ほぼほぼ1年ぶりの更新です。

 

今年も無事に過ごすことができました。

 

お客様、スタッフの皆さん、お取引の皆様、地域の皆様

心より御礼申し上げます。

 

今年最後の所感です。

 

今年は事業をするにあたって基本に戻って

考えました。

 

それは次のようなことです。

 

1、事業領域が人材採用にとって有利か 

→ 会社に入りたいと手を上げてくれる人が多くいるか

 

1番目にこれを上げたのは社会全体が大変な人手不足

であり、それがますます今後加速するからです。

 

2、顧客ニーズがあるのか

→ それがないと困る。だけど、商品の供給が足りない。

 

最終的にはお客さんのニーズさえあれば事業は

成り立つわけですが、ニーズがあるのに供給が

足りないのには何か理由があるわけです。

つまり参入障壁がある。

 

例えば、

 

既得権益による利権が強い

法規制が強い

働き手に人気がない

初期投資が高く回収に時間がかかる

 

などなど。

 

このような領域にはなかなか企業が参入したがりません。

だからニーズはあるのになかなか供給が足りない。

 

逆にニーズは飽和しているけど、参入障壁が低い場合には

利益が薄くても新規参入や新商圏への参入は多いです。

実際ほとんどの産業がそうなってきて、きつくなっている。

 

それぞれの場合においてそれぞれの考え方があり、

どの事業に参入するのかというのは好みの問題

なのでしょうが、私が事業を選ぶ際に最近強く意識して

いることは以下のことです。

 

それを必要としている人がいるかどうか。

 

逆に今は儲かるけど、あえて当社が参入しなくても

市場のニーズが既存事業者によって十分に充足されている

領域にはあまり興味がありません。

 

なぜかというと、事業の魅力の最大のものは、

社会でニーズを抱えている人がいて、そのお悩みを解決して

くれる人がいないときに、それをやることで社会がその分

よりよい社会なることを実感できたときだからです。

 

ですから、仕事をお願いされたり、困っているという話を

聞いた時には何とか参入障壁をクリアして、それを解決

できるサービスを供給しようと考えます。

 

誰もやらないことこそやる。

 

それが人のためになり、世の中の役に立ち、昨日より

ましな世界になったと実感できたときはたまりません。

 

ただ、誰もやらないことをやるのはやはりキツイ。

 

同業者は誰も手を出さない領域だったりしたら、

さらにその大変さは並大抵ではありません。

 

お金がかかる

簡単に儲からない

大変な仕事だから働き手を集めるのも大変

規制をクリアする手間と労力がかかる

リスクもある

 

途中でやめたくなります。

誰もやりたがらないわけだよなあと思う。

 

そこをこらえて続けてみる。

続けてみると芽が出る。

お客さんに感謝される。

お客さんが増える。

利益が出始める。

参入障壁が高いから市場を独占できる。

最終的に利益率が上がる。

 

このような好循環が生まれるわけです。

 

逆に簡単に儲かる仕事は消耗も早いわけです。

 

平たんな道といばらの道とあればいばらの道を行けと

誰か言ってましたが、それはこういうことかなあと

思うわけです。

 

とりとめのない年末所感でしたが、今日はこの辺で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2016 私のミッション

テーマ:
今年の正月に作成したミッションステートメントが出てきたので共有します。
自分の中にぶれない軸があるというのはとても良いことだと思います。

2016ミッションのテーマは「足元を見つめなおす」

これを読んでいる皆さんもぜひ作ってみてください。
おすすめですよ。

(ここから)



私のミッションはどの瞬間も人の役に立ち喜んでもらい笑顔になってもらうことである
また、面白おかしく、ひょうげた親しみの持てる生き方をすることである。

今この瞬間には未来も過去も存在しない。
今を生きよう

まず目の前の人に機嫌よくふるまおう。笑顔でいよう。

まず家族の役に立って笑顔になってもらおう。
それができたら役員の役に立って笑顔になってもらおう
それができたら、会社の隣の席の人の役に立って笑顔になってもらおう。
それができたら同じフロアの人の役に立って喜んでもらい笑顔になってもらおう。
それができたらマネージャー一人一人の役に立ち笑顔になってもらおう
それができたら同じ事業部の人の役に立って喜んでもらい笑顔になってもらおう

