姓名判断師 岡田健慈のひとりごと

姓名判断、改名を行っている岡田健慈の日々のひとり言を書いていきます

姓名判断や改名を行い、幸せまでの道しるべを致します


岡田研堂では石塚慎祥流の姓名判断を行っております。

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亡くなった人だけが通れるみちと

一般にはそういう風に言われています。

進む方向には穴がると言われます、
ぽっかりと、灰色の渦のような、異次元への入り口を思わせるような穴と

言われます、
しかし、私は、その様なものは、見たことがありません、

その当時は、「死者の通り道」という言葉も知りませんでた。

わたしが見たと言うか、幻覚の様な風景と言うか、感じたのは、

友達の家にお邪魔している時に、遠くから人の話し声が

聞こえたので、耳を凝らしていると、お年寄り、特に女性の話

声が、聞こえるのです、

友達の家は、踏切の直ぐ傍、団地の外れ鉄道沿いの道

で、買い物の方や、駅に向かう人達がいますので、

その方たちだと、思っていました、

夜も更けて、深夜に近くになり、酒宴も盛りになり

酒が入ると声が大きくなるのは、酒のせいですが、外の

人通りは、殆んど、駅からの帰り人だけになり、

終電車が通り過ぎて、外は、極たまに靴音がする時間

となったのです、

部屋は、宴会真っ盛り、

でも、お年寄り「おばあさんの声」がはっきり聞こえるのです、

外に気を巡らすと、頭の中に、踏切の左側から入り、線路を歩き数十メ-トル

先の方で歩いている人が消えるので、

「何だろう」と考えていると、「此れが、昔から言われている、亡くなった人が通る道」

なのでは、ないのかと思ったのです。

昔の書物では、手に蓮の花一輪を持って、無言で歩く姿を描いていますが、

そんなに、深刻な顔をしていなく、お伊勢参りの様に、楽しそうに

歩いている人が多く見られるので、そんなに悲しい道でもなく

「案外楽しいモノなのかも」と外の様子を感じ取りました。

 

「死者の通り道」

おどとおどろした、ものでは無く、お伊勢参りの道中の様な

道すがら知らない人同志、楽しく歩む道なのではないので

しょうか。

何度かお邪魔したのですが、その道を通る人は、

今日は少ないとか、多いとかは、なく、絶えず同じような人数です。

 

そう言えば、長野の善光寺に行った時に、善光寺の地は、

太古の昔から、生きている人も、亡くなった人も、

通る道なんです、縄文時代からの遺跡も発掘されていますと

善光寺のお坊さんから言われた事が有るのです、

その為に善光寺は、個的な宗教、何々派のお寺ではなく、

どの派の宗派にも属さない特異なお寺なのです。

ですから、色々な宗教の派出所的な小さな寺が門前通りに、沢山有ります、

 

その昔、「上杉謙信も武田信玄もこの善光寺を中心に戦闘を繰り返しています」

善光寺の秘仏は、山梨に持ち帰ったと、武田側は言います、上杉側は、

違うと言いますが、

私は、善光寺の秘仏などと、言い争う事などどうでもよいのでは、

この善光寺の地が、一番大切なのではないでしょうか、

太古の昔から、長野で取れる黒曜石を全国に運ぶ道

翡翠を全国の大王に運ぶ道で、大切な道の交差点ではなかった

のか、などとおもいます、

勿論亡くなった方も通る道なのではと、考えます。

詰り、「死者の通る道」と言いますが、

そんな怖い道ではなく、人が集まり、便利な道、

その二次元の道の上に三次元道路、そのまた上に四次元の道路が

重なって居るのではと、思います。

 

 

 


 

