読んだ本
地球をまわる放射能 核燃料サイクルと原発 
市川富士夫、舘野淳 
大月書店 
1986.07

ひとこと感想
核燃料サイクルが原子力開発にとってアキレスの腱であるとしその問題点を明らかにする。
つまり「トータル・システム」として(特に技術面から)原子力発電をとらえるということを本書は目指している。チェルノブイリ事故前に執筆されたもので、事故については「プロローグ」と「エピローグ」で少しふれられている。

***

本書の構成は以下のとおり(章題ではない)

核燃料サイクルの現状(1章)

核燃料サイクルとは(2章)
・技術的
・経済的
・資源面

ウラン濃縮(3章)

核燃料と軽水炉の安全性(4章)

プルトニウム(5章)

核燃料再処理(6章)

放射性廃棄物(7章)

軍事利用と平和利用(8章)

*1,6,7,8章は市川、2,3,4,5章は舘野が原案を作成し、まとめる。エピローグは舘野。プロローグについては特に記載がない。

***

黎明期より日本では、英米の原子炉を輸入し、改良を重ね、ある程度純国産化技術へと展開してきたものの、トータルシステムとして考えた場合、核燃料サイクルについても日本の環境や条件に適したものが開発されていてしかるべきであったが、そうした合理性に欠けている。

「開発にかかわる国の明確なポリシーもなく、また展望や選択の基準も示されていない。」(23ページ)

しかも以下の三つの意味において、きわめて重要な意味をもつ。

1)一度決めると変えるのが困難
2)放射能の安全性への懸念
3)軍事利用との連関性

ここで問題になる「核燃料」に関係する核物質は、以下の4種類である。

1)天然ウラン
2)濃縮ウラン
3)プルトニウム
4)トリウム

サイクルの流れの基本として、二つのやり方がある。

A)ワンス・スルー
B)再処理、再利用

この二つを結びつけて、実際には、7通りの選択肢がある。

1 1)-A)
2 1)-B)
3 2)-A)
4 2)-B)
5 3)-B) プルサーマル
6 3)-B)
 高速増殖炉
7 4)-B)

この選択肢から、以下の6つの判断基準によって選ばれることになる、とまとめられている。

1 技術的完成度
2 安全性
3 資源の有効利用
4 経済性
5 エネルギー自立(セキュリティ)
6 軍事利用との関連

このうち、5については米国のエネルギー政策に従属していると結論づける。

3については、軽水炉が資源浪費型の発電炉であるという点が述べられ、高速増殖炉については本当に稼働するなら効率性は高いとする一方で、プルサーマルについてはそれほどでもなく、あくまでも「つなぎ」的な意味しかないとしている。

4については、はっきりとした結論を書いていない。廃炉費用が見込まれていないなど、計算方式の不備を指摘するとともに、高速増殖炉の建設費用、天然ウランの価格が不確定要素として含まれており、天然ウランの価格が上昇すれば、プルトニウムを燃料にする方式が有利になり、高速増殖炉の費用が上昇すれば、ワンス・スルー方式のほうが有利になる、といった説明を行っている。

本書では、このうちの1,2,6を本論としている。

まあ、これらについては、すでに多くの人が論じており、今ではそれほど注目されないが、科学的精神に依拠したうえで、これらの事柄について、必要な事実関係を整理しているという意味では、良書と言えるだろう。

ただ、これは事故が起こってしまった今だから分かることではあるが、「冷却材喪失事故」に関する記述が、全体の論調のなかに埋もれてしまっている。

もちろん、その重要性は十分に把握されている。

「冷却材喪失事故にかんしては、これもさきに述べたように、熱的な余裕が少なく、いわば綱渡り的畝tんをしているために、いったん事故が発生すると、分秒を争う短時間のうちに事故は進展し、炉心溶融、放射能の大量放出という破局につきすすむ可能性を持っている。」(85ページ)

しかし残念なことに、このことに対する対策は十分ではなかった。

しかも、水素爆発についても、しっかりと本書ではふれられている。

「約1000度を超えるとジルコニウムと水が反応し、ジルコニウムの一部が酸化して、水素が発生する。この水素が格納容器内に溜まり、一定濃度に達すると引火して水素爆発を起こす、」(87ページ)

このことがもたらす深刻な影響、すなわち、3.11の出来事については、残念ながら本書ではそれほどリアルに起こりうるものとして認識されていないようにも思える。

だがそれは今だから言えることである。

当時においては、ここまで、冷静に事故の発生の具体的な可能性を描けていたということだけでも評価すべきなのかもしれない。



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