1度会うごとに長所を一つ見つけて伝えよう。

1度会うごとに感謝の言葉を伝えよう。

苦言を受けてカチンときたら一時停止ボタンを押し、「確かに。よければぜひその話を詳しく聞かせて欲しい」と伝えよう。

ユーモアを忘れないようにしよう
ひょうげ心を心にとどめよう

自分が話す2倍の時間人の話を聞こう

世界を変える前に自分の行動を変えよう

売上を100億円にしようと思うのではなく、まず目の前のお客さんの声を聞こう

イノベーションを起こして上場を焦る前に従業員の笑顔を一つでも増やそう

有名人になる前に目の前の困っている人にとってかけがえのない存在になろう。

その人に対してたとえささいでもすぐできることをやろう。

遠くの災害や内戦で苦しんでいる人よりも前に
目の前で悩んでいたり悲しんでいる家族や同僚がいるならまず手を差し伸べよう
寒い中、頑張っている目の前のホームレスからビッグイシューを買おう。

困っている人、悩んでいる人に今すぐにでもできることをすることから
始めよう
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「今この瞬間には未来も過去も存在しない。
今を生きよう」


これは私の今年のミッションの一つです。


生き方には未来、過去、現在のどこにフォーカスするか
3つに分けられます。


未来志向の人は現在を未来の目標のためのプロセスだと考え、
未来の目標を達成するために現在はどうするかを考えます。

例えば、孫さんは60歳までの人生の目標を決めて逆算し、
それを達成するためのプロセスを10年ごとに設定しているそうです。
これは未来志向の生き方のように思えます。
ナポレホンヒルに代表される成功哲学もこのような教えです。

逆にフロイトは現在の自分は過去の延長線上にあり、
過去を知ることで今どう生きるかを考えます。
トラウマという考え方はフロイトの考えの代表的なものです。


一方でアドラーはトラウマを否定し、人生にとって重要なのは
過去でも未来でもなく、ただ現在だけだと言っています。


・将来の大きな夢を明確に設定してそのために今を生きるのか

・過去の自分の延長線上に現在はあると考え、過去の振り返りと改善を繰り返して生きるのか

・そのどちらでもなく、ただ今を生きるのか


そのどれが正しいのか私には分かりません。
おそらくどれも重要であり、どこにフォーカスするのかの違いなのでしょう。


ちなみに昔は私も未来志向型の人間でした。
未来のあるべき理想のために今の現在があるのだと思っていました。
ただ、最近は私はアドラー的な生き方がしっくりくるし、
合っているように思い始めました。

なぜなら、私は以下のエピソードが好きで、これはアドラーの考え方
そのものだと思ったからです。


(こから)

豊臣秀吉が木下藤吉郎だった時代、(当時三百石の禄高)
同僚たちとお互いに将来の夢を語っていたときに

他の者は
「天下取りになりたい」
「大国を支配する大名になりたい」
と答えたのに対して、

秀吉は
「自分はもう三百石いただけるような身分になりたい」
と答えたので、

その者たちは、秀吉の夢の小ささを
「小心者」
「あまりにも望みが小さい」と言ってあざけ笑ったそうです。


笑われた秀吉は
「皆さんは、できもしない夢物語を言っているに過ぎない。
しかし、私は今すぐに手が届くことを言っている。だからこそ、
六百石の禄高の者になろうと、日夜寝食を忘れて奉公している。
皆さんの夢は叶わないが、私の希望は必ず叶うだろう」
と答えたそうです。

(ここまで)


詳しく知りたい人は以下の本をどうぞ。
おすすめです。

「新太閤記」 司馬遼太郎 
「嫌われる勇気」 岸見 一郎 , 古賀 史健

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2016年 私たちの経営理念

テーマ:
▼2016 経営理念

1、顧客のお役に立ち、世の中に喜びを増やします。
→ 「仕事を通じた社会貢献」

2、お客様が先、会社の利益は後
→ 「顧客第一主義」

3、毎日の仕事はおもしろおかしく
→ 「従業員の精神的幸福の追求」

4、人間関係が良い職場を作ります
→ 「人間関係が良い職場作り」

5、利益は従業員が先、株主は後
→ 「従業員の経済的幸福の追求」「最大利益の追求ではなく適正利益の追求」


人は何のために生まれてくるのでしょうか?