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実際にあった話です、

友達の家で飲み会が始まって間もなく、

友達が、「何年も前から時々お腹が痛くなる」と云うので

検査でも受けたらと、当たり前の返答をしましたが、

「検査を受けても悪い処が見つからないんだ」と

そういう事も有るんだね、、、と話は終わり次の話題に移って

いき、飲み仲間でワイワイやっていた時に、

時々、後ろの襖の中から子供の声が聞こえた様な気が

するので、少し聞き耳をたてながら会話をしていました、

が、そんな事も忘れて次の会話に夢中になっていたが、

「ふと」女の子の声がするのです、

確かに襖の奥です、何か痛さをこらえる様な声が聞こえ

たので、盛り上がっているので、言い出しづらかったが

「子供の声がするけど、だれか聞こえた!」

しかし皆は聞こえないという、

私は、気になったので、「この押し入れの中見ていいかな」

「でもこの中ガラクタばかりだよ、恥ずかしいけど見ていいよ」

私は襖を開けて、声のした方を見たて衣装ケースの箱が

重なった処をみたら、

紫色の和服を着た市松人形が衣装ケースに挟まれているのです、

「あ、それ子供の時に大事にしていた人形だ」

皆唖然としました。

あんなに大切にしていた人形も飽きてしまい押し入れに

入れて置いたのもわすれる始末、

それも衣装ケースに挟まれているとは、

丁度お腹の部分がへこむ程挟まれっぱなし、

「此れでは、持ち主のお腹も痛くなる筈だよ」

誰かが言ってました、

痛々しい人形を飾り棚に置き、

飲み会再開

 

後日それ以来お腹は痛くならないとの事、

矢張り、人形だけではなく物は大切にするのが当たり前

です、まして人の形をしているものは特に大切に扱う

のが本当です。

大切にされている人形(ぬいぐるみ)には魂(思い)が宿るといいますが

人形を作った人が精魂込めて作った人形は作り手の念がやどる

のかもしれません
可愛がって遊んでいたらその人の念が宿る事もあるのかもと

思わせるような不思議な体験でした。

 

 

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日本には、数多くの「戦争遺産」が遺されているにもかかわらず、現在までに文化財として保護の対象になっているものは、数少ない、老朽化により破壊、崩壊が進んでいる。
戦争は悲惨で愚かなものです、そのことを伝えるものとして、関係者の証言や映像、絵画資料、書簡等様々な手法がありますが、雄弁にかつ如実にかつインパクトをもって伝えるものとして「戦争遺産」があります。
人類の犯した過去の過ちを示すモニュメントとして「負の遺産」は、大切です、
しかし忘れたい過去として、保存より一部を除いて消滅の危機にあるのが現状です、
子供の頃には、何処にでも有った戦争遺産が今では殆ど見かけることがありません。
自分の通った小学校には、戦災をのがれたので、校舎の正面玄関には、天皇の肖像画を
祀る、御真影堂(ごしんえいどう)が有った、
さすがに、戦後なので、肖像画は無かったが、校長先生が「戦前は校舎に入る時は
必ず帽子を取りお辞儀をした」と、言っていました、
そんな校舎も今では、建て替えられて痕跡すらありません。
 
数年前に、桶川に行く機会があり、偶然見かけた「熊谷陸軍飛行学校桶川分教場跡」の
看板をみて入ってみて「ビックリ」
入り口の外の旧弾薬庫のコンクリートの遺物があります、
敷地内に入ると兵舎、訓練学校、格納庫や車庫が敷地内にあるのです、
昔の儘の校舎
日本で現存する唯一の飛行学校の建物で、80年にも及ぶ歴史があるそうです。木造なので老朽化が著しいですが、
この地で若者が兵隊としての訓練を受けて学んで戦地に赴きました。戦争の悲惨さを後世に伝えていってほしい戦争遺産です。
少年飛行兵(少飛)、学徒出陣の特別操縦見習士官(特操)など、昭和20年2月の閉校までに20期余り、推定1,500~1,600名の飛行兵を養成し、戦地に送り出しました。
昭和18年9月に卒業した少飛第12期生は45名中18名が、昭和19年3月卒業の特操第1期生は80余名中20名近くが戦死しています。
この地の立つと飛行学校生の声が聞こえる様です、
この校庭も沢山の方々が走られたに違いない、どんな人でもこの地に来れば襟を正さざるを
えません。
今は亡き人の御霊に報いているのか猛省してしまいます。
 
