1 | 2 | 3 | 4 | 5 |最初 次ページ >>
2016-05-26 06:07:02

柱が邪魔。

テーマ:日常
「過去が咲いている今
未来の蕾でいっぱいの今」
by 陶芸家 河井寛次郎さん

現状に不満があるとすれば過去に原因がある。
その過去の原因を人のせい、景気のせいなどにしてるうちは、なにも改善しない。

原因は、自分自身にしかない。

その自分自身の思考の仕方が現状を作った。
その「思考の仕方」が現状を息詰まらせているとしたら…。
どんなに悩んだところで打開できない。
そもそもその思考の仕方が原因なのだから。

たとえば、
突き詰めていくと自分に責任があった、と思える人と、
突き詰めていくとあのときあいつが、、、なんてなる人では、やはり結果が違うわけ。

息詰まっている原因が何処にあるのか。
自分の思考の仕方にあるわけですから、人の話を聞くとか本を読むとかしないといけない。
違う情報、思考を取り入れる。

思考のふれ幅を1メートルもって行動している人と50センチで行動している人では、やはり見える景色も違ってくる。

横に一歩ずれば視界を邪魔している柱も邪魔でなくなるよね。

AD
いいね!(4)  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
最近の画像つき記事
 もっと見る >>
2016-05-11 11:25:24

誰に遠慮する?

テーマ:論語
「子曰わく、人にして遠き慮(おもんぱかり)無ければ必ず近き憂(うれい)有り。」
と論語 衞霊公第十五にある。

「遠慮」の語源となることばであり、迷惑をかけることになるから辞退する、みたいな意味で現在は使われているようですが、、、本当にそうだろうか。

「遠き慮」というのはもっともっとずっと遠いところを本来見ているのではないだろうか。

日本は皇紀2676年脈々と受け継がれてきた歴史がある。
だいたい3代で100年、30代だと1000年。
30代遡ると10億人のご先祖様。

この悠久の魂のつながりを目の当たりにして「自分が生きている間だけは、、、云々」と。

自分が生きている間のことのみを考えていることは「遠き慮が無い」状態ではないのか?
遠き慮が無ければ必ず近き憂が有ると教えてある。

この先、団塊の世代が後期高齢者となる。
2035年には、47万人の人が死ぬ場所が無いと言われている。
自宅でも死ねない、病院も受け容れきれない。
さて、どうする。


「必ず近き憂有り」
そのときは、もう目の前に来ているのかもしれない。



どうするか。

答えは、、、ハウステンボスでお会いしましょう γ(▽´ )ツヾ( `▽)ゞ

看取り士柴田久美子講演会 in ハウステンボス
「『看取り』の現場で起こる奇跡」


AD
いいね!(10)  |  コメント(2)  |  リブログ(0)
2016-05-03 15:20:15

以前書いてたものを探して

テーマ:人生
浦島太郎

若い頃は、だれしもこの仕事がしたいとか夢を抱き社会に出る。

太郎さんは、真面目に漁師をし、母親を支えていた。
心に誓って。
そんなときいじめられている亀と出会う。
正義感に溢れる太郎さんは、亀を助けますね。

そして、お礼がしたいからと亀がやってきて竜宮城へ。
この竜宮城がミソ。

ここが世の中の誘惑(笑)。
わたしもサラリーマンの頃は、ちょくちょくあった夜のクラブ活動とか、うまい話とかね。つまり竜宮城は、ハニートラップなわけ(大笑)。

もうちょっと、もうちょっとだけいいかな、と遊んでしまう。
いやもうそろそろと竜宮城を出ますね。

でもそのときは、孝行するはずだった親もいない。
時既に遅し。
ああおれの人生なんだったんだ、と開けてはいけないと言われた箱を開けますね。

それが天からのラブレター、開いたときにはすでに遅し。
あとの祭りですな。
消えてしまって何も書いていない。

まだ、20代これからこれからなんてやる。
ダラダラと時間をやり過ごしてしまいますね。
あっと言う間に1年がたち2年がたち、気がつけば40歳、とか。
うわっ、やべって。
でもまぁ、いいかで流れていく。

