いろいろとやらねばならぬことは、山積みであるが、低線量の放射線被曝が、どのような影響を人体に与えるのか、この問題には、是非とも科学者たちは、一歩も二歩もふみこんでいってほしいと思う。

この1年ほどのあいだ、「ただちに健康に影響の出るレベルではない」放射能が、それでは、どのくらい「ただち」ではないのか、ということは、実はまだ、解明されきってはいないからだ。

その結果、両極の立場が生まれた。

・低線量は、まったく、健康に影響しない

・低線量でも、かならず、健康に影響する

はたして、本当のところは、どうなのであろうか。高田純氏の著書などで登場してきた被曝量に対する健康被害のレベル分けは、全体的には、とても明解であったが、肝心のこの、低線量のところが、かなりあいまいに響いていたことを思い出してほしい。彼は最近ではそのあいまいな部分を科学者としてあいまいであると言わずに、あたかも救世主にでもなったかのように「絶対安全」を言いだした。これは科学ではなく、政治的主張であるように、私には思われる。

こうなると困るのは、私たちである。肝心の科学者たちが一番大事なところを「政治」の言語で語ってしまっている以上、こうした、両極の意見しか聞こえてこなくなってしまうのだ。

これは、よくない。そこで、読んだ、この本を。

読んだ本
新装版 人間と放射線 医療用X線から原発まで
ジョン・W・ゴフマン
伊藤昭好、今中哲二、 海老沢徹,、川野眞治, 小出裕章、小出三千恵、小林圭二、佐伯和則、瀬尾健、塚谷恒雄
明石書店
2011年9月(1991年2月)

悲劇的な話であるが、サンプルが多いほど、この研究は進展する。広島、長崎の原爆投下による被曝のみならず、現在、チェルノブイリ事故の被曝における影響が、そして将来には、フクシマ事故の被曝における影響が、反映されることになるだろう。本書は、原著が1981年に刊行されていることもあり、ほぼ、広島・長崎のデータに基づいて計算を行っている(注:「日本語版への序」ではチェルノブイリの影響について言及している)。

ゴフマンの主張は、簡単に言えばこうなる。

低線量であろうと、ガンや白血病の誘発に影響している。

また、前書きで今中氏は次のように言う。

「一般の人々が、放射能汚染と放射線被曝、それにともなう健康影響リスクを“自分で考える”ことができるようになるために書かれた」(iiページ)

確かに文章は分かりやすい。翻訳がしっかりとしているせいもあるのだろうけれど、ゆっくり読み進めれば、専門用語も少なく、数字が出てもそれほど困ることはない。しかし、実際に本書は、翻訳で700ページ以上もあって、そのすべてを読むのは、相当骨が折れる作業であることは間違いない。しかも重い。したがってここでは、せめて「一般の人々でも、読むことができる」くらいに言うべきではないだろうか。ちなみに私は本書を、全て読むことはできなかった

目次を掲げるだけでも一苦労である。

1 放射線と人の健康
2 放射線の種類と性質
3 ガンの期限
4 放射線によるガンと白血病
5 放射線と発ガンの定量的関係の基礎
6 放射線によるガンの疫学的研究
7 乳ガン
8 年齢別のガン線量
9 ガン線量の具体的な適用
10 部分被曝と臓器別ガン線量
11 線量-反応関係と「しきい」値
12 内部被曝と被曝線量の評価方法
13 アルファ線による内部被曝
14 人工アルファ線放出核種
15 プルトニウムの吸入による肺ガン
16 プルトニウム社会における肺ガン
17 原子力社会がもたらす被曝とその影響
18 自然放射線、生活用品、職業による被曝
19 医療用放射線による被曝
20 白血病
21 体内被曝による先天的影響
22 放射線による遺伝的影響

どうであろうか。「大全」とでも言えそうな内容にたじろぐことだろう。おそらく各人は、自分なりの読み方をする必要があり、つまり、どこを重点的に読めばよいのかを考えて本書と接することになるだろう。

たとえば、広島・長崎における被曝の影響を知ろうとするとき、6章がもっとも中心となる。ここには、LSSという、ライフ・スパン・スタディのデータがある。具体的には、1950年10月1日の国勢調査のときに登録された被爆生存者82,000人のガンやその他の病気による死亡率についてのデータであり、これに基づいた解析が行われている。まず、年齢別の平均被曝量が求められる。

年齢群  平均吸収(被爆)線量
0-9歳   23.0ラド
10-19歳  31.4ラド
20-34歳  31.0ラド
35-49歳  28.1ラド
50歳以上 23.6ラド
1950~741年追跡の年齢群別平均吸収(被爆)線量 (161ページ)

