はなもも前は緊張と不安から、かなり精神的に追い込まれていました。

 

1月も2月も月間走行距離は100kmにすら達していません。

1月は50km走をしてその時に転んだ怪我で約3週間走れず、月間走行距離は90km程度になりました。

2月もヘロヘロだった青梅や皇居ランを含めても95km。

 

↑これはどう考えてもフルマラソンを控えた練習量ではありません。

当然PBなど望むべくもなく・・・

かと言ってグダグダのタイムでゴールする訳にはいかない事情もありました。

 

去年4月にチャレンジ富士五湖で転び、今年年初に再度転んでしまって出来た怪我は日常生活にも不自由するほどで、周囲に特に実母と夫にとても心配をかけてしまったのです。

 

このことで、母からキツ~~い言葉を貰ってしまいました。

 

「一年の間に二回も転ぶなんて、マラソンなんて向いていないことをするからよ。

あなたに元々運動なんて無理だったの。

向いていないことをいつまでも続けていないで、そろそろ諦めなさい。」

 

80歳近い老人の言葉を本気で受け止めるのもどうかと思いますが、やはりショックでした。

 

自分がスポーツに向いていないことはわかっています。

でも大好きになって、こうしてやっと人並みレベルになれるものを見つけたと思っていた矢先に「向いてないからやめろ」と他者から言われるのはやはり堪えますね。

 

でも一方で家族に迷惑や負担をかけていることも事実です。

やりたいことと家庭とのバランスはこれまでも考えてきたつもりでしたが、自己満足で行き届かなかった。

そこは反省しなくてはなりません。

こうして悶々と考えつつ、でも結論は最初から一貫して「続けたい」のままだったのは、やっぱり走ることが好きだから。

 

こんなこともあってはなももではそれなりの結果を出したかった。

PBは無理だけどあまりに目標とかけ離れたタイムで終わってしまって「ほら、だから無理なのよ」と言われることは避けたかったのです。

 

当日はコース・天候・大会の雰囲気・そして何より大切なラン仲間に恵まれて、PBを出すことが出来ました。

これらどの条件が欠けてもこのタイムは出なかったと思っています。

 

ゴール後はあれだけ苦しかったことも全部吹き飛んで「また走りたい!」と感じましたし、こんなにも大切なラン仲間から「離れたくない」思いでいっぱいでした。

 

だから続けます。

向いていないけれど大好きだから、その気持ちだけでも続けて良い条件だよねと都合良く解釈しています。

 

家のことも疎かにならないように、これまで以上に気をつけます。

我儘を通すことで家族に少なからず負担をかけていることを忘れてはいけませんね。

 

最難関は母でしょうか。

実は、その後母にはまだ記録の報告はしていません。

といいますのも大会に出たことさえ内緒なので(汗

折をみて、またゆっくり話そうと思っています。

さ~て、何と切り出そうかしら・・・

 

後半36km付近。チームおっTのこうめさんから「ナイスおっさん!」

苦しくて辛い中の「ナイスおっさん!」で気持ちを立て直せました。

こんな幸せな出来事があるから更に走ることへ向かわせるのです。

ありがとうございました。

 


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