うかうかしているとあっと言う間に、惰性でながれる年になってしまう。
光陰矢の如し。
立ち止まっている暇は無い。走り続けろと。

楽な方に流れてなんとなく過ごしてしまうと天からのラブレターに気がつかない。開くことができない。

ああおれの人生なんだったんだ、とぼくみたいになってはいけないよ。
これが「浦島太郎」なのかと。
福岡への車中、はたと思って面白かったのです。(おしまい)
AD
いいね!(8)  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2016-04-19 08:59:22

未来の蕾

テーマ:人生
「過去が咲いている今
未来の蕾でいっぱいの今」by 河井寛次郎

今を如何に生きるかで過去は変えられる。
今を如何に生きるかで未来は創られる。

難しいことのようだが、至ってシンプル。

簡単なことを難しくしてしまっている。
難しいことを簡単にしてしまう方法がある。
昔から良く言われていること、先人の訓えを素直に受け止めて実践すること。
できる、できないじゃなく、
やるか、やらないか。

こうなったらいいなぁ、と頭で考えているうちは、楽しい「今」は来ない。
考えることと行動することは同時にはできないのだから。
頭で考えているうちは、その考えに押しつぶされるだけ。

こうなったらいいなぁ、じゃあ今何をするべきか。
何か閃いたなら即行動。
失敗したらまた次の手。
失敗しないと、どのやり方が上手くいくかなんてわからないから。

掘り下げてみると、やらなかったことで後悔する人はいてもやったことで後悔する人はいない。

今今今。

明日からやろうのダイエットは、いつまでたっても「今」が来ない(笑)。
つまり「今日」がない。
今日がない人は、明日も来ないのだ。
だから過去だけに振り回されるわけ。

至ってシンプルね。

いいね!(8)  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2016-04-12 09:11:56

田舎暮らしミッション

テーマ:論語
家庭、学校PTA、地域のさまざまな活動。
田舎暮らしの醍醐味です。

面白い投稿がありまして、

Q.
『都会の人間関係の煩わしさから逃げ出して田舎で穏やかに暮らしたいです。
何かアドバイスをお願いします』

A.
『田舎の人間関係の煩わしさは都会の100兆倍です。
初期ミッション【留守中に玄関先に置かれた野菜の送り主の当日中の特定及びお礼の電話】
が出来ないと村八分フラグです』



まぁ、当たらずと 雖(いえど)も遠からずなわけです(笑)。


しかし、子どもたちの未来のために地方の活性化は必須課題。
色々な時代背景、社会情勢等々で地方の活力が失われている。

さてさて、どうしたものか。


論語の一説にこうある

「子(し)曰(のたま)わく、近き者説(よろこ)べば、遠き者来る。」
(領内の者が喜べば、領外の者も自ら喜んでやってくるようになります。)


家庭も会社も地域も原理原則は同じですね。

夫婦喧嘩している家には、酒飲みに遊びには行きません。
まずは、近き者同士が互いに手を取り喜びあえる社会を作らなければなりません。

黒川温泉の復活劇もそこから始まったのではないかと思います。

いいね!(6)  |  コメント(1)  |  リブログ(0)
2016-03-29 09:18:44

やるやるやる

テーマ:日常
「勉強しなさい。」

子どもたちみてると面白いですねぇ。

「勉強しなさい。」と叱られる。
「どうしてやらないの?」と叱られる。

そして同じ毎日の繰り返し。
繰り返し注意を受けている(笑)。

「いつもいつもうるさく言わされるの嫌だろ?
だから、さっさと済ませてしまうんだよ。
そうしたら何も言われることもなく思いっきり遊べるじゃん。」

と言ってもやはり実際に行動することは難しい。


大人も一緒だよなぁ、、、。


「いいから、やってみろよ。」
「心がもっと楽しくなるぜ。」
「ストレスフリーなハッピーな人生になるぜ。」
「だからさ、騙されたと思ってやってみなよ。」

と言ってもやはり実際に行動することは難しい。


子どもと同じだよ。
大人も子どももなにも違いはないんだ。

真理は、きっともっと簡単なことなんだよ。
いいね!(6)  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2016-03-23 09:15:01

自分の心にエールを!!