人は人のために、世の中の役に立つために生まれてくるのだと私は思います。
当社も人の役に立ち、世の中の役に立つために存在しています。

従って、当社の経営理念はまとめると、「お客さんの役に立ち、
従業員を身も心も豊かにすること」であり、それを実現する場所がまず
「人間関係が良い職場」です。

介護事業所は一般的に人間関係が悪く、離職率が高い職場だそうです。

ただ、そうであるならば、そういう業界であるからこそ、
私は私たちの職場を人間関係が良く定着率が高い場所に
したいと思います。


▼私たちの会社の使命 2016


私たちは毎日をおもしろおかしく働き、隣の同僚を笑顔にし、
そして目の前のお客さんを笑顔にしよう。

そのために次のことを心がけよう

一、人の役に立とう。その人に喜んでもらおう。そしてそれが自分の喜びになる職場にしよう。

二、良い会社とは人間関係が良い職場である。人間関係が良い職場とは「みんながいるからこの会社で
ずっと働き続けたい。辞めたくない。」と言える会社のことである。そんな職場にしよう。

三、人の短所ではなく長所に目を向けよう。何ができていないかではなく、できているところはどこかに目を向けよう。
そしてそれを言葉に出そう。

四、今この瞬間には未来も過去も存在しない。
今を生きよう
(将来の不安におびえても先には進めない。過去の自分にとらわれてももう戻れない。
今できることは今目の前のことを懸命にやること。できればにっこりと笑顔で。)

2016年 年頭今年の抱負です

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今は激動の世界だと皆が言います。
変化が激しく、先行き不透明で不安定な時代だと。

確かにそうかもしれませんがただ一つはっきりしていることがあります。

それは、「人の役に立つこと、世の中の役に立つこと」
それだけを心がけて実践できていれば、その人あるいはその会社は
世の中に必要とされるということです。

そういう意味では時代は変わっても真理はシンプルです。
隣にいる同僚、目の前にいるお客さんに喜んでいただければ
どんな時代であっても生き抜いていけるということです。

また、今の時代は右肩上がりの時代は終わり、少子高齢化の
厳しい時代になると言われています。

確かにそうかもしれませんが、右肩上がりであろうが、
厳しい時代であろうが、はっきりしていることがあります。
それは、右肩上がりの時代でも不幸な人生はあるし、
厳しい時代でも幸福な人生もあるということです。

そして、私は私たちの職場が幸福な人生を送ることができる
場所の1つでありたいと今年改めて強く思いました。

そのため、今年は経営理念に「面白おかしく」と
「人間関係の良い職場」を加えています。

昨年まで私には甘えがありました。

昨年当社は顧客第一主義を掲げて取り組んでまいりましたが、
私自身本当に顧客を第一に考えたかと言うと
不十分であったし、お客様より会社の都合や従業員の都合を
先に考える場面があったように思います。

そこで、今年は顧客第一主義をさらに具体化して推し進め、
「お客様が先、利益は後」を気持ちも新たに掲げたいと思います。

具体的には

1、お客様の利益になり、喜びと笑顔を増やすことであれば、それがたとえ直接的に会社の利益が増えなくても基本的に何をして差し上げてもいい。

2、お客様の不利益になったのであれば御代はお返しする。生じた経済的損失は会社が負担する。


これを原則に掲げて実践していきたいと思います。今年も1年よろしくお願いします。

環境整備はじまる

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当社は今期「環境整備」に全社一丸となって取り組んでいる。



環境整備とは武蔵野の小山さんという人が提唱している会社を良くするための
取り組みのことだ。


どのようなものかというと、以下の内容になる。

*以下、当社の2015経営計画発表資料抜粋



(ここから)


会社の文化とし、全ての事業活動の原点とします。
物もピカピカ、心もぴかぴか。

今期予算 100万円計上

1、基本
(1)「形」から入って「心」に至る。「形」ができるようになれば、あとは自然と心がついてくる
→ 環境整備を通して、職場で働く人同士の心を通わせ、仕事のやり方、考え方に対して、気づきを与える習慣にします

(2)朝礼(又は昼礼)終了後計画を立てたところを30分行う。勤務時間が4時間未満の人は15分間とする。必ずタイマーを使用。

(3)毎日やる。必ずやる。全員でやる(例外なし)
→ 最初はやるだけでオッケーです。やらない場合は0評価とします
  (研修生に降格という意味です)

2、整理

(1)最小必要限まで、要らないもの、使わないものはとにかく捨てる
(2)要らない仕事を探して、その仕事を止める
→ 要らない仕事などないという考えは仕事ができるのではなく、       
仕事ができない人の考え方です

