読んだ本
シビアアクシデントの脅威 科学的脱原発のすすめ
舘野淳
東洋書店
2012年12月

ひとこと感想
科学者集団においては、自由に討論することが保証されていれば、最終的には「正しい」見解が生まれる、というハバーマス流の討議民主主義が主張され、原発においてはそうではないのが問題であると指摘。

***

著者の主張は、一つではない。大きく分けても、以下のようになる。

・国内の原子力開発は、自主性を放棄したため、軽水炉への全面信仰に至った

・軽水炉はシビアアクシデントの可能性をもつという意味で欠陥がある

・原子力開発に関与する研究者の共同体は健全な議論ができていない

・科学技術利用の基本は何よりも安全第一であるが、原子力に関しては、これが守られていない

・使用済み核燃料、廃棄物の処理問題などは、賛成、反対にかかわらず、立ち向かわなければならない


***

すでに別のところで舘野の主張の一部はとりあげている。

 福島事故と原子力開発史(舘野淳)――福島事故に至る原子力開発史 、より
 http://ameblo.jp/ohjing/entry-12038645369.html

したがってここでは特に、四つの事故調査報告書に対する彼の見解をみておきたい。

***

「重要なデータはほとんど網羅されているので、四つの事故調を読むことによってほぼ事故の進行や影響を知ることができる。」(105-106ページ)


政府事故調

委員長 畑中洋太郎

委員 10名
 尾池和夫、柿沼志津子、高須幸雄、高野利雄、田中康郎、林陽子、古川道郎、柳田邦男、吉岡斉

技術顧問 安部誠治、渕上正朗

目的 従来の原子力行政から独立した立場で、技術的な問題のみならず精度的問題も含めた包括的な検討を行う

基本方針
 1)畑中の考え方で進める
 2)100年後の評価に耐えられるものにする
 3)国民の疑問に答える
 4)世界の人々が持っている疑問に答える
 5)責任追及は目的としない
 6)事故の事象そのものを正くとらえる
 7)事象の背景をハ把握する
 8)再現実験と動態保存が必要

構成(最終報告書)
 被害状況と事故対処
 災害発生後の組織的対応
 発電所外での事故対処
 未然防止・拡大防止に関連しての検討
 総括と提言

結論
 政府諸機関の対応の問題点、原発サイトでの事故後の問題点がただ列挙されている(歴史的背景の検討が不十分)

特徴
 事故の初期過程の事実に基づいた検証に大きな努力を払っている

「この委員会報告の結論だけからでは、本当に今後どれだけ抜本的改善がなされるか、不安である。」(108ページ)


国会事故調

委員長 黒川清

委員 10名
 石橋克彦、大島賢三、山崎比早子、桜井正史、田中耕一、田中三彦、野村修也、蜂須賀禮子、横山禎徳

基本方針
 1)原発推進・反対という結論ありきではなく、専門家による冷静、客観的検証
 2)徹底的情報公開が原則だが真相究明の目的のために適切な判断
 3)世界的視野に立つ
 4)原子炉の構造上の安全ではなく人間の安全保障の重視
 5)地震大国、津波大国における原発
 6)国会の役割の再認識、低減型未来志向の調査

構成
 事故は防げなかったのか
 事故の進展と未解明問題
 事故対応の問題点
 被害の状況と被害拡大の要因
 事故当事者の組織的問題
 法整備の必要性

要旨
 根源的原因 地震発生以前の安全対策の不備や怠慢
 直接的原因 地震動による破損
 運転 ICの機能喪失
 緊急時対応 官邸、保安院、東電の体たらく
 被害の拡大 防災対策の怠慢、危機管理の意識の低さ
 問題解決 規制当局の非力
 事業者 原子力を扱う資格がない
 法規制 緊急時の危機管理体制

要点がよくまとまって納得のゆく結論を出しているが、地震動による破壊があったことが事故の直接原因であるということを「やや強く押し出しすぎたため、むしろ説得力を低下させた」(111ページ)


民間事故調

委員長 北澤宏一

委員 6名 遠藤哲也、但木敬一、野中郁次郎、藤井真理子、山地憲治、黒川清(後に退任)

構成
 事故・被害の経緯
 原発事故への対応
 歴史的・構造的要因の分析
 グローバル・コンテクスト

結論 事故は人災

特徴 世界の中で事故を位置づける

「原子力を、内向きだけでなく、世界の中で位置づけることは賛成であるが、現状の世界レジームをどう評価するかという点では疑問がある。」(112ページ)

原子力における米国への従属関係が影響しているのであれば、「従属関係をきっぱりと清算することを主著することこそが、報告書のモットー「真実、独立、世界」からいってもふさわしい」(113ページ)


