名前もわからない謎のパン

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この名前もわからない謎の食べ物の形状、とくに先っちょの突起の部分が、街中で見るたびに気になり、あの突起の部分には何が入っているのだろうと考える数日間を送っていた。
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味の濃いイタリアの食べ物のことだから、チョコかクリームか、ヌテッラか。惣菜パンの可能性もある。
そして今朝、ぼくは思い切って食べることにした。
最初は突起の部分から食べようと思ったのだけれど、いつもの癖で、周りから食べることにした(ぼくはご飯を食べる時、メインは最後に残し、野菜や汁などから食べ、最後にメインと白米を食べる。どうでもいいことだけれど)。
突起は含まないように端っこから一口食べると、思いのほか薄味のパンで、中に何か入っているわけでもない。
やはりか、やはり突起の部分に濃い味のなにかしらが入っているんだ、そう確信した。
しかしここで迷いが出てきた。
もし突起の部分に濃い味のなにかしらが入っているのなら、一緒に食べるべきではなかろうか。
その方がこの名前もわからないパンの実力が発揮されるのではないか。
でも結局、ぼくはそのほかの部分を食べることにした。
これはぼくにとって、はじめてこの名前もわからない突起のついたパンを食べる瞬間であり、記念すべき瞬間なのだ。
もし2回め、3回めならばいきなり突起の部分を食べることも許されようが、今回は最初に思ったとおり、最後に残すことにした。
一口一口、やわらかな薄味のパンをよく噛んで味わった。
そしてついにぼくは憧れの突起の部分に到達した。
目を閉じて小さな丸になったその部分を口にふくんだその瞬間、ぼくはこの名前もわからない突起のついたパンを理解した。

これはただの味の薄いパンだ

これは、ただの、味の薄い、突起のついた、やわらかなパンなのだ。

そのパンは淡い味を残して、覚めたばかりの夢のようにだんだんと消えていった

冬はつとめて

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あけぼの。
夜。
夕暮れ。
つとめて。

冬が忍び足で去って行こうとしている今の季節、枕草子の冒頭部を思い出します。
冬は〝つとめて〟
つとめては便宜的に、早朝、と訳されますがただしくは〝翌朝〟だそうです。
ぼくはこの冬の文が好きなのですが、それは春、夏、秋にはない、人の気配があるためです。
ざっと書くとこんな文
「冬は寒い翌朝、雪が降った日はもちろん、霜がおりるような寒い時に火をおこし、炭をもって運んでくる時間はなんとも魅力的だ。昼になって寒さが和らいでしまえば、火桶に入った炭火も白い灰ばかりになって美しくない」
寒いとあまり外に出られないため、室内で一緒に過ごすような身近な人との時間が濃くなる、だから寒さが和らいで寂しい気持ちもわかります。
でも燃え尽きた灰をみて、残念だなぁと思いながら過ぎた時間を思い返すのもなんだか羨ましいですね。今は暖房だから、そんな機会もないですもの。

〜冬はつとめて。雪の降りたるはいふべきにもあらず、霜のいと白きも、またさらでもいと寒きに、火などいそぎおこして、炭持てわたるも、いとつきづきし。昼になりて、ぬるくゆるびもていけば、火桶の火も、白き灰がちになりてわろし〜

Francesco Paolo Tosti

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イタリア、アブルッツォ州のオルトーナに生まれ、数多くの名曲を生み出し世界中で愛されているフランチェスコ パオロ トスティは、今から100年前の明日、1916年12月2日15時30分、ローマにて生涯を終えました。
作品は芸術歌曲からカンツォーネまで多岐にわたり、イタリア語、フランス語、英語で作曲されています。
また、歌手として(軽いテノールだった)、そしてヴェルディにも信頼される声楽教師としても有名だったトスティは、人柄についても愛されていたようです。

彼に魅力され、その生涯をトスティの研究に尽力し、第一人者となり、残念ながら去年亡くなったフランチェスコ・サンヴィターレ先生の、作曲家への愛のこもった名著「トスティ ある人生の歌」(森田学さん 訳)の文を引用させていただきます。
明日、トスティに少しでも想いを馳せて頂けたら幸いでございます。

〝…葬儀の後、数日の間にイタリアや外国の数多くの新聞がフランチェスコ・パオロ・トスティの訃報を伝えた。
すべての死亡記事で繰り返される話題は、彼の残した作品の非常に大きな価値とその並外れた普及の記憶に加えて、彼の上品な物腰、にこやかで他人に協力的な性格の人物を失ったことへの哀悼の念だった。
トスティの人物像の記述は、今日でもなお、彼の人生や芸術分野での出来事を回想しており、音楽史上の偉大な紳士の1人に出会わせてくれる。彼の個性は大変ユニークで、彼の数多くの同僚(重要性のある、なしにかかわらず)の持っている個性とは完全に異なる。
1人の男が自らの印に、この座右の銘を刻んだのは偶然ではない。
「思うままにいきよ」と。〟
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左から、Caruso、Tosti、Antonio Scotti

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Francesco Sanvitale先生