3、整頓

(1)物の置き場を決め、名前を表示し、数字をつけて管理する
(2)物を置くときは向きをそろえる

4、清潔
(1)今日はここだけという部分を決めて徹底的にピカピカに磨きこむ
(2)トイレ、床、車を重点とする。雨の翌日は全車洗車する
(3)会社のまわり10メートルを1日1回掃除する

5、挨拶

【挨拶ができているということの意味】
決められた文言を決められたトーンで言えること

(ここまで)



そして、私は先日の環境整備の社内勉強会で次のような話をした。


*以下要点抜粋



(ここから)



環境整備をなぜやるのか、やる意味があるのかという点については
今回説明はしません。


なぜなら、実際のところ私もよく分からないからです。
やってみないとわからないというのが本音です。


ですが、環境整備をやっている会社は軒並み業績がいいし、
倒産した会社は1社もないそうです。


これまでの私は、
「環境整備という良い取り組みがあって、その実践企業は軒並み成長している」
という話を聞いたときに決まって次のような反応をしてました。


「大したことない。そんなことしなくても俺はもっとすごいことができる。」
とか
「だいたい、たかが掃除で会社が良くなるなら苦労はないよ」
とか
「うちの業界とは違うんだよな」
とか


よくいますよね。何か始めようとすると真っ先にそういう
反応する人(笑)


私はできない理由を探す人間になるなとか普段から
えらそうに言っていますが、ほかならぬ自分自身が
一番そのような人間だったのです。


おそろしいことです。


身に覚えがある人いませんか?


でも大丈夫。
まだ間に合います。


なぜなら、昔の私よりもましだからです。

ちっぽけなプライドを後生大事に抱えて離さない
不健全を絵に描いたような人間でしたから。私は。


ただ、今は「やりもしないうちからごたくを並べる」ことが
間違った反応だったということだけは分かります。


成功する人も成長している会社も共通点は同じです。


なぜ環境整備をやった人たちが成功するのか。


その本質はおそらく環境整備をやったことそれ自体では
ありません。


「環境整備という良いものがあって、それでたくさんの会社が成長しているらしい。
だったら、ごちゃごちゃ御託を並べずにまずやってみよう」

という心のありようが個人の成功や会社の成長をもたらすのです。

そのような素直さと謙虚さがあるから、今の現状に不足があって改善しようという
心が生まれる。

そのように私は思うのです。

ですから、皆さんまずやってみましょう。
それが、環境整備にどんな意味があるのかを知るための最も良い方法です。

(ここまで)


今期はこの環境整備を最優先方針として取り組んでいきたい。




2015年度 事業理念作りました

テーマ:
▼2015年事業理念作りました



久々のブログ更新です。


実はブログ更新のきっかけがありまして、先日当社の求人募集
(人事のお仕事)に応募いただいた70歳の男性にこう言われたのです。



「ブログを書くと決めたのであれば継続的に書き続けなければいけない」


それはそうだと思いたち久々に更新しております。
私の父親が69歳なのでほとんど親に説教されている感じです(笑)



さて、2015年度の事業理念ですが次のとおりです。


・働く女性を支援する事業を通じて社会に貢献すること


より具体的に言えば言えば次のようなことになります。


「働く女性を支援し、女性がフルタイムで働けるための
環境づくりを事業として行い、減少する日本の生産労働人口に
歯止めをかけることで、社会に貢献する」



なぜこのような事業理念を作ったかと言うといくつか
理由があります。それを今から書いていきたいと思います。


当社の経営理念に以下のようなフレーズがあります。


「この国が希望と活力と誇りを取り戻し、人々が子孫に安心して
託すことができる国の未来を創出できる人材を輩出すること」


ここで言う「人々が安心して託せる国の未来」とは
社会が健全に発展して皆が幸福に暮らせる社会を作ることだと思います。



そして、社会が健全に発展していくためには仕事を通じて社会に貢献し、
税金を支払って社会を支えてくれる働き手が一定数増えていくことが
必要です


それがないと、今の働き手がリタイアしたら生産と消費が縮小し、
その分だけ経済が縮小していくからです。


しかし、誰もがご存知の少子化問題により少なくとも現在から20年後までは
生産労働人口は減少することが確定してしまいました。


だとすれば、減少によって足りない分は誰かが補わないと、その分は
そのまま経済の縮小となってしまいます。


ではどうするか?


