2010-12-31 11:06:46

吉井勇作詞物語小唄三題・「源氏物語」(末摘花)「竹取物語」(かぐや姫)「伊勢物語」(業平)

テーマ:小唄人生

長年、小唄の道を歩いて来て歌人・劇作家・吉井勇(明治19年~昭和35年)の小唄に出会ったのはそんなに古いことではない。本々吉井勇は、小野金次郎、土屋腱、平山芦江などのような小唄の作詞家ではなく、出自は東京芝生まれ、明治維新で功労のあった吉井伯爵家の次男。二十歳の頃、胸膜炎を患い鎌倉の別荘で治療中短歌に励み、「明星」に次々と歌作を発表、北原白秋と共に新進歌人として注目された。


 吉井勇は、若い頃から文学的才能に恵まれていたが、遊ぶ方も相当のものだったらしく、文壇の一部から、「遊蕩文学」と攻撃されたこともあった。吉井勇の最初の妻・徳子は、歌人・柳原白蓮の姪であるが、昭和8年、近藤恭子(白洲正子の姉・有閑マダム)と共に、所謂不良華族事件(自由恋愛、乱交,賭博などの手引きを行い、この時検挙、召喚された著名人は、久米正雄、川口松太郎など15名にのぼった)を引き起こし、

吉井勇と離婚する。吉井勇は、その後、四国の田舎に隠棲するが、昭和12年に東京浅草の料亭「都」の美人ママと再婚。再び元気を取り戻す。吉井勇52歳であった。戦後は、谷崎潤一郎、川田順、新村出らと親交を結び、昭和35年、肺がんのため京都で死去。亨年75歳


 吉井勇が小唄の作詞を手掛けるようになったのは、昭和31年8月、日本コロンビアが、吉井勇を専属作詞家として起用し.現代小唄による小唄十二ケ月のLPレコード盤の発売を企画したことによる。この辺の詳細については、昨年5月13日のブログ「伊勢物語」を参照。小唄作詞家としての吉井勇については、木村菊太郎著「昭和小唄」にもあまり多くの頁が割かれていない。しかし、私、八海老人の感じたことは、吉井勇の小唄歌詞で唄う時は、どれも、出汁や香辛料の効いた素敵な料理を戴く時に似た感じがするように思われるのである。

 


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σ┃・ω・`*┃初めまして…ってえっと、実はoldhakkaiさんのブログファンの者です【○o。.こんにちゎ.。o○】>o(*・ェ・*)実は…最近色々と悩みごとがあったんですけど、でもoldhakkaiさんのブログを見て、自分自身頑張らなきゃいけないって思ったり、凄くためになった部分もあったのです。ここで「ありがとう」って言いたいんですけど、やっぱりこんな素敵なブログを書き込む人は、凄い素敵な人なんだろうって興味を持っちゃったんですd(^^*)だから、出来れば引越してきたばかりで寂しい私とお友達にってかなり唐突なお願いを含めた上で、私の連絡を載せておきました(*´∀`)お暇があったらでいいし、面倒であればこのコメントも反映させないで削除しちゃってOKですからね(v`▽´)vじゃあ一応期待して待ってますヽ(*’∀’*)/

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