日本建国の歴史、理念

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2月11日は
建 国 記 念 の 日
建国をしのび国を愛する心を養う日です
(国民の祝日に関する法律 第2条)

日本建国の歴史
太古(縄文時代)の日本.葦原中國(あしはらのなかつくに).は、海原に囲ま
れた国土の中で幾つにも分かれた部族・豪族間の争いが絶えませんでした。


九州の高千穂宮
(たかちほのみや)を御所とされていた神日本磐余彦尊
むやまと
いわれひこのみこと:後の神武天皇).は葦原中國の平定をめざし、
彦五瀬命
(ひこいつせのみこと)ら皇兄たちとともに、その中央に位置し、葦原
中國の平定にふさわしい大和国
.(やまとのくに:現、奈良県).へ向われました。

九州~畿内
.(瀬戸内海)の海上交通、交易航路の拠点作り、殖産(稲作・機織
り等)の奨励など、国家の地盤づくりを行いながら反抗部族との衝突など幾多
の困難を経て大和国へ到達されました。

畝傍山
(うねびやま)の東南へ創建された御所「橿原宮」(かしはらのみや:現、
奈良県橿原市橿原神宮)におかれ、「自然・祖先から授かったこの国に政(まつ
りごと)
を広く行き渡らせ、民族が一つになった一つの家のような国を築く。
(口
語訳)
(下記) と詔
(みことのり:御言宣・命)を発せられ、初代天皇に即位され
ました。
記述:日本書紀巻第三神日本磐余彦天皇神武天皇
■■
「三月辛酉朔丁卯、下令曰「自我東征、(略) ・・・ 掩八紘而爲宇
■■「辛酉年春正月庚辰朔、
天皇?帝位於橿原宮、是?爲天皇元年」
※天皇の諡号.(しごう:御名).については下記をお読み下さい。

日本建国の理念
海原に囲まれた国土の中で、いくつにも分かれた部族・豪族間の争いが絶え
なかった
太古.(縄文時代).の日本の平定をめざし、現在の橿原神宮(奈良県
橿原市)で御即位された初代 神武天皇が発せられた詔(みことのり)
掩八紘而爲宇 (八紘を掩ひて宇と為さむ)
意味 葦原中國(日本)に政(まつりごと)を広く行き渡らせ、
民族が一つになった、一つの家のような国家を築く。

八紘(はっこう)を掩(おお)いて = 広く行き渡らせ
宇(いえ)と為(な)さむ = 一つの家のようにする
「上則答乾霊授国之徳、下則弘皇孫養正之心。然後、兼六合以開都、
掩八紘而為宇
、不亦可乎」
天(自然・祖先)から授かったこの国に政(まつりごと)を広く行き渡ら
せ、
一つの家のような国家を築く。」.(口語訳、要約)
(記述:日本書紀巻第三神日本磐余彦天皇神武天皇)

【日本国家の起源
わが国最古の正史.(国家によって公式に編纂された歴史書)である日本書紀
の記述に基づき、神武天皇御即位の日(辛酉年春正月庚辰朔:旧暦
1月1日)
を日本国家の起源として、御歴代天皇が宮中で皇霊・天地の神々へ国家民衆
(国民)の繁栄・安泰を祈られる祭祀(親祭)にあわせ、全国各地の官社(朝廷・
国家が管理・保護していた神社)などで神武天皇陵・橿原宮を遙拝して建国の
偉業を偲ぶ祭祀「紀元祭」が執り行われていました。

1872年(明治 5年)、それまで祭祀が執り行われていた日本書紀に基づく神武
天皇御即位の日
(前述)を西暦に換算した紀元前 660年 2月11日が建国の日
.
「紀元節」.に定められ、以後毎年2月11日に、天皇陛下・御皇室と国家・国民
が一体となって建国の偉業を偲び奉祝する国家祭祀.紀元祭.が執り行われ
ました。


現行の祝日法で
.「建国をしのび、国を愛する心を養う日」.として制定された
建国記念の日.には、建国の地.橿原神宮.をはじめ、全国各地の神社で
建国創業の御神徳を景仰する祭典
.紀元祭.が執り行われ、奉祝団体主催
による奉祝記念行事が行われます。

ご参考: 橿原神宮 公式サイト
  日本の建国を祝う会  
  (旧、建国記念の日奉祝会・奉祝運営委員会)
 
