1日1本、次はない
 2015年1月7日 朝日
◇No.835
昨年末の朝。細かな雪が降り続いていた。静まり返った白銀の世界に延びる2本のレール。傍らに4畳半ほどの待合室。北海道の旭川と網走を結ぶJR石北線の旧白滝駅(遠軽〈えんがる〉町)だ。

カン、カン、カン……。 午前7時15分ごろ。列車が近づくと、近くの踏切が鳴り始めた。気温は零下10度。無人駅のホームから列車へ乗り込んだのは女子高生だけだった。

道立遠軽高校に通う2年生の原田華奈(かな)さん(17)。駅まで車で約5分。両親に送ってもらい、石北線で遠軽駅へ向かう。 旧白滝駅は鉄道ファンから「秘境駅」と呼ばれる。近くには数軒の民家があるだけで、上りは1日3本止まるが、下りは1本だけ。原田さんが朝の通学に使う列車だ。

乗り遅れたら、次は来ない。約6キロ離れた隣の白滝駅には9時台の列車も止まるが、それに乗っても始業には間に合わない。実は1度だけ乗り遅れ、親に車で高校まで送ってもらったことがあった。「入学したばかりで慣れていなかったから。でも、もう大丈夫」 朝の列車は2両編成で、旧白滝駅を出発する頃には乗客が十数人になる。ほぼ全員が遠軽高校生。携帯音楽プレーヤーで歌を聴いたり、スマートフォンをいじったり。テスト期間中はノートを広げて勉強する生徒も。遠軽駅まで約35分。朝の車内は静かな日が多い。

遠軽行きの車内には知られざる「ルール」がある。「1、2年生は1両目に、3年生は2両目に座る」。いつからか、遠軽高校生に受け継がれてきた。 原田さんは毎日、1両目の後ろの方のボックス席に座る。いつも向かい合って座る友達が一つ前の駅から先に乗り、そのボックス席に座っていたから、原田さんの「定位置」もそこに。ほかの生徒たちも、毎日同じ席に座る。

ところが、この「秩序」が時々乱される。何も知らずに乗り込んできた観光客らが先に座っているため、生徒はいつもとは違う席に。ちょっと違和感を覚えながら。

今でこそ毎日乗るが、原田さんの記憶に残る「列車デビュー」は中3の時。高校の合格発表の日だった。「親に『これからは毎日使うんだから』と言われ、乗ったような……」。幼い頃も乗車したことはあるはずだが、記憶に残らないほどで、出かける時は両親の車ばかりだった。

時刻表通りに列車がやってきて、遅れたら駅員が知らせてくれる。当たり前のことかもしれないが、ここでは違う。 原田さんが朝、いつも通りに旧白滝駅に到着しても、列車が来ない日もある。でも、無人駅で誰も知らせてくれない。そんな時は、自ら情報収集だ。

同じ無人駅だが、旧白滝よりは利用者が多い手前の白滝駅。駅舎にはスピーカーがあり、遠軽駅員が列車の遅れや到着時間の見通しを知らせてくれる。その白滝駅を使う同級生にスマホで尋ねるのだ。時間がかかりそうなら親の車で白滝駅へ向かい、同級生と一緒に待つ。「ちゃんと走ってくれるありがたさ」も感じる瞬間だ。

帰りも選択肢は少ない。 午後7時ごろまでの弓道部の活動を終えて帰ると、午後7時25分遠軽駅発の列車に乗るしかない。これが「終電」だ。ミーティングが長引くと、ぎりぎりの到着になり、駅員に苦笑いされたことも。

テスト中など学校が早く終わった時も、少し困る。終電のひとつ前が午後4時12分発。この「4時汽車」を逃すと、3時間待って終電に。「みんなは帰っているのに、『汽車組』は帰れない。たまに自由な時間に帰りたいって思う」。駅で3時間、スマホをいじりながら待ったこともある。

遠軽高校の全校生徒約580人のうち、原田さんと同じ白滝方面から通う生徒は十数人。原田さんたちとは逆方向の美幌駅(美幌町)から、特急オホーツクで約1時間20分かけて通う生徒も数人いて、同じように朝は乗り遅れたら遅刻だ。

列車が行き交う札幌駅に行った時、原田さんは「すごい」と思った。1本逃しても数分後には次の電車がやってくる。そんな都会の電車通学にも「ちょっと憧れる」。ただ、付け加えた。「何本も路線があって怖い。覚えられるかな」 限られた本数の列車通学で困る時もある。でも、「いつものことだから慣れました」。そして、また、たった1本の下り列車で学校へ――。(佐藤恵子)

冬の北の大地。列車で通う高校生たちに会いに行った。

ボートや新幹線通学も 平均時間、千葉の111分が最長 通学も様々だ。

離島ならではの「スクールボート」もある。長崎県壱岐市では、周囲の島から壱岐島の中学校に通う十数人が使う。朝の登校は市営の定期船を使うが、部活動後の下校は定期船に間に合わないため、市から委託された民間の船で帰る。

新幹線での通学も少なくない。JR東日本の新幹線の通学定期券の月平均発行枚数(昨年度)は約2790枚。中高や大学の区分はなく、すべての学生を合わせて、東北新幹線1504枚▽上越新幹線950枚▽長野新幹線338枚だった。

通学時間は都市部が長い傾向にある。総務省の社会生活基本調査(2011年)によると、都道府県別で高校生の1日あたりの平均往復通学時間(平日)が最も長いのは、千葉県の111分。埼玉県(106分)や東京都(100分)など、上位には首都圏が多い。北海道は70分で、全国平均(88分)も下回って39番目。下位には地方が多く、最も短いのは香川県の57分だった。

優雅な通学もある。東京の大手タクシー会社「日本交通」は、子どもの送り迎えに慣れた運転手による「キッズタクシー」を展開。犯罪から守ろうと、我が子をタクシーで学校に通わせる親もいるという。「富裕層の家庭の小学生が多い」と担当者。

1日あたりの平均往復通学時間<長い上位5都県(分)> 千葉県 111 埼玉県 106 奈良県 104 兵庫県 103 東京都 100<短い上位5県(分)> 香川県 57 徳島県 60 沖縄県 61 大分県 62 福井県 66 〈総務省の社会生活基本調査(2011年)から〉
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