2008-08-09 09:01:56

石原慎太郎氏と小唄

テーマ:小唄人生

 十年ほど前コロンビアから出た小唄五題・石原慎太郎作詞集というCDがある。このCDを企画制作した人は、本間 崇(ほんまたかし 1933~2003)という特許弁護士で、慎太郎氏とはテニス仲間。彼は、平成2年(58歳)頃から菊地満佐家元に師事して小唄を習い始めたようだが、私が彼と知り合ったのは銀座の「バアー小唄」の客同士としてである。彼は、何処ででも傍若無人に振る舞い、鼻持ちなら無い類の人物で、酒が入ると人が変わり、「バー小唄」でも嫌われ、新橋「胡初奈」でも爪はじきであった。


 その彼が、テニス仲間を自宅へ招待して、「小唄を楽しむ会」というのを催した時の模様を石原氏はこんな風に書いている。「テニスを通じての畏友・本間弁護士が、身の程も省みず小唄に沈溺し病膏盲となり、ある夜、自宅で催す「小唄を楽しむ会」で自分の芸を披露すると言うので行ってみた。奥様の手料理とお酒を振舞われたまではよかったが、落語の「寝床」を地で行ったようなもので、本間氏始め前座を勤めた諸氏の小唄なるものは、むしろ謡(うたい)まがいの代物で、拝聴するのに辟易する始末。


 石原氏は、テニス仲間が唄う小唄を聴いて怖れをなし、自分が歌うことについては自信喪失したが、文学的には小唄の作詞に興味が無くも無く、例えば岡野知十作詞(石原氏の吉井勇作は間違い)の「騙されているのが遊び 中々に 騙すお前の手の上手さ 水鶏聞く夜の酒の味」の遊び人にしか分からない粋な味は何とも云えない。唄うのは断念したが、作詞ならと、折角ご馳走になった手前、本間氏に約束して出来たのが次の「小唄五題」である。


 「一人寝の」:一人寝の 侘しき思い掻き抱き 当てなく辿る思い出の 虚しい旅  

         にゆきくれて 鏡に写す我が胸に 君の残せし花のあと 

 「花のえにし」:今日は今日 明日は明日の桜かな 花を訪ねて来てみれば 風吹

         き初める夕間暮れ 人の命の旅故に 契るえにしの儚さや

 「今日のみぞ」:今日のみぞ ああ今日のみぞ わがものと 君を思えば明日は早

          この黒髪も色あせて 人のえにしの恨めしき

 「主の夜風」:今日は今日 明日はあしたの桜かな 主の夜風に散らされて

         花に悔いなどあるものか

 「待ちわびて」:君来るや 来まさざらむや音もなく 今日も虚しく暮れにけり 

          ふと眼をやれば我が宿の 簾動かし秋の風


 因みに、「待ちわびて」の後半、「簾動かし秋の風」は、万葉集巻四(488)の塚田王が天智天皇に恋して歌った「君待つと我が恋い居れば我が宿の簾動かし秋の風吹く」から取り込んだもの。


 この歌詞に対する曲付けは、次の通り何れも一流中の一流の家元さんたちなどにお願いし、曲が出来上がるまでに数年を要したという。

 「一人寝の」:菊地満佐家元、「花のえにし」:蓼胡競さん、「今日のみぞ」:三浦布美子家元、「主の夜風」:千紫巳恵さん、「待ちわびて」:長生松美家元。


 9月11日、新橋「古今亭」で催される新胡初奈会で、石原慎太郎作詞、長生松美作曲の「待ちわびて(君来るや)」を、長生松奈美師の糸で唄わせてもらうことになっている。小唄五題の作詞に当たって石原慎太郎氏は、次のように言っている。「遊蕩の世界に何等かの形で我が名を残したい念じて作ったこの唄が唄い継がれ、作詞者・石原慎太郎の名が忘れられないでいたら、泣きたいほど幸せである」と。

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コメント

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2 ■書き忘れ

urlを書き忘れました。まだ子供の絵日記みたいですが。

1 ■無題

はじめまして!私も小唄習っています。今度上京したらバー小唄行ってみたいです。('-^*)/

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