養うための、その人に真の生き方を学ばせるための偉大な教えであるということを知る必要があります。


そして、自然な躾により身につけた礼儀作法は、社会生活を滑らかに動かすための潤滑油になります。

それは、社会で生きやすくなるということにつながります。


良い環境(家庭・園など)で自然に備わる礼儀作法は人の徳を表す一つの姿と言えるでしょう。


世の中において、躾を身につけた人とそうでない人とでは、どちらが好ましく映るか、人に社会に愛されるか。

それを考えれば、その必要性については誰もが認めるところでしょう。



礼儀作法を身につけるためには、やはり幼児期からしっかりと躾を施してあげなければなりません。

しかしそれは窮屈であったり、行き過ぎたものではいけません。

普段の生活の中で、自然な形において躾ていくことが大切だと考えています。



躾という字は身偏に美しいと書きますので、字を見ただけでどういう意味だか想像できます。

意味を簡単に言いますと「身綺麗にする」ことです。
清潔であり、他人に不愉快な気持ちを与えないようにすることです。


身奇麗にするというのは身だしなみを良くするという意味もありますが、それは単に衣服だけの話ではありません。

挨拶、聞き方、言葉遣い、食べ方、立居振舞いなど・・・たくさんありますね。

それらを整えて礼儀作法に外れず生きること。

これも躾として非常に大切なことです。



礼儀の儀は、仕方・やり方という意味ですから、躾は礼のやり方、すなわち礼儀となります。


躾の意味や大切さを理解したところで、より大事なのは、それをどうやって身に付けさせるか、どうやって仕付けるかということになります。



躾というと、すぐに子供の躾を思い浮かべますが、躾は大人でも子供でも大切なことです。


ただし、注意しなければならないことは・・


大人と子供では躾の仕方が変わります。


これを理解することが非常に大切です。



子供の躾は、形から心に入らせます。
大人の躾は、心から形に入らせます。



大人は心の大切さを教えると、そこから自発的に自分の立居振舞いなどを見つめていきます。


しかし子供は、心と身体がまだ分かれていない未分化の状態で、心が十分に発達していないので、

身体(形)を通じて心を養い、心組みが立派になるように仕向けていく

これが子供への躾教育の基本になります。


子供に、なぜ礼儀作法が大事かという意味から教えてもなかなか理解できませんので、礼儀作法の形から心を養わせます。


簡単に育児の中での躾のポイントをお話しましたが、いかがだったでしょうか。

まずは保護者、養育者が躾を意識するということです。



ところが最近では、園児をしっかりと躾けようとするとその園児の親御さんが「自分の子供にあまり躾をしないで欲しい、もっと自由にのびのびと遊ばせて欲しい」と、先生に対して強く要求するという話を聞きます。

その親御さんは、きっと躾教育が自分の子供の自由を束縛するものというふうに考えたに違いありません。


しかし、真実は全く逆なのです。

しっかりとした躾教育が施された子供は、将来真の自由人になりえるということです。



繰り返しますが、躾教育は厳しく窮屈であったり行き過ぎたものではいけません。

普段の生活の中で自然に身につけられるようにしていきます。



「麦踏み」という言葉を聞いたことがありますでしょうか。

近頃は見ることもなくなったようですが、少しご年配の方であれば「知っている」または「懐かしい」なんて声も聞かれるかもしれません。


麦踏みとは、麦の芽をかかとで抑え付け踏みつけていくことですが、なぜそういうことをするかと言いますと、麦の葉や茎が無駄に伸びないようにするためです。すると、麦は葉や茎を伸ばす前に根を張るのに力を使い、麦の根が強くなります。


麦は踏み付けられることによって、奥深く大地の中に根を伸ばし、根の生命力が強くなります。

根の強い生命力があってこそ、やがて麦はしっかりとした葉と茎、さらに花と実を付けるようになります。

麦踏みをするということは、一方から見れば成長を抑える、成長を束縛しているように思えますが、それは根の生命力を養うためのものと理解してください。


さて、今度は人間の子供の話です。


子供に対する躾も、麦踏みと同じようにワガママでやりたい放題の人間的欲望を抑えることが必要です。そうすることによって子供の内なる生命力は強くなり精神的にしっかりしてきます。


それをワガママ放題にしておくと、精神的にひ弱い子供ができてしまいます。


もう少し詳しく言えば、「甘やかされた子供は、いろんな苦難に耐えることができません」

苦難に耐えることができなければ、うっかりすると悪い方に走ってしまいます。あるいは軟弱な大人になってしまって、いざという時には役に立たなくなってしまいます。


ですから、躾によって子供のときに精神力をしっかりと養っておかなければならないのです。


躾によって、子供は我慢しなければならないことを身に付けます。

我慢するということは、内なる精神力を自ら養うことができる方法なのです。


このように考えますと、したい放題を我慢させ、子供に躾を施すことは子供の精神的な成長に大きな意味をもたらしめるものであると言えるのです。


植物、盆栽や園芸にしても、肥料をどんどん与えて伸びたい放題に伸ばすと形が散らかってしまうだけではなく、根が張らず、その結果、生命力が十分に発揮できなくなってしまいます。


もう一度言いますね。

躾とは個を規制して縛ることではありません。



このような「躾」教育を子供に施しておけば、その子供の生命力が強固になり、やがては個性豊かな主体性が確立されて、いかなる事態に遭遇しても自在にこれに対処できる真の自由人になり得るでしょう。

以前にOLive会でお話しました「守・破・離」につながり、幼児期の躾教育は守にあたります。

それは離の段階、そうです、主体的で新しい独自の個性を生み出すところにつながります。

自分らしさ、個性や特技。それらは離の段階です。


守・破なくして離にはたどり着けません。


(守・破・離についての参考サイト)



話はまとめになりますが、幼児に対する躾の真の目的は、心の中に将来どんな苦難にも負けることなく立ち向かえる強い精神力、生命力を養うためのことだということを理解してください。


将来、大切な我が子が立派な花や実を付けるようになるために、ぜひ躾を施して頂きたいと願います。


このブログをひとつの機会に、日々の生活、育児の中で躾について意識して頂きたいというのが、本日の話になります。



このお話は、岡田武彦先生の著書「ヒトは躾で人となる」をもとに先日のOLive会でお話させて頂きましたので、本の内容からいくつか引用させて頂きました。


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