 *注 ラドは旧単位で、1ラド=0.01グレイ

次に、興味深いのは、年齢別に、実際のガン死数を非被曝の場合と比較したデータが掲げられていることである。

0-9歳群の場合、「非被曝」では、100万人/年あたりで、50.5人が死亡したのに対して、1ラド以上の被曝の場合は88.3人と上昇していることが分かる。以下、他の年齢群の場合である。

10-19歳群
非被曝      254.5
1ラド以上被曝  368.3

20-34歳群
非被曝      1,077.8
1ラド以上被曝  1,289.3

35-49歳群
非被曝      3,951.9
1ラド以上被曝  4,320.1

ここまで、確実に非被曝と1ラド以上の被曝でははっきりと差が表れている。しかも低年齢のほうが違いがあるということは、放射線の影響によりガン死に至る率は低年齢の方が高い、ということである。そして、唯一、以下の群のみ、ほぼ変わらずであった。

50歳以上の群
非被曝      8,628.4
1ラド以上被曝  8.317.9

このあと、細かな各ガン別のデータや白血病その他の致死率などが挙げられる。すべてをここで読むのはたやすいことではないので、スキップし、次に、8章の「年齢別のガン線量」というところをみてみよう。

ここには男女別、年齢別ガン線量の値というのが表になっている。この表にあてはめれば、自分が被曝した場合のおおよその致死率を求めることができる。

たとえば、24歳男性が、78ラドの被曝をした場合が例示されている。

24歳のガン線量は、表により、200.9人・ラドなので、78÷200.9 =0.388となる。つまり、39%の確率で死に至る、ということである。3人に1人はこの条件では死ぬのである。

もう少し、数値を下げてみよう。50歳の男性が1ラドの被曝をした場合。

50歳のガン線量は、表により、13,434人・ラドなので、1÷13434 =0.000074となる。つまり、0.007%の確率で死に至る、ということである。

また、5歳の女の子が1ラド被曝した場合、表により、79.6人・ラドなので、1÷79.6 =0.013となる。つまり、1.3%の確率で死に至る、ということである。100人に1人はこの条件では死ぬのである。

ただし、この計算値は、あくまでも正比例的な計算であって、厄介なのは、はたして単純な正比例なのかどうか、ということである。

一言でまとめると、著者は、広島・長崎の事例に基づけば、たとえば乳ガンをはじめ、いずれもデータは凸曲線を描く、つまり、低線量でも影響が大きいと考えている。これについては、学者のあいだでも見解が分かれているようであるが、少なくとも、低線量の場合に「まったく影響がない」という学者の言うことは信用できないということになるだろう。少なくとも著者は、次のように指摘する。

「ガンと被曝線量とに直線関係があることは0.25ラドまではっきりしている。」(334ページ)

また、低線量の場合、身体の修復メカニズムにより傷は癒されると主張する人々もいる。放射線は健康に良いというのも含まれるだろう。そして実際、ラドン温泉などもあるではないか、というものである。

これに対して著者は、「放射線には安全な量がない」(353ページ)と述べている。つまり、低線量でも危険性があるということである。そしてこのことを説明する場合にもっとも重要なのは、計算上では「確率」の問題であり、同時にこれは「存在論」の問題である。

つまり、ある条件で、100人のうち1人がガンになり死ぬ、としよう。

この場合、確率は1%となる。この場合、この「ある条件」は、軽視してもよいであろうか。

自分が、そのなかに含まれうるかどうか、ということが「確率」の問題であり、それは、単なる数値ではなく、自分の存在をかけた数値であるがゆえに「存在論的」問題なのである。

自分がその100人のうちの1人かもしれない、そう思ったら、その「ある条件」は、おそろしいものとなる。自分がとても運のよい人間でロシアンルーレットで失敗したことがないという人以外は、大半は、怖い数字である。

このことを考える際に私がよく持ち出すのは、交通事故死である。かつて、年間1万人ほどが交通事故で死んだ。人口を大ざっぱに1億人と考えて、この場合確率は1万分の1である。しかも1年間における確率だから人生100年あるとすれば、生涯の確率は、100分の1となる。生涯に、知人で1人は交通事故死の人がいると言い換えてもよいのだろう。この確率に対して、あまり他人事にはならず、明日は自分がなるかも、と思うに足る数値であると私は思う。

これが、生涯で、1万分の1であったとしても、それがもし自分であったら、と「存在論的」に考えれば、決して無視できないであろう。

と、書いてきたが、私の体力のなさと怠慢さのために、ここで止める。

本書をていねいに読んでゆけば、もっと多くのことが語れるし、もっと多くのことが学べるであろう。


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