よく言われるのが、移民の受入れ、女性、シニア
の3つです。


当社はこの中で女性に注目しています。


もちろんこの点について、政府も無策ではありません。
女性の社会進出のために法律を改正し、扶養者控除を
廃止したり、女性の就労のためのハローワークを作ったり、
保育園を増やしたり、春には保育関連の法律が改正され
条例もできます。


なぜこのような施策が必要になるのか。
それは、女性が社会進出したくてもできない
障害となる要素があるからです。


それは、「ケア責任」を一方的に負わされているのが
女性であることが多いということです。


ケア責任というのは「ケアを必要とする人のケアに
対して誰が責任を負っているのか」という意味です。


そして、女性は大きく2つのケア責任を担っています。


それは、両親(義理も含め)の介護及び子育てです。


そのケア責任が軽減されない限り、女性は社会に進出
できません。


実際に、子供が生まれて保育園に入れられず、
あるいは両親が要介護状態になり介護をするために
仕事を辞めるというケースが多いのです。



女性のケア責任について気がついたのは自ら子育てをし、
事業として介護を実践する中でここ数年で気がついたことです。


具体的にはまず、子供の保育園がみつかりません。
母親がフルタイムで働いていないと保育園へ入れないのです。
でも、保育園に入れないとフルタイムで働けません。
フルタイムで働くために保育園に入れたい。
でもフルタイムで働いているという実績がないと保育園に入れない。
堂々巡りです。


また、両親の介護で仕事を辞めて、その後初老になって
また働きたいと仕事を探している女性とこれまで数え切れないほど
面接をしてきました。
一度キャリアが途絶え、年をとって次の仕事に就労するのは
本当に大変です。
それは大変な社会の損失です。



介護と保育についてそれぞれ詳しく説明していきましょう。



まずは介護事業から。


当社は介護施設を運営しているのですが、
介護事業の目的は「女性(主に)のケア責任の軽減」である
と考えています。
(もちろんケア責任を負っている男性も含みますが、
ここでは圧倒的多数である女性と定義しています)


当社が女性のケア責任の軽減のお手伝いをすることで
女性は仕事を辞めなくてもよくなります。


1人の介護職員が5人を介護できれば4人分の生産労働人口が増えたこと
になり、それは大変社会的な価値が高い仕事です。


福祉の仕事というのはスタッフが貢献度を実感できやすい
仕事ではありますが、このような形で貢献度を考えている
人は少ないと思います。


次に保育です。


近年、行政も重い腰を上げて待機児童を減らすために
本気になりました。
保育施設もどんどん増えてきました。


しかし、次の問題として学童保育が足りなくなると
私は予測しています。行政も当然そう考えています。


なぜなら、小学校低学年の子供を預かってくれる場所がないと
結局、保育園を卒園した後に仕事を辞めなければならなくなるからです。


行政は学校の校舎を開放して足りない学童保育施設に
充当しようという方針でいくように私は感じています。


しかし、先日参加したママさんの学童保育の勉強会では
行政の学童では不十分で、仕事を続けられないというママさんの
声が多く、結局民間の事業所を使っているママがほとんどでした。


しかし、民間は料金が高い。それに必要としている場所に
必要としている内容のサービスが圧倒的に少ない。


このような声が多かったです。


私は思います。


介護だけでは女性のケア責任軽減としては不十分だと。


保育と介護の両面のケア責任の負担を軽減してはじめて
女性は仕事を続けられると。


そこで当社はこの2015年を「女性を支援するために介護と保育で
何ができるのかを考え、事業として形にしていく」年にしていこうと
決めたのです。


ではそれをどうやってやるのか?


課題は高い保育料と保育施設の不足です。



そこで、今社会で問題になっている空き家空きスペースを
活用することで初期投資、ランニングコストを抑え、保育料金を下げる
モデルを作って、そのノウハウを誰でも支払える金額で開放し、
誰もが参入できる業態にして、女性が社会に進出できる環境を
1年でも早く作りたいと考えています。



介護ではある程度そのモデルはできたのでノウハウを
開放することができるようになりました。
どんどんと展開していきたいと思います。
次は保育です。


ぜひこのモデルを多くの事業所さんと分かち合い、
女性の社会進出を支援し、この仕事を通じて社会に貢献したいと
考えています。


この事業に興味がある会社さん、独立したい社員、立ち上げに
関わりたい社員、提携したい業者さん、個人の方、
誰でも関心のある方はご連絡いただきたいと思います。


私に分かることであればお答えさせて
いただきたいと思います。


CSよりESを優先する

テーマ:


