2009-01-04 14:44:15

直侍

テーマ:小唄人生

 小唄の友達が、今度、中山小十郎の「直侍」を唄いたいと言うので、例によって、木村菊太郎氏の「芝居小唄」で調べてみることにした。「直侍」は、歌舞伎の「天依紛上野初花」(くもにまごううえののはつはな)という題名で、1881年(明治14年)河竹黙阿弥が江戸の情緒を偲んで作った狂言で、黙阿弥晩年の傑作と言われ、今でも時々上演される人気のある芝居である。初演の時は、九代目団十郎の河内山、五代目菊五郎の直侍、初代目左団次の市之丞、八代目半四郎の三千歳などの配役で、大当たりを取ったという。


この芝居の前半は、お数寄屋坊主の河内山が、松江出雲守の屋敷で強請を働く場面で、後半は、直侍と遊女三千歳とぬ濡れ場で、後半だけ上演されることもある。この場合題名は「雪暮夜入谷畦道」(ゆきのゆうべいりやのあぜみち)となる。後半の場面から取った小唄で一番よく唄われるのは「上野の鐘」であろう。この小唄は、三千歳が身体を壊して、入谷の大口屋の寮へ出養生に来ているところに、直侍が逢いに行く場面で、この小唄については、06.04.12の八海老人日記に書いたから繰り返さない。


 次によく唄われるのが、今度友達が唄いたいと言う「直侍」、別名「春の雪解け」という小唄で、取材はやはり後半場面。捕手に追われる身となった直侍が、高飛びする前に、大口屋の寮にいる三千歳に一目逢おうと、腹拵いに寄った蕎麦屋から出た途端、さっと冷たい風に吹かれて、襟を立て、二度と合うことない相棒、暗闇の丑松に、裏切られるとも知らず、「丑や 達者でいろよ」と声を掛ける別れのセリフには泣かされる。この後、直侍は三千歳には逢うが、丑松の密告で、入谷の寮は捕手に取囲まれ、直侍は、生きて再び逢うことも無い三千歳の前から姿を消していまうのであった。


 「春野の雪解け」(直侍)の歌詞は、芝居を知り尽くした小島二朔(こじまじさく)の作で、「春の雪解け上野の鐘に 吉原下駄の田んぼ道 襟に冷てえなれえ風 丑や 達者でいろよ 逢いたさ見たさ一筋に 人目を包む芥子絞り 」


解説:「吉原下駄の田んぼ道」 江戸末期、浅草から吉原へ行くには、田んぼの畦道を、下駄を履き、尻を端折って歩いて行った。先代本木樹以さんのテープを聞くと「吉原下駄の田んぼ小道」と唄っておられるが、「小道」ではなく、単に「田んぼ道」である。


 「襟に冷てえなれえ風」 江戸なまりであるが、ならい風というのは、春先、東北の方角から吹いてくる冷たい風のことを言う。


「丑や 達者でいろよ」 これはセリフ。悪人でも想いはタップリ。なにか憎めない。


 木村菊太郎氏の「芝居小唄」を紐解いて見て驚いたことは、河内山、直侍、三千歳を唄った小唄がなんと1ダース以上もあることだ。大部分が清元から取った小唄で、「一日逢わねば千日の」などもよく唄われ、やや新内調の艶っぽい小唄である。


 



 


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