東電事故調


委員長 山崎雅男 東電副社長

委員 14名 東電社員

目的 事故についてこれまでに明らかとなった事実や解析結果等に基づき原因を究明し。、原発の安全性向上に寄与するため、必要な対策を提案

構成
 報告の目的 
 事故の概要
 地震の概況と地震・津波への備え
 安全性確保への備え
 災害時対応態勢の計画と実際
 地震の発電所への影響
 津波による直接被害の影響
 地震・津波到達以降の対応状況
 使用済み燃料プール冷却の対応
 発電所支援
 プラント爆発評価
 放射性物質の放出評価
 放射線管理の対応評価
 事故対応に関する設備面の課題抽出
 事故対応に関する運用面の課題抽出
 事故原因とその対策
 結び

結論
 1)炉心損傷防止のための設備対応方針
 2)設備面での具体的対策
 3)運用面での具体的対策
 4)国等への提言事項
 5)全社的リスク管理の充実強化

特徴 データのソースとして事故の分析には欠かせない(と同時に隠蔽や改竄も疑う)

「また批判に対しては徹底した自己弁護を行っているのも特徴である。もちろん、他の報告書で批判されている、情報的有意に基づいて規制当局や政府に圧力をかけたことへの反省など、かけらも見当たらない。」(114ページ)

***

以下、事故の経過について、いくつか気になる点だけをピックアップする。

・福島第一原発よりも中越沖地震による柏崎刈羽原発の方が、揺れは大きかった

・最大の津波が福島第一原発を襲ったあと、1、2、4号機が全電源を喪失したが、3号機は交流電源のみ喪失で、直流電源が残っていた

・1、2、3号機には「電源不要」の冷却装置が2種類ずつ設置されていた(「電源不要」と言っても、IC以外は起動に直流電源が必要なため1号機のHPCIは津波直後から作動していない)

1号機
 非常用復水器(IC)
 高圧注水系(HPCI) → 津波直後から作動せず

2号機
 隔離時冷却系(RCIC)
 高圧注水系(HPCI)

3号機

 隔離時冷却系(RCIC)
 高圧注水系(HPCI)

・津波が到来する前、1号機のICが作動したことによって温度と炉内圧力が下がった。これに対して作業員は「操作手順に従って」ICを止めたり操作を行うとともに、戻り配管隔離弁の操作を行うが、この操作については、可否が問われている。つまり東電側とそうではない場合に争点となっている。

・国会事故調は津波以前に地震動によって配管破断などが起こっており、すでに冷却材喪失事故が発生しているのではないかと疑っているが東電調はそれを否定している

「間違いなく1号炉の炉内では地震後3時間ほどで、東電の推定では18時ごろ」(125ページ)炉心溶融がはじまったと考えられるが、現場では17時12分になってはじめてそうした事態を認識し対応を開始したことが、東電調によって示されている。

「17時12分、発電所長は今後非常に厳しいシビアアクシデント対応を余儀なくされる可能性があると考え、消化系、腹水補給水系や消防車による代替注水について検討・実施するよう指示した」(125-126ページ)

これに対して舘野は「原子炉内部の進行状況の事態の進行に比べてこの判断はあまりにも遅い」(126ページ)と指摘している。

「筆者は事故収束の失敗の最大の要因は、随所にみられるこのトップの判断や決断の遅さにあると考える。」(126ページ)

先日読んだ門田隆将の吉田所長物語では、この点について、むしろ高く評価していたことを思いだす。

 原発事故に立ち向かった吉田昌郎と福島フィフティ(門田隆将)を読む
 http://ameblo.jp/ohjing/entry-12047139566.html

このあたり、いずれかが正しいのか簡単には分からないが、少なくともこうした二つの見解があることを忘れないでおきたい。

なお、舘野は、これら四つの事故調が、事故に関する「ヒューマン・ファクター」の面においては、かなり踏み込んだ議論がなされているととらえている。

だが、まだ問題はある。

「筆者は、これだけ充実した人の問題追及に比して、シビアアクシデントという欠陥をもつ軽水炉システムそのものへの根本的批判が欠けていると考えている。」(144ページ)


***

ほか一点だけ、「人はどれだけエネルギーが必要か」についてまとめているのが興味深いので、少しだけふれておく。

あらめて、人が必要なエネルギーはどのくらいなのか、独自に舘野は計算している。

1日一人あたり食物としては、2,000キロカロリー必要だとする。

また最低限の生活を成り立たせるためには、6,000キロカロリーは要る。

他方で日本では一次エネルギーで12万キロカロリー、最終消費としても8万キロカロリーを使っている。

大雑把に言えば、1割分で暮らせるところを、9割ほど、現代文明によるものを加えて消費しているのが現状ということになる。




シビアアクシデントの脅威―科学的脱原発のすすめ (科学と人間シリーズ)/東洋書店
¥2,376
Amazon.co.jp