当社の決算は12月で今期の残りももう少しだが、
今四半期の最大テーマはES=従業員満足にしている。


なぜ創業して10年目の今年に改めてESをテーマにしたかと
言うと、創業時に決めた一つの大事なことを思い出したからだ。


それは、CS(顧客満足)よりES(従業員満足)
を優先するというこだ。


正確には
「CSとESが対立する場面があった場合、ESを優先する」である。


これを言い切ることはかなり勇気がいる。


なぜなら、CSは会社の目的であり、
存在理由であり、ないがしろにしていいはずが
ないものだからだ。


お客=市場に必要とされていることが会社
が世の中に存在を許される唯一の理由だからだ。


それでもCSよりESを優先したのは
ESはCSの前提条件だからだ。


従業員の満足度が低い会社のサービスが
顧客満足につながることは絶対にない。


当たり前である。


自分が大事にされてないと思っている人間が
他人を大事にできるわけがない。


私は「お客様のために、お客様のために」と言いながら、
従業員を会社利益の手段としてのみ使い、
結果としてお客にそっぽを向かれる事例をいくつも
見てきた。


何より自分自身、言うことをきかせるために
お客様のためにという大義名分を使っていた。
今でも油断するとそういうときがある。

恥ずかしい限りである。


一方でESを実現できている会社は自動的に
CSが実現できていることも目の当たりにしてきた。


だから、CSという究極的な目的を実現するために
まずESから取り組むというのが正確な言い方だ。


会社を良くしていく過程にはESとCSが一見対立
するように見える局面が現れる。


例えば、子供を持つ従業員が子供の運動会の日に
大事なお客さんから突然呼び出されるなどの場面


そのときにESを優先すると明らかにしておくことが
大事だと思ったのだ。


そのような場合は断ってよいと


もちろん、会社と社員の信頼関係が構築できていれば
断るのではなく、もっと良い解決方法が見つかるだろう。
(例えば上司が代わりに対応するとか、家族との信頼関係があれば
運動会をあきらめてお遊戯会に代休をとるとかもあるかもしれない)


しかし、会社と社員の信頼関係が脆弱な段階でCSを
最優先にせよなどという方針を先に掲げてしまうと、
社員が会社に大事にされていないと感じてしまう場面が
必ず出てくる。


誤ったメッセージを伝えることは正しいメッセージを伝えない
ことよりも害が大きい。


以上のようなことが、ESよりもCSを優先するという方針を
打ち出した理由だ。





















良い職場の条件

テーマ:

当社の経営理念は端的に言うと仕事を通じて社会に貢献することだ。


たとえば「昨日よりも今日を少しでもましな世界にする」
という経営理念はそれを形にしたフレーズだ。


では社会貢献とは何か?


社会貢献というと大げさに聞こえるかもしれないが、
例えば、良い仕事をして目の前のお客さんに喜んでもらう
こともそのひとつだと考えてみると分かりやすいかもしれない。


さて、私個人が今考える社会貢献だがまずは職場を良い職場にする
ということがある。


では、良い職場とは何か?


私は、良い職場とは「性格が良く努力を継続できる人が
活躍できる場所」だと考えてる。


それは言い換えれば「性格が良く努力を継続できる人でなければ、
たとえ成績が良くても評価されない場所」と言うこともできる。


ではそれはどんな場所だろうか?


たとえば、夕暮れ時、ガード下で会社員の愚痴を聞いていると
なんとなく分かってくる。


「プレゼン資料を上司に手伝ってもらったら俺が考えた
アイデアを盗まれて上司の手柄にされた」


たとえば、これは性格が悪い不誠実な人間が昇給してしまう
人事制度をもった職場であるということになる。


あるいは、

「上司の営業成績はすごいが、理不尽で、セクハラがひどい」


これも人間性よりも営業成績のほうが大事だという
人事評価基準を持った職場であるということになる。


あるいは

「不正が行われ隠蔽が行われている、又は社内で陰湿な
いじめがあるが誰にも相談できない」

これは、不都合な真実を明らかにしようとする
誠実な人間よりも不正を隠蔽する人間のほうが会社から
評価されているということになる。


そんな会社に毎日やり甲斐をもって通いたい人はいないだろう。
また、そんな会社で働いていると家族に胸をはって言える人は
いないだろう。


そんな職場にならないために、自分たちの職場が
「性格が良く努力を継続できる人が活躍できる場所」
であるために私自身が気をつけていることがある。



たとえば、


・絶対に赤字をださない(貧すれば鈍する。
困窮すれば不正に手を染める。)

・悪い報告を奨励する(奨励金を出してもいいくらい)

・失敗は絶対に怒らない(なかなか難しいが)

・隠蔽は認めない(これがまかりとおる組織風土
になったら終わり)

・傲慢な態度はその場で注意(部下や業者さんへの
傲慢なふるまいなど)

・多少不器用でも努力する人に仕事を任せる
(忍耐が要求される)

・性格に問題があったり、思いやりにかける
人は昇進させない(人格主義)


などなど


会社の人事は会社の顔だ。


どういうタイプの人が役職についているかで、
その会社がどのような価値観を持ち、
何を重視しているかが社内や取引先やお客さんには
一目瞭然だ。


「こんな人間が評価される会社では働きたくない」

「こんな人間が評価される会社とは取引したくない」

「こんな人間が評価される会社の商品は買いたくない」


そう言われないように一人一人が人としてどうあるべ
きかを考えて行動し、当社が性格が良い人が活躍できる
会社として大きくなっていけば、
最終的には大きく社会に貢献できるのだと思う。


「あんなひどい会社で働きたくないなあ。でも家族がいるから
やめられないしなあ」という不幸な人間を一人でも
減らせるとしたらこんなに素晴らしいことはないではないか。


それが自分の職場であるなら、これ以上素晴らしい社会貢献はない。


そういうわけで、まずは今自分たちのいる職場をよりよい
職場にすることから始めたい。













お前は卑怯者だ

テーマ:
今年久々の更新だ。
色々と忙しいというのを理由にブログからは足が遠のいていた。


では、最近何をやっていたかというと、
主に人材採用及び新しい仕事を創出するための準備に
時間を使っている。

今日はその一つの人材採用について話をしたい。


今月、私は毎日のように面接をしている。
今後の展開を考えると、どうシュミレーションしても
人が足りないからだ。


面接をしているとあることに気がつく。
それは、みんな私のことをよく知っているということだ。


なぜだろうと思って話を聞いてみると
面接の前にブログを読んでくれているのだ。


そりゃそうだ。
入社する会社の代表が何を考えているのか
気になるに決まっている。


代表がブログで、人の悪口ばっかり言ってたり、業績が悪いのを景気のせいにしたり、
社員を馬車馬のように働かせて自分ばっかりいい暮らしをしていたら、
そんな会社には入りたくないからね、誰だって(笑)


そういう意味では、ブログは当社に応募してくれる求職者に
会社の考え方をわかってもらうためにとても大切な
ツールだということがわかった。


今日のブログも会社の考え方や私の人ととなりの一助と
なってもらえればうれしく思う。


さて、求職者と話をしているときに私は
「自分がサラリーマンだったときはどうだっただろうか?」
とよく考えることがある。


今でこそ面接官の立場で面接しているわけだが、
じゃあ、自分が人を判断できるような高尚な生き方を
してきたかというととてもそう言えるような人間ではない。


むしろ、人より相当に傲慢な人間だったろうと思う。


例えば、皆さんは上司や取引先から
「君には任せられない」とか「あなたとはもう取引をしたくない」
と言われたらどうだろうか?


あるいは、学校で先生から「君には問題がある」とか
友達から「お前とは付き合いたくない」と言われた場合
どうだろうか?


私は学生時代、人気者になりたかった。
女の子にキャーキャー言われたかった(笑)
ぶっちぎりの何かが欲しかった。
例えば甲子園の優勝投手になるとか、
在学中に音楽で売れてマスコミに騒がれるとか
何でもいいからとにかく注目されたかった。


かといってそれに向けて努力するでもなかった。



今思えば、愚の骨頂だが(笑)



だが、何の努力もせずにそのような自分の希望が叶う
わけもない。


そんなとき、私は次のように考えた。


小学生のときは

「自分は実は貴族の子供で、今は修行のために
庶民の家に預けられているだけ」

だとか、あまりにもうまくいかないことが続くと、

「米軍の陰謀で誰かが人気者になる実力のある
自分を貶めようとしているに違いない」
とか

意味不明な妄想にふけった(笑)


