昨日は単に「参考資料」における「不都合な真実」をまとめてみたが、今日は、内容における「不都合な真実」である。

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読んだ本

「反原発」の不都合な真実
藤沢数希
新潮新書
2012年2月

ひとこと感想
全体的には、原発全般について、ていねいに説明されており読みやすい。特に第1章は多くの資料を駆使してリスク論がまとめられている。しかし、それ以外は特に目新しい説を展開しているわけではない。

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タイトルは、誰がどうみてもゴアの書籍のパクリであるが、内容は、いたって真面目に、原発関連の「誤った言説」を質すことを目的としている。

非常に大雑把に言ってしまうと、これまでの「原発推進」もしくは「反原発論者への批判」の総まとめのような内容である。

それゆえ、一言でまとめてしまえば、不都合なものには目をつむり、自分に都合のよいデータだけを集めて本にまとめた、ということになる。

ゆえに、タイトルが訴えていることは、アイロニーとして理解できる。

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こうした本がやみくもに多い。

だからもう、原発に言及する文章においては、「正しい」「間違い」という言葉が、役に立たくなっている。

みな、批判対象は「間違い」であり、自説は「正しい」と言うばかり。

そして残念なことに、それは科学的な論争ではないので、最終的な判断ができないものが多い。

それゆえ私は、「正しい」ということを主張する言説はみな、科学性において正当性はなく、政治的なものである、という見解に達した。

真面目に読む方が、バカをみる。

それゆえ本書も、科学的な「真実」を主張するにもかかわらず、「正誤」の判断ができない内容であり、そればかりか、
科学的な「真実」を言明しているかのようで実ははっきりとした「政治的言説」なのである。

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特徴としては、とりたてて独自の発言があるわけではないが、一つひとつのテーマに対してかなり丁寧に反論を用意しているので、見かけ上は、科学的言説の特徴をまとっている。

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もう少し、焦点を絞ると、以下の2点に特徴がある。

一つは書き手の「立ち位置」の問題、もう一つは「真実」の探究の仕方である。

「そこで、僕のような、エネルギー産業と直接の利害関係がなく、科学者であり、また経済学やリスク分析の専門家が、わかりやすいエネルギーの本を書くことは大変意義深いことではないかと思うに至り、このような本を出版することを決心したのです。」(5ページ)

確かに著者略歴をみると、「計算科学、理論物理学の分野で博士号取得」とあり、かつ、「その後、外資系投資銀行で市場予測、リスク管理、経済分析に従事」となっている。

こういう人が「
わかりやすいエネルギーの本を書くこと」は、なぜ意義深いのだろうか。

私にはまったく理解できない。


一通り本書を読んでも、正直言って、私には疑問符が残る。

「科学者」であることは、さておき、「経済学やリスク分析の専門家」については、これまでも、室田武や中西準子、齊藤誠など、原発関連をテーマに本を出しており、その意味では、彼がここで何か発言するからには、彼らとの差異というものがとても重要になってくる。

経済学という意味では特に、室田や齊藤の議論に対する反論をしなければならないのではないか。

それが「専門家」の「義務」であろう。

またリスク分析については、すでに中西の仕事がよく知られており、本書で述べられている基本的な考え方は、特に目新しいものではないように思う。

本書は、何のためにあるのか。

彼は反論を望んでいるが、それはあくまでも「実際のデータや科学的な考察をもとにした」(5-6ページ)ものを望んでいる。

ゆえに、私がここで書いていることは、彼から見れば「反論」にはならないのであろうけれども、本当に重要なのは、彼が「科学」の成果を中立に語っているのではなく、ある政治的スタンスから科学的な見識の一部を選択して論じているようにしか見えないということである。

その恣意性について、彼はどこまで保障できるというのだろうか。

もちろん、中西の主張と同様に、ここで述べられている「リスク評価」は、それ自体としては一定程度以上に重要な意味をもつと思っている。

そこは誤解しないでほしい。

たとえば、危険なのは原発だけではなく、火力発電のほうが事故や死亡率が高い、というのは「統計上の事実」として、私は理解する。

低線量被曝では、たばこによるがん死亡率と比べるならば、ほとんど健康に影響がない、と言えるのかもしれない。

しかし、これら「リスク論」が主張するのは、あくまで「確率」によって描かれた「統計上の事実」であることを忘れてはならない。

こうした「統計上の事実」は、これまでの不確定なリスクをある程度「客観的」に理解するうえで、重要なものであることは否定しない。

だが、これは、「実体」ではない。

たとえば、「100万年に1回しか起こり得ない事故」とか「1シーベルトの被曝で5パーセントほどガン死亡率が上昇する」とか、それらの「数値」は、「自分」はそのなかに含まれていないのだ、という「幻想」を提供している(
まるで賭博のように)