テーマ:人生
子どもが勉強をしなさいと叱られる。
だれだって勉強なんてするよりも遊んでいたいさ。

勉強は、「強いて勉める。」と書く。
無理矢理やれって書いてある(笑)。

嫌だやりたくない。
わからないからやりたくない、逃げたい。
どうせやったって意味がない。
ぼくには無理だ。

こんな言葉大人たちもみんな言ってない?(笑)
子どもを注意しながら自分の胸に突き刺さる。

やってみたらいいのにって言われると、
簡単に言うな。
おれには無理だ。
やってもきっとダメだ。
そんなの無理に決まってる。

なんてことやってみる前からいいながらやらないんだよ。
そして、そんな姿を子どもはちゃんと見てる。

子どもの勉強は、嫌なことと向き合う「心」を育てるため。
決して知識を増やすためではない。
勉強して良い学校へ行くためではないんだ。
それは二次的なもの。
逃げずに頑張った結果の副産物。

良い成績とれなくても良いんだよ。
逃げない「心」が育ってくれれば。

心なんて簡単には育たない。
毎日毎日毎日毎日、一日一日一日一日、
自分の心に「愛」を注いで初めて育つ。

自分にエールを送るんだ。
「逃げるな!頑張れ!!」
「諦めるな!もう一回チャレンジしたらできるかもしれないぞ。」
「もう一回だ、もう一回。またダメかもしれないけどもう一回チャレンジするんだ。」
「悔しくて泣いてもいいさ。泣いて涙を流せばまたもとの位置に(氵)戻って(氵)立てばいい。」

それは、まるで母親が毎日毎日ご飯を炊いて味噌汁を作って食べさせて、
20年かけてようやく一人前に育ててくるのと同じ。
毎日毎日だよ、1年365日20年間くらい。
決して簡単なことじゃないよね。

それだけの根気と愛が必要なのだろう。

そして、いくらか心が育ったとき、
初めて人のことを思いやれる人になれる。


母親は、その姿にすべてを教えてくれているんだ。
母親を大事にしなよ。
いいね!(6)  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2016-03-18 11:44:35

君子は占わず

テーマ:人生
「君子は占わず」と言います。

さてさて、みなさまは占いは、お好きでしょうか。
わたしはね、あまり占いを気にしません。

だって、悪いこと書いてあったら気になるでしょ。
注意する、気をつけよう、と思う分には良いのですがね、
度が過ぎると、悪い方へ悪い方へ引きずり込まれます。
洗脳されたように。

「ああ~やっぱり占いどおりダメなんだぁ」ってね。
これは一種の言い訳にも慰めにもなるね。
できなかったときの。

わたしはあまり気にいないのですがね、親切に占ってくれる人がたまに出て来る。
「なにか始めるんだったらちゃんと見ておいた方が良いよ。」って。

で、四柱推命で見てくれた。頼んでないんだけど。
しっかりお金もお支払いして(笑)。

で、今年から良くない年だって。
ちょっと見れば「今年はツキが最低の本厄年です。」って書いてある。
まあ、季節でいうと冬なのでしょうね。
親切に頼んでもいないのにそれを知らせてくれる人がいる。

どう思います(笑)?