  「建国記念の日」 全国奉祝記念行事一覧※平成28年  
  (日本会議事務局)  
ご参考としてリンクしています紀元祭・奉祝行事への参加を促すものでは
ありません。
ご自宅で心の中で、建国をしのび祝う方がお一人でも増える
ことを願います。

【政祭の基本理念
海原に囲まれた太古の日本に政(まつりごと)を広く行き渡らせ、「民族が一
つになった、
一つの家のような国家を築く」という神武天皇の日本建国の基本
理念
は、自然の恩恵に感謝し、畏れ敬う日本古来の信仰の中で、御歴代天皇
が日本民族の
最高位の祭司として天地の神々を祀り(祭)、国家民族の繁栄
と安泰を祈りながら国を治めてこられた幾世紀にも亘る
,政(まつりごと)の基
本理念
になりました。

道徳国家の再生
民族どうし、骨肉を争った戦国時代を経た江戸幕府の廃絶、天皇親政の御宣
言(
明治維新)に際し、民主的・道徳的な近代国家建設を目指された第122代
明治天皇
は、「民族が一つになった、一つの家のような国家を築く」という建国
・政 (まつりごと)の基本理念を根源とした五箇条の御誓文(民主主義の原理)、
教育に関する勅語
.(総理大臣・文部大臣に対する道徳教育の規範).を発せら
れました。
教育に関する勅語(一部)
父母に孝に、兄弟に友に(けいていにゆうに)、夫婦相和し、朋友相信じ、
恭倹己を持し(きょうけんおのれをじし)、博愛衆に及ぼし・・・ (略)

一旦緩急あれば義勇公に奉じ・・・
(意味)
親に孝養を尽くし、兄弟姉妹は互いに力を合わせて助け合い、夫婦は仲睦
まじく、友人は信じ合い、自分の言動を慎み、全ての人々に愛の手を差し
伸べ・・・ (略)

非常時は誠意と勇気をもって公共に奉仕し・・・

天皇の諡号.(しごう:御名)
飛鳥時代の674年以前は、神日本磐余彦皇尊
.(かむやまといわれひこの
すめらみこと)
.等、和風諡号(わふうしごう) で称されていました。
東アジア諸国との外交上の必要性から淡海三船
.(文人).が中心になり、古事
記・日本書紀などを元に神武天皇等「
●●天皇」の漢風諡号(かんぷうしごう)
が奉呈され、奈良時代後期.(700年代後半)
.から称されるようになりました。


個人的な記述で専門的な考証・見解を主張するものではなく、リンクさせて
頂きましたサイト・団体等とは一切関係ありません。
いずれの団体、その他の政治・思想・宗教団体にも属していません。

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建国理念、屈折の歴史
日本建国の基本理念が「世界侵略思想」と称され、建国をしのび祝う
心、天皇・御皇室を仰ぐ心が
.「戦争につながる」.等と称される誤った
認識
を生んだ歴史。
太平洋戦争終戦と、国民の生活を第一に案じられ、戦災の苦しみ、
悲しみを国民と共にされた昭和天皇の御心
御所の建て直しを断られ続け、1961年(昭和36年)まで送られた防空
壕生活。
昭和天皇の御心を受け継がれ、諸外国との恒久和平を願われながら
常に国民の生活を案じて下さり、時代に即した御皇室を築かれておら
れる
今上陛下の御心
現代に息づく建国理念
幾世紀を経た日本に息づく建国理念
現代にふさわしい御皇室を仰ぐ心
日本人の心に息づく現代の愛国精神

<参 照>
古事類苑全文データベース 日本書紀 全文検索
ひむか神話街道(著作:宮崎県)神武天皇東征 (アニメ)
和歌山県観光情報東征の道を行く:神武天皇
かしはら探訪ナビ(著作:橿原市)橿原神宮

<リンク>
昭和天皇と戦後日本
明治政府による神格化、太平洋戦争終戦と昭和天皇の御心、昭和天皇
の全国御巡幸と戦後復興、今上天皇の御心。
勤労感謝の日と新嘗祭
今上天皇、御皇族による宮中祭祀。
古代日本の民族信仰から発祥した新嘗祭。
建国神話 「吉備高嶋宮と古代児島」
建国神話.「古事記」、わが国最古の正史.「日本書紀」に記された吉備、
古代児島における国家建設の地盤づくりなど。
日本の古代祭祀と神社の起源
自然の恩恵に感謝し、畏れ敬う感情から発祥した日本古来の信仰。
神社建築の始まり。

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