さらに、この「幻想」は逆に、神経質な人間や不安が多い人間にとっては、そのわずかな確率がかえって自分にこそ、ふりかかってくるのではないか、と考えさせることもある。

「確率」自体は客観であるが、その「確率」をそのようにとらえるかは「主観」なのである。

また、もっと言えば、自分の家族、とりわけ妊婦や乳幼児、胎児とかかわっている人たちは「自分」というよりも自分の最愛の人のために、この「確率」を「ゼロ」に近づけようと必死になる。

このことは、否定されるのだろうか。

無知蒙昧と言い捨てることができるのだろうか。

つまり「確率」はあくまでも「確率」であって、ひとつの「バイオ・ポリティクス」を可能にするが、その視点は、あくまでも為政者側のものであって、「当事者」にとっては、「90%」も「0.1%」もいずれに対しても「主観的」に評価されるのである。

このことを忘れてはならないし、その主観的な「評価」を科学的ではない、と切り捨てることもできない。

これが1点目。

もう一つは、本当の「科学的態度」というものが、本書にはない、ということである。

しつこく言うが、「科学的態度」というのものは、「ある一つの真理」を訴え続けることではない。

とりわけ本書の著者に欠けているのは、自分が絶対に正しいと信じていることが一つの「思い込み」「信念」でしかない、という「客観化」である。

これはヒュームが厳しく批判したことであるが、「科学」のみならず、人は「信念」と「真理」を常に混同する傾向にある。

ブルデューならば、「客観化する主体の客観化」が十分ではない、という言い方になるであろう。

これは「科学」のみならず「信仰」であれ「政治的立場」であれ、同様である。

私は知っている。

この著者が言うように、「反原発」に都合のよい真実を提示する人たちがこの世には数多くいることを。

しかし同時に、この著者だって、「原発擁護」に都合のよい真実を提示しているだけではないか。

そうでなければ、「反原発」の主張を簡単に「科学的」に誤っているという言い方で断罪など、できないはずだ。

いずれの立場にも言い分はあるし、それぞれの「真実」を持っている。

それを否定してはならない。

誠実に対応する、ということは、
個人的な政治的考えとは無関係に、できうるかぎり「価値中立性」に一度立つということにあるのではないか。

(「できうるかぎり」と書いたのは、
「価値中立性」はあくまでも「理想型」であって、とても難しく、実際には言い回しひとつにも「価値判断」が含まれうるからである。)

とりわけ、たとえば最終章「エネルギーの未来」において、いくつかのこれからの軽水炉の可能性についてふれているが、きわめて大きな問題を残している(こんなに適当に書いて良いか?)。

高速増殖炉が、すでに文科省もあきらめはじめているものさえ、そうしたそぶりを示さず「夢の技術というよりは、すでにある技術」(195ページ)という言い方で「正当化」をしている。

これはまったく「科学的」判断ではなかろう。

「トリウム原子炉」にしても、賛否両論である現状をみると、著者がこれを必ずしも「現実的」かつ「科学的」に評価できているようには思えない。

「核融合炉」に至っては、まだまだ現実的ではないのに、あたかも可能であるかのように書き加えている。

うんざりである。

***

みなさん、もうやめませんか。

自分の「信念」を「科学」という名で語るのは。

「信念」で良いんですよ。

「信念」で。


あなたの「信念」は分かりましたし、その「信念」を正当化する「証拠」があることも理解しました。

しかも、原発を非難するにせよ擁護するにせよ、いずれの立場にも、「一理」あると思いませんか。

ちなみに私は、低線量被曝については、個人的には、現在言われているほどには健康に害がないのかもしれないと思っていますよ。

しかし、あなたのように、あたかもそれを「科学的」に理解したら、これしか結論がないというような言い方には、とてもカチンとくるんです。

あなたはそれでもかまわないかもしれない。

しかし、世の中、いろいろな人がいるんです。

それでも「怖い」という人に、「大丈夫」とは言えないでしょう。

「大丈夫」と言って済むようなものではないでしょう。

「怖い」というのは、なかなかそういうことでは解消されません。

そこを理解したうえで書いてほしいものです。

お願いですから・・・



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