日本の為に先の大戦で亡くなられた多くの御霊(みたま)のご加護があったことを忘れてはなりません。
そして戦争中其の儘の遺跡非常に大切です。
 
現在この桶川飛行学校跡は昨年より保存工事のために幕が張られて入る事が出来ません
保存工事が終わり一般公開が始まるのを、楽しみにしています。
前回見学した時は、殆ど見学者は、見掛けることはありませんでしたが、
これから脚光を浴びる事間違い有りません。
 
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私達が日頃心しなければならないことは、

この頃ついてないと、フト思うことが有るものです

詰り運勢が落目になると、四面楚歌となって

人心が離反してしまうことです。

その結果人との不和、交争、圧迫、批難、攻撃などが

起きることです、これがつまづきとなって事に失敗し、

病気なども起きるということです、

 

弱り目に祟り目と昔から言われているとこですが

これは勿論原因は自己の宿命にあることで、

誰れを恨むということも出来ないわけであります

いわゆるついてない時であり、天命たすけざる時

であります。

 

故にこういう時は

㈠ 人との折り合いに気を付けることです。

  あくまでも柔軟性をもって人に接し、そして

  実直であることが肝心です。

 

㈡ 見栄や外聞や意地を捨てて素っ裸になること

  です。

  実に苦しく耐え難いことでありますが、じっと耐え

  忍んで転機の来るまで待たねばなりません。

㈢ こんな時にある人はニ三週間程入院し、その間

  に、すっかり心境を整理して、危難を脱却して

  転機を掴んだこともあるのです、

 

常日頃、自己を客観的に見つめることは大切です、

それに対応する心構えと準備をするということが

運命の創造であり、人生行路には、必要なことは

云うまでもありません。

 

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人の霊とか魂について、老子が語ったことがあります、

老子は楚の人。隠君子として図書館司書をつとめていた。

孔子(紀元前551年 - 紀元前479)洛陽に出向いて彼の教えを受けている、

その時に、言った言葉が凄い、

 

老子曰

「私は、長く無を説いてきた、だがそなたは(孔子)有を語ろうとする

努力をすることは正しい、それは有である、

されど人が気を見極めるのも正しい、それが無だ!

有と無は本来一体であり一軒の家のごときものそこを有が囲むゆえ中に

無が出来る、有と無を混ぜ合わせてしまっては中には入れぬし

もはや家ではないであろう、

小さな虫たちは、ひと夏で終わりを告げる、何十年も生きる人々をみて

羨ましくおもうであろう、

かように考えればよい、人の命は、入れ物に入っている、

体は見る事の出来る形あるもの、だからこそ傷む

そして無へ不安や快楽を感じる。

しかし体の中にある無が指示をだしているのだ、

何時か人が死んで入れ物が無くなると、体の中の無と外の有が

一つに溶け合う

故に、形ある物は必ず無くなる!

形の無い物程 永久(とこしえ)なのだ!

書いた者は死んでも、書の精神は終わり無き残る

故に無は道の根本であり、有は道の表面と言えるのだ」

私なりに解釈させて頂きますが

人の魂は、無 肉体は有(入れ物)として捉え

肉体を動かしているのは、魂詰り、無が指示を出している、

約2500年前の人が考えたものは、今の考えと全く変わりがないのです、

人は死んでも、永遠に生き続けるのです。

肉体は、現代風に考えれば、車(有)大事に乗れば長持ちしますが、

乱暴に扱えば、直ぐに壊れる、車が壊れたとしても、

それで、何も無くなる訳では、ありません

運転手は、(無)指示を出して車を運転している

調子のいい車も有れば、調子の悪い車も有る

タイヤが一つパンクしているのも有るでしょう

でも、大事に大事に乗る事が大切で有り色々な事を学ぶために

与えられたものです、

皆が、性能の良いスポーツカーでは、勉強になりませんから、

与えられた車のポンコツを嘆いてばかりでは

全く話になりません、

この車を乱暴に乗り壊して、直ぐにお代わりしても

又、同じ様な、車を与えられることは、

間違い有りません。

 

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