有り難い。本当に有り難う御座いますですよ。

今年は冬だと教えていただいた。
冬は、こたつで丸くなるよね ♫。

そう思って過ごしていけば良い。
無理をせずにね。
実際ね、色々なものが削ぎ落とされていっている。

あまり深く考えないで笑い飛ばすの。

季節も同じね。
春に始まり夏になり秋になり冬が来る。そしてまた春が来るでしょ。

人もね春の年もあれば夏の年もあり秋の年もあり冬の年もある。
冬の年を越せば必ず春や夏の年が来るの。
これは、必ずなの。

「変易」ひとときも変化しないものはない、変化し続ける。
「不易」不変の一定の法則がある。
もう一つ「簡易」この法則性をわたしたちが理解さえすれば、分かりやすいものになる。



さあ、あなたも惑わされないで頑張ろう!!
「今年はツキが最低の本厄年です。」なぼくも頑張るから( ´艸`)


いいね!(6)  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2016-03-12 09:24:35

不完全さの自覚

テーマ:看取り士
「看取り士」という人がいる。
看取りの先になにを見ているのか。

だれしも経験があるだろう。
・正月に「今年こそは」と気合いを入れる。
・お葬式などに参列し、住職の法話を聞いて心新たにする。
・人の死に接することで「生きる」意味を考える。

そんな経験はないだろうか。

でもそんな思いは数日で消えてしまう…。
二三歩歩いたら忘れてしまう。
日常の煩瑣な活動に打ち消されてしまう。

「1日1日を大切に。1日1日に感謝」
そういうことばは、良く聞くしだれでも口にするよね。

もし、本当にそう思っているのであれば、、、
思っているのであれば、、、

隣の人の手をとって協力しあえるはずだよ。
「ありがとう」が言えるはずだよ。

「看取り士」とは心です。
だれよりも客観的になれるよう務めます。
その自分の不完全さに気がつく、
主観ではなく客観的立場に立てる自分を養成する。
それが講座の内容です。

どんな仕事もお客様の「問題解決をする」ことに目的があります。
それは、客観的立場に立てることが何より大切なのです。
それは、日常生活のすべてに言えることなのです。


一般社団法人 日本看取り士会
いいね!(4)  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2016-03-10 08:40:04

理屈っぽい

テーマ:人生
脳科学っていうんですかね、右脳がどうの左脳がどうのと。

わたしも単純なので右脳派・左脳派なんていう話も嫌いではありません。

が、ふと思いましてね、トイレにかがんでて(笑)。

日本は世界一論語などの教育が庶民にまで行き届いている国だと思われます。
それは、寺子屋教育があったからでしょう。

そして、世界からも賞賛される国民性を持っています。

そんな寺子屋教育の頃に右脳がどうの左脳がどうのはなかったはず。
それでも寺子屋ののちは、家庭教育の中で素晴らしい教えが行われていた。

まあ、日常生活の中で右脳派、左脳派知ったところでどう変化するのか、
というとまあ変化しないでしょうね。

たとえば、
「愛」ドキドキというのは、理屈ではないですねぇ、「ああ、この人を愛してる」なんていうのは。
真心から自然と出てくる感情なのでしょう。
どうして?なんて聞かれてもわからない、となる。

対して「怒り」ドンッというのはどうでしょうか。「ああ、この人に怒ってる」なんていうのは、
真心から自然には出てこない。
どうして?なんて聞かれる前に自分が「どうして?」って思ってる(笑)。
理屈で考える。
そして、自分の思いどおりにならないところに「怒り」が出てくるわけですね。

まあ、この当りを科学的に検証すると右脳がどうの、左脳がどうのとなるのでしょうね。

この理屈をこねる、自分をいかにコントロールするか、できるか。
それが論語などで教えている「修養」「修身」というものなのでしょうかねぇ。

自分をいかに知るか。
結局、そこにいきつくのかなぁ。

人の姿は、前も後ろも見えますけどね。
自分の背中は見えない、自分のことは半分しか見えてないんですよね。
いいね!(5)  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
1 | 2 | 3 | 4 | 5 |最初 次ページ >>

AD

Amebaおすすめキーワード

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス

ランキング

  • 総合
  • 新登場
  • 急上昇
  • トレンド

ブログをはじめる

たくさんの芸能人・有名人が
書いているAmebaブログを
無料で簡単にはじめることができます。

公式トップブロガーへ応募

多くの方にご紹介したいブログを
執筆する方を「公式トップブロガー」
として認定しております。

芸能人・有名人ブログを開設

Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
ご希望される著名人の方/事務所様を
随時募集しております。