中学生以上になったらさすがにそこまでひどい妄想は抱かなくなったが、
それでも「自分が今評価されず、人気者でもなく、世間に注目されない」
のは、周りの人間が自分の実力を正当に評価してくれないからであり、
そのうち見る目がある人の目に留まって、
正当に評価され、瞬く間にちやほやされる日が
来ると本気で思っていた。


だが、当然のようにそんな日は来ない。
いつまでも経っても、私は【不当に】評価されたままで、
一向に人気者になれないのだ(笑)


そして、ある日、人生を変える画期的な思いが
脳裏をよぎったのだ。



「待てよ。もしかしたら、間違っているのは世間なのではなく、
自分のほうなのではないだろうか。変わるべきなのは周りの人なのではなく、
自分のほうなのではないだろうか。」



まさに人生を変える一日だった。



もちろん、こう考えるのは非常につらい。
なぜなら今まで生きてきた自分を否定することになるからだ。



しかし、考えてみてほしい。


今までの自分を否定することで何か損をすることがあるだろうか?


実は何もないのだ。


肯定しようが否定しようが、どっちみち過去は終わってしまった結果であり、
ぞれ自体は何も変わらないのだから。


変えられるのは未来だけだ。


つまり、今までの自分を否定するというのは言い換えれば
未来を創出するということだ。
未来の自分を変えることができるからだ。


では、なぜ多くの人は過去の自分を否定できないのか。
若い頃はできても、年をとるごとにそれができにくくなるのはなぜか?


年をとると考えが凝り固まって自分を変えれなくなる
という意見がある。


しかし、私はそれには賛同しない。



私はこう考える。


年をとると自分を変えにくいのは、いままで自分を変えずに歩んできた人生よりも
残りの人生のほうがより短くなっているからだと。


今までの人生が長ければ長いほど、それを否定すると、より多く損をすることになると
人は無意識に考えてしまうからだと思っている。


若ければ、今までの人生を否定したところでたかだか20年程度だ。
対した損でもない。これからの人生のほうが圧倒的に長いからだ。


その気持ちは分かる。
今まで長く生きてきた人生の全てが間違っていたなどと誰が
容易に認められようか。


しかし、長く生きてきたからより多く損をするという考えは
間違っている。


気のせいなのだ。


なぜなら、繰り返しになるが、過去はもう終わっている。終わったのだ。
取り返しがつかないという点では長さの大小は関係ない。


残りの人生がより長かろうが短かろうが、変えられるのは
未来だけだというのは老いも若きも変わらないのだ。



この構造は博打や投資に似ている。



今まで損をした分を取り返そうと損切りができずに、
損害が膨らんで首が回らなくなる。



損切りをしようがしまいが、今まで損をした損害は
もう戻ってこないのに。



人生を博打にしてはならない。




今の私があるのは当時そう考えることができたからだと
思っている。


もし、そのときにそう思えなかったら今でも
他人や社会に不平不満を言って、何も変わらない現実から
目を背け続けるつまらないダサい大人になっていたに違いない。



今このブログを見て、少しでも思うところがあるあなた。
今すぐこう叫ぼう


「そんなのゴメンだ。私は絶対にそんなダサい大人にはならない。まっぴらだ。」



昔の私は本当に嫌な人間だったと思う。
なぜなら、すべてを周りの人間のせいにすることで、
他人を見下し、それで自分の存在意義を見出していたのだ。



今の私は、面接をしたり、社員と会議をしたり、研修をしたり、
色んな場面で自分以外の人間と関わる機会が多い。



そこで話をするのは、


「今うまくいかないことを他人や環境のせいにするのはたやすい。
それが一番楽だから。でもあなたが今うまくいっていない理由を
自分以外の者に求めている限り、何も変わらないと思う。
試しに思い出してみてよ。今までそれでうまくいったことが
一度でもあった?」



なぜここまで言い切れるかというと、私自身がおそらく社内にいるどの人間よりも、
うまくいかない原因を他人や周りの環境に求めてきた人間だからだ。



上司や先輩にそう言われてぐうの音も出なった側の人間だからだ。



子供の頃、人のせいにして友達に「お前は卑怯者だ」と言われたことがある。


卑怯者にはもうなりたくない。


それが私の原点だ。