久山療育園の宮﨑医師のまとめられた文献より引用しました。

インフルエンザ感染対策 その1

重症児施設では、冬季になるとクリスマスやお正月の楽しみの他に、11月から3月にかけて毎年のように流行するインフルエンザの情報に耳をそばだてています。インフルエンザは、毒性の強い株の大流行時には元気な人も大きな被害を及ぼしますが、通常は高熱や全身症状の後に治癒します。しかし、高齢者や病弱な人では流行しやすく、肺炎や脳炎などを合併して重篤な状態になり易いからです。在宅は勿論ですが、入所施設でも市中の流行が先ず病棟内にも波及すると考え、早急に対策を講じます。これは重症児が罹りやすい他に、人の出入が多いことにもよります。病棟間の交流を停止したり、外来者の入室を制限するのはこのためです。重症児をインフルエンザ禍から守る為には、予防接種や合併症に治療、健康や栄養保持の他に予防上の環境整備などが必要となります。このように施設職員や保護者だけではなく、多くの人々の協力が求められています。

1.過去の流行

これまでに猛威をふるった大流行は、1918年(大正7年)のスペインかぜ(日本では38万人が死亡)1957年(昭和32年)のアジアかぜ(日本では98万人がかかり8千人が死亡)1968年(昭和43年)の香港かぜ(日本では14万人がかかり2千人が死亡)などですが、いずれも新種のインフルエンザウイルスが出現したことによります。特に問題となる毒力の強いA型では、将来的にも1040年の周期で大流行が予測されています。

最近では、100万人を超える流行は、昭和6263年の107万人、平成910年の127万人があります。このように目立った流行時でなくとも、インフルエンザが原因となる死亡者は、高齢者・病弱者を中心に毎年数千人報告され、新型ウイルスの流行時には23万人に及びます。インフルエンザの恐さを物語っている数字です。昨シーズンは、A香港型・Aソ連型・B型の流行があり、発熱・咽頭痛・咳が主な症状で腹痛や下痢も伴っていました。

2.インフルエンザについて

潜伏期は2~3日で、潜伏期に続いて発熱・頭痛・関節痛・腰痛・倦怠感などの全身症状が現れ、続いて呼吸器症状(咳・鼻水・咽頭痛)が現われます。また消化器症状として、食欲不振や嘔吐・腹痛・下痢などがみられることもあります。通常は1週間程度で治癒しますが、病弱者や病状が重いと合併症が起こります。乳幼児では脳炎など中枢神経系の合併症が起きやすく、呼吸器系ではぶどう球菌などの二次感染による肺炎が主なものです。

診断は、症状や経過からインフルエンザが疑われますと、咽頭ぬぐい液などのウイルス検査や血清検査によりますが、近年PCR法などの迅速診断が可能になりました。既にかかってしまった場合の治療は、全身状態の保持や症状の軽減などの対症療法・支持療法及び合併症対策が中心になります。また長く待望された抗ウイルス剤も開発され、A型については早期(48時間以内)にアマンタジンを用いると有効であることが確認されています。

3.予防接種の意義

予防接種は唯一の有効な対策であり、インフルエンザにかかることを予防するか、かかっても軽症で済ませることを目的にしています。実際に施設で完全実施している病棟としていない病棟では、前者に予防効果があることが確認されています。大事なことは、本人の予防だけではなく、家族や職場・学校など地域で予防することです。

我が国では残念なことに接種率も低く、地域で発生を抑えるまでの摂取率には遠く達していません。最近のワクチンは予防効果だけではなく、副作用の発生率も少ないようです。重大なアレルギーや重篤な急性疾患にかかっている場合や発熱している場合を除いて、積極的に予防接種を受ける必要があります。発熱特に持病がある方や高齢の方では、接種が推奨されています。免疫が有効になるまで約1ヶ月かかりますので、流行前1ヶ月、つまり11月中には予防接種を受けられることをお勧めします。

4.重症児者とインフルエンザ

治療は一般医療と同様ですが、特に重症児者では体温調節能や水分調整能が低下していますし、痙攣の誘発を起こしやすいので、対症療法・支持療法を十分に行ないます。環境としては、室温(20℃前後)と湿度(6070%)に注意し、適宜換気を行うことも必要です。実際に、湿度が低くなると呼吸器感染を起こしやすくなるという報告もあります。脱水を起こすと全身状態が悪化しますし、痰の切れも悪くなり、呼吸器感染の合併や呼吸不全を起こします。その予防や栄養保持のために、食べやすく消化吸収の良い食物と水分補給が必要です。当園では給食室の協力で、この時期には別注食として「かぜ食」を用いていますし、過度の解熱による低体温を誘発しやすいので身体冷却(クーリング)や水分補給を先ず行ない、解熱剤は頓用にとどめます。

インフルエンザは、発病してしまうとウイルスを抑えることが困難で、対症療法や合併症対策など、側面的な対応しかできません。ですから未然に防止すること、つまり予防接種が重要になります。ところが、重症心身障害の原因の一つとして予防接種の副作用があることから、予防接種を忌避する時代がありました。勿論、副反応に対しては十分に注意もし対策を講じておくことが必要ですが、効用